第28話 Eランク
翌朝。
蓮はホテルのベッドでゆっくりと目を開いた。
身体の奥に、不思議な高揚感が残っている。
疲労はない。
むしろ、いつもより身体が軽く感じられた。
「ランクアップは……終わったみたいだな」
昨日。
“闇骨墓地”を攻略した後、蓮はホテルへ戻ってからゴロと共にランクアップを行った。
ランクアップを始めると、強烈な眠気に襲われる。
そのまましばらく眠り、その間に身体や魔力が新たな段階へ適応していく。
だからこそ、ランクアップは安全を確保できる場所で行う。
迷宮内などで行わないことは、学園の授業でも注意事項として教えられていた。
蓮もそれに従い、ホテルへ戻ってから実行した。
ベッドへ横になった後、急激に意識が遠のいていったところまでは覚えている。
そして、目を覚ませば朝になっていた。
今日は水曜日。
もともと迷宮攻略が長引いた時のために空けていた予備日だ。
予定もない。
ランクアップ後の変化を確かめるには、ちょうどいい。
蓮は身体を起こし、隣へ目を向けた。
「……ゴロ?」
いつもなら、ベッドの隣か床の上にいるはずだった。
だが、どこにもいない。
一瞬だけ眉を寄せる。
そして、すぐに思い出した。
「そうか。ランクアップすると、一度召喚が解除されるんだったな」
これも学園の授業で教わったことだ。
ランクアップ中は、召喚獣も進化のために召喚獣界へ戻される。
ランクアップが完了した後、改めて召喚する必要がある。
契約そのものが切れるわけではない。
蓮もゴロとの繋がりを、はっきりと感じていた。
「なら、問題ないな」
ベッドから降り、右手を前へ伸ばす。
「来い、ゴロ」
足元に召喚陣が浮かび上がった。
淡い光がホテルの一室を照らし、その中央へ小さな人影が形作られていく。
やがて、光が収まる。
「おはよう、ゴロ」
ゴロは蓮の姿を見るなり、大きく頷いた。
そして。
──こんっ。
嬉しそうに胸を叩く。
蓮も笑いかけて。
「俺も会えて──」
そこで、言葉が止まった。
「……ん?」
いつもと違う、硬い音。
改めてゴロを見る。
昨日まで茶色い土で形作られていた身体が、今は灰色へ変わっている。
表面も硬質で、細かな凹凸があった。
土ではない。
石だ。
「ゴロ」
呼び止められ、ゴロが首を傾げる。
「お前、身体が変わってるぞ」
こてん。
さらに首が傾いた。
どうやら本人は気付いていないらしい。
蓮は部屋に備え付けられた姿見を指差す。
「ほら」
ゴロが鏡の前へ移動し、自分の姿を見る。
数秒。
じっと見つめて。
──びくっ。
肩が大きく跳ねた。
慌てて自分の腕へ触れる。
胸を触り、脚を見る。
そして、もう一度鏡を見る。
「気付いてなかったのか?」
こくこく。
ゴロが勢いよく頷く。
驚いてはいる。
だが、それ以上に嬉しいらしい。
灰色の腕を曲げる。
拳を握る。
最後に胸を張り。
──こんっ。
いつものように叩いた胸から、これまでとは違う硬い音が返ってきた。
ゴロが目を丸くする。
蓮は思わず笑った。
「まずはステータスを確認しよう」
こくり。
ゴロもすぐ隣へ並ぶ。
蓮は自身のステータスを開いた。
──────────────────────
【岩崎蓮】
召喚士ランク:F級 → E級
スキル:
≪修復再生≫
新規スキル選択:
・≪魔力視≫
・≪思考加速≫
・≪弱点増幅≫
※一つ選択可能
──────────────────────
「新しいスキル……」
ランクアップすると、新たなスキルを一つ獲得できる。
ただし、好きなスキルを自由に選べるわけではない。
それまでの行動。
戦い方。
経験。
本人の適性。
そうしたものから、いくつかの候補が選ばれる。
そして、その中から一つだけ自分で選ぶ。
蓮は三つの候補へ目を通す。
≪思考加速≫。
一時的に思考速度を高めるスキル。
戦闘中の状況判断や、肉体を切り替える判断を早められる。
次に。
≪弱点増幅≫。
召喚獣が相手の弱点を突いた際、その攻撃威力を上昇させるスキル。
「これも強いな」
属性相性。
攻撃方法。
身体の構造。
蓮はこれまで、相手の弱点を探し、それに合った肉体で戦ってきた。
その戦い方を、そのまま強化できる。
だからこそ、候補に現れたのだろう。
だが、蓮の視線は残る一つへ向かった。
≪魔力視≫。
「……これはいいな」
魔力の流れや濃淡を、通常より鮮明に視認するスキル。
それ自体は、決して珍しい能力ではない。
だが、見える情報をどこまで読み取れるかで、その価値は大きく変わる。
魔力が集まっている場所。
流れが乱れている場所。
属性ごとの魔力の違い。
そこから何を読み取り、どう利用するのか。
使い手次第で化ける。
「……これだな」
≪思考加速≫も強い。
≪弱点増幅≫も、今の戦い方と相性がいい。
それでも、戦闘中の観察。
ゴロの肉体の検証。
まだ分かっていない能力の解析。
そのすべてに使えるのは、≪魔力視≫だった。
今まで感覚で判断していた部分も、より細かく調べられるかもしれない。
「≪魔力視≫を選ぶ」
蓮が表示へ触れる。
──────────────────────
スキルを獲得しました。
≪魔力視≫ NEW!
──────────────────────
「これなら、色々と試せそうだな」
蓮が笑う。
ゴロも嬉しそうに拍手した。
「じゃあ、次はゴロだな」
蓮は次に、ゴロのステータスを開いた。
──────────────────────
【ゴロ】
種族:大地土偶 → 大地石偶
存在階位:F-MAX → E1
──────────────────────
「大地石偶……」
蓮は改めてゴロを見る。
灰色の身体。
硬質化した表面。
姿が変わったのは、種族そのものが進化したかららしい。
そして。
「存在階位も、ちゃんと上がってるな」
F-MAX。
長い間、そこで止まっていた表示が、ついにEへ変わっている。
「これで、また成長できる」
こくり。
ゴロも嬉しそうに頷いた。
蓮は表示を眺めながら、もう一つ気になる部分へ目を向ける。
「……因子はどうなったんだろうな」
モンスターを構成すると考えられている、複数の因子。
因子そのものがステータスへ表示されるわけではない。
種族名や習得スキル、生態、過去の進化例。
そうした情報を積み重ねた結果、研究者たちはモンスターが複数の因子を持つと考えている。
そして一般には、ランクが上がるほど保有する因子も増えるとされていた。
だが。
“大地石偶”。
名前から読み取れるのは。
[大地]。
[石偶]。
二つ。
「土偶が石偶へ変わっただけにも見えるな」
新しい因子が増えたのか。
それとも、種族名には表れない因子を持っているのか。
今の情報だけでは判断できない。
そもそも、ゴロは複数の属性迷宮を浄化し、本来の種族とは異なる肉体へ自由に姿を変えている。
一般的な因子の法則が、そのまま当てはまるとも限らない。
「これは保留だな」
蓮はノートを取り出す。
『大地石偶』
推定因子。
[大地]と[石偶]。
第三因子、不明。
短く書き残す。
今すぐ答えを出す必要はない。
情報が増えれば、いずれ分かることもあるだろう。
蓮はノートを閉じる。
「ステータスの確認はこれくらいか」
ゴロが頷く。
新しいスキル。
新しい種族。
上がった存在階位。
分かったことは多い。
だが、数字や文字を見るだけでは足りない。
蓮は石となったゴロの身体を見る。
「今度は、実際にどれくらい変わったのか調べよう」
こくり。
ゴロが待っていたと言わんばかりに拳を握る。
──こんっ。
再び石の胸を叩いた。
◇
朝食を済ませた後。
蓮はゴロと共に、現地の召喚士ギルドへ向かった。
受付を済ませ、そのまま訓練施設へ入る。
蓮はバッグからノートと筆記用具を取り出した。
「今日確認するのは、石ノ体と昨日手に入れた黒曜ノ体の二つだ。まずは基本形態の石ノ体からだな」
こくり。
“大地土偶”から“大地石偶”へ。
基本となる身体は、土から石へ変わった。
見た目だけではなく、性能も変化しているはずだ。
「最初は移動性能からだな」
こくり。
ゴロが訓練場の端へ移動する。
「始め!」
短い脚で床を強く蹴る。
──ダッ!
灰色の身体が前へ走り出した。
蓮は時間を確認する。
「……ほとんど変わらないな」
以前の土ノ体と比べても、速度に大きな差はない。
もう一度。
直線。
急停止。
方向転換。
何度か繰り返す。
結果は同じだった。
「土ノ体と同じくらいか」
ゴロが頷く。
蓮もその結果を受け入れかけたが、ふと何かが引っかかった。
改めて、石となったゴロの身体を見る。
「いや……同じなのも変か」
土から石へ。
身体は明らかに重くなっている。
それにもかかわらず、移動速度は落ちていない。
「存在階位が上がって身体能力も強くなった。その分で、石になった重さを補ってるのか」
少なくとも、石へ進化したことで動きが鈍くなったわけではない。
蓮はノートへ書き込む。
『移動性能:
土ノ体とほぼ同等。
重量増加による速度低下なし』
「基本形態としては十分だな」
こくり。
ゴロも満足そうに頷いた。
◇
「次は攻撃力」
蓮は訓練用の標的を起動する。
「普通に殴ってみてくれ」
こくり。
ゴロが標的の前へ立つ。
短い脚で床を踏み締め、長く太い右腕を引いた。
そして。
──ドゴッ!
灰色の拳が標的へ突き刺さる。
大きく揺れた標的には、深いへこみが残った。
「やっぱり上がってるな」
以前の土ノ体より、明らかに威力が高い。
石になったことで拳そのものが重くなっている。
さらに、踏み込みや腕を振る力も強くなっていた。
「もう一回」
──ドゴンッ!
さらに深く標的がへこむ。
ゴロは自分の拳を見つめ、満足そうに頷いた。
──こんっ。
石の胸を叩く。
「でも、これも石になった影響だけとは限らないな」
先ほどの移動性能。
身体は明らかに重くなっている。
それでも、土ノ体と同じ速度を維持できていた。
存在階位が上がったことで、身体を動かす力そのものも強くなっている可能性が高い。
「他の肉体でも確認しよう」
こくり。
≪泥ノ体≫。
≪電晶ノ体≫。
≪火岩ノ体≫。
いくつかの肉体へ変化させ、同じ標的を同じ条件で殴らせる。
結果は分かりやすかった。
「やっぱり」
どの肉体でも、以前より攻撃威力が上がっている。
「存在階位が上がったことで、身体を動かす力そのものが強くなったんだな」
つまり、石ノ体の攻撃力上昇には。
石になったことで増した拳の重さ。
存在階位上昇による身体能力の強化。
その両方が影響している。
「分けて考えないとな」
蓮はノートへ書き込んだ。
◇
「次は防御だな」
ゴロを石ノ体へ戻し、物理攻撃用の魔導人形を起動する。
まずは槍。
──ガンッ!
鋭い穂先が灰色の胸へ突き出された。
ゴロの身体が僅かに揺れる。
だが、石の表面が少し削れただけだった。
「硬いな」
以前の土ノ体なら、衝撃を受けた部分がもっと大きく崩れていた。
続いて剣。
──ギィンッ!
表面へ浅い傷。
さらにハンマー。
──ドゴッ!
小さな亀裂が入る。
それでも、土ノ体ほど大きく崩れない。
「防御力もかなり上がってる」
念のため、≪泥ノ体≫、≪電晶ノ体≫、≪火岩ノ体≫でも確認する。
だが、どれも以前と比べて傷付き方に大きな変化はなかった。
「なるほど」
存在階位が上がっても、肉体そのものの硬さまでは変わらない。
石ノ体が硬くなったのは、土から石へ進化したからだった。
「防御力の上昇は種族進化の影響か。存在階位が上がっても、防御力はこれまで通り変わらないみたいだな」
こくり。
ゴロも納得したように頷いた。
◇
次は属性耐性。
土ノ体の属性相性はすでに調べている。
そのため、全てを一から細かく確認する必要はない。
火。
風。
雷。
いくつかの属性攻撃を受けさせる。
結果は、土ノ体と大きく変わらなかった。
「基本的な属性相性はそのままみたいだな」
そして、一番確認したかった水。
蓮は水属性の訓練装置を起動する。
「いくぞ」
こくり。
──バシャッ!
水球がゴロの胸へ直撃する。
水が石の表面を伝い、床へ流れ落ちる。
以前の土ノ体なら、水分を吸った場所から徐々に脆くなっていた。
だが。
「……変わらないな」
石の身体は硬いまま。
さらに二度。
──バシャッ!
──バシャッ!
変化なし。
ゴロが濡れた胸へ手を当て、軽く叩く。
──こんっ。
乾いていた時と変わらない硬い音が響いた。
「水への弱点がなくなったか」
基本形態だった土ノ体は、水場では使いづらかった。
だが、石ノ体ならその弱点を気にせず戦える。
「これは大きいな」
ゴロも嬉しそうに頷いた。
◇
「次はスキルだな」
まずは≪大地ノ拳≫。
「≪大地ノ拳≫!」
ゴロの右拳へ地属性魔力が集まる。
そのまま標的へ踏み込み。
──ドゴォンッ!
大きな衝撃音。
標的の中央が、通常の拳よりさらに深くへこんだ。
「威力も上がってるな」
石になったことで増した拳の重さ。
存在階位上昇による身体能力の強化。
その両方が、スキル使用時にも反映されているらしい。
だが、蓮はそこで別のことに気付いた。
「……あれ?」
ゴロの残り魔力を確認する。
減ってはいる。
だが、以前より減った割合が小さい。
「もう一回やってみよう。≪大地ノ拳≫!」
──ドゴンッ!
再び残り魔力を確認する。
やはり同じだった。
以前なら、二度使えばもう少し残り魔力が減っていたはずだ。
「消費魔力が少なくなった……?」
一度はそう考える。
だが。
「石ノ体だけの変化かもしれないな」
蓮はゴロへ別の肉体へ変わるよう指示した。
≪泥ノ体≫。
≪電晶ノ体≫。
≪火岩ノ体≫。
それぞれで≪大地ノ拳≫を一度ずつ使わせ、残り魔力を確認する。
結果は同じだった。
どの肉体でも、以前より減る割合が小さい。
「石ノ体だけじゃないか」
ならば、石へ進化したことで≪大地ノ拳≫の消費効率が上がったわけではない。
考えられるのは二つ。
ランクアップによって、≪大地ノ拳≫そのものの消費魔力が減った。
あるいは、ゴロの総魔力量が増えたことで、同じ消費量でも減る割合が小さく見えている。
「まだ、どっちとも言えないな」
蓮は≪魔力視≫を使ってゴロを見る。
これまで感覚でしか捉えられなかった魔力が、濃淡や流れとなって視界へ浮かび上がる。
ただし。
≪魔力視≫を手に入れたのは、今回のランクアップ後だ。
ランクアップ前のゴロを、同じ条件で見た記録はない。
「今の濃さだけ見ても、前とは比べられないか」
ならば、今できる範囲で確かめるしかない。
続けて。
≪大地ノ角撃≫。
≪大地ノ甲殻≫。
≪大地ノ衝撃≫。
≪大地ノ棘≫。
≪大地ノ砲拳≫。
一通り試していく。
どれも問題なく発動した。
石ノ体だからこそ生まれる、新しい追加効果も見られない。
そして、どのスキルでも以前より残り魔力の減る割合は小さかった。
「全部同じ傾向か……」
複数のスキルがまとめて低燃費になった可能性もある。
だが、ランクアップによって総魔力量そのものが増えたと考える方が、今のところは自然だった。
「スキルそのものに大きな変化はなし。魔力は……総量が増えた可能性が高そうだな」
蓮はそう書き残した。
◇
最後に確認するのは、魔力の自然回復。
先ほどスキルで消費した魔力が、どれくらいの速さで戻るのかを測る。
しばらく待ち、蓮は記録を確認した。
「……割合だけなら落ちてるな」
地属性迷宮を浄化した後。
土ノ体は、それ以前よりも魔力の回復割合が高くなっていた。
だが、今の石ノ体はその時よりも低い。
正確には、地属性迷宮を浄化する前の土ノ体とほぼ同程度だった。
ただ。
蓮はそのまま時間を確認する。
「でも、戻るのは前より早いか」
以前、土ノ体で≪大地ノ拳≫を使った時。
その一回分の消費を取り戻すまでには、もう少し時間が掛かっていた。
今は、それより早い。
もし≪大地ノ拳≫そのものの消費魔力量が変わっていないのなら、同じ魔力量を以前より短い時間で回復していることになる。
「回復量そのものも増えてる可能性はあるな」
もちろん、ランクアップによってスキルの消費魔力自体が減っている可能性も、まだ残っている。
今の時点では、正確な魔力量までは測れない。
それでも。
総魔力量が増えている可能性は高い。
回復についても、少なくとも悪くなったとは言えない。
「なら、今のところ問題はないか」
むしろ、一度経験したことを考えれば。
「また地属性迷宮を浄化すれば、回復する割合も上がるかもしれないな」
もちろん、実際に試すまでは分からない。
蓮は結果をノートへまとめた。
『石ノ体
・土ノ体から進化した基本形態
・移動性能は土ノ体とほぼ同等
・重量増加による速度低下なし
・攻撃力上昇
・防御力上昇
・基本的な属性相性は土ノ体と同じ
・水への弱点が消失
・スキルに新たな追加効果なし
・魔力の回復割合は地属性浄化後の土ノ体より低下』
さらに、その下へ。
『ランクアップによる変化
・身体能力上昇
・攻撃性能上昇
・総魔力量増加の可能性が高い
・魔力回復量増加の可能性あり
・スキル消費効率上昇の可能性も残る
・肉体固有の防御性能は変化なし』
「こんなところか」
ゴロが隣からノートを覗き込む。
「特殊な能力はないけど、基本形態としてはかなり安定してるな」
こくこく。
泥の拘束。
電晶の電撃。
火岩の蓄熱。
砂塵の速度。
水晶の遠距離攻撃。
そうした分かりやすい特徴はない。
その代わり。
攻めてもいい。
守ってもいい。
相手を選ばず使いやすい。
「土ノ体の正統進化って感じだな」
ゴロは誇らしげに胸を張る。
──こんっ。
石の胸から硬い音が響いた。
蓮は笑いながらノートを閉じる。
「石ノ体の検証は、これくらいでいいだろう」
これで、ランクアップによる変化と“大地石偶”への進化。
その二つは大まかに把握できた。
だが、まだ終わりではない。
むしろ、本命はもう一つ残っている。
蓮は昨日のことを思い出す。
“闇骨墓地”。
砕けた迷宮核。
そして、一瞬だけ現れた漆黒の身体。
「次は、昨日手に入れた肉体だ」
ゴロも待っていたように身を乗り出す。
蓮は小さく笑った。
「≪黒曜ノ体≫」
黒い光がゴロの全身を包む。
灰色だった石の身体が、ゆっくりと漆黒へ染まっていく。
表面には艶が生まれ、両腕の小指側から肘へかけて鋭い刃が伸びていった。
やがて、光が収まる。
訓練場の照明を受け、二本の黒い刃が鈍く輝く。
蓮はその姿を改めて見つめた。
「……さて」
昨日は、ほんの数秒しか見られなかった。
どれほど速いのか。
どれほど鋭いのか。
そして、この肉体にはどんな力が隠されているのか。
蓮の口元が自然と上がる。
「今度は、じっくり調べようか」
こくり。
≪黒曜ノ体≫となったゴロが、力強く頷いた。
そして、胸を叩く。
──カンッ。
漆黒の身体から、硬く澄んだ音が響いた。




