第22話 土蟲窟
翌日。
火曜日。
朝。
蓮とゴロは、F級地属性迷宮──“土蟲窟”へ到着した。
街から少し離れた雑木林。
木々の間には、高さ数メートルほどの土崖が続いている。
その崖の前には、古びた石造りの門が静かに佇んでいた。
左右の門柱には、蚯蚓や蜘蛛、百足を思わせる蟲の彫刻。
その周囲には、地層や岩盤を模した紋様が細かく刻まれている。
門の中央では、茶褐色の光が静かに揺らめいていた。
「ここが土蟲窟か」
蓮が呟く。
肩の上では、待機形態のゴロも門を見上げている。
そして。
──どんっ。
小さな胸を叩いた。
準備はできているらしい。
「砂塵ノ体がどこまで通じるか。楽しみだな」
こくり。
「行くぞ」
二人は茶褐色の光へ足を踏み入れた。
◇
目の前へ広がったのは、薄暗い地下洞窟だった。
天井も壁も土で覆われている。
所々には大小様々な穴が空き、暗い奥まで続いていた。
足元も岩ではなく、踏み締めるたびに固く締まった土が僅かに沈む。
「土の迷宮って感じだな」
空気には地属性魔力が満ちている。
蓮は肩からゴロを下ろした。
ゴロが戦闘時の大きさへ戻る。
「まずは実戦で試すぞ」
こくり。
「ゴロ。≪砂塵ノ体≫!」
白い光。
土の身体が崩れ、淡い黄土色の砂へ変わっていく。
腰から下には脚がなく、代わりに砂塵の渦が身体を支える。
「行こう」
ゴロが頷く。
二人は洞窟の奥へ進み始めた。
◇
第一階層。
しばらく進んでも、魔物の姿は見えない。
だが。
「……いるな」
蓮が少し先へ視線を向ける。
地面の上。
一つだけ、不自然な土塊があった。
土とほとんど同じ色。
遠目では、周囲に転がる石や土の塊と見分けがつかない。
だが、よく見れば。
丸みを帯びた甲殻。
その下から覗く六本の脚。
甲虫型魔物──“土甲虫”。
「擬態してるのか」
こくり。
蓮たちが近付いたところで、土甲虫が身体を起こした。
そして。
──ダッ!!
「来るぞ!」
頭を下げたまま、一直線にゴロへ突進してくる。
動きは単純。
ゴロが横へ滑る。
──ザシュッ!!
空振り。
土甲虫が通り過ぎる。
「今だ!」
ゴロが追う。
すぐに距離を詰め、拳を振り抜いた。
──ドッ!!
背中へ命中。
威力自体は軽い。
だが。
──ギャリッ!!
拳の表面を流れる砂塵が、土色の甲殻を削る。
「ギィッ!?」
土甲虫が体勢を崩す。
もう一撃。
──ドッ!!
──ギャリッ!!
甲殻が大きく削れ、その身体が光となって消えていった。
「やっぱり地には強いな」
昨日の検証通り、地属性の身体は砂塵との相性が悪い。
蓮は土甲虫がいた場所を見る。
「完全に隠れてるわけじゃない」
土色の身体で周囲へ紛れているだけ。
注意して見れば、十分に見つけられる。
「擬態に近いか」
こくり。
「なら、ちゃんと見ながら進めば問題なさそうだ」
二人はさらに奥へ進んだ。
◇
第二階層。
今度は蜘蛛型魔物──“土蜘蛛”。
土壁へ張り付き、全身を周囲と同じ土色へ紛れ込ませている。
「……あれか」
よく見れば、壁へ張り付く八本の脚が分かる。
蓮たちが近付くと。
──バッ!!
土蜘蛛が壁を蹴り、一気に飛び掛かってきた。
だが、≪砂塵ノ体≫の方が速い。
ゴロは横へ滑って避けると、そのまま側面へ回り込む。
拳で甲殻を削り、続く一撃で土蜘蛛を仕留めた。
第三階層では、百足型魔物──“土百足”。
地面には、細長い盛り上がりが続いている。
一見すると亀裂にも見えるが、その一部が僅かに動いていた。
「百足か」
次の瞬間。
──ザバッ!!
浅く土へ身体を埋めていた土百足が、土を撒き散らしながら身体を起こす。
長い胴体。
無数の脚。
土甲虫より速く、土蜘蛛より攻撃範囲も広い。
それでも、≪砂塵ノ体≫の速度には及ばない。
長い身体を振り回す攻撃をかわし、側面へ回り込む。
そのまま拳で硬い外殻を削り、反撃を受ける前に倒し切った。
「これだけ分かれば十分だな」
土色の擬態も、地属性への相性も。
≪砂塵ノ体≫なら十分に対応できる。
蓮はゴロの魔力残量を確認する。
≪砂塵ノ体≫は、維持しているだけでも魔力を消費する。
この先にはまだ階層が残っており、最後にはボス戦もある。
「ここからは魔力を温存しよう」
こくり。
「解除」
白い光。
砂塵が集まり、見慣れた土の身体へ戻った。
その後も土蟻を含む蟲型魔物を倒しながら、二人は階層を進んでいった。
基本は土ノ体。
必要な時だけスキルを使い、できるだけ魔力を残して進む。
そして、数時間後。
最下層へ続く大きな門の前へ辿り着いた。
「着いたな」
蓮はゴロの魔力残量を確認する。
土ノ体を中心に進んだおかげで、まだ十分に余裕はある。
蓮自身の魔力も、ほとんど使っていない。
「予定通りだな」
こくり。
「ここからが本番だぞ」
──どんっ。
ゴロが胸を叩いた。
蓮は門へ手を掛け、ゆっくりと押し開いた。
◇
最深部。
広い空洞。
天井は高く、壁一面を厚い土が覆っている。
その中央には、人の背丈ほどに盛り上がった大きな土の塊があった。
「……あれか?」
周囲に魔物の姿はない。
妙な静けさ。
蓮は足を止める。
その時。
──ボロッ。
土の一部が崩れ落ちた。
さらに。
──ドクン。
地面が僅かに脈打つ。
「ゴロ」
こくり。
次の瞬間。
──ドゴォッ!!
土が大きく弾けた。
その中から、太く長い身体が持ち上がる。
全長は数メートル。
土色の皮膚。
大人の胴ほどもある太い身体。
頭部には、土を砕きながら掘り進むための鋭い牙。
身体の後半は、なお地中へ潜ったまま。
蚯蚓型魔物──“土蚯蚓主”。
「ギィィィィッ!!」
鋭い鳴き声が空洞全体へ響いた。
同時に、迷宮が震える。
地中から濃密な地属性魔素が湧き上がり、土蚯蚓主へ流れ込んでいく。
──ドクッ。
──ドクッ。
身体が膨らむ。
土色だった皮膚がさらに硬く締まり、やがて岩のような質感へ変わった。
「迷宮強化」
蓮は目を細める。
だが、想定内。
昨日の検証。
そして、事前に調べた攻略情報。
準備はしてきた。
「予定通り行くぞ」
こくり。
「ゴロ。≪砂塵ノ体≫!」
白い光。
土の身体が砂塵へ変わる。
事前に調べた情報では、土蚯蚓主は地面を伝わる振動を頼りに獲物を探すとされている。
ただし、実際にどこまで正確なのかは分からない。
「まずは、本当に振動で探してるのか確かめる。迷宮強化の影響で変わっている可能性もあるしな」
こくり。
土蚯蚓主が大きく身体をくねらせる。
そして。
──ズドッ!!
地中へ潜った。
一瞬、姿が消える。
静寂。
だが、遠くの地面が僅かに盛り上がりながらこちらへ近付いてくる。
「来るぞ」
ゴロは動かない。
その場で待つ。
土蚯蚓主が地中を一直線に進んでくる。
ゴロの近くまで来て、僅かに進路を外した。
──ズドォォンッ!!
真横。
土蚯蚓主が地面を突き破る。
鋭い牙が、何もない空間を噛み砕いた。
「情報通りだ。少なくとも、探知方法は変わってない」
蓮の目が光る。
やはり、地面を伝わる振動が手掛かりになっている。
普通に歩く土ノ体なら、一歩ごとに振動が地面へ伝わる。
だが、≪砂塵ノ体≫は違う。
地面を踏み締めるのではなく、砂塵で滑るように移動する。
そのため、地面へ伝わる振動がかなり小さい。
「正確な位置を掴めてない」
完全に見失っているわけではない。
だが、狙いは明らかに甘い。
それなら。
「ゴロ、誘うぞ」
ゴロが右拳を構える。
「≪大地ノ砲拳≫!」
拳が砲身へ変化する。
──ドンッ!!
高速の砂塵弾。
狙うのは土蚯蚓主ではない。
地面。
──ドッ!!
着弾。
振動が地中へ広がる。
次の瞬間。
──ズドォォンッ!!
砂塵弾を撃ち込んだ場所。
その真下から、土蚯蚓主が飛び出した。
「かかった!」
振動へ食い付いた。
「今だ! ≪大地ノ角撃≫!」
ゴロの額から砂塵の角が伸びる。
下半身の渦が一気に強まった。
──ザシュッ!!
加速。
真っ直ぐに、飛び出した土蚯蚓主の横腹へ。
──ドォッ!!
角が突き刺さる。
そして。
──ギャリギャリギャリッ!!
砂塵が硬い皮膚を削り取る。
「ギィッ!?」
土蚯蚓主が大きく身体を捩った。
「効いてるぞ!」
ゴロが離れる。
土蚯蚓主は再び地中へ潜った。
「もう一度! ≪大地ノ砲拳≫!」
──ドンッ!!
着弾。
地面が震え。
──ズドォォンッ!!
土蚯蚓主が飛び出す。
今度は。
「≪大地ノ拳≫!」
拳。
──ドゴッ!!
そして。
──ギャリギャリッ!!
砂が土色の皮膚を削る。
「ギィィッ!!」
土蚯蚓主が暴れる。
だが、ゴロはすでに離れていた。
「いいぞ!」
振動で誘う。
飛び出した瞬間を狙う。
≪砂塵ノ体≫の速度で近付き、削る。
事前に考えた作戦が綺麗に刺さっていた。
◇
土蚯蚓主も、ただ攻撃を受け続けるわけではない。
振動へ誘われ、地上へ飛び出す。
そこへ。
「≪大地ノ拳≫!」
ゴロが滑り込む。
──ドゴッ!!
拳打。
──ギャリギャリッ!!
砂塵が土色の皮膚を削る。
「ギィィッ!!」
土蚯蚓主が大きく身体を捩った。
だが、退かない。
そのまま長い身体を持ち上げる。
「ゴロ、離れろ!」
次の瞬間。
土蚯蚓主が身体ごと倒れ込んできた。
──ドゴォォンッ!!
「っ!」
ゴロが慌てて横へ加速する。
だが、僅かに遅い。
太い身体が右腕を掠めた。
──バシュッ!!
砂が大きく弾け飛ぶ。
「ゴロ!」
完全には潰されていない。
散った砂もすぐに身体へ戻っていく。
だが、今の一撃をまともに受ければ心核まで巻き込まれかねない。
「攻撃が通るからって、攻めすぎるのも危ないな」
こくり。
土蚯蚓主が再び身体を起こす。
≪砂塵ノ体≫の速度。
削り。
地属性への相性。
こちらが有利なのは間違いない。
だが、一方的ではない。
「次は、攻撃したらすぐ離れるぞ」
こくり。
再び、土蚯蚓主が地中へ潜っていく。
優勢なのは変わらない。
だが、油断はしない。
その後も、振動で誘い出し、飛び出した瞬間へ攻撃を重ねる。
土蚯蚓主も反撃するが、≪砂塵ノ体≫の速度を捉え切れない。
少しずつ。
確実に。
傷が増えていく。
そして。
「……来たか」
地面が大きく震えた。
◇
「ギィィィィッ!!」
土蚯蚓主が地上へ身体を持ち上げる。
その全身へ、再び大量の地属性魔素が流れ込んでいく。
──ドクッ。
──ドクッ。
牙が伸びる。
より太く、より鋭く。
さらに、周囲の土が土蚯蚓主へ吸い寄せられた。
──ザザザザッ!!
土が身体へ張り付き、硬く固まる。
そして、鱗状に変化した土が次々と全身へ広がっていく。
やがて、土蚯蚓主の身体は硬い土鱗に覆われていた。
「第二形態……!」
蓮が表情を引き締める。
土蚯蚓主が再び地中へ潜る。
「やることは変わらない」
ゴロが頷く。
「≪大地ノ砲拳≫!」
──ドンッ!!
着弾。
地面が震え。
──ズドォォンッ!!
土蚯蚓主が飛び出す。
「≪大地ノ角撃≫!」
──ザシュッ!!
ゴロが加速。
横腹へ。
──ドォッ!!
直撃。
──ギャリギャリギャリッ!!
砂塵が土鱗を削る。
「ギィッ!」
大きく抉れる。
だが。
「……浅い」
蓮の眉が寄る。
削れた。
それは確かだ。
だが、削れたのは表面を覆う土鱗だけ。
その下の身体まではほとんど届いていない。
土蚯蚓主が地中へ潜る。
数秒後。
──ズドォンッ!!
再び飛び出す。
その姿に、蓮は目を見開いた。
「戻ってる……!」
先ほど削った場所。
そこへ新しい土鱗が張り付いている。
地中の土を取り込み、削られた部分を補っている。
「再生までできるのか……!」
厄介。
だが、蓮はすぐに次を考える。
「なら、削り続ける」
こくり。
無限に再生できるとは限らない。
何度も再生させれば、いずれ限界が来る可能性もある。
「もう一回だ!」
◇
戦闘が続く。
≪大地ノ砲拳≫。
誘導。
≪大地ノ角撃≫。
削る。
≪大地ノ拳≫。
さらに削る。
だが、土蚯蚓主は地中へ潜り、土を纏って土鱗を再生する。
何度も。
何度も。
「ギィィィッ!!」
さらに、第二形態になったことで新たな攻撃も二つ加わっていた。
一つは、地中から勢いよく飛び出し、そのまま高く跳び上がって身体ごと落下する攻撃。
──ドゴォォンッ!!
着地と同時に地面を揺らし、周囲へ衝撃波を広げる。
地面へ叩き付けた部分の土鱗には、細かなヒビが走っていた。
もう一つは、全身を覆う土鱗を弾丸のように撃ち出す攻撃。
撃ち出された部分には、一時的に土鱗のない場所ができる。
そして、特に厄介なのはこちらだった。
土蚯蚓主が身体を大きく震わせる。
全身を覆う土鱗。
その一部が外側へ向いた。
「来るぞ!」
次の瞬間。
──バシュシュシュッ!!
無数の土鱗が一斉に飛び出した。
前。
左右。
斜め。
数が多い。
「ゴロ!」
ゴロが身体を捻る。
一枚。
かわす。
二枚目。
さらに身を逸らす。
だが、全部は避け切れない。
──バシュッ!
──バシュッ!
──バシュッ!!
砂の身体を次々と土鱗が貫く。
穿たれた箇所から砂が弾け飛び、すぐに周囲の砂が集まり直す。
その時。
一枚の土鱗が胸元へ迫る。
心核のすぐ横。
──ピッ!
紙一重で通り抜けた。
「っ!」
蓮の息が止まる。
危ない。
あと僅かずれていれば、心核へ当たっていた。
「そうか……!」
≪砂塵ノ体≫は、単発の大きな攻撃には対応しやすい。
身体が崩れても再集合できる。
攻撃の来る方向が分かれば、心核そのものを逃がせる。
だが、無数の攻撃が広い範囲から飛んでくれば、逃がした先まで同時に狙われる。
「こういう攻撃に弱いのか」
新しい弱点。
だが、今は検証ではない。
戦闘中だ。
次も同じように避け切れるとは限らない。
また心核の近くを通れば、今度こそ直撃する可能性もある。
「何か……」
蓮は必死に頭を回す。
避けるだけでは足りない。
≪砂塵ノ体≫で受けるのも危険。
なら、飛んでくる土鱗そのものをまとめて弾ければ。
「……あれなら」
蓮の脳裏に一つのスキルが浮かぶ。
拳を地面へ叩き付け、周囲へ衝撃波を広げる。
≪大地ノ衝撃≫。
「ゴロ。次は止めるぞ!」
こくり。
再び、土蚯蚓主の全身が震える。
土鱗が外側へ向く。
「来る!」
──バシュシュシュッ!!
無数の土鱗。
「≪大地ノ衝撃≫!」
ゴロが拳を振り上げ、地面へ。
──ドゴォォッ!!
叩き付けた。
拳を起点に、衝撃波が周囲へ広がる。
飛来する土鱗を。
──ババババッ!!
次々と弾いた。
「よし!」
全てではない。
それでも、大半は落とせた。
「これなら対処できる!」
蓮は小さく拳を握りしめた。
◇
戦闘は長引いた。
削る。
再生する。
削る。
また再生する。
土蚯蚓主の土鱗は硬い。
だが、≪砂塵ノ体≫なら少しずつ削ることができる。
だからこそ、何度も攻撃を重ねる。
その中で。
「……ん?」
蓮が僅かな違和感に気付く。
先ほど削った横腹。
そこだけ、土鱗が削れたままになっている。
いつもなら、削った場所には新しい土鱗が張り付いている。
だが。
「戻ってない……?」
横腹の一部。
土色の皮膚が僅かに露出していた。
「再生できなくなった?」
蓮は目を細める。
周囲に土はいくらでもある。
それなのに、鱗は補われない。
なら、土鱗を再生するには土だけでは足りない。
それが今。
「尽きた……?」
魔力なのか。
それとも別の力なのか。
今の蓮には分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
「無限じゃない」
土鱗を再生するために必要な何か。
それが尽きた。
なら、削り続ければ守りを剥がせる。
守りがなければ、ダメージが入る。
「行くぞ!」
ゴロが力強く頷く。
──どんっ。
◇
そこからは消耗戦だった。
振動で誘う。
飛び出したところを削る。
土鱗はもう戻らない。
攻撃を重ねるたび、守りが削れていく。
横腹。
背。
身体の側面。
土色の皮膚が徐々に露出していった。
そこを狙えれば、攻撃は直接身体へ届く。
だが。
「狙いにくいな……」
土蚯蚓主の動きそのものは、ほとんど落ちていない。
地中へ潜り、別の場所から飛び出す。
長い身体を捩り、向きを変える。
鱗のない場所は増えている。
それでも、露出した部分だけを正確に狙うのは難しい。
もちろん、土蚯蚓主も反撃を続ける。
落下攻撃。
土鱗飛ばし。
ゴロは避け、時には≪大地ノ衝撃≫で防ぐ。
削る。
かわす。
また削る。
その繰り返し。
少しずつ、土蚯蚓主の身体には傷が増えていく。
だが。
「……ゴロ」
蓮の表情も次第に険しくなる。
ゴロの魔力残量が厳しい。
≪砂塵ノ体≫の維持。
高速移動。
そして、繰り返すスキル。
長引く戦闘が、確実に魔力を削っている。
「あと少しなんだけどな……」
土蚯蚓主を覆っていた土鱗もかなり減っている。
だが、ゴロもまた限界へ近付いていた。
どちらが先に崩れるか。
その時。
土蚯蚓主が地面から勢いよく飛び出した。
そのまま高く跳び上がる。
「また落下か!」
長い身体がゴロの頭上へ。
落ちる。
──ドゴォォンッ!!
地面が大きく揺れ、衝撃波が周囲へ広がる。
「離れろ!」
ゴロが砂塵で滑り、衝撃の範囲から逃れる。
だが。
「……っ!」
土蚯蚓主の全身。
残った土鱗が外側へ向いていた。
蓮は察する。
土鱗飛ばしの前兆だ。
ゴロは落下攻撃を避けた直後。
まだ加速の途中。
「鱗が来るぞ!」
──バシュシュシュッ!!
土鱗が一斉に飛び出す。
回避先へ、無数の弾丸が迫る。
「≪大地ノ衝撃≫! 間に合え!」
ゴロが急停止。
拳を地面へ。
だが、わずかに遅かった。
──バシュッ!
──バシュッ!!
土鱗が砂の身体を貫く。
「ゴロっ!!」
それでも、ゴロは止まらない。
身体を土鱗に貫かれながらも、拳を地面へ叩き付けた。
──ドゴォォッ!!
衝撃波。
──ババババッ!!
後続の土鱗を弾いた。
「ゴロ!」
散った砂が戻る。
幸い、心核への直撃は免れた。
だが、落下攻撃からの土鱗飛ばし。
連続で使ってくるとは思っていなかった。
「別々じゃない……組み合わせてきたのか」
単独なら、それぞれ対処できる。
だが、続けて使われれば、その分だけ動きも魔力も削られる。
「厄介になってきたな……」
とはいえ、土蚯蚓主も無傷では済んでいない。
落下攻撃で地面へ叩き付けた部分。
そこを覆う土鱗には、いくつものヒビが入っている。
さらに、土鱗飛ばしで撃ち出した鱗は当然その身体から失われる。
今までは、地中へ潜るたびに新しい土鱗が補われていた。
だから問題にはならなかった。
だが、もう土鱗は再生しない。
落下攻撃を使えば鱗は傷み、土鱗飛ばしを使えばその分だけ鱗が減る。
「このまま使えば、自分から守りを減らすことになる」
蓮は土蚯蚓主を見る。
実際、全身を覆っていた土鱗はかなり減っている。
蓮が気を引き締めた。
その直後。
ゴロの身体が僅かに揺れた。
「ゴロ?」
下半身の砂塵。
回転が弱くなる。
「まさか」
白い光。
「……っ!」
砂の身体が崩れる。
そして、土ノ体へ戻った。
「魔力切れ……!」
≪砂塵ノ体≫を維持できなくなった。
まずい。
土ノ体では、≪砂塵ノ体≫ほど速く動けない。
さらに地面を踏み締めるため、土蚯蚓主にも位置を掴まれやすくなる。
その瞬間。
──ズドォンッ!!
地中から、土蚯蚓主が飛び出した。
「ゴロ!」
ゴロが全力で横へ跳ぶ。
──ガブッ!!
紙一重。
牙が地面を噛み砕く。
「動き続けろ!」
止まっても意味はない。
事前に調べた情報では、土蚯蚓主は地中を進む際に自ら生み出した振動と、その反射からも地上の獲物を探知する。
動かなければ見つからない。
そんな単純な相手ではない。
「逃げろ!」
ゴロが走る。
土ノ体では、砂塵ほど速くない。
それでも全力で走る。
──ズドォンッ!!
土蚯蚓主が飛び出す。
「右!」
ゴロが跳ぶ。
──ガブッ!!
牙が掠める。
──バキッ!!
肩の一部が砕けた。
「≪修復再生≫!」
白い光。
土が戻る。
「そのまま走れ!」
土蚯蚓主はすぐに地中へ潜る。
そして、また。
──ズドォンッ!!
飛び出す。
ゴロが避ける。
だが、遅い。
≪砂塵ノ体≫ほど余裕を持って離れられない。
──ガブッ!!
今度は右腕。
「っ!」
牙が食い込む。
──バキィッ!!
砕けた。
「ゴロ!」
土蚯蚓主が頭を振る。
ゴロの身体が投げ飛ばされる。
──ドゴッ!!
地面へ転がる。
「≪修復再生≫!」
白い光。
右腕を戻す。
ゴロが立ち上がる。
逃げる。
蓮も、その傷を修復し続ける。
時間を稼ぐ。
それだけだ。
再び≪砂塵ノ体≫へ変われるだけの魔力が、僅かでも戻るまで。
◇
土蚯蚓主は何度も地中へ潜り、そのたびにゴロへ襲い掛かってくる。
ゴロは走る。
避ける。
間に合わなければ、身体を削られる。
──バキッ!
「≪修復再生≫!」
そのたびに蓮が修復する。
傷が戻る。
また走り、避ける。
──ガブッ!
「っ!」
今度は脇腹。
──バキッ!
「≪修復再生≫!」
白い光。
蓮の魔力も確実に削られていく。
もう一度。
さらにもう一度。
そして。
「……っ」
光が途中で消えた。
蓮の身体から力が抜ける。
「魔力が……尽きたか」
もう修復はできない。
蓮は荒い息を吐きながら、ゴロの魔力へ意識を向ける。
そして。
「……戻ってる」
ほんの僅か。
一割にも満たない。
だが、≪砂塵ノ体≫へ変わるだけなら足りる。
蓮は拳を握った。
「これで最後だ」
ゴロが振り返る。
こくり。
「ゴロ。≪砂塵ノ体≫!」
白い光。
土の身体が再び砂へ変わる。
「決めるぞ!」
──どんっ。
ゴロが胸を叩いた。
◇
土蚯蚓主が再び地中へ潜る。
動きはまだ速い。
その身体を覆っていた土鱗は、もう大半が失われている。
横腹。
背。
頭部。
露出した皮膚には、第一形態から積み重なった傷がいくつも残っていた。
その中でも。
「狙うなら……あそこだ」
横腹。
何度も砂塵で削られ、最も深く傷付いている場所。
今の土蚯蚓主で一番脆い。
だが、ただ追い掛けるだけではそこへ正確に攻撃を当てられない。
地中を動き回り、どこから飛び出すか分からない。
なら、やることは一つ。
飛び出す場所をこちらで決める。
「≪大地ノ砲拳≫!」
ゴロの拳が砲身へ変わる。
残った魔力はほんの僅か。
無駄にはできない。
狙う。
少し離れた地面。
──ドンッ!
砂塵弾が放たれる。
──ドッ!
着弾。
地面が震え、振動が地中へ伝わった。
その直後。
──ズドォォンッ!!
狙った場所。
その真下から、土蚯蚓主が勢いよく飛び出した。
「今だ!」
場所は分かっている。
どちらへ回り込めば傷付いた横腹を狙えるのかも。
ゴロはすでに動き出していた。
横へ滑る。
回り込む。
そして。
「≪大地ノ角撃≫!」
──ザシュッ!
下半身の砂渦が一気に勢いを増す。
最後の加速。
ゴロが一直線に駆ける。
狙うのは、ただ一点。
第一形態から何度も削り、最も深い傷を負わせた横腹。
土蚯蚓主が身体を捩る。
だが、もう遅い。
──ドゴォォッ!!
砂塵の角が、横腹の傷へ突き刺さった。
次の瞬間。
──ギャリギャリギャリッ!!
高速で流れる砂塵が、傷口を一気に削り広げる。
皮膚。
その下の肉。
さらに奥まで。
「ギィィィィッ!!」
土蚯蚓主が絶叫する。
それでも、ゴロは止まらない。
残った魔力を全て前へ。
「押し切れ!」
さらに深く。
さらに強く。
砂塵の角が、傷付いた横腹を穿つ。
そして。
──ドガァァンッ!!
土蚯蚓主の巨体が大きく吹き飛んだ。
地面へ叩き付けられる。
──ズドォンッ!!
土煙が舞い上がる。
その中。
土蚯蚓主の横腹には、大きな穴が穿たれていた。
「ギ……ィ……」
僅かに身体が動く。
だが、それだけだった。
長い身体から力が抜けていく。
そして。
──ドォンッ!
太い身体が完全に地面へ倒れ込んだ。
静寂。
一瞬遅れて、土蚯蚓主の身体が無数の光へ変わり始める。
「……勝った」
その言葉と同時に、ゴロの下半身を回っていた砂塵も急速に勢いを失った。
白い光。
砂の身体が崩れ、土ノ体へ戻る。
最後の一撃で、残っていた魔力も使い切った。
蓮はその場へ座り込み、大きく息を吐く。
ゴロも、その場へぺたりと座った。
「ギリギリだったな……」
こくり。
しばらく、二人とも動かなかった。
やがて、ゴロがゆっくり立ち上がる。
蓮の前まで歩いてくると、片手を差し出した。
「……ハハ」
蓮が笑う。
「気に入ったんだな」
ゴロがもう一度手を差し出す。
「分かったよ」
蓮も手を上げる。
「おつかれ!」
──パンッ!
乾いた音が空洞へ響いた。
ゴロが何度も頷く。
そして。
──どんっ。
胸を叩いた。
「よくやった」
蓮も小さく笑った。
◇
空洞の奥。
黒い水晶。
迷宮核。
蓮とゴロは、その前へ立った。
「これで地属性も終わりだな」
こくり。
残る属性迷宮は、光と闇。
あと二つ。
「ゴロ。≪迷宮浄化≫」
こくり。
──ドンッ!
ゴロの拳が黒水晶を叩く。
白い光が広がり、迷宮核が黒から白へ変わっていく。
そして。
──パリンッ!
白い水晶が砕けた。
その一部が光となり、ゴロの身体へ流れ込む。
「来たか」
白い光がゴロを包む。
地属性。
どんな肉体になるのか。
石か。
岩か。
蓮は期待して見守る。
だが。
光が消えても、ゴロの姿は変わっていなかった。
「……あれ?」
見慣れた土の身体。
ゴロも自分の腕や胸を見回し、首を傾げる。
「新しい肉体じゃない?」
蓮はすぐにステータスを開いた。
そして、見慣れない項目を見つける。
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【ゴロ】
強化ログ
・土ノ体:魔力効率上昇 NEW!
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「強化ログ……?」
初めて見る表示。
新しい肉体ではない。
すでに持っている土ノ体が強化されたらしい。
「魔力効率上昇……」
蓮はゴロの魔力残量へ意識を向ける。
戦闘でほとんど使い切った魔力が、少しずつ戻っている。
その様子を見て。
「……前より速い?」
僅かな違和感。
ただ、今見ただけでは何が変わったのかまでは分からない。
「魔力効率、か……」
蓮は強化ログを見つめる。
「詳しく調べるのは帰ってからだな」
こくり。
蓮はもう一度、強化ログを見る。
昨夜、夏希と話したことを思い出す。
同じ属性の迷宮を浄化したら、何が起こるのか。
今回、新しい肉体は増えなかった。
その代わり。
「今ある肉体が強化されることもあるのか」
これだけで十分な発見だった。
そして、もう一つ。
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【岩崎蓮】
ランクアップ条件:
✔ 召喚獣の存在階位をF-MAXにする
✔ F級雷属性迷宮を浄化する
✔ F級水属性迷宮を浄化する
✔ F級火属性迷宮を浄化する
✔ F級風属性迷宮を浄化する
✔ F級地属性迷宮を浄化する NEW!
・未達成条件 3件 → 2件
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「よし」
これで五つ目。
残るのは光と闇。
あと二つ。
遠かった。
だが、確実に近付いている。
「あと二つだな」
こくり。
そして。
──どんっ。
ゴロが力強く胸を叩く。
蓮は笑った。
「まずは帰るか」
こくり。
二人は、浄化された迷宮を後にした。




