第29話 黒曜ノ体
黒曜ノ体となったゴロが、力強く頷く。
そして。
──カンッ。
漆黒の胸から、硬く澄んだ音が響いた。
「まずは維持魔力からだな」
蓮はゴロの残り魔力を確認する。
≪黒曜ノ体≫へ変化した後、そのまま一定時間維持させる。
魔力は確かに減っていた。
だが。
「……少ない?」
以前、他の肉体を検証した時と比べても、減っていく割合が小さい。
≪黒曜ノ体≫そのものが低燃費なのか。
それとも。
蓮は先ほどの検証を思い出す。
≪大地ノ拳≫を使った時、どの肉体でも以前より残り魔力の減る割合が小さくなっていた。
その時は、総魔力量が増えたのか、スキル自体の消費効率が上がったのかまでは断定できなかった。
「比較してみよう」
まずは≪泥ノ体≫。
一定時間維持させ、残り魔力の変化を記録する。
続いて、≪電晶ノ体≫、≪火岩ノ体≫、≪砂塵ノ体≫、≪水晶ノ体≫。
同じ時間だけ維持させ、一つずつ確認していく。
結果は。
「全部、前より減り方が小さい」
≪黒曜ノ体≫だけではない。
既存の変化型全てで、以前より魔力の減っていく割合が小さくなっていた。
≪大地ノ拳≫だけではない。
肉体変化でも同じ傾向が出ている。
「やっぱり、総魔力量が増えた可能性が高そうだな」
技スキル。
肉体変化。
その両方で同じ変化が起きている。
全ての消費効率がまとめて上がったと考えるより、総魔力量そのものが増えたと考える方が自然だった。
だが。
蓮は記録を見比べる。
「……ん?」
もう一つの違いに気付く。
≪大地ノ拳≫を使った時よりも、肉体を維持している時の方が以前との差が大きい。
「維持する方が、さらに減らなくなってる?」
総魔力量が増えただけなら、同じ魔力量を消費した時に見える割合は小さくなる。
そこは分かる。
だが、それだけなら技スキルでも肉体維持でも、変化の仕方にここまで差が出るだろうか。
「肉体変化だけ、消費効率が上がった……?」
可能性はある。
ランクアップによって、肉体変化そのものの扱いが上手くなったのかもしれない。
だが、蓮は首を傾げる。
「……それより」
思い出したのは、先ほど調べた魔力の自然回復。
≪大地ノ拳≫で消費した分が戻るまでの時間は、以前より短くなっていた。
もし、自然回復する魔力量そのものも増えているのなら。
「維持しながら回復してる分が、前より大きいのか」
肉体を維持している間も、魔力は消費される一方ではない。
自然回復も同時に起きている。
維持で十使い、回復で三戻っていたものが、回復で五戻るようになれば、実際に減る量は七から五へ変わる。
「だから、維持中の減り方がさらに小さく見える……?」
その方が、肉体変化だけ消費効率が大きく上がったと考えるよりも、蓮には自然に思えた。
総魔力量は増えている可能性が高い。
そして、自然回復する魔力量も増えている可能性が高い。
「これなら、先ほどの結果とも繋がるな」
もちろん、正確な魔力量が分からない以上、断定はできない。
それでも、今ある記録を合わせれば。
「総魔力量も、回復量も増えてると考えるのが一番自然そうだ」
蓮はノートへ書き込んだ。
『ランクアップ後
・総魔力量増加の可能性が高い
・魔力回復量も増加している可能性が高い』
そして、改めて≪黒曜ノ体≫を見る。
他の変化型と比べても、減少割合に極端な差はない。
「黒曜だけが特別に低燃費ってわけでもなさそうだな」
こくり。
総魔力量と回復量。
その両方が増えたことで、以前より長く肉体を維持できる。
戦闘中に形態を切り替える余裕も増える。
≪黒曜ノ体≫だけの強化ではない。
だが、ゴロ全体にとっては大きな成長だった。
「よし。維持魔力はこれくらいでいいな」
蓮はノートへ書き込み、≪黒曜ノ体≫の両腕へ視線を移した。
◇
「次は動きだ」
訓練場の端へゴロを移動させる。
「まず真っ直ぐ走ってみてくれ」
こくり。
ゴロが構える。
短い脚で床を踏み締め、長い両腕を僅かに外へ開く。
「始め!」
──ダッ!
漆黒の身体が一気に前へ出た。
「速い」
≪石ノ体≫より、明らかに動きが軽い。
短い脚で力強く床を蹴るたび、黒い身体が滑るように進んでいく。
折り返し地点。
ゴロが床を強く踏み込み、勢いを殺す。
重心を切り返し、そのまま反対方向へ加速した。
急停止。
方向転換。
どちらも安定している。
「もう一回。今度は細かく曲がってみてくれ」
床へ目印を並べる。
ゴロがその間を縫うように移動する。
右。
左。
再び右。
大きな身体を振り回すことなく、滑らかに進路を変えていく。
≪砂塵ノ体≫ほどの圧倒的な速度はない。
だが。
「こっちの方が扱いやすいな」
≪砂塵ノ体≫は直線移動に優れる反面、急停止や細かな方向転換を苦手としていた。
≪黒曜ノ体≫は違う。
最高速度では劣る。
その代わり。
止まる。
曲がる。
踏み込む。
細かな動きに優れている。
「速さより、動きやすさに強みがある感じか」
ゴロが蓮の前まで戻ってくる。
蓮は現在の肉体同士で比較してから、ノートへ書き込んだ。
『移動性能
・石ノ体、火岩ノ体より速い
・砂塵ノ体より遅い
・急停止、方向転換に優れる』
「速さだけなら砂塵。細かく動くなら黒曜ってところか」
こくり。
ゴロも納得したように頷いた。
◇
「次は攻撃」
蓮の視線が、両腕へ移る。
小指側から肘まで伸びた黒い刃。
昨日、迷宮核を浄化した直後にも見た。
だが、実際にどれほどの性能を持つのかは分からない。
「まずは普通に殴ってみよう」
こくり。
ゴロが訓練用の標的へ向かう。
拳を握り、長い右腕を引く。
──ドゴッ!
黒い拳が標的へ突き刺さった。
標的が大きく揺れる。
「十分強いけど……」
≪石ノ体≫ほどの重さはない。
存在階位が上がったことで、以前より基礎的な攻撃力そのものは上がっている。
それでも、現在の≪石ノ体≫と比べれば。
「打撃なら石ノ体の方が上だな」
ゴロが自分の拳を見る。
少しだけ残念そうに首を傾げた。
「まあ、本命はそっちだろ」
蓮が腕の刃を指差す。
ゴロの深緑の瞳が輝いた。
訓練用の標的を新しいものへ交換する。
「やってみてくれ」
こくり。
ゴロが右腕を引く。
拳ではない。
腕そのものを横へ振り抜いた。
──シュッ!
鋭い音が空気を裂く。
直後。
──ズズッ。
訓練標的の上半分が、斜めにずれた。
そして。
──ゴトンッ!
床へ落ちる。
「……すごいな」
蓮が切断面を見る。
砕けていない。
へこんでもいない。
滑らかに切れている。
ゴロも標的と自分の腕を交互に見る。
もう一体。
今度は左腕を斜め下から振り上げた。
──シュバッ!
深い切断痕。
「やっぱり」
≪黒曜ノ体≫の最大の特徴。
それは打撃ではない。
斬撃。
「切断に特化した身体だな」
これまでにも、角による刺突や砂塵による削りはあった。
だが、腕そのものを刃へ変え、相手を切り裂く肉体は初めてだ。
しかも、ゴロの腕は長い。
そこへ肘近くまで続く刃が加わることで、攻撃範囲も広い。
正面。
横薙ぎ。
斜め。
下からの切り上げ。
攻撃の幅は広い。
「石や火岩が殴って壊すなら、黒曜は切って崩す感じか」
こくり。
ゴロが嬉しそうに刃を構える。
その時だった。
「……ん?」
蓮の目が、切断された標的へ戻る。
傷口。
そこに何かが残っている。
肉眼では、意識して見なければ気付かないほど薄い黒い靄。
「今の……」
訓練用標的には、自動修復機能が備わっている。
切断面へ魔力が集まり、傷を塞ぎ始める。
だが。
「遅い?」
いつもより明らかに修復が遅い。
魔力は集まっている。
それなのに、上手く傷が塞がらない。
蓮は目を細める。
「≪魔力視≫」
視界が変わる。
訓練場を漂う魔力。
魔導装置を流れる魔力。
そして、≪黒曜ノ体≫を巡る濃い闇属性魔力。
蓮はすぐに切断面へ意識を集中した。
「……残ってる」
傷口へ、黒い魔力が付着している。
標的の修復魔力が傷口へ集まる。
だが、黒い魔力へ触れた瞬間、流れが乱れた。
真っ直ぐ傷口へ向かうはずの魔力が、僅かに逸れ、散らされる。
「これが原因か」
蓮はゴロを見る。
「もう一回、別の場所を切ってくれ」
こくり。
ゴロが右腕を振る。
──シュッ!
新たな傷。
そこにも闇属性魔力が残った。
二つの傷から残留した黒い魔力が、標的内部へ少しずつ入り込んでいく。
そして、自動修復は先ほどより遅い。
「やっぱり」
≪黒曜ノ体≫の刃は、ただ切るだけではない。
傷口へ闇属性魔力を残す。
「呪い……みたいなものか?」
ゴロが首を傾げる。
蓮はさらに確かめるため、魔導人形を起動した。
今度は標的ではなく、人型。
あらかじめ動作と魔力出力を記録する。
それから。
「腕を軽く切ってみてくれ」
こくり。
──シュッ!
魔導人形の右腕へ傷が走る。
闇属性魔力が入り込む。
蓮は≪魔力視≫を維持したまま、人形内部を観察する。
乱れているのは、修復用の魔力だけではない。
全身を巡る魔力にも、僅かな乱れが生まれていた。
「傷だけじゃないな」
魔導人形へ同じ動作をさせる。
魔力を集め、訓練用の攻撃を放たせる。
蓮が測定結果を確認する。
「少し落ちてる」
もう一度。
結果は同じ。
「魔力の流れそのものを邪魔してるのか」
傷口へ残った闇属性魔力。
それが内部へ入り込み、魔力循環を乱している。
その結果、修復が遅れる。
魔力を使う動作の効率も落ちる。
「もう一回」
今度は左肩。
──シュッ!
二つ目の傷。
黒い魔力が増える。
再び計測。
「さらに落ちた」
三つ目。
脇腹。
──シュバッ!
傷が増えるたび、内部を巡る黒い魔力も濃くなる。
自動修復は遅くなり、魔力の流れもさらに乱れていった。
「蓄積するんだな」
一撃では小さい。
だが、傷を増やすほど効果も強くなる。
蓮はそのまま時間を置く。
やがて、魔導人形の内部に残っていた黒い魔力が少しずつ薄れていった。
修復速度も戻り始める。
「永続じゃない」
時間が経てば消える。
だが、消える前に新たな傷を増やせば、呪いは重なっていく。
蓮はノートへ書き込んだ。
『特殊効果
・斬撃で闇属性魔力を付与
・治癒、修復を遅らせる
・魔力循環を乱す
・傷を増やすほど効果が蓄積
・時間経過で徐々に回復』
「治癒を止めるんじゃない。遅らせる」
さらに。
「魔力を使えなくするわけでもない。流れを乱して、効率を落とす」
一度切っただけで、相手を無力化できる能力ではない。
それでも、戦いが長引くほど、傷が増えるほど、相手は確実に不利になっていく。
「再生する相手とは、かなり相性がよさそうだな」
こくり。
ゴロが自分の刃を見る。
そして、少し得意げに胸を張った。
◇
「次は防御」
物理攻撃用の魔導人形を起動する。
まずは拳。
ゴロは避けず、正面から受ける。
──ガンッ!
黒い胸へ拳が叩き込まれた。
身体が僅かに後ろへ揺れ、胸の表面に細い亀裂が走る。
「石ノ体より脆いな」
同じ程度の攻撃なら、≪石ノ体≫の損傷はもっと小さい。
≪黒曜ノ体≫は違う。
表面そのものは硬い。
だが、強い衝撃を受けると亀裂が入りやすい。
続いてハンマー。
──ドゴッ!
肩へ直撃。
──ピシッ!
亀裂が広がった。
「やっぱり強い打撃には弱いか」
ゴロも傷付いた肩を見る。
次は剣。
魔導人形が振り下ろす。
──ギィンッ!
刃が黒い表面を滑った。
浅い傷。
拳やハンマーより、損傷は小さい。
続いて槍。
──ギィンッ!
穂先も表面を滑る。
「斬撃や刺突は受け流しやすい」
硬く、滑らかな表面。
角度のある攻撃なら、刃先が逸れやすい。
ただし。
「正面から耐えるなら、石ノ体の方が上だな」
≪黒曜ノ体≫は、攻撃を受け続ける肉体ではない。
速く動いて避け、刃で反撃する。
そういう身体なのだろう。
蓮は少し考える。
「腕で受けてみよう」
こくり。
剣を持った魔導人形を再び起動する。
刃が振り下ろされた。
ゴロが右腕を持ち上げる。
黒い刃と魔導人形の剣がぶつかった。
──ガキィンッ!
甲高い音。
ゴロの腕は、ほとんど傷付いていない。
それどころか、魔導人形の剣へ細い傷が入っている。
「おっ」
もう一度。
今度は槍。
突き出された穂先へ、ゴロが腕の刃を合わせる。
──ギィンッ!
穂先が横へ弾かれた。
触れた場所には、深い傷が刻まれている。
「刃で受ければ、相手側を傷つけられるのか」
単に硬いだけではない。
触れれば切れる。
その性質は、防御にも使える。
ただし、相手の攻撃へ刃を合わせる必要がある。
「防御というより、受け流しだな」
ゴロが両腕を構える。
相手の攻撃へ刃を合わせ、逸らす。
そのまま反撃へ繋げる。
≪黒曜ノ体≫に合った戦い方だった。
蓮はノートへ書き込む。
『防御性能
・強い打撃に弱い
・石ノ体より亀裂が入りやすい
・斬撃、刺突を受け流しやすい
・腕の刃で受ければ相手を傷つけられる』
◇
続いて属性耐性。
今使っている訓練施設では、各属性の攻撃を受けることはできる。
だが、属性を持った標的を用意することはできない。
つまり、≪黒曜ノ体≫が何属性の攻撃に強いのかは調べられる。
その一方で、≪黒曜ノ体≫の攻撃がどの属性の相手へ通りやすいのかまでは分からない。
「いつものように受ける側だけだな」
こくり。
地。
水。
火。
風。
雷。
順番に攻撃を受ける。
結果、属性そのものによる極端な変化は見られなかった。
地属性の土塊は、物理的な衝撃が大きい分だけ亀裂が入りやすい。
水を浴びても変化なし。
炎を受けても損傷はない。
風刃は滑らかな表面で逸れやすいが、それは属性というより攻撃の形によるもの。
雷も表面を走るだけで、大きな影響はない。
「地と風は普通。水、火、雷には少し強い感じか」
残るは二つ。
光と闇。
「まず光から」
装置へ魔力が集まる。
眩い光弾。
──シュンッ!
≪黒曜ノ体≫の胸へ直撃した。
その瞬間、ゴロの身体が大きく揺れる。
「……っ!」
艶のある漆黒の表面。
そこを巡っていた闇属性魔力が、一気に乱れた。
「≪魔力視≫」
蓮がすぐに確認する。
光属性魔力が、≪黒曜ノ体≫を巡る闇属性魔力へ食い込んでいる。
互いに触れ、削り合う。
その中でも明らかに≪黒曜ノ体≫側の乱れが大きい。
「光は苦手か」
もう一発。
──シュンッ!
ゴロが受ける。
先ほどより、身体の艶が僅かに失われた。
動きにも少し鈍さが出ている。
「弱点で間違いなさそうだな」
次は闇属性。
黒い弾丸が放たれる。
──ドンッ!
≪黒曜ノ体≫へ直撃。
だが、光とは違う。
身体を巡る闇属性魔力は、ほとんど乱れない。
ゴロ自身の反応も小さい。
「闇には強いな」
蓮はノートへ書き込んだ。
『属性耐性
地:-
水:○
火:○
風:-
雷:○
光:×
闇:◎』
ただし、これは受けた場合だけ。
「攻撃側の相性は、今の施設じゃ調べられないな」
昨日。
“闇骨墓地”で≪水晶ノ体≫を使った時、光属性を持つ攻撃は闇属性の魔物へよく通った。
ならば、逆はどうなのか。
≪黒曜ノ体≫の攻撃が光属性へ有効なのか。
闇属性同士では通りにくいのか。
「そこは保留だな」
今ある設備だけでは判断できない。
推測で決める必要もない。
確かめられる機会が来た時に、調べればいい。
◇
「最後はスキル」
ゴロが頷く。
まずは。
「≪大地ノ拳≫!」
ゴロの右拳へ地属性魔力が集まる。
黒い拳が硬さを増し、そのまま標的へ。
──ドゴッ!
大きくへこんだ。
「威力は上がるな」
通常通り、≪大地ノ拳≫によって拳の硬さと打撃力が強化されている。
蓮はそのまま標的を見る。
だが、黒い魔力は残っていない。
「殴るだけじゃ、呪いは付かないか」
≪黒曜ノ体≫の呪いは、ただ触れれば付与されるわけではない。
刃で傷を作った時、そこから闇属性魔力が入り込む。
なら。
「そのまま、今度は刃を掠めさせてみてくれ」
こくり。
≪大地ノ拳≫を発動したまま、ゴロが標的へ踏み込む。
ただし、拳を正面から叩き込むのではない。
標的の脇を掠めるように拳を振り抜き、小指側から伸びた刃だけをその表面へ走らせた。
──シュッ!
鋭い傷が刻まれる。
蓮は切断面を確認する。
「切れ味は……変わらないな」
通常時と比べても、傷の深さに大きな違いはない。
だが。
「……呪いは強くなってる」
≪魔力視≫で見る。
傷口へ残った闇属性魔力は、通常の斬撃より明らかに濃い。
「なるほど」
≪大地ノ拳≫が強化するのは、あくまで拳。
刃そのものが鋭くなるわけではない。
それでも、スキル発動中は≪黒曜ノ体≫が持つ呪いの性質そのものが強くなっているらしい。
ただし、傷を作らなければその呪いを相手へ入り込ませることはできない。
「スキルを使うと呪いは強くなる。でも、傷が必要なのは変わらないってことか」
こくり。
「じゃあ……次は角撃だな」
蓮は少し考える。
≪大地ノ拳≫は打撃。
対して、≪大地ノ角撃≫は角を作り、相手へ突き刺すスキルだ。
「刺突だとどうなる?」
ゴロが額を向ける。
「≪大地ノ角撃≫!」
額へ地属性魔力が集まる。
その瞬間。
「……お?」
形成された角が、いつもより細く鋭く伸びている。
「形が違う」
ゴロが床を蹴る。
──ダッ!
加速。
そのまま標的へ。
──ドゴォンッ!
鋭い角が深く突き刺さった。
ゴロが離れた後、蓮はすぐに傷口を確認する。
「深いな」
通常の≪大地ノ角撃≫より、明らかに突き刺さり方が違う。
さらに。
「≪魔力視≫」
傷口には、濃い闇属性魔力が残っている。
「呪いも強い」
通常の刃で傷を付けた時より、残った闇属性魔力は濃い。
それだけではない。
傷の深さも、これまで他の肉体で≪大地ノ角撃≫を使った時より明らかに深かった。
「角撃そのものも強くなってるな」
≪黒曜ノ体≫では、形成された角がより細く鋭い。
その分、標的へ深く突き刺さっている。
さらに、深く傷を作ったことで、そこへ残る呪いも強くなっていた。
「こっちはかなり相性がいいな」
こくり。
≪大地ノ拳≫では見られなかった変化。
打撃と刺突。
その違いが関係しているのかもしれない。
「もう少し試そう」
続いて。
「≪大地ノ衝撃≫!」
ゴロが拳を床へ叩き込む。
──ドゴォンッ!
衝撃が周囲へ広がる。
威力は、他の肉体で使った時と大きく変わらない。
そして、衝撃を受けた場所にも闇属性魔力は残っていない。
「これは普通か」
≪大地ノ衝撃≫も問題なく発動する。
だが、≪黒曜ノ体≫だからこその追加効果は見られない。
傷を作らない以上、強化された呪いも相手へ入らない。
「次。≪大地ノ棘≫!」
ゴロが床を踏み込む。
だが、何も起きない。
「……不発か」
もう一度。
結果は同じ。
続いて。
「≪大地ノ砲拳≫!」
ゴロが右腕を構える。
しかし、いつまで待っても腕が砲身へ変化することはなかった。
「こっちも駄目か」
蓮は二つのスキルを見比べる。
≪大地ノ棘≫。
離れた場所へ棘を発生させる。
≪大地ノ砲拳≫。
肉体に応じた物質を弾として撃ち出す。
どちらも、離れた相手を攻撃するためのスキルだ。
「やはり遠距離攻撃系は使えないか……」
あと一つ残っている。
「≪大地ノ甲殻≫!」
ゴロの全身へ地属性魔力が広がる。
次の瞬間。
身体の表面そのものが、より厚く硬い甲殻へと変化した。
≪黒曜ノ体≫の艶が僅かに失われ、代わりに重厚な質感へ変わる。
「やはりこっちは使えるな」
蓮がハンマーを持った魔導人形を起動する。
──ドゴッ!
胸へ直撃。
先ほどと同じ威力。
だが、亀裂は浅い。
「これは使える」
強打に弱い≪黒曜ノ体≫。
その弱点を、≪大地ノ甲殻≫で補える。
もちろん、発動中は魔力を使う。
常に維持するより、大きな攻撃を受ける瞬間や回避できない時に使う方がよさそうだ。
ゴロが甲殻を解除する。
再び、艶のある漆黒の身体へ戻った。
「……なるほど」
蓮はここまでの結果を見返す。
≪大地ノ拳≫。
発動。
スキル中は呪いが強化。
ただし、傷を作らなければ付与されない。
≪大地ノ角撃≫。
発動。
他の肉体で使う時より角が鋭くなり、刺突性能が上昇。
呪いも強化。
≪大地ノ衝撃≫。
発動。
追加効果なし。
≪大地ノ棘≫。
不発。
≪大地ノ砲拳≫。
不発。
≪大地ノ甲殻≫。
発動。
「近距離攻撃系は使える。遠距離攻撃系は使えない。防御系は問題なし」
そこまで整理して、蓮は以前の検証記録を見る。
「……やはり水晶ノ体と逆か」
ゴロが蓮を見る。
≪水晶ノ体≫。
近接攻撃系のスキルは使えない。
その代わり、遠距離攻撃系は使用できる。
さらに、その中でも射出系のスキルは通常より強くなった。
対して、≪黒曜ノ体≫は。
近距離攻撃系を使える。
遠距離攻撃系は使えない。
防御系を使えるのは同じ。
「攻撃スキルの適性だけなら、ほとんど反対だな」
こくり。
そして、もう一つ。
≪大地ノ拳≫と≪大地ノ角撃≫にも違いがあった。
拳では、スキルを使うことで呪いそのものは強くなった。
だが、刃の切れ味までは変わらない。
一方、≪大地ノ角撃≫では角そのものが鋭くなり、他の肉体で使う時より刺突性能そのものまで大きく上がっていた。
「水晶が射出系なら……黒曜は鋭い攻撃か」
蓮の視線が、ゴロの両腕へ移る。
≪黒曜ノ体≫の最大の特徴。
鋭い刃。
そして、同じように鋭さを使う≪大地ノ角撃≫では、その性質がさらに強く現れていた。
「遠距離攻撃を使えない代わりに、刃や刺突みたいな攻撃は他の肉体より強くなる」
打撃系は普通に使える。
スキルを発動すれば、≪黒曜ノ体≫の呪いそのものも強くなる。
ただし、呪いを相手へ入れるには傷を作る必要がある。
そして、刃や角のように相手へ傷を刻む鋭い攻撃なら、攻撃性能そのものまで追加で強化される。
「かなり特徴がはっきりしてるな」
こくり。
ゴロも自分の両腕を見る。
蓮もその刃へ視線を向けた。
「ただ、今あるスキルだと、この刃そのものを直接強化するものはないんだよな」
こくり。
「ここは、まだ伸ばせそうだな」
ゴロが顔を上げる。
「刃に特化した近距離スキルがあれば、もっと噛み合うはずだ」
腕の刃へ魔力を集中する。
切断力そのものを高める。
スキルによって呪いも強くなる。
そのうえ、≪黒曜ノ体≫との適性まで重なれば、攻撃そのものもさらに強くなるかもしれない。
「≪大地ノ手刀≫……とか?」
ゴロが右腕を持ち上げ、手刀を作るように構える。
蓮が笑う。
「まあ、そんな都合よく覚えられるかは分からないけどな」
こくり。
それでも、ゴロは少し楽しそうだった。
◇
一通りの検証を終え、蓮はベンチへ座り、ノートを開いた。
ゴロも隣から覗き込む。
『黒曜ノ体
維持魔力
・他の変化型と同程度
・以前より負担割合は低下
*総魔力量、魔力回復量の増加が主な要因と推測
移動性能
・石ノ体、火岩ノ体より速い
・砂塵ノ体より遅い
・急停止、方向転換に優れる
・細かな動きに向く
攻撃性能
・打撃力は石ノ体より低い
・腕の刃による高い切断力
・斬撃で闇属性の呪いを付与
呪い
・傷口から闇属性魔力が入り込む
・治癒、修復を遅らせる
・魔力循環を乱す
・傷を増やすほど効果が蓄積
・時間経過で薄れる
防御性能
・強い打撃に弱い
・石ノ体より亀裂が入りやすい
・斬撃、刺突を受け流しやすい
・腕の刃で受ければ相手を傷つけられる
属性耐性
地:-
水:○
火:○
風:-
雷:○
光:×
闇:◎
攻撃側の属性相性
・未検証
スキル
・近距離攻撃系:使用可
・遠距離攻撃系:使用不可
・防御系:使用可
・スキル発動中は呪いが強化
・呪いの付与には傷が必要
・≪大地ノ拳≫:使用可。刃の切れ味は強化されない
・≪大地ノ角撃≫:相性◎。他の肉体より刺突性能が上昇
・≪大地ノ衝撃≫:使用可。追加効果なし
・≪大地ノ棘≫:使用不可
・≪大地ノ砲拳≫:使用不可
・≪大地ノ甲殻≫:使用可。打撃への弱さを補える
・鋭い攻撃との相性が高い
・刃を直接強化するスキルは現状なし』
最後まで書き終え、蓮は改めて≪黒曜ノ体≫となったゴロを見る。
速い。
鋭い。
そして、傷を刻むほど相手へ呪いを蓄積させていく。
≪石ノ体≫のように、正面から受け止めて殴り合う肉体ではない。
≪砂塵ノ体≫ほどの速度もない。
だが。
止まる。
曲がる。
踏み込む。
細かな動きに優れ、相手の攻撃をかわしながら腕の刃で傷を増やしていく。
さらに、一度傷を付ければ治癒や修復を遅らせ、魔力の流れまで乱す。
「頑丈な相手ほど、黒曜の呪いが生きそうだな」
再生能力を持つ敵。
一撃では倒せない大型の敵。
魔力を使う攻撃を多用する敵。
そうした相手なら、傷を重ねるほど≪黒曜ノ体≫の強みが大きくなっていく。
それだけではない。
≪大地ノ角撃≫のような鋭さを使う近距離攻撃なら、他の肉体で使う時以上の威力を発揮する。
遠距離攻撃系のスキルを使えない代わりに、接近して傷を刻む戦いでは大きな強みを持っている。
ただし、強い打撃には弱い。
光属性も苦手。
何も考えず正面から殴り合えば、≪石ノ体≫の方が安定する。
「使う相手は選ぶな」
こくり。
だが、それでいい。
ゴロの肉体は、どれか一つが全てに優れているわけではない。
泥。
電晶。
火岩。
砂塵。
水晶。
そして、黒曜。
相手を見て。
状況を見て。
最も合う肉体を選ぶ。
それが、ゴロの強さだ。
蓮はノートへ視線を戻す。
そして、もう一つ。
今日の検証で改めて分かったことがある。
「≪魔力視≫……かなり使えるな」
肉眼だけでは分からなかった。
傷口へ残った闇属性魔力。
呪いによって乱された魔力の流れ。
光属性を受けた時に弱まる闇属性魔力。
そして、肉体を維持するため絶えず流れ続ける魔力。
それらを≪魔力視≫なら目で追うことができた。
「やっぱり、便利だな」
使い手次第で大きく化けるスキル。
≪魔力視≫がそういう能力だということは、選ぶ前から知っていた。
そして、実際に使ってみて、その評価にも納得できた。
見える。
だから、比べられる。
比べられるから違いに気付ける。
そして、違いが分かれば使い方を考えられる。
蓮が今までやってきたことと、これ以上なく噛み合っている。
「俺には、かなり相性がいいな」
ゴロが大きく頷く。
そして。
──カンッ。
黒い胸を叩いた。
蓮も笑う。
ランクアップ。
“大地石偶”への進化。
≪魔力視≫。
≪黒曜ノ体≫。
一つずつ、新しく得た力の正体が見えてきた。
「これで、一通り確認できたな」
蓮はノートを閉じる。
明日には、今回の遠征も終わる。
学園へ戻れば、まず待っているのは金曜日の週次ランキング戦。
ランクアップして“大地石偶”へ進化したゴロ。
その姿で戦う初めてのランキング戦だ。
「まずは、そこでどこまで変わったかだな」
こくり。
ゴロの深緑の瞳が輝く。
以前より強くなった身体。
増えた魔力。
新たに得た≪魔力視≫。
そして、≪黒曜ノ体≫。
今回の遠征で得たものは多い。
だが、検証で分かることと、実戦で分かることは違う。
今のゴロが、学園の召喚士たちを相手にどこまで戦えるのか。
それを確かめるのも楽しみだった。
さらに、ランキング戦が終わればまた神社を巡る。
そして、日曜日と火曜日には迷宮へ向かう。
次に挑むのは、これまでより危険なE級迷宮。
強くなったゴロがそこでどこまで通用するのか。
どんな魔物が待っているのか。
そして、また新しい力へ繋がるものがあるのか。
まだ分からない。
だからこそ。
「楽しみだな」
こくり。
ゴロが大きく頷く。
その深緑の瞳を見て、蓮も笑った。
ランキング戦。
神社巡り。
そして、初めてのE級迷宮制覇。
これから試したいことは、まだいくらでもある。
強くなったゴロと、次はどこまで行けるのか。
蓮の胸には、不安よりも、その先を確かめたいという気持ちの方がずっと大きかった。




