第7話 迷宮浄化
数日後。
蓮はゴロを連れ。
F級無属性迷宮“角獣ノ森”へ訪れていた。
「久しぶりだな」
ゴロも頷く。
一年生の終わり。
蓮たちはこのF級迷宮を攻略した。
もっとも。
その時は何も起こらなかった。
最深層まで到達し、ボスを倒し。
ドロップアイテムを手に入れる。
それだけだった。
だが、今回は違う。
ゴロは新たなスキルを持っている。
≪迷宮浄化≫
効果不明。
用途不明。
分かっているのは、
『迷宮最深部にて使用可能』
その一文だけだった。
「行くぞ」
ゴロが力強く頷いた。
◇
攻略は順調だった。
第一階層。
第二階層。
第三階層。
現れる角獣たちは次々と倒されていく。
≪大地ノ拳≫すら必要ない。
ゴロの拳だけで十分だった。
第四階層。
第五階層。
第六階層。
過去。
苦戦しながら進んだ階層。
だが今は違う。
牙を剥く角狼も。
突進してくる角猪も。
ゴロの拳で吹き飛ぶ。
第七階層。
第八階層。
第九階層。
ここまで来ても危なげはなかった。
「……こんなに違うのか」
蓮は思わず呟く。
前回は違った。
傷付くたびに≪修復再生≫を使い。
何度も休憩を挟み。
ようやく辿り着いた第九階層。
それが今では。
ほとんど足を止めることなく、ここまで来ている。
F-MAX。
神社巡りで積み上げてきた成果は、確かな実力となって現れていた。
ゴロは誇らしげに──どんっ。
と胸を叩いた。
◇
第十階層。
最深層。
広大な空洞へ足を踏み入れる。
そこにいたのは大きな犀型魔物だった。
一本の巨大な角。
岩のような皮膚。
重厚な四肢。
“角犀主”。
角獣ノ森の主。
本来のボスだった。
だが。
ボス部屋へ足を踏み入れた瞬間だった。
角犀主が低く唸る。
次の瞬間。
迷宮全体が震えた。
天井。
壁。
床。
全てが脈打つように震動する。
そして。
周囲の魔素が角犀主へ流れ込み始めた。
「なんだ……?」
蓮は目を見開く。
角犀主の身体が膨張する。
角はさらに巨大化。
身体も一回り大きくなった。
さらに。
背後で轟音が響く。
振り返る。
入口の扉が閉じていた。
「出口が!?」
ゴロも構える。
蓮は舌打ちした。
何が起きているのかは分からない。
ただ、目の前のボスを倒すしかないってことは確かだ。
「とりあえずやるしかないってことか…ゴロ!」
角犀主が咆哮した。
それが戦闘開始の合図だった。
◇
最初に来たのは突進だった。
轟音。
地面を砕きながら角犀主が一直線に迫る。
「受け止めろ!」
ゴロは身体を半身に開く。
鋭い一本角を脇へ抱え込むように受け止めた。
激突。
衝撃が全身を貫く。
数メートル。
足が地面を削りながら後退する。
「ぐっ……!」
重い。
E級迷宮第五階層の牙爪猪とは比べものにならない威力だ。
それでも。
ゴロは踏み止まった。
「よし!お返ししてやれ!」
蓮が叫ぶ。
「≪大地ノ拳≫!」
拳が角犀主の頬へ叩き込まれる。
──ドゴォッ!!
拳が頬へめり込む。
角犀主が僅かによろめいた。
「悪くない」
蓮は小さく頷く。
迷宮強化を受けても、真正面から押し負ける相手ではない。
互角以上に戦えている。
そのまま殴り合いになる。
何度か打ち合う。
角犀主の身体には傷が増えていく。
ゴロの拳が横腹へ突き刺さる。
──ドゴォッ!!
巨体が大きく揺れた。
初めて後ろ足が数歩後退した。
「よし!このまま押し切れ!」
蓮が拳を握る。
この流れなら勝てる!
そう思った。
その時だった。
「グオオオオオッ!!」
角犀主が咆哮する。
迷宮全体が震え、角犀主へ魔素が集まる。
一本角が黒く染まる。
それだけではない。
──ミシッ。
根元が太くなり。
長さも増していく。
角犀主の身体を巡っていた魔力が、一本角へ集中していく。
そして。
角から溢れた黒い魔力が、逆に全身を覆った。
灰色だった皮膚が黒へ変色する。
「まだ強化されるのか……!」
蓮は息を呑む。
◇
角犀主が動く。
突進だ。
地面を砕きながら角犀主が一直線に迫る。
「ゴロ!」
ゴロは身体を半身に開き。
鋭い一本角を脇へ抱え込むように受け止めた。
「……んん?」
蓮は眉をひそめる。
「……速さも威力も変わってない?」
第二形態となり、蓮は身構えていた。
だが、その突進の速さや威力にはあまり変化がなかった。
「とりあえず反撃だ!≪大地ノ拳≫!」
拳が角犀主の頬へ叩き込まれる。
その瞬間。
一本角から魔力が放出された。
拳の威力は吸収されたように勢いを失う。
角犀主は一歩も下がることなく動じない。
「なっ!?効いてない……!」
角犀主が頭を振る。
ゴロは弾き飛ばされた。
すぐに立ち上がる。
大きなダメージはない。
だが。
こちらの攻撃も通っていなかった。
◇
二度目。
角犀主が再び突進する。
ゴロは角を脇へ抱え込み、勢いを殺す。
「≪大地ノ拳≫!」
今度は横腹へ叩き込む。
だが。
結果は同じだった。
角から魔力が放たれたと同時に、拳の威力は霧散した。
「またか……!」
蓮の顔に焦りが出る。
◇
三度目。
角犀主が低く唸る。
再び突進。
今度は受け止めた直後、角犀主が首を大きく振った。
鋭い角がゴロの脇腹を掠める。
「っ!」
土の身体が削れた。
ゴロは距離を取る。
「大丈夫か!」
ゴロは頷く。
まだ戦える。
角犀主が再び迫る。
「≪大地ノ拳≫!」
拳が肩へ直撃した。
その瞬間。
また。
一本角から魔力が放たれた。
今度こそ。
蓮は見逃さなかった。
「……そうか」
一度目。
二度目。
三度目。
全部同じだ。
攻撃を受ける瞬間だけ。
角から全身へ魔力が流れている。
「ゴロ!」
蓮が叫ぶ。
「あの角だ!
あの角が全身を守ってる!
次は角だけを狙え!」
ゴロが力強く頷いた。
◇
四度目。
角犀主が咆哮する。
再び突進。
ゴロは真正面から迎え撃つ。
角を脇へ抱え込み。
勢いを殺す。
「今だ!≪大地ノ拳≫!」
拳が一本角へ直撃した。
──バキッ。
硬い音。
一本角へ一筋の亀裂が走る。
その瞬間。
角犀主が絶叫した。
黒い魔力が乱れる。
「やっぱり!」
蓮は拳を握る。
「そこが強化の核だ!」
◇
角犀主は狂ったように暴れ始めた。
突進。
角撃。
魔力咆哮。
今まで以上の猛攻。
ゴロも傷付く。
それでも。
一歩も引かない。
「あと少し!≪大地ノ拳≫!」
亀裂が広がる。
さらに、通常の拳で体勢を崩す。
「壊れろ!≪大地ノ拳≫!」
轟音。
一本角が砕け散った。
角犀主が悲鳴を上げる。
同時に。
漆黒だった皮膚がひび割れ、灰色へ戻っていく。
「通るぞ!」
蓮が叫ぶ。
ゴロの拳が角犀主の肩を打つ。
──ドゴッ!
角犀主が大きくよろめいた。
「ゴロ!一気に行くぞ!≪大地ノ拳≫!」
拳が腹部へ突き刺さる。
今度は明確にダメージが入った。
角犀主は苦しそうに後退する。
互いに距離が空く。
静寂。
角犀主が低く唸る。
全身へ魔力を集め始めた。
最後の突進だった。
「避けろ!」
蓮は叫ぶ。
だが。
ゴロは動かなかった。
右拳をゆっくりと握り振りかぶる。
その深緑の瞳は。
真正面から角犀主を見据えていた。
「……そうか」
蓮は息を吸う。
ゴロは逃げるつもりはない。
この一撃で決めるつもりだ。
「分かった」
蓮も覚悟を決めた。
「行け!!≪大地ノ拳≫!!!」
角犀主が地面を砕きながら突進する。
ゴロも真正面から踏み込んだ。
激突。
轟音。
拳と角犀主の額がぶつかる。
衝撃。
右腕へ無数の亀裂が走る。
次の瞬間。
ゴロの右腕が砕け散った。
だが。
角犀主もゴロの拳の勢いを殺し切れず、弾き飛ばされた。
角犀主の巨体が宙を舞う。
大きく吹き飛び、地面へ叩き付けられる。
そして。
全身へ亀裂が走った。
光となって崩れ去る。
静寂。
「勝った……」
蓮は大きく息を吐いた。
ゴロはその場へ座り込む。
右腕は失われている。
それでも、左腕で胸を叩いた。
──どんっ。
かなり得意げだった。
「はぁ……ほんと無茶しやがって」
◇
蓮はふと違和感を覚えた。
「……?」
部屋の中央。
先ほどまで何もなかったはずの場所に、巨大な黒水晶が静かに佇んでいた。
人の背丈ほどもある禍々しい黒い結晶。
「なっ!いつの間に……?」
見落とすような大きさではない。
だというのに、さっきまでそこには何もなかったように思える。
その瞬間。
蓮の視界へ文字が浮かび上がった。
────────────
≪迷宮浄化≫
発動可能
────────────
「これか……」
蓮は黒水晶を見つめた。
どう見ても普通ではない。
だが。
今まで使い方すら分からなかった≪迷宮浄化≫が、初めて『発動可能』と示している。
ゴロも黒水晶を見つめていた。
「何が起こるか分からない。
まずは治療だ。≪修復再生≫」
淡い光がゴロを包む。
砕け散った右腕。
削れた脇腹。
全身の傷が少しずつ修復されていく。
右腕を握ったり開いたりするゴロ。
問題なく動くことを確認すると、安心したように胸を叩いた。
──どんっ。
「よし」
蓮はゆっくり頷く。
「やろう」
ゴロも真剣な表情で頷いた。
蓮は黒水晶へ視線を向ける。
そして。
静かに告げた。
「ゴロ。≪迷宮浄化≫」
その瞬間。
ゴロの右拳が白く輝き始める。
≪大地ノ拳≫とは違う。
温かく、どこか神聖さすら感じる光だった。
何をすべきか理解しているかのように。
ゴロは迷わず歩き出す。
黒水晶の前へ立つ。
そして。
白く輝く拳を振り抜いた。
──バキィィンッ!!
拳が黒水晶へ突き刺さる。
迷宮全体が大きく震えた。
黒水晶へ無数の亀裂が走る。
その亀裂から。
白い光が溢れ出した。
少しずつ。
黒が白へ塗り替えられていく。
まるで。
迷宮そのものが浄化されていくようだった。
やがて。
最後の黒が消える。
白く輝く巨大な結晶となった瞬間。
結晶は静かに砕け散った。
無数の光の粒となって舞い上がる。
その一部が。
ゆっくりとゴロの身体へ吸い込まれていった。
「っ!」
ゴロが頭を押さえる。
身体中が白く輝く。
次の瞬間。
額から一本の土の角が生えた。
「!?」
蓮は目を見開く。
だが、角は数秒で砂のように崩れ落ちる。
「消えた……?」
ゴロは慌てて額へ手を伸ばした。
何度も触る。
だが、そこには何もなかった。
「……?」
首を傾げるゴロ。
その様子が妙に可笑しくて。
蓮は思わず笑ってしまった。
「なんだそれ」
その時だった。
蓮の手の甲に刻まれた召喚紋が淡く輝いた。
「これは……!」
慌ててステータスを開く。
⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻
【ゴロ】
存在階位:F-MAX
スキル:
・≪大地ノ拳≫
・≪大地ノ角撃≫ NEW!
特殊スキル
・≪迷宮浄化≫
⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻
「スキルを……手に入れた?」
蓮は呆然と呟く。
今まで聞いたことがない。
召喚獣が迷宮を攻略した結果、新たなスキルを獲得するなど。
「もしかして……」
蓮はゴロを見る。
先ほど、一瞬だけ額から生えた土の角。
そして、新たに現れた≪大地ノ角撃≫。
「角獣ノ森の力を取り込んだ……?」
ゴロも自分の額を何度も触っている。
もちろん。
もう角はない。
だが。
無関係とは思えなかった。
「迷宮を浄化すると、その迷宮に関係する力を得られるのか……?」
もしそうなら。
他の迷宮では?
違う迷宮を浄化すれば。
また別の力を得られるのだろうか。
確かめたい。
そう思ったところで。
「……あ」
蓮は本来の目的を思い出した。
「そうだ。ランクアップ条件」
慌てて自身のステータスを開く。
だが。
──────────────────────
【岩崎蓮】
ランクアップ条件:
✔ 召喚獣の存在階位をF-MAXにする
・未達成条件 7件
──────────────────────
「……変わってない」
蓮は眉をひそめた。
≪迷宮浄化≫がランクアップ条件に関係している。
そう考えていた。
だが。
実際に迷宮を浄化しても、条件は一つも達成されなかった。
「……予想が外れたか?」
ゴロも不思議そうに首を傾げる。
少なくとも。
≪迷宮浄化≫を一度使えば条件を達成できる。
そんな単純な話ではなかったらしい。
「いや……」
蓮はすぐに首を振る。
「一回だけで決めるのは早いな」
今回分かったのは。
≪角獣ノ森≫を浄化しても条件は達成されなかった。
それだけだ。
別の迷宮でも同じなのかは分からない。
「もう少し試してみよう」
ゴロが首を傾げる。
「別の迷宮だ」
もし、それでも条件が変わらなければ。
その時は≪迷宮浄化≫とは別の可能性を考えればいい。
「それに──」
蓮はゴロのステータスへ視線を戻す。
≪大地ノ角撃≫。
「ランクアップ条件じゃなくても、迷宮を浄化する価値はありそうだからな」
ゴロは嬉しそうに──どんっ。
と胸を叩いた。




