第25話 光蟲花園
日曜日。
蓮とゴロは、F級光属性迷宮──“光蟲花園”へ到着していた。
山中に広がる花畑。
その中央には、古びた石造りの門が静かに佇んでいる。
左右の門柱には、蜂や蝶、てんとう虫を思わせる蟲の彫刻。
その周囲には、光を表す放射状の紋様が細かく刻まれていた。
花畑を吹き抜ける風は穏やかで暖かい。
門の中央では、黄金色の光が静かに揺らめいている。
「ここが光蟲花園か」
蓮が小さく呟く。
隣では、戦闘形態となったゴロが周囲を見回していた。
そして。
──どんっ。
胸を叩く。
「今回は光属性だ」
こくり。
「行こう」
二人は黄金色の光へ足を踏み入れた。
◇
目の前へ広がったのは、夜の花園だった。
頭上には満天の星。
青白い月明かりが、色鮮やかな花々を優しく照らしている。
花壇は迷路のように奥へ続き、蔓には淡く発光する葉が絡み付き、足元の道筋をぼんやりと浮かび上がらせていた。
さらに、ひらひらと小さな光が飛び交う。
羽音とともに宙を舞う、光を放つ虫たちだった。
「……綺麗だな」
思わず、蓮の口から言葉が漏れる。
迷宮とは思えない。
幻想的な光景だった。
空気はほんのりと暖かく、辺り一帯を穏やかな光属性魔力が満たしている。
だが、ここも迷宮だ。
蓮はすぐに表情を切り替えた。
「行こう」
こくり。
二人は花園の奥へ進み始めた。
◇
道中。
階層ごとに、姿を現す魔物は変わっていった。
最初に現れたのは、大きな羽で飛び回り、離れた場所から光弾を放つ“光羽虫”。
次の階層では、光の鱗粉を撒き、自身の傷を癒やす“光蝶”。
さらに進んだ先では、身体を光で包み、一直線に突進してくる“光瓢虫”が現れた。
「攻略情報通りだな」
蓮は一体ずつ特徴を確認しながら進んでいく。
光羽虫は無理に追い掛けない。
距離を詰めてきた時だけ、確実に迎撃する。
──ドゴッ!
拳を受けた光羽虫が、地面へ叩き落とされる。
光蝶も、傷を癒やしながら粘る厄介さはあるが、単独なら押し切れる。
そして、光瓢虫。
一直線に突っ込んできたところへ、ゴロが拳を合わせる。
──ドゴッ!
光を纏った身体が大きく吹き飛んだ。
今のゴロにとって、F級迷宮の通常モンスターはすでに大きな脅威ではない。
階層ごとの特徴を見極め、余計な消耗を避けながら。
二人は危なげなく花園の奥へ進んでいった。
◇
やがて、道の先に黄金色のゲートが見えてきた。
最深部へ続く門。
「着いたか」
蓮は静かに息を吐く。
ゴロの魔力にも、まだ十分な余裕がある。
蓮は端末で確認していた攻略情報を思い返した。
最深部にいる主。
そして、その周囲に咲く三輪の巨大花。
花は主を回復させる。
だが同時に、最深部を照らす光源でもある。
全部壊せば回復は止まる。
代わりに、花園は完全な暗闇へ落ちる。
だから。
「花は二輪までだ」
ゴロが蓮を見る。
「一輪分の回復なら、火岩ノ体の火力で押し切れるはずだ」
こくり。
事前に考えていた作戦。
無理に未知の暗闇へ踏み込まず、回復量だけを削り、正面から倒す。
「行こう」
二人は最深部へのゲートをくぐった。
◇
黄金色の光を抜ける。
その先には、巨大な花園が広がっていた。
「これは……」
蓮が思わず息を呑む。
花園には三輪の巨大な花が咲いている。
どれも直径三メートルを超えるほど大きく、広げた花弁から柔らかな黄金色の光を放っていた。
三輪の光が重なり、夜のはずの花園を昼のように照らしている。
そして。
──ブゥゥゥン。
重々しい羽音。
三輪の巨大花の中央。
無数の光粒を羽から撒き散らしながら、一匹の巨大な蜂が宙に浮かんでいた。
黄金色の縞模様。
鋭く輝く毒針。
人間ほどもある巨体。
蜂型魔物──“光蜜蜂主”。
「ゴロ。≪火岩ノ体≫!」
こくり。
ゴロの身体が変わる。
土色の身体が白みを帯びた岩肌へ。
岩の隙間からは、赤い熱が脈打つように漏れ始めた。
その瞬間。
──ゴォォォッ!
花園を満たしていた光属性魔素が、一斉に光蜜蜂主へ流れ込む。
「迷宮強化……!」
羽が一回り大きく広がる。
腹部も膨れ、羽から溢れる光はさらに強くなった。
光蜜蜂主が口を開く。
その前方へ、黄金色の光が集まった。
「来るぞ!」
次の瞬間。
──シュシュシュシュッ!!
光る蜜で形作られた無数の針が、雨のように降り注ぐ。
「ゴロ!」
ゴロが両腕を身体の前で交差させる。
──カカカカンッ!!
光蜜針が火岩ノ体へ次々と突き刺さる。
だが、硬い岩肌を浅く削るだけ。
大きな損傷にはならない。
「よし」
遠距離攻撃は耐えられる。
なら、次は。
光蜜蜂主の羽音が変わった。
──ブゥンッ!!
一気に距離を詰めてくる。
速い。
黄金色の残光を引きながら、鋭い毒針がゴロへ迫った。
「耐えろ! ≪大地ノ拳≫!」
ゴロが拳を引く。
──ガキィッ!
毒針が火岩ノ体の肩へ突き刺さる。
硬い岩肌を削り、僅かに食い込む。
「っ……!」
浅い。
だが、高速突撃の勢いまで乗った一撃。
完全に無視できるほど軽くはない。
それでも、ゴロは止まらない。
赤熱した拳をそのまま光蜜蜂主の腹部へ叩き込んだ。
──ドゴォッ!!
巨体が吹き飛ぶ。
地面を滑り、花壇を大きく削った。
「よし!」
腹部には黒く焼け焦げた拳痕。
確かなダメージ。
しかし。
柔らかな光が、光蜜蜂主の身体を包んだ。
「……来たか」
三輪の巨大花。
そこから放たれる光が、光蜜蜂主へ吸い込まれていく。
焼け焦げた傷が、みるみる塞がっていった。
「……やっぱり速いな」
蓮は塞がっていく傷を見ながら、回復速度を確認する。
最初の一撃は、今の火力だけで押し切れるかを見るためでもあった。
だが、この回復速度では難しい。
「迷宮強化で回復力も上がってるな」
蓮はすぐに三輪の巨大花へ視線を向ける。
「予定通りいくぞ」
こくり。
「まず一輪。≪大地ノ角撃≫!」
ゴロの額から、熱を帯びた角が伸びる。
地面を蹴った。
──ドンッ!!
狙うのは、最も近い巨大花。
光蜜蜂主がそれに気付く。
──ブゥンッ!
横から回り込み、毒針をゴロへ突き刺した。
──ガキッ!
岩肌が削れる。
だが。
「無駄だ!」
ゴロは止まらない。
一直線に巨大花へ突っ込む。
──ズドォォンッ!!
角が巨大花の中心を貫いた。
花弁が弾ける。
茎が折れ、巨大な花が崩れ落ちた。
さらに、火岩ノ体の熱が移る。
──ボッ!
花弁へ火が広がった。
一輪目、破壊。
同時に、花園の明るさが僅かに落ちた。
「やっぱり暗くなるか」
攻略情報通り。
だが、まだ十分見える。
「次! ≪大地ノ角撃≫!」
二輪目。
ゴロが走る。
光蜜蜂主が阻止へ入る。
毒針が脇腹を削る。
それでも。
──ズドォォンッ!!
二輪目の巨大花も、ゴロの角撃で粉砕された。
光が消える。
花園の明るさが一気に落ちた。
残る光源は、最後の一輪だけ。
淡い黄金色の光が辛うじて周囲を照らしている。
「これでいけるか?」
蓮は光蜜蜂主を見る。
残る花は一輪。
回復量も大きく落ちている。
これなら、火岩ノ体の攻撃力が上回る。
──そう考えていた。
光蜜蜂主が再び突っ込んでくる。
「ゴロ!」
ゴロが最後の巨大花へ走った。
それを守ろうと、光蜜蜂主が進路へ割り込む。
蓮の口元が僅かに上がった。
「よし。かかった」
花へ向かったのは囮。
「≪大地ノ拳≫!」
毒針がゴロの身体へ突き刺さる。
その瞬間、赤熱した拳が光蜜蜂主の腹部へめり込んだ。
──ドゴォッ!!
光蜜蜂主が吹き飛ぶ。
地面へ墜落。
腹部には深い焦げ痕。
最後の花から淡い光が流れ込む。
傷がゆっくりと塞がっていく。
だが、遅い。
三輪あった時とは比べものにならない。
「押し切れる!」
ゴロが駆ける。
「≪大地ノ角撃≫!」
光蜜蜂主が慌てて飛び上がる。
しかし、ダメージの影響か先ほどより動きが鈍い。
角を完全には避けきれない。
──ザシュッ!
片方の羽をゴロの角が大きく裂いた。
熱が移る。
羽が焦げる。
「ギィィッ!」
光蜜蜂主が体勢を崩した。
地面へ落ちる。
「今だ!」
あと一撃。
蓮がそう判断した。
「≪大地ノ角撃≫!」
ゴロが走る。
角が光蜜蜂主を貫こうとした。
その瞬間。
「ギィィィィッ!!」
咆哮。
同時に。
──バシュンッ!!
光蜜蜂主を中心に、黄金色の障壁が弾けた。
「なっ!?」
ゴロの角が障壁へぶつかる。
次の瞬間。
──ドンッ!!
身体ごと後方へ弾き飛ばされた。
「ゴロ!」
地面を転がる。
だが、すぐにゴロは起き上がった。
そして。
──どんっ。
胸を叩く。
「……よし」
ダメージは大きくない。
蓮は息を吐き、すぐに光蜜蜂主へ視線を戻した。
周囲の光属性魔素が渦を巻いている。
「強化中は無敵か……」
光が光蜜蜂主を包む。
それだけではない。
三輪の巨大花。
砕けた二輪にも光属性魔素が集まっていた。
「まさか……」
粒子が集まる。
茎が伸びる。
花弁が一枚ずつ形を取り戻していく。
そして。
──パァァァッ!
再生した。
「花まで……!」
二輪。
完全に元へ戻っていた。
さらに、三輪すべての花弁が先ほどより大きく開く。
中心部から、黄金色に輝く花粉が噴き上がった。
光蜜蜂主も変化する。
毒針がさらに太く長く。
羽から放たれる光も一段と強くなった。
「第二段階……!」
「ギィィッ!」
光蜜蜂主が大きく羽ばたく。
黄金色の花粉が、その身体へまとわり付いた。
すると、裂けていた羽が瞬く間に塞がる。
腹部の焦げ痕も消える。
さらに。
──ブゥンッ!!
飛び上がる速度が明らかに増していた。
「回復だけじゃない……!」
羽ばたき。
加速。
身体能力そのものが引き上げられている。
蓮は歯を食いしばる。
それでも、最初の作戦をもう一度試す。
「二輪壊すぞ!」
こくり。
「≪大地ノ角撃≫!」
ゴロが走る。
一輪目。
──ズドォォンッ!!
粉砕。
続けて二輪目へ。
光蜜蜂主が横から突っ込んできた。
先ほどより速い。
毒針がゴロの背中へ突き刺さる。
──ガギィッ!
岩肌が砕ける。
今度は浅くない。
背中へはっきりと穴が空いた。
「ゴロ!」
それでも止まらない。
──ズドォォンッ!!
二輪目も砕け散る。
再び薄暗くなった花園。
残る巨大花は一輪。
「やるぞ!」
ゴロが構える。
次の瞬間。
──ブゥンッ!
光蜜蜂主が一気に距離を詰める。
鋭い毒針がゴロの肩を穿った。
──ガガッ!
それでも、火岩ノ体は止まらない。
「≪大地ノ拳≫!」
相打ち覚悟で、赤熱した拳を振るう。
──ドゴッ!
拳は確かに腹部を捉えた。
だが、第一形態の時ほど深く沈まない。
焦げ痕は残る。
それでも、傷は浅い。
「硬くなってる……!」
光蜜蜂主はすぐに距離を取った。
ゴロの追撃が来る前に高速で離脱する。
そして、残された巨大花から黄金色の花粉が舞った。
光蜜蜂主の身体へまとわり付き、浅い傷がみるみる塞がっていく。
「回復も速い……!」
三輪あった時よりは遅い。
それでも、十分すぎる回復力。
さらに。
速度。
攻撃力。
耐久力。
迷宮強化によって、そのすべてが第一形態より引き上げられていた。
再び。
──ブゥンッ!
接近。
毒針。
ゴロは避けずに受ける。
そして、相打ちの拳。
──ドゴッ!
確かに当たる。
だが、傷は浅い。
光蜜蜂主はすぐに離脱。
花粉を浴び、傷を塞ぐ。
そして、また接近する。
毒針。
相打ち。
離脱。
回復。
何度繰り返しても、決定打へ繋がらない。
火岩ノ体だからこそ、攻撃を受けながら反撃できている。
だが、こちらの傷は回復しない。
少しずつ、ゴロだけが削られていく。
「くっ……!」
蓮は最後の巨大花を見る。
一輪残す。
それが事前に立てた作戦だった。
暗闇を避け、回復量だけを減らす。
だが、迷宮強化後の光蜜蜂主には通用しない。
「……このままじゃ押し切れない」
ならば、変える。
「ゴロ!」
こくり。
「最後の一輪も壊せ!」
ゴロは迷わなかった。
最後の巨大花へ身体を向ける。
「≪大地ノ角撃≫!」
走る。
光蜜蜂主が慌てて追う。
巨大な毒針がゴロの背中へ突き刺さった。
──ズガッ!
岩肌が砕ける。
穴が空く。
それでも、ゴロは前だけを見る。
そして。
──ズドォォォンッ!!
角が巨大花を貫いた。
花弁が弾ける。
茎が折れる。
最後の一輪が粉々に砕け散った。
その瞬間──光が消えた。
◇
暗闇。
月も星もなく、自分の手さえ見えないほどの闇が花園全体を覆っていた。
「……やっぱり、何も見えないな」
蓮が僅かに表情を強張らせる。
こうなる可能性は最初から分かっていた。
だからこそ、できれば最後の一輪は残したかった。
完全に視界を失えば、それだけ戦闘の危険は増す。
それでも、戦えないわけではない。
光蜜蜂主は、飛びながら光の粒子を撒き散らしている。
姿そのものが見えなくても、その光を追えば位置は捉えられるはずだった。
「ゴロ。光を追うぞ」
こくり。
蓮は暗闇へ目を凝らす。
その時。
──すっ。
一筋の光が走った。
「いた!」
予想通り。
光蜜蜂主が撒き散らす光だ。
それを目印にすればいい。
そう思った直後。
別方向から、もう一筋。
「……え?」
さらに、三つ目。
暗闇の中を、三本の光の軌跡が別々の方向へ駆け抜けた。
「三つ……!?」
蓮の目が見開かれる。
ゴロも一瞬迷ったが、すぐに迫ってきた一つへ拳を振るう。
──ブンッ!
だが、何も捉えない。
拳は光の軌跡をすり抜け、その光だけがふっと掻き消えた。
「……消えた?」
その瞬間。
背後。
──ザシュッ!
「ギィィッ!」
本物の毒針が、ゴロの肩へ突き刺さる。
さらに、残っていたもう一つの光も何事もなかったように消えた。
蓮は今の動きを頭の中でなぞる。
拳がすり抜けた光は消えた。
もう一つも攻撃には加わらず消えた。
そして、実際に毒針を突き刺してきたのは一体だけ。
「……そういうことか」
三体に増えたわけじゃない。
本体は一体。
残りの二つは、光で作った囮だ。
仕組みは分かった。
問題は、その三つの中からどうやって本物を見分けるか。
暗闇の中で、再び三つの光が現れた。
どれも同じように光粒を撒き散らし、別々の方向へ走っていく。
「ゴロ。少し耐えてくれ」
こくり。
今は攻めるより、違いを探す方が先だ。
最も硬い火岩ノ体なら、何度か攻撃を受けても耐えられる。
蓮は三本の光を追う。
軌道。
速度。
旋回。
一つずつ確認していく。
速いものもあれば、少し遅いものもある。
だが、速いものが本物とは限らない。
急停止。
方向転換。
どれも同じように動く。
「違いがない……」
再び、三つの光が走る。
そのうち一つがゴロへ接近した。
──ザシュッ!
毒針が火岩ノ体を削る。
ゴロが振り返る頃には、すでに本物は暗闇へ離脱していた。
そして、また三つ。
「くそ……!」
攻撃してくる瞬間なら、本物だと分かる。
だが、それでは遅い。
毒針を受け、反撃へ移る頃には、すでに距離を取られている。
何度も、同じことが繰り返された。
──ガキッ!
火岩が削れる。
──ザシュッ!
肩へ。
脇腹へ。
少しずつ傷が増えていく。
火岩ノ体だから耐えられている。
だが、このままではいずれ押し切られる。
「何かあるはずだ……」
蓮は三本の光を睨む。
見る。
追う。
違いを探す。
だが、見つからない。
「……待てよ」
ふと、蓮の意識が止まった。
違う。
見るから分からない。
「光じゃない」
ゴロが蓮を見る。
蓮は目を閉じた。
視界を捨てる。
代わりに耳を澄ませる。
暗闇の中。
三つの光が動く。
だが。
──ブゥゥゥン。
羽音。
「……一つだけ」
蓮の目が開いた。
三本の光の軌跡。
その中で、音を伴っているものは一つしかない。
「分かったぞ!」
蓮が叫ぶ。
「ゴロ! 光じゃない! 羽音だ!」
こくり。
「羽音がする奴が本物だ!」
再び、三つの光が走る。
今度はゴロも光だけを追わない。
羽音へ身体を向ける。
右。
接近。
毒針。
──ガキッ!
火岩ノ体で受け止める。
今度は確実に本物を捉えている。
「いけ! ≪大地ノ拳≫!」
ゴロが拳を振るう。
──ブンッ!
だが、僅かに届かない。
「くっ……!」
本体は分かった。
それでも、火岩ノ体では遅い。
明るい時なら、突撃を見ながら相打ちのタイミングを取れた。
だが、暗闇では羽音だけが頼り。
接近方向は分かっても、踏み込む瞬間まで正確には読み切れない。
あと一歩。
拳が届かない。
「なら……」
蓮の判断は早かった。
「≪電晶ノ体≫!」
ゴロの身体が変わる。
白みを帯びた火岩から、硬質な結晶へ。
背中には蓄電結晶が伸びた。
「来い……!」
蓮は耳を澄ませる。
羽音。
右。
近い。
「≪大地ノ甲殻≫!」
ゴロの身体表面へ、さらに硬い甲殻が形成される。
次の瞬間、光蜜蜂主の毒針がその甲殻へ突き刺さった。
──ガキィッ!!
同時に。
──バチィィッ!!
電撃が毒針を通じて光蜜蜂主へ流れ込む。
「ギィッ!?」
巨体が一瞬だけ硬直する。
「今だ! ≪大地ノ拳≫!」
ゴロの拳が走った。
──ドゴォッ!!
真正面から、光蜜蜂主の腹部を打ち抜く。
巨体が大きく弾かれる。
だが、ゴロの追撃はまだ終わらない。
「追え!」
電晶ノ体が地面を蹴り、体勢を立て直す前に一気に距離を詰める。
そして。
「≪大地ノ拳≫!」
──ドゴッ!!
もう一発。
拳が脇腹へ突き刺さった。
同時に。
──バチィィッ!!
再び、電撃が光蜜蜂主の身体を走る。
「ギィッ!」
「まだだ!」
ゴロがさらに踏み込む。
このまま畳み掛けるつもりだった。
だが、今度は光蜜蜂主の動きが止まらない。
一瞬だけ身体を震わせると、強く羽ばたいた。
──ブゥンッ!!
ゴロの追撃を振り切り、一気に暗闇の奥へ距離を取る。
「……二度目は麻痺しなかったか」
電撃自体は確かに入っている。
だが、最初のような硬直は起きなかった。
迷宮強化の影響なのか。
短時間に続けて受けたことで効きが落ちたのか。
今の蓮にはまだ分からない。
ただ、一度目の麻痺から拳を受け、さらに追撃まで叩き込まれた。
光蜜蜂主にとって、今の攻防は十分に危険だったらしい。
羽音は聞こえる。
だが、もうこちらへ踏み込んでこない。
代わりに、暗闇の中から光蜜針が飛んできた。
──シュシュシュッ!!
「遠距離に切り替えたか……!」
ゴロが腕を上げる。
──カカカンッ!
電晶ノ体が光蜜針を弾く。
硬い結晶へ浅い傷は残るものの、大きなダメージにはならない。
それでも、光蜜蜂主は距離を詰めてこなかった。
先ほどまでは、毒針を使うため何度も高速で接近してきた。
だが、電晶ノ体では接触した瞬間に電撃を受ける。
さらに、僅かでも動きが止まれば、そのまま拳を叩き込まれる。
だからなのか。
光蜜蜂主は距離を保ったまま、光蜜針を放ち、こちらの様子を窺っている。
無理に接近する気配はない。
「厄介だな……」
光蜜針そのものは耐えられる。
だが、こちらも距離を取られたままでは攻撃を当てられない。
そのうえ、電晶ノ体は維持しているだけでも魔力を消費する。
光蜜蜂主が何を狙っているにせよ、このまま睨み合いが続けば不利になるのはこちらだ。
「……なら」
蓮が小さく息を吐く。
距離を詰める。
それなら、使う肉体は一つしかない。
≪砂塵ノ体≫。
あの速度なら、逃げ回る光蜜蜂主にも食らいつける。
ただし、光蜜針との相性は悪い。
砂の身体では、電晶ノ体のように針を弾けない。
それでも、守って待つだけでは状況は変わらない。
「勝負だ」
蓮がゴロを見る。
「≪砂塵ノ体≫!」
ゴロの身体が崩れる。
上半身は砂へ。
下半身は渦巻く砂塵へ変化した。
防御力は落ちる。
代わりに速い。
圧倒的に。
ゴロが暗闇の中を一気に滑る。
「右!」
羽音。
蓮が本物の位置を指示する。
「≪大地ノ砲拳≫!」
ゴロの腕が砲身のように変形する。
砂が圧縮され。
──ドンッ!!
弾丸のように暗闇を貫いた。
──バシュッ!
「ギィィッ!」
命中。
光蜜蜂主の羽が大きく裂ける。
「入った!」
だが、同時に。
──シュシュシュシュッ!!
多数の光蜜針が、砂塵ノ体へ降り注ぐ。
──バスッ!
──バスッ!
──バスッ!
砂が次々と弾け飛ぶ。
予想通り。
光蜜針と砂塵ノ体の相性は悪い。
柔らかな砂の身体では、針を受け止めることができない。
突き刺さった光蜜針は、そのまま身体の内部まで入り込んでくる。
肉体そのものへの損傷は大きくない。
だが、問題はその奥にある心核だ。
一本でも届けば戦闘は終わる。
それでも、この危険まで分かった上で蓮は砂塵ノ体を選んだ。
ゴロは身体内部で心核をずらす。
直後。
一本の光蜜針が、すぐ横を抜けた。
「……っ!」
危険なのは分かっていた。
それでも、ここで引くわけにはいかない。
「続けるぞ!」
こくり。
二発目。
羽音が移る。
「左前!」
ゴロが向きを変える。
「≪大地ノ砲拳≫!」
──ドンッ!!
砂塵の弾丸と光蜜針が交差する。
──バシュッ!
再び、羽を抉る。
光蜜蜂主の羽音が僅かに乱れた。
三発目。
「上!」
──ドンッ!!
光蜜蜂主も同時に針を放つ。
──シュシュシュッ!!
互いに撃ち合う。
ゴロの身体から砂が大きく削られる。
一本が心核を浅く掠めた。
「ゴロ!」
こくり。
まだ行ける。
ゴロが小さく頷く。
蓮は光蜜蜂主を見る。
いや、聞く。
羽音に耳を澄ます。
先ほどまでとは明らかに違う。
乱れている。
片方の羽が、すでに大きく傷付いていた。
「あと少し……!」
光蜜蜂主が再び光蜜針を撒き散らす。
ゴロも腕を構える。
「≪大地ノ砲拳≫!」
──ドンッ!!
砂塵の弾丸が暗闇を貫く。
そして。
──バシュッ!!
光蜜蜂主の片羽を根元から撃ち抜いた。
「ギィィィッ!!」
羽音が大きく崩れる。
身体が傾き、飛行を維持できない。
そのまま。
──ズドッ!
地面へ墜落した。
「今だ!」
ゴロが一気に加速する。
「≪大地ノ角撃≫!」
額から砂塵の角が伸びる。
暗闇を切り裂き、一直線に突っ込んだ。
光蜜蜂主は地面でもがく。
だが、もう逃げられない。
──ズドォォンッ!!
角が腹部を深く貫いた。
「ギィィッ……!」
それでも、まだ生きている。
光蜜蜂主が最後の抵抗を見せた。
口元へ黄金色の光が集まる。
至近距離。
無数の光蜜針。
「ゴロ!」
──シュシュシュシュッ!!
光蜜針がゴロの胸部を撃ち抜く。
大量の砂が一気に吹き飛んだ。
だが、そこに心核はなかった。
狙いを察したゴロが、すでに位置をずらしていた。
そして、ゴロはトドメを刺すべく拳を引く。
「終わりだ!」
蓮が叫ぶ。
「≪大地ノ拳≫!!」
砂塵の拳へ魔力が集まる。
そして。
──ドゴォォォンッ!!
渾身の一撃が、光蜜蜂主の頭部を真正面から捉えた。
巨体が地面を転がる。
一度。
二度。
やがて止まった。
羽音が消える。
暗闇の花園に、静寂が戻った。
しばらくして、光蜜蜂主の身体が淡い光の粒子へ変わり始める。
砕けた巨大花も、同じように光となって消えていった。
「……終わったな」
蓮が大きく息を吐く。
ゴロがこちらを見る。
そして、右手を上げた。
蓮は思わず笑う。
「ああ」
手を上げる。
──パシンッ!
小さなハイタッチ。
ゴロは満足そうに何度も頷く。
そして。
──どんっ。
胸を叩いた。
「今回もよく頑張ったな、ゴロ」
こくり。
◇
迷宮最深部。
光蜜蜂主が消えたあと、その奥に残ったのは巨大な黒水晶だった。
迷宮核。
蓮とゴロは、その前へ並んで立つ。
「これで、六つ目になるかどうか……だな」
こくり。
これまでに条件として認められたのは、雷、水、火、風、地。
五属性。
そして今回、光属性まで条件に入れば、蓮が立てた予想はほぼ正しいことになる。
「行くぞ」
こくり。
「≪迷宮浄化≫」
ゴロが黒水晶へ拳を叩きつける。
白い光が迷宮核を包み込んだ。
黒く濁っていた水晶が、端から少しずつ白へ染まっていく。
やがて、純白。
──パリンッ!!
澄んだ音とともに、巨大な水晶が無数の欠片へ砕け散った。
次の瞬間、砕けた光の一部が一直線にゴロへ流れ込む。
「来た!」
ゴロの身体が眩い白光に包まれた。
輪郭が完全に光へ溶ける。
そして、ゆっくりと光が収まっていった。
「……おお」
蓮が僅かに目を見開く。
そこに立っていたゴロの身体は、透明な水晶へ変わっていた。
透き通った身体の内側では、淡い光がゆっくりと流れている。
両手の甲には、細く鋭い水晶の結晶が並んでいた。
まるで、光そのものを身体の中へ閉じ込めたような姿だった。
「水晶……?」
蓮はすぐにステータスを開く。
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【ゴロ】
肉体スキル
・≪水晶ノ体≫ NEW!
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【岩崎蓮】
ランクアップ条件:
✔ 召喚獣の存在階位をF-MAXにする
✔ F級雷属性迷宮を浄化する
✔ F級水属性迷宮を浄化する
✔ F級火属性迷宮を浄化する
✔ F級風属性迷宮を浄化する
✔ F級地属性迷宮を浄化する
✔ F級光属性迷宮を浄化する NEW!
・未達成条件 2件 → 1件
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「よし……!」
蓮が小さく拳を握る。
光属性も間違いなく条件に入った。
これで六つ。
雷。
水。
火。
風。
地。
光。
蓮は頭の中で一つずつ並べていく。
そして、残る属性はもう一つしかない。
「……闇」
ゴロが蓮を見る。
蓮の口元がゆっくりと上がった。
ここまで来れば、もう偶然とは考えにくい。
七属性。
そのうち六つまでが、実際にランクアップ条件として認められた。
なら、最後に残る闇属性も条件である可能性は極めて高い。
そして、攻略する迷宮もすでに決めている。
F級闇属性迷宮──“闇骨墓地”。
そこを浄化できれば。
「……全部、揃う」
あと一つ。
長く探してきたゴロの成長条件。
その先にある初めてのランクアップ。
ようやく、手が届くところまで来た。
蓮は一度息を吐き、土の身体へと戻ったゴロを見る。
「その前に。水晶も調べないとな」
こくり。
ゴロは力強く頷いた。
「≪水晶ノ体≫か。今回も面白そうだな」
ゴロが嬉しそうに胸を張る。
そして。
──どんっ。
胸を叩いた。
蓮は笑う。
「明日、ちゃんと調べよう」
こくり。
新たな肉体≪水晶ノ体≫。
そして、残る最後の属性、闇。
次に挑むのは、F級闇属性迷宮──“闇骨墓地”。
それを越えれば、ランクアップへ続く最後の条件が揃う可能性が高い。
蓮とゴロは新たな力を手に、“光蟲花園”を後にした。




