第21話 砂塵ノ体
翌日。
月曜日。
朝。
蓮とゴロは、“風鳥丘陵”近くの宿を出た。
次の目的地は、F級地属性迷宮──“土蟲窟”。
今日は攻略しない。
まずは“土蟲窟”の近くまで移動し、昨日手に入れた新たな肉体≪砂塵ノ体≫の能力を確かめておくつもりだ。
電車を乗り継ぎ、さらにバスへ乗る。
昼前。
二人は“土蟲窟”から最も近い街へ到着した。
先にホテルへ向かい、数日分の荷物を部屋へ置く。
必要な物だけを持って、再び外へ出た。
向かった先は召喚士ギルド。
その中にある訓練施設だった。
◇
受付を済ませ、蓮とゴロは広い訓練区画へ入る。
床には一定間隔で目印が並び、壁際には各種の魔導装置と魔導人形が設置されている。
十分な広さもある。
「ここなら問題なく試せそうだな」
こくり。
待機形態のゴロが蓮の肩から飛び降り、戦闘時の大きさへ戻る。
そして。
──どんっ。
胸を叩いた。
準備はできているらしい。
蓮はノートを開く。
「じゃあ、一つずつ調べるか」
こくり。
「ゴロ。≪砂塵ノ体≫!」
白い光。
土色だった身体が少しずつ崩れていく。
だが、その場へ落ちることはない。
細かな砂へ変わりながら、淡い黄土色の身体を作り上げていく。
上半身は人型を保っている。
頭部も、胸も、両腕も砂で形作られていた。
その表面では、細かな砂粒が絶えず流動している。
そして、腰から下には脚がない。
代わりに、砂塵の渦が回転しながら身体を支えていた。
「改めて見ると、本当に砂嵐みたいだな」
ゴロも自分の身体を見下ろす。
下半身に渦巻く砂塵を不思議そうに眺め、何度か身体を左右へ動かした。
そのまま前へ進もうとする。
次の瞬間。
──シュッ!!
「速っ!」
ゴロの身体が、思った以上の勢いで前へ滑った。
ゴロ自身も驚いたらしい。
慌てて止まろうとする。
だが。
──ザザザザッ!!
すぐには止まれない。
数メートル滑って、ようやく停止した。
しばらく沈黙。
ゴロがゆっくり振り返る。
そして、何事もなかったように。
──どんっ。
胸を叩いた。
「いや、今のは誤魔化せてないぞ」
蓮が苦笑する。
ゴロは僅かに顔を逸らした。
「まずは移動からだな」
◇
訓練区画の端。
一直線に並ぶ目印の前へ、ゴロが立つ。
「まずは直線移動」
こくり。
「行け!」
下半身の砂塵が強く渦巻き、ゴロが地面を滑るように走り出した。
──ザシュッ!!
「……速いな」
これまでのゴロとは、明らかに動きが違う。
一歩ずつ地面を踏むのではなく、下半身の砂塵で滑るように進む。
そのまま徐々に速度を上げていく。
やがて、離れた目印の前へ到達した。
土ノ体。
≪電晶ノ体≫。
≪泥ノ体≫。
≪火岩ノ体≫。
これまでのどの肉体よりも速い。
特に≪火岩ノ体≫とは比べものにならない。
重い身体を一歩ずつ動かす火岩に対し、≪砂塵ノ体≫は地面を滑るように進む。
「もう一度」
何度か直線移動を繰り返す。
加速も速い。
動き始めてから速度へ乗るまでの時間は短い。
とはいえ、最初から一気に最高速度へ達するわけではない。
下半身の砂塵を強く回転させながら、滑るように速度を上げていく。
「次は、あの目印で止まってみよう」
ゴロが頷く。
再び加速。
──ザシュッ!!
目印が近付くと、ゴロは下半身の渦を弱めて減速する。
だが。
──ズザァァッ!!
止まり切れない。
目印を通り過ぎ、さらに数メートル滑ってようやく停止した。
「急には止まれないか」
何度か試しても、結果は同じだった。
速度が出ているほど、停止までに距離が必要になる。
続いて方向転換。
右。
左。
斜め。
緩やかに曲がるなら問題はない。
砂塵の向きを変えながら、滑るように進路を変えられる。
だが、直角に曲がろうとすると大きく外側へ膨らんでしまう。
一度。
曲がり切れず、訓練用の壁へ向かってしまった。
「ゴロ!」
──ザザザッ!!
必死に減速。
壁の少し手前で、どうにか停止した。
ゴロが壁を見る。
次に、蓮を見る。
「……」
こくり。
「速いけど、小回りは利かないな」
最後に、飛行できるかも確認してみる。
段差から飛び降りたり、下半身の渦を強めて上へ跳び上がろうとしたりと、何度か試してみる。
しかし、ゴロの身体が大きく浮き上がることはなかった。
僅かな段差なら、勢いを付けて滑るように越えられる。
だが、空中を自由に移動することはできない。
「浮いてるように見えるだけか」
蓮は下半身を見る。
砂塵の渦の最下部は、常に床へ触れている。
「飛行型じゃないな」
少し考え。
「地上高速移動型か」
こくり。
蓮はノートへ書き込む。
『移動性能:高
・直線速度:現状最速
・加速:速い
・急停止:苦手
・急方向転換:苦手
・飛行:不可』
「移動はこんなところだな」
ゴロも納得したように頷いた。
◇
続いて、攻撃性能。
蓮は訓練用の魔導人形を起動する。
「まずは普通に殴ってみよう」
こくり。
ゴロが魔導人形の前へ移動し、砂の拳を握ってそのまま振り抜いた。
──バシッ!
胸部へ拳が当たる。
魔導人形が僅かに揺れた。
それだけ。
「……軽いな」
土ノ体よりも軽い。
電晶や火岩とは比べるまでもない。
泥と比べても、単純な打撃力は低い。
「重さで殴る身体じゃないか」
蓮が人形へ近付く。
その時。
「……ん?」
拳が当たった場所。
装甲の表面に、細かな傷が何本も刻まれていた。
大きくへこんではいない。
だが、僅かに削れている。
「もう一度」
こくり。
──バシッ!
蓮は、拳が触れる瞬間をよく見る。
砂の拳。
その表面では、細かな砂粒が高速で流れていた。
──ザリザリッ。
接触。
装甲表面が削れる。
「なるほど」
蓮は目を細める。
「衝撃で壊すんじゃない。砂で削ってるのか」
拳そのものは軽い。
だが、触れた場所を砂塵がヤスリのように削り取っている。
蓮はノートへ書き込む。
『通常打撃:低
・接触時に砂塵で対象を削る』
「面白いな」
そこで、一つ試したいことが浮かんだ。
≪砂塵ノ体≫の最大の特徴は速度。
なら、その速度を攻撃へ乗せればどうなる。
「少し離れてくれ」
こくり。
ゴロが魔導人形から距離を取る。
「そのまま行け!」
──ザシュッ!!
ゴロが滑るように加速する。
速度を乗せながら距離を詰め、その勢いのまま拳を叩き込んだ。
──ドッ!!
魔導人形の胸部が揺れる。
先ほどよりも衝撃は大きい。
だが。
「……思ったほどじゃないな」
速度を乗せた割に、打撃そのものは大きく伸びていない。
「拳自体が軽いからか?」
蓮が攻撃跡を見る。
そして。
「……こっちは違う」
へこみは浅い。
だが、削れ方は先ほどより明らかに深く、広い。
「速度を乗せると、削る力が上がるのか」
もう一度。
──ドッ!!
さらに。
──ドッ!!
結果は同じだった。
打撃力はそれほど大きく変わらない。
その一方で、速度が上がるほど装甲へ刻まれる削り傷は深くなる。
「なるほど」
蓮はノートへ追記する。
『高速移動時
・打撃力:僅かに上昇
・削り性能:大きく上昇』
「砂塵ノ体は、速さを乗せて削る身体か」
こくり。
ゴロも自分の拳を見る。
表面を流れ続ける砂を眺め、何度か手を握って開き、満足そうに頷いた。
◇
「次は防御だな」
槍型の魔導人形を起動する。
出力は低め。
「まずは軽く」
──ガッ!
槍が砂塵ノ体の肩へ突き刺さる。
次の瞬間。
──バシュッ!!
肩の砂が大きく吹き飛んだ。
「……脆いな」
槍はほとんど抵抗を受けず、そのまま身体を貫いている。
硬い岩や結晶とは、まるで違う。
「受け止める力はかなり低い」
吹き飛んだ砂が床へ落ちる。
だが、その直前。
下半身の砂塵へ引き寄せられるように戻り始めた。
──ザザザッ。
散った砂が身体へ集まり、肩が元の形へ戻る。
「速い」
今度は、少し出力を上げる。
──ガァンッ!!
右腕が大きく吹き飛んだ。
砂が周囲へ散る。
だが、すぐに渦へ巻き込まれるように戻り始めた。
──ザザザザッ。
右腕が再形成される。
「戻る速度だけなら、泥より速いかもしれないな」
蓮は慎重に様子を見る。
≪泥ノ体≫は柔らかく、変形して攻撃を受け、多少の衝撃なら逃がすこともできる。
それに対して、≪砂塵ノ体≫は攻撃を受ければ簡単に崩れる。
その代わり、散った砂が戻る速度は速い。
「泥は受ける身体」
少し考え。
「砂塵は、崩れて戻る身体か」
こくり。
似ている。
だが、役割は違う。
蓮はノートへ記録する。
『防御性能:低
・被弾すると簡単に崩れる
・散った砂は高速で再集合』
「次は心核だな」
ゴロが頷く。
「動かしてみてくれ」
こくり。
ゴロが胸にある心核へ意識を向ける。
直後。
心核が砂の身体の中を滑るように動き始めた。
胸から右肩。
右肩から上腕。
さらに腹部。
腰。
「動くな」
≪泥ノ体≫と同じ。
硬い肉体では動かなかった心核が、≪砂塵ノ体≫では問題なく移動できる。
「泥と同じで、砂塵でも心核は動かせるのか」
防御力は低い。
だが、崩れても戻る。
さらに、狙われる場所が分かっていれば、心核そのものを逃がせる。
「これなら脆さもある程度は補えるな」
蓮はノートへ一行加える。
『心核:身体内部を移動可能』
こくり。
ゴロも真剣に頷いた。
◇
続いて、属性相性。
蓮は訓練用魔導装置を起動する。
まずは地属性。
「いくぞ」
こくり。
複数の土塊が、ゴロへ向かって放たれた。
──ドドドッ!!
ゴロは避けない。
土塊が砂塵ノ体へ直撃する。
その瞬間。
──ザザザザッ!!
身体表面を流れる砂が、土塊の表面を削っていく。
勢いを失った土塊は、そのまま細かく崩れた。
「やっぱり地には強いな」
風は地に強い。
≪砂塵ノ体≫にも、その相性がしっかり現れている。
とはいえ、完全に無効化できるわけではない。
蓮はノートへ書き込む。
『地:◎
地属性攻撃を削り、威力を軽減』
「実戦でどこまで通じるかは、明日だな」
続いて水属性。
大きな水球が放たれる。
──バシャァッ!!
直撃。
その瞬間。
「……重くなった?」
砂が水を含む。
下半身の渦は、目に見えて勢いを失った。
ゴロが前へ進む。
──ザ……ザザッ。
遅い。
先ほどまでの滑るような速度が出ない。
さらに、右腕に攻撃を受ける。
──バシュッ!!
砂が崩れる。
散った砂は戻ろうとするが、水を含んで重くなったことで、集まる速度も明らかに落ちていた。
「移動だけじゃない。戻る速度まで落ちるのか」
水属性。
これは明確な弱点だった。
『水:△
移動速度低下+再集合速度低下』
次は火属性。
火球が放たれる。
──ボォッ!!
炎が砂塵ノ体を包む。
その瞬間、下半身の渦が大きく乱れた。
ゴロが前へ進む。
──ザシュッ。
──ザザッ。
加速が安定しない。
さらに砂塵に煽られ、炎そのものも勢いを増していく。
──ボォォッ!!
「やっぱり相性は悪いな」
風属性は火に弱い。
そのうえ、砂塵の風が相手の火勢まで強めてしまう。
「これは厄介だ」
蓮はノートへ書き込む。
『火:△
渦の乱れによる移動低下+火勢を増幅』
続いて風属性。
強い風が、正面から砂塵ノ体へ吹き付ける。
──ゴォォッ!!
だが、身体表面の砂が風に合わせて流れ、風圧を逃がしていく。
ゴロの身体が僅かに揺れる。
それだけだった。
「風はかなり受け流せるみたいだな」
もう一度。
──ゴォォッ!!
結果は同じ。
外部の風を取り込んで速度が上がるような変化はない。
その代わり、風属性の影響そのものをかなり抑えられるようだった。
『風:○
風圧を受け流し、影響を軽減』
「強化まではされないか」
≪火岩ノ体≫とは違う。
あちらは風を受けることで蓄熱が進んだ。
≪砂塵ノ体≫は、風そのものを流して受ける。
同じ属性への強さでも、身体によって性質は違うらしい。
その後。
雷。
光。
闇。
順番に確認していく。
いずれも目立った変化は見られなかった。
蓮はノートへ結果をまとめる。
──────────────────────
≪砂塵ノ体≫ 属性耐性
地:◎
水:△
火:△
風:○ ※風の影響低減
雷:ー
光:ー
闇:ー
──────────────────────
「ふむふむ」
地属性には有利。
水と火には不利。
風属性は、受け流すことで影響をかなり抑えられる。
その他は大きな変化なし。
「次の土蟲窟では、かなり使えそうだな」
こくり。
◇
「最後はスキルだ」
蓮は魔導人形を再び起動する。
「まずは大地ノ拳」
ゴロが拳を構える。
「ゴロ。≪大地ノ拳≫!」
右拳へ魔力が集まる。
拳の表面を流れる砂が、先ほど以上の速度で回転を始めた。
──ザザザザザッ!!
「そのまま行け!」
──ザシュッ!!
ゴロが加速する。
一気に間合いへ入り、拳を叩き込んだ。
──ドゴッ!!
衝撃。
そして。
──ギャリギャリッ!!
高速で回転する砂塵が装甲を一気に削る。
ゴロが離れる。
胸部には、通常の拳より深い削り跡。
「やっぱり削る力が増してるな」
≪大地ノ拳≫による打撃強化。
そして、≪砂塵ノ体≫では拳周辺を流れる砂までさらに激しくなる。
蓮はノートへ書き込む。
『≪大地ノ拳≫
打撃強化+拳周辺の削り性能上昇』
「削りの強化がこの肉体の特徴だな」
こくり。
その後、他のスキルも一通り試した。
≪大地ノ角撃≫。
元々高い直線速度がさらに上昇する。
その代わり、停止と方向転換はより難しくなった。
≪大地ノ甲殻≫。
身体表面の砂が圧縮され、普段より崩れにくくなる。
≪大地ノ衝撃≫。
衝撃波とともに細かな砂塵を周囲へ撒き散らす。
≪大地ノ棘≫。
地面から圧縮された砂の棘が突き出す。
さらに、棘の表面では細かな砂が高速で流れ、触れた相手を削る。
そして。
≪大地ノ砲拳≫。
拳が砲身へ変わり、圧縮された砂塵弾を撃ち出す。
──ドンッ!!
速い。
≪火岩ノ体≫で放った岩弾よりも、明らかに弾速が高い。
魔導人形へ命中。
──バシュッ!!
着弾と同時に砂が弾け、装甲表面を削っていく。
「威力より、速さと削りか」
蓮はノートへ書き込む。
『≪大地ノ砲拳≫
高速砂塵弾
火岩弾より弾速が高い
着弾時に砂塵で対象を削る』
蓮はノートへ結果をまとめる。
『≪砂塵ノ体≫ スキル変化
・大地ノ拳:打撃強化+削り強化
・大地ノ角撃:直線加速強化
・大地ノ甲殻:砂を圧縮し崩れにくくする
・大地ノ衝撃:衝撃波+砂塵
・大地ノ棘:圧縮した砂の棘+接触削り
・大地ノ砲拳:高速砂塵弾+着弾時に削る』
「やっぱり、速さと削りだな」
こくり。
ゴロも嬉しそうに頷いた。
◇
すべての検証を終え、蓮はノートを見返した。
≪砂塵ノ体≫。
直線速度は、これまでの肉体で最速。
加速も速い。
その代わり、急停止と急な方向転換は苦手で、飛行もできない。
拳は軽く、単純な打撃力は低い。
だが、身体を流れる砂塵で触れたものを削ることができる。
速度を乗せれば、その削る力はさらに増す。
防御性能は低い。
攻撃を受ければ簡単に崩れる。
その代わり、散った砂が戻る速度は速い。
心核も移動可能。
地属性には有利。
水と火には不利。
風属性は、身体の砂を流すことで受け流せる。
さらに、各スキルにも≪砂塵ノ体≫らしい変化が現れる。
「速さを武器にする身体だな」
蓮は小さく笑う。
これまでのゴロは、基本的に相手の攻撃を受けながら距離を詰める戦いが多かった。
耐える。
受ける。
そして、近付いて殴る。
だが、≪砂塵ノ体≫は違う。
先に動く。
距離を取る。
一気に詰めて削る。
「かなり戦い方が変わりそうだな」
こくり。
ゴロが下半身の砂塵を強く回転させる。
──ザシュッ!!
滑るように加速し、訓練区画の端へ向かう。
そして、減速。
──ザザッ。
目印を少しだけ越えた。
「まだ止まれてないぞ」
ゴロが黙って、ゆっくり振り返る。
蓮は思わず笑った。
◇
夜。
ホテル。
蓮はベッドへ腰掛け、携帯を耳へ当てていた。
『もしもし、蓮?』
夏希だ。
「おう」
『今日はどうだった?』
「砂塵ノ体の検証してた」
『どうだった?』
「速い」
少し間を置く。
「ゴロとしては、かなり」
『へえ』
夏希の声が弾む。
『ゴロが速いの、なんか想像つかない』
「俺もそう思う」
蓮は苦笑する。
これまで、ゴロの大きな弱点は機動力だった。
だからこそ、≪砂塵ノ体≫の速さは大きい。
少し近況を話し、やがて話題は明日の迷宮へ移った。
『次は地属性なんだよね?』
「ああ」
F級地属性迷宮──“土蟲窟”。
『今度はどんな身体になるんだろうね』
「さあな」
蓮は小さく笑う。
水では泥。
雷では電晶。
火では火岩。
風では砂塵。
どれも、単純な予想通りにはいかなかった。
『普通に考えたら、石とか?』
「地なら、それが一番ありそうだけどな」
『でも、また全然違ったりして』
「ありそうだな」
二人で小さく笑う。
その時、蓮はふと思った。
「なあ」
『ん?』
「同じ属性の別の迷宮を浄化したら、どうなるんだろうな」
『別の?』
「ああ」
例えば、別のF級火属性迷宮。
そこを浄化した場合、何も起きないのか。
別の火属性の肉体になるのか。
それとも、今ある≪火岩ノ体≫に何か変化が起こるのか。
『……分からないね』
「だよな」
『でも、気になる』
「俺も」
答えは出ない。
だからこそ、確かめてみたい。
「いつか試すか」
『うん』
短くそう言って、二人は笑った。
◇
通話を終える。
蓮は端末を机へ置いた。
窓の外には、見知らぬ街の夜景。
その先にある、明日の目的地。
F級地属性迷宮──“土蟲窟”。
「次は地属性か」
隣では、待機形態のゴロがこくりと頷く。
蓮は改めて、調べておいた攻略情報を開いた。
道中に出るのは、土甲虫や土蜘蛛を始めとした蟲型魔物。
そして、最深部のボス。
蚯蚓型魔物──“土蚯蚓主”。
「こいつが少し面白いな」
ゴロが蓮を見る。
「地面を伝わる振動で、獲物を探すらしい」
こくり。
普通に歩けば、足音や振動が地面へ伝わる。
だが、今日検証したばかりの身体なら。
「砂塵ノ体が使えるかもしれない」
地面を踏み締めず、砂塵で滑るように移動する身体。
振動を完全になくせるわけではない。
それでも、土ノ体よりはかなり小さくできるはずだ。
「ただ、本当にどこまで誤魔化せるかは分からない」
迷宮強化されれば、探知能力そのものが変わる可能性もある。
だから。
「最初に確かめよう」
こくり。
「通用するなら、砂塵ノ体で戦う。ただし、道中から使い続けるのはなしだ」
≪砂塵ノ体≫は、維持するだけでも魔力を消費する。
ボスまでに消耗しすぎれば、肝心な時に使えない。
「道中で一度試したら、あとは土ノ体で温存する」
こくり。
そして。
──どんっ。
ゴロが小さな胸を叩いた。
蓮も笑う。
「よし。明日はそれで行こう」
明日。
遠征二つ目の属性迷宮攻略。
蓮は静かに、次の戦いを思い描いた。




