第6話 成長限界
正月休みが終わり。
学園にも、いつもの日常が戻ってきた。
朝のホームルーム。
佐伯が教壇へ立つ。
「今日から通常授業を再開する」
生徒たちも冬休み気分を切り替えるように返事をした。
蓮も静かに席へ座る。
肩の上では、待機形態のゴロが教室を見回していた。
冬休みの間に。
ゴロの存在階位は、F1からF8まで一気に上昇した。
だが。
そのことは誰にも話していない。
夏希だけが、その秘密を知っていた。
◇
午前最後の授業。
実技訓練。
生徒たちはそれぞれ召喚獣を呼び出し、訓練用の魔導人形を相手に戦闘訓練を行っていた。
蓮もゴロを戦闘形態へ切り替える。
「始め!」
合図と同時にゴロが踏み込んだ。
──ドゴッ!
拳が魔導人形を打ち据える。
以前よりも深く。
重く。
人形が揺れた。
「……あれ?」
近くで見ていた男子生徒が小さく呟く。
「アイツ、あんなに動けたか?」
「言われてみれば……」
別の生徒も首を傾げた。
以前なら見慣れていた動き。
だが今日は違う。
踏み込み。
拳の重さ。
動き出し。
どれも僅かではあるが鋭くなっていた。
「気のせいじゃない?」
「いや……でも」
周囲がざわつく。
蓮は表情を変えなかった。
ゴロも何事もないように訓練を続ける。
少し強くなった程度なら、訓練を重ねた成果だと思われる。
その程度で済む。
それで十分だった。
◇
放課後。
蓮は討伐した魔物の素材を袋に入れ、学園の素材管理室を訪れていた。
受付へ素材を並べる。
牙爪兎。
牙爪狐。
牙爪鹿。
そして。
牙爪狼の牙と魔石。
担当教員の手が止まる。
「これは……第四階層素材か?」
「はい」
蓮は頷く。
担当教員は素材を一つずつ確認した。
間違いない。
どれも第四階層でしか採取できない素材だった。
「第四階層まで到達したのか?」
「はい」
「……一人で?」
「はい」
「……そうか」
担当教員は蓮の目を少し見つめ。
「提出を受理する」
そう言って記録を付けた。
「それと……」
担当教員は顔を上げた。
「佐伯先生はこの件を知っているのか?」
「いえ、知らないはずです」
「そうか。
この件は佐伯先生へ報告しておく」
「……分かりました」
先生に呼び出されるな。
蓮はそんな予感を覚えながら、素材管理室を後にした。
◇
その頃。
職員室。
素材管理担当の教員が、一枚の報告書を佐伯へ差し出した。
「佐伯先生」
「何ですか?」
「岩崎蓮ですが」
その名前に、佐伯の手が止まる。
報告書へ目を落とした。
『提出素材
・牙爪狼魔石
・牙爪狼牙
第四階層到達確認』
「……第四階層?」
思わず小さく呟く。
冬休み前までの岩崎では考えられない結果だった。
担当教員が続ける。
「提出された素材に間違いはありません。
そして、一人で取ってきたようです」
「……一人」
佐伯はしばらく報告書を見つめていた。
この一年。
放課後になるたび、蓮と夏希は職員室へやって来た。
ゴロを成長させる方法はないか。
過去の資料に前例はないか。
そのたびに、一緒になって文献を調べた。
だが。
答えは見つからなかった。
「……何かあったな」
小さく呟く。
第四階層へ到達した理由。
偶然ではない。
そう確信していた。
佐伯は報告書を閉じる。
「岩崎と風宮を呼んできてください」
「二人ともですか?」
「ええ」
佐伯は静かに頷いた。
「あの二人なら、隠した理由もあるはずです」
◇
放課後。
職員室。
蓮と夏希は佐伯の前に立っていた。
「ほら」
促され、二人は向かいの椅子へ腰を下ろす。
佐伯は机の上の報告書を軽く叩いた。
「第四階層素材」
静かな声だった。
「冬休み前の岩崎では考えられない成果だ」
蓮は小さく息を吐く。
やはり隠し通すことはできなかった。
佐伯は優しく微笑む。
「安心しろ。
叱るつもりじゃない。
ただ、何があったのか知りたいだけだ」
しばらく沈黙が流れる。
蓮は夏希を見る。
夏希も静かに頷いた。
「先生になら」
蓮は決心したように口を開く。
「実は……ゴロが成長しました」
佐伯の目が僅かに見開かれる。
「成長……?」
「はい」
蓮はゴロのステータスを表示する。
──────────────────────
【ゴロ】
存在階位:F8
──────────────────────
「……!」
佐伯は思わず息を呑んだ。
「そんな馬鹿な……」
一年前から今日まで。
何度調べても変化しなかった存在階位。
それが今ではF8。
「どうやって……?」
蓮は冬休みに起きた出来事を順番に説明した。
初詣。
神社での発光。
神社巡り。
成功する神社と失敗する神社。
そして現在まで。
佐伯は最後まで黙って話を聞いていた。
やがて静かに口を開く。
「どうして、もっと早く相談してくれなかったんだ?」
蓮は少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。
成功する神社と失敗する神社があって、成功の条件が分かりませんでした。
ですので、まだ報告できる段階じゃないと思っていました」
夏希も続ける。
「私たちも、ちゃんと再現できるって分かってから先生に報告しようって話してたんです」
佐伯は小さく頷いた。
「……なるほど」
その理由なら納得できた。
中途半端な情報ではなく、ある程度検証してから報告しようとしたのだ。
それは蓮らしい判断でもあった。
佐伯は改めてステータス画面を見る。
「成長理由か。
残念だが、俺にも理由は分からん」
「……そうですか」
「だが」
佐伯は優しく笑った。
「一つだけ言えることがある」
蓮を見る。
「よく頑張った。
諦めなくて良かったな」
その一言だった。
蓮は小さく笑う。
「あの時、先生も一緒に調べてくれましたから」
佐伯は少し照れ臭そうに笑った。
「いや、俺は何もできなかった」
「いいえ」
夏希が首を振る。
「先生が信じてくれたから、私たちも諦めずに続けられました」
佐伯は少しだけ目を細めた。
「ありがとう」
そう呟いた。
◇
それから。
放課後になるたびに。
蓮と夏希は神社巡りを続けた。
学校近くの神社。
住宅街の神社。
少し離れた町の神社。
反応する神社もあれば。
何も起こらない神社もある。
法則は相変わらず分からない。
それでも。
反応する神社に辿り着くたび。
ゴロは一歩ずつ存在階位を上げていった。
F8からF9。
そして、ついに──
──────────────────────
【ゴロ】
存在階位:F9 → F-MAX
──────────────────────
「F-MAX……!」
思わず声が漏れる。
ついに。
F級の最高位へ到達した。
ゴロは飛び上がって喜び、
──どんっ!
──どんっ!
力強く胸を叩く。
「落ち着け!」
蓮は思わず笑った。
夏希も両手を合わせる。
「やったね!」
シェアも、
「ピィーッ!」
と嬉しそうに鳴く。
一年半。
成長しなかった召喚獣。
そのゴロが今、確かにF級の頂点へ到達した。
「他にも何か変化は……」
蓮は改めてゴロのステータスを確認する。
その時だった。
「……お!」
スキル欄が淡く光っている。
表示されたのは、新たな文字だった。
──────────────────────
【ゴロ】
特殊スキル:
・≪迷宮浄化≫ NEW
──────────────────────
「迷宮浄化?」
蓮は説明を開く。
そこに書かれていたのは、たった一行だけだった。
──────────────────────
迷宮最深部で使用可能
──────────────────────
「……何だこれ」
蓮は眉をひそめる。
迷宮最深部。
それ以外の説明は何もない。
「聞いたことあるか?」
「ううん」
夏希は首を振る。
「ちょっと検索してみるね」
すぐにスマホを取り出し、召喚士協会のスキル辞典や論文データベースを検索する。
しかし。
「駄目」
夏希は小さく息を吐いた。
「どこにも載ってない」
「完全に未知のスキルか……」
蓮は≪迷宮浄化≫の文字を見つめる。
迷宮の最深部で使う。
それ以外は何一つ分からない。
「……使ってみるしかないな」
「そうだね」
蓮はゴロのステータスを閉じ、
「……じゃあ、次だな」
自身のステータスを開いた。
「よし!
ランクアップ条件が解放されている」
ランクアップ条件の解放。
それは学園で習う基礎知識だった。
召喚獣が存在階位の頂点へ到達すると、ステータスにランクアップ条件が表示される。
その条件をすべて達成すれば、召喚士は次のランクへ進める。
期待を胸に、ランクアップ条件を開く。
そして。
「……え?」
蓮は固まった。
「どうしたの?」
夏希が不安そうに覗き込む。
蓮はステータスをジッと見つめたまま、
「……八個?」
思わず声が漏れた。
──────────────────────
【岩崎蓮】
ランクアップ条件:
✔ 召喚獣の存在階位をF-MAXにする
・未達成条件 7件
──────────────────────
「え?……八?」
夏希も目を丸くする。
聞き間違いかと思ったが、見せられたステータスは確かに八個であった。
普通の召喚士ならE級へのクラスアップの条件は一つ。
多くても二つ。
三つ以上でも珍しい。
それなのに。
蓮には、まだ七つもの条件が残されていた。
「何度見てもやっぱ八だよな」
「う、うん……」
ようやく成長できたと思えば、またしても壁が立ち塞がる。
励まそうと夏希が口を開き。
しかし。
何と言ってよいのか言葉に詰まった。
「でも」
そんな夏希の様子に蓮は小さく笑う。
「実はそんなに落ち込んではいない」
「え?」
「今までは、何をすればいいのかさえ分からなかった。
でも今は違う」
夏希が蓮を見る。
「条件があるって分かった。
達成すればランクアップできる。
それだけでも十分前進だ」
夏希の表情が柔らかくなる。
「……うん!私も一緒に考えるね!」
「それは助かる。夏希の考えには助けられてるから心強い。
ありがとうな」
蓮は頷いた。
その横で。
──どんっ。
ゴロが胸を叩く。
「ピィ!」
シェアも元気よく鳴いた。
「ああ、ゴロとシェアも頼むな。
みんなで一つずつ見つけていこう」
蓮は笑顔でそう言った。
「それにしても、八個もあって達成済みはF-MAX到達の一つか……。
少ないな」
「確かにそうだね。
これまでかなりのモンスターを討伐してるし、討伐数とかではないのかもしれないね」
「ああ」
条件は解放前からすでにカウントされている。
解放前から達成済みの条件は解放と同時に達成となる。
つまり。
ゴロの条件に魔物の討伐数100があった場合、達成されていないとおかしいことになる。
ゴロの討伐数はすでに1000を超えているのだから。
「単純な条件ではなさそうだな」
蓮は少し考えると、
「……ふむ」
何かを思いついたのかゴロのステータスを開いた。
そして。
もう一度スキルの画面を見た。
≪迷宮浄化≫。
これも──。
ゴロがF-MAXへ到達した、この瞬間に現れたものだった。
「……もしや」
蓮は小さく呟く。
「どうしたの?」
蓮は≪迷宮浄化≫を見つめたまま言う。
「迷宮浄化もF-MAXでランクアップ条件と同じタイミングで解放された……」
蓮は≪迷宮浄化≫の説明文へ視線を落とす。
『迷宮最深部で使用可能』
「これが偶然とは思えない」
夏希も静かに頷く。
「たしかに」
「だよな。
このスキルが、ランクアップ条件に関係している可能性は高い」
夏希も静かに頷く。
「私もそう思う」
蓮はしばらく≪迷宮浄化≫の文字を見つめていた。
どう考えても、ランクアップと無関係には思えない。
だが。
「……でも」
蓮は小さく息を吐いた。
「一応、神社も試しておこう」
「え?」
夏希が首を傾げる。
「存在階位の最大はF-MAX。
E級にしたければ、召喚士のランクをEに上げる必要がある。
そこまでは知ってる」
「うん、そうだね」
「でも、ランクアップ条件の中に神社が関係している可能性もゼロじゃない」
「あ!」
「成功する神社への参拝が条件かもしれないし、別の条件が隠れているのかもしれない。
可能性は全部潰しておきたい」
夏希は納得したように頷いた。
「たしかにそうだね!
やろう!」
ゴロも、
──どんっ。
と胸を叩く。
シェアも、
「ピィ!」
と元気よく鳴いた。
◇
翌日。
放課後。
蓮と夏希は、新たな神社を訪れていた。
「まずはここからだな」
蓮は鳥居をくぐる。
ゴロも静かについていく。
本殿へ向かい、参拝を済ませる。
しばらく待ったが──何も起こらない。
「駄目か」
蓮は小さく頷き、ノートへ記録を書き込んだ。
『一社目 反応なし』
夏希も苦笑する。
「ここは失敗の神社だったのかな?」
「ああ、たぶん。
まぁ、F-MAXだからそもそも成功の神社でも光らない可能性はあるけどな」
神社の法則はまだ何も分かっていない。
とりあえず蓮たちは次の神社へと向かった。
◇
到着。
今度は先ほどよりも少し小さな神社へ足を運んだ。
「ここはどうかな……」
本殿に着いた。
その瞬間。
ゴロが蓮の肩から飛び降り、静かに両手を地面についた。
そして。
淡い光がゴロの身体を包み込む。
「来た……!」
蓮が思わず声を上げる。
成功神社だ。
しかも、F-MAXになった後でも反応は起きている。
もしかすると──。
そう思った瞬間。
──パリンッ。
まるで硝子が砕けるような音と共に、光が弾け散る。
「……っ!」
慌ててステータスを確認する。
──────────────────────
【ゴロ】
存在階位:F-MAX
──────────────────────
【岩崎蓮】
ランクアップ条件:
✔ 召喚獣の存在階位をF-MAXにする
・未達成条件 7件
──────────────────────
変化はない。
「反応したのに……」
夏希が驚いたように呟く。
蓮は腕を組み、頷いた。
「……これがランク制限ってことか」
「……なるほど。
階位を上昇しようとしたけど制限に阻まれて弾かれたって感じね」
「ああ、だろうな」
「ランクアップ条件のほうも変化はなし?」
「ああ」
「残念……」
夏希は苦笑を浮かべた。
蓮はノートへ記録を書き込んだ。
『二社目 反応あり
ただし、光は途中で弾かれた。
ステータスの変化はなし』
◇
翌日。
三つ目の神社。
ここも初めて訪れる場所だった。
鳥居をくぐり、本殿へ向かう。
参拝を終える。
しかし。
ゴロは光らない。
何も起こらなかった。
「……やっぱりか」
蓮は静かに息を吐く。
ノートへ記録を書き込む。
『三社目 反応なし』
蓮と夏希は結果をまとめる。
「最大階位でも神社で反応すること自体はあるみたいだね」
「ああ。少なくとも、神社から何かを受け取る仕組み自体は残ってるみたいだ」
蓮は頷く。
「でも、反応は途中で弾かれた。
存在階位も、ランクアップ条件も変化なしだ」
「うん、そうだね。
蓮がE級になってもう一度来たら、強化されるのかは気になるけどそれはまた今度だね」
「ああ、それはE級になってからだな」
蓮はノートに追記した。
『二社目 E級昇格後に再訪』
「肝心のランクアップ条件は変化なしだったよね」
「ああ」
蓮はステータスを開き、答える。
「何も変化なしだな。
試行回数が足りない可能性はあるが、神社そのものがランクアップ条件って線は薄そうだ」
「うん。私も薄いと思う」
「となると──」
蓮は自身のステータスを閉じ、代わりにゴロのステータスを開く。
視線を向ける先は、一つ。
≪迷宮浄化≫。
「やっぱり、これだろうな」
蓮は小さく笑った。
「なら、次は迷宮の攻略だな」
夏希も頷く。
「うん」
ゴロは力強く、
──どんっ。
と胸を叩いた。
次なる検証の舞台は。
F級無属性迷宮“角獣ノ森”。
蓮は新たな仮説を確かめるため、迷宮へ向かうことを決めた。




