第20話 風鳥丘陵
遠征二日目。
日曜日。
朝。
蓮とゴロは、F級風属性迷宮──“風鳥丘陵”へと到着した。
なだらかな丘の上。
そこには、古びた石造りの門が静かに佇んでいる。
左右の門柱には、雀や鷺を思わせる鳥の彫刻。
その周囲には、風を表す渦模様が細かく刻まれていた。
丘陵を吹き抜ける風は心地良い。
門の中央では、緑色の光が静かに揺らめいている。
「ここが風鳥丘陵か」
蓮は小さく呟く。
肩に乗ったゴロも、辺りを見回しながら頷いた。
そして。
──どんっ。
胸を叩く。
準備はできているらしい。
「行こう」
こくり。
蓮とゴロは、緑色の光へ足を踏み入れた。
◇
目の前へ広がったのは、一面の草原だった。
大小の丘が連なり、その間を穏やかな風が吹き抜けている。
所々に生えた木々は優しく揺れ、足元の草花も風に合わせるように左右へ靡いていた。
「思ったより風は弱いな」
蓮は周囲を見渡す。
強風が絶えず吹き荒れるような過酷な環境を想像していたが、今のところその様子はない。
これなら、環境そのものが戦闘へ与える影響はそれほど大きくなさそうだ。
「まずは実戦で確認しよう」
肩から降りたゴロが頷く。
「ゴロ。≪火岩ノ体≫!」
白い光が全身を包む。
土色だった身体が、白みを帯びた重厚な岩肌へ。
その隙間からは、赤い熱が脈打つように漏れ始める。
以前、訓練室で確認した≪火岩ノ体≫。
風属性を受けることで僅かに蓄熱が進み、火は風に強い。
「検証通りなら、かなり相性はいいはずだ」
こくり。
二人は草原を進み始めた。
◇
ほどなくして、草むらから小さな影が飛び立った。
「チュンッ!」
薄緑色の羽毛。
雀型魔物──“風雀”。
風雀が空中で翼を広げる。
次の瞬間。
──シュッ!
小さな風刃が飛んできた。
「ゴロ!」
ゴロは僅かに身体をずらす。
だが、完全には避け切れない。
──バシッ!
風刃が火岩ノ体の肩を掠めた。
白い岩肌に、傷はほとんどない。
それよりも。
「……やっぱり」
蓮は目を細める。
岩肌の隙間から漏れていた赤い光。
それが、ほんの僅かに強くなっている。
「風を受けると、ちゃんと熱が増える」
訓練室だけではない。
実際の風属性攻撃でも、蓄熱は進む。
風雀がもう一度風刃を放つ。
──シュッ!
今度は胸部。
──バシッ!
やはり損傷は小さい。
そして、赤い光がまた僅かに強まった。
「火岩なら、風属性はかなり受けやすいな」
とはいえ、風属性攻撃そのものが完全に無効になったわけではない。
弱い攻撃だからこそ、ほとんど傷になっていないだけだ。
より強い攻撃なら、当然話は変わるだろう。
風雀は遠距離攻撃だけでは倒せないと判断したのか、翼を畳んで一直線に急降下してきた。
「迎え撃て!」
ゴロが拳を引く。
風雀が攻撃範囲へ入る。
その瞬間。
──ドゴッ!!
重い拳が真正面から風雀を打ち抜いた。
「チュッ!?」
小さな身体が吹き飛び、そのまま光の粒となって消える。
一撃。
「……まあ、これは相手が弱すぎるな」
火岩ノ体の威力を測るには、あまりにも差がありすぎた。
それでも、風属性への耐性。
そして、実戦でも蓄熱が進むこと。
その二つは確認できた。
◇
階層を進む。
第二階層では、鳩型魔物──“風鳩”。
第三階層では、雉型魔物──“風雉”。
いずれも空中を飛び回りながら、風刃や風弾を撃ち込んでくる魔物だった。
近付いてくる個体なら問題はない。
風属性攻撃を受けながら、接近した瞬間を狙って拳を返す。
火岩ノ体との相性もあり、大きく苦戦することはなかった。
だが。
「……やっぱり面倒だな」
蓮が見上げる。
上空。
風雉が一定の距離を保ったまま旋回している。
近付かない。
ひたすら安全圏から風刃を飛ばしてくる。
──シュッ!
ゴロが横へずれる。
風刃が足元の草を切り裂いた。
ゴロの弱点。
低い機動力。
そして、空を飛ぶ敵へこちらから距離を詰められないこと。
以前なら、こういう相手にはほとんど手が出せなかった。
だが、今は違う。
「試してみるか」
ゴロが蓮を見る。
「新しく手に入れたやつだ」
こくり。
蓮は上空の風雉を見る。
「ゴロ。≪大地ノ砲拳≫!」
右拳へ魔力が集まる。
白い岩の拳が変形し、前腕ごと太い砲身のような形へ変わっていく。
砲口の奥では、赤い熱が揺らめいていた。
「撃て!」
──ドンッ!!
火岩の塊が砲口から撃ち出された。
赤い熱を纏いながら、一直線に風雉へ飛ぶ。
だが。
「キィッ!」
風雉が翼を大きく振る。
身体が横へ流れ、火岩弾はその脇を通り過ぎていった。
「……駄目か」
蓮は軌道を目で追う。
威力自体はありそうだ。
だが。
「弾速が足りないな」
遠距離攻撃を得た。
それだけで、素早い敵にも当たるようになるわけではない。
特に、空中で細かく方向を変えられる相手。
そういう敵には、今の弾速では避けられやすい。
「使いどころは選ぶか」
こくり。
新しいスキルにも当然、向き不向きがある。
それが分かっただけでも十分だった。
風雉はそのまま距離を取っていく。
蓮は追わない。
「無視して進もう」
倒す必要のない魔物へ、わざわざ魔力を使う必要はない。
攻略の目的は最深部。
そして、迷宮浄化。
二人は近付いてくる魔物だけを倒しながら、先へ進んでいった。
◇
いくつか階層を進んだところで、蓮はゴロの魔力残量へ意識を向ける。
「……そろそろいいか」
≪火岩ノ体≫は、維持しているだけでも魔力を消費する。
ここまでで、風属性との相性は十分確認できた。
道中の魔物相手に、これ以上使い続ける必要はない。
「ゴロ。解除だ」
白い光。
重厚な白い岩肌が消え、元の土色の身体へ戻る。
「ここからは魔力を温存しよう」
こくり。
土ノ体なら、肉体を維持するための魔力消費はない。
歩いている間にも、ゴロの魔力は少しずつ回復していく。
その直後。
上空から。
──シュッ!
風刃。
「ゴロ!」
身体をずらす。
だが、肩を僅かに掠めた。
──ザシュッ!
「……っ」
土が想像以上に深く抉れた。
蓮はすぐに傷を見る。
「やっぱり、土だと通るな」
火岩ノ体の時とは明らかに違う。
風属性は地属性に強い。
風の魔力が、地属性の持つ硬化の特性を弱める。
その影響が、土ノ体にもはっきりと表れていた。
「相性差はかなり大きいな」
もっとも、だからといってすぐに≪火岩ノ体≫へ戻すことはしない。
「≪修復再生≫」
白い光が肩の傷を包む。
抉れた土が、少しずつ元の形へ戻っていく。
ゴロの魔力を温存する代わりに、傷を負えば蓮の魔力を使って修復する。
逆に≪火岩ノ体≫なら、風属性の攻撃は通りにくい。
その代わり、維持にはゴロの魔力を使う。
「残りを見ながら、切り替えていくか」
こくり。
そこから蓮は、状況に応じて肉体を切り替えていった。
魔物の数が少ない階層。
距離を取りながら進める場所では、土ノ体。
避けにくい風属性攻撃が続く場所。
複数の魔物が近付いてくる場面では、≪火岩ノ体≫。
ゴロの魔力を使えば、蓮の魔力を温存できる。
蓮の≪修復再生≫を使えば、その間にゴロの魔力を回復させられる。
どちらか一方を使い潰すのではない。
二人の残り魔力を見ながら、消費を分散させる。
そうして、階層を一つずつ確実に進んでいった。
◇
そして、第九階層を抜けた。
目の前には、最下層へ続く緑色の光を放つゲート。
「……着いたな」
蓮は小さく息を吐く。
ここまで大きな怪我はない。
とはいえ、ゴロの魔力も蓮の魔力も全快とはいかない。
だが、ボスと戦えないほど減っているわけでもなかった。
「悪くない」
道中で、≪火岩ノ体≫と風属性の相性。
≪大地ノ砲拳≫の使い勝手。
土ノ体の弱点。
確認したかったことは、ある程度確認できた。
あとは、この迷宮の主。
風属性のボス。
それを倒すだけだ。
「ここからが本番だぞ」
こくり。
ゴロの深緑色の瞳が、真っ直ぐゲートを見つめる。
そして。
──どんっ。
力強く胸を叩いた。
蓮も頷く。
「行こう」
二人は、最下層へ続く緑色の光へ足を踏み入れた。
◇
最下層。
緑色の光を抜けた先には、巨大な窪地が広がっていた。
そして、その中央。
一体の魔物が静かに佇んでいる。
二本の太い脚。
筋肉質な胴体。
鋭く尖った嘴。
そして、大きく広げられた一対の翼。
大型の鶏型魔物──“風鶏主”。
この“風鳥丘陵”の主。
「コケコッコーーッ!!」
甲高い鳴き声が窪地全体へ響き渡る。
その瞬間。
──ゴゴゴゴッ。
迷宮が震えた。
周囲を漂っていた風属性魔素が、一斉に“風鶏主”へ流れ込んでいく。
身体が一回り大きく膨れ上がる。
嘴はさらに鋭く、鉤爪は太く長く。
翼も一回り大きく広がり、羽毛の一本一本が風を纏うように逆立っていく。
「迷宮強化か」
蓮は静かに息を吐く。
ここからが本番。
「行くぞ」
こくり。
ゴロが頷く。
そして。
──どんっ。
力強く胸を叩いた。
「ゴロ。≪火岩ノ体≫!」
白い光。
ゴロの身体が、重厚な白い岩肌へ変わる。
赤い熱が亀裂の奥で脈打ち始めた。
次の瞬間。
「コケェッ!!」
風鶏主が地面を蹴った。
◇
風鶏主が大きく翼を広げる。
──バサァッ!!
巨大な翼が力強く振り抜かれた。
直後。
──ゴォォッ!!
圧縮された突風が、真正面からゴロへ襲い掛かる。
「耐えろ!」
ゴロが腰を落とす。
両脚を踏ん張り、真正面から風を受け止める。
──ゴォォォッ!!
凄まじい風。
だが、重い火岩ノ体は僅かに身体を揺らしただけ。
吹き飛ばされない。
それどころか、白い岩肌の隙間から漏れる赤い光が少しずつ強くなっていく。
「やっぱり相性はいい」
風を受ける。
その風が、火岩ノ体の蓄熱を進める。
“風鶏主”が低く身体を沈めた。
そして、一気に距離を詰める。
鋭い嘴。
狙いはゴロの胸部。
「迎え撃て! ≪大地ノ拳≫!」
──ガッ!!
嘴がゴロの胸へ突き刺さる。
白い岩肌へ細かな亀裂。
だが同時に、ゴロの右拳が赤く染まった。
──ドゴォッ!!
強化された拳が風鶏主の腹へ突き刺さる。
「コケッ!?」
巨体が大きく後退した。
数歩よろめきながら、どうにか踏み止まる。
「よし!」
受けた傷は浅い。
それに対して、こちらの拳はしっかりと通っている。
真正面からのぶつかり合いなら、ゴロが上だ。
風鶏主が再び翼を広げる。
──バサッ!!
何枚もの羽根が一斉に飛び出した。
風を纏い、鋭い風刃となってゴロへ殺到する。
──カカカカッ!!
ゴロが腕を交差する。
火岩ノ体で正面から受ける。
岩肌が僅かに削れるが、傷は浅い。
そして、風刃を受けるたびに赤い光が強くなっていく。
「いいぞ」
蓮は拳を握る。
このまま受け続ければ、さらに熱は溜まる。
「このまま押すぞ!」
こくり。
◇
そこから、激しい打ち合いが続いた。
翼。
嘴。
鉤爪。
風を纏った攻撃が、次々とゴロへ叩き込まれる。
その度に火岩ノ体へ傷が増えるが、同時に熱も増していく。
ゴロも近付いた瞬間を狙い、何度も拳を返す。
一撃。
二撃。
三撃。
そして、気付けば火岩ノ体は全身が赤く染まり始めていた。
岩肌の隙間だけではない。
白かった岩そのものが、熱を帯びている。
「そろそろだ」
風鶏主が再び飛び込んでくる。
「ゴロ!」
こくり。
「≪大地ノ拳≫!」
右拳。
赤い光が一気に強まる。
風鶏主が嘴を突き出す。
その懐へ、ゴロが踏み込んだ。
──ドゴォォッ!!
赤熱した拳が風鶏主の胸へ炸裂する。
「コケェッ!?」
巨体が地面から浮いた。
そのまま。
──ズザザザッ!!
地面を転がる。
胸元には、黒く焼け焦げた拳の跡。
羽毛もところどころ焼けている。
風鶏主はふらつきながら立ち上がった。
荒い呼吸。
明らかにダメージは大きい。
「行ける」
このままなら押し切れる。
蓮が次の指示を出そうとした。
その時。
「ゴゲゴッコーーーッ!!」
風鶏主が天を仰いだ。
大きな咆哮。
直後、周囲の風属性魔素が再び動き始める。
「……っ!」
焼け焦げた羽毛が次々と抜け落ちていく。
その下から現れたのは、より細く、より鋭い新たな羽毛。
翼と両脚へ、激しい風が渦巻き始めた。
「第二形態……!」
蓮が表情を引き締める。
次の瞬間。
風鶏主の姿が消えた。
「速い!」
低空。
地面すれすれ。
風を纏った脚で一気に加速する。
──ガガッ!!
蹴り。
火岩ノ体の脇腹へ鋭く突き刺さる。
ゴロが拳を振るう。
だが。
──バサッ!!
その瞬間には、風鶏主は後方へ跳んでいた。
空振り。
「くっ……!」
速い。
第一形態とは比べものにならない。
そこへ。
──ヒュォォォ。
周囲の風が渦を巻く。
一つ。
二つ。
三つ。
小さな風の渦が、風鶏主の周囲へ生まれていく。
翼が振るわれた。
直後、風の渦が自ら動き始める。
「新たな技か……!」
複数の風渦。
別々の方向からゴロへ向かってくる。
──ザザザッ!!
一つが火岩ノ体へ直撃。
岩肌を薄く削っていく。
傷は深くない。
それどころか、風を受けたことで蓄熱がさらに進む。
「この攻撃自体は問題ない。むしろこちらとしてはプラスだ」
問題は、低空を駆け回る圧倒的な機動力。
こちらの攻撃が当たらない。
◇
「≪大地ノ衝撃≫!」
ゴロが拳を地面へ叩き付ける。
──ドゴンッ!!
衝撃波と熱波が、ゴロを中心に一気に広がる。
だが、風鶏主は軽く後方へ跳ぶだけで回避した。
着地。
即座に加速。
──ガッ!!
再び蹴り。
ゴロの肩が大きく弾かれる。
「駄目か」
相打ちを狙っても、当たる直前で離脱される。
≪大地ノ衝撃≫も、範囲の外へ一気に逃げられてしまう。
まず、あの機動力をどうにかしなければならない。
「……泥なら」
蓮は目を細める。
≪泥ノ体≫。
接触した相手へ泥を付着させる。
一度でもまともに触れられれば、あの速度を落とせる可能性がある。
だが、風には弱い。
それは分かっている。
「……試す価値はある」
こくり。
ゴロが頷く。
「≪泥ノ体≫!」
白い光。
赤熱していた岩の身体が消え、黒く濡れた泥の身体へ変わる。
風鶏主が低空を駆ける。
「来い……!」
一度触れればいい。
蹴りでも嘴でも、受けながら泥を付ける。
そのはずだった。
だが、先に来たのは風の渦。
──ヒュォォォッ!!
「まずい!」
直撃。
──バシュッ!!
泥の左腕が大きく削り飛ばされた。
風に巻き上げられ、泥が周囲へ散る。
「やっぱり削られる……!」
さらに、風鶏主が高速接近。
──ガガッ!!
蹴り。
残った右腕で防ぐ。
だが、風を纏った一撃で泥が大きく抉れた。
ゴロの身体そのものも、後方へ弾き飛ばされる。
「ゴロ!」
地面を転がる。
それでも、ゴロはすぐに起き上がった。
「……駄目だ」
蓮は即座に判断する。
接触して泥を付ける前に、風でこちらが削られ過ぎる。
相性差が大きい。
「無理に使う相手じゃない」
ここで泥に拘る必要はない。
「≪修復再生≫!」
失われた泥が、少しずつ戻り始める。
だが、風鶏主は待たない。
再び低空から迫ってくる。
「ゴロ。≪電晶ノ体≫!」
白い光が泥の身体を包み込む。
青白い結晶。
硬い身体へと切り替わる。
ただし、左腕はまだ完全には戻っていない。
その部分も、結晶へ変わったことで改めて再構築する必要がある。
魔力効率は悪い。
それでも、待つ余裕はなかった。
──ガガガッ!!
蹴り。
嘴。
風刃。
次々と電晶ノ体へ叩き込まれる。
結晶が少しずつ傷付く。
だが、泥のように一気には崩れない。
「耐えろ!」
ゴロが両腕を上げる。
防御。
攻撃を受けながら、蓮は修復を続ける。
「≪修復再生≫!」
淡い光。
少しずつ左腕が元の形へ戻っていく。
「もう少し……!」
風鶏主が再び飛び込む。
蹴り。
嘴。
風。
電晶ノ体が全て受け止める。
そして。
「……よし!」
左腕。
完全再生。
ゴロが両腕を構えた。
「ここからだ」
蓮の目が風鶏主を追う。
速い。
だが、攻撃する瞬間だけはこちらへ触れる。
なら、その瞬間を使う。
「ゴロ。≪大地ノ甲殻≫!」
結晶の身体がさらに硬く変化する。
真正面。
風鶏主が嘴を突き出し、飛び込んできた。
──ガッ!!
胸部へ鋭い一撃。
その瞬間。
──バチバチッ!!
「コケッ!?」
電撃。
接触した風鶏主の全身へ、青白い雷が走った。
僅か。
ほんの一瞬だけ、動きが止まる。
「今だ! 翼!」
ゴロの両腕が伸びる。
──ガシッ!!
掴んだ。
左右。
大きな翼を両手で掴み取る。
「よし!」
風鶏主が激しく暴れる。
「コケェェッ!!」
翼を羽ばたかせる。
脚で蹴る。
嘴で突く。
──ドガッ!
──ガッ!!
それでも、ゴロは離さない。
「そのまま!」
力任せに持ち上げる。
──ドゴォッ!!
地面へ叩き付けた。
土煙が舞う。
だが。
「コケェッ!!」
まだ、風鶏主は止まらない。
激しく暴れ続ける。
掴んでいる限り逃げられない。
だが、こちらも両手が塞がっている。
このままでは決定打がない。
「……いや」
蓮が目を見開く。
両手を使えない。
ならば、殴る必要はない。
「ゴロ」
深緑色の瞳が蓮を見る。
「そのまま掴んでろ」
こくり。
「≪火岩ノ体≫!」
白い光。
青白い結晶が消える。
代わりに、重厚な白い岩肌。
≪火岩ノ体≫。
ただし、切り替えたばかり。
まだ、ほとんど熱は溜まっていない。
それでも、風鶏主は構わず暴れる。
──バサァッ!!
翼。
──ドガッ!!
蹴り。
──ガッ!!
嘴。
その度に火岩ノ体へ衝撃が加わる。
風を受け、攻撃を受ける。
そして、少しずつ岩肌の隙間から赤い光が漏れ始めた。
「そうだ……!」
暴れれば暴れるほど、ゴロに熱が溜まる。
赤い光がさらに強くなる。
そして、ゴロの両手。
掴んでいる翼。
──ジュゥゥゥ……。
白い煙。
「コケッ!?」
風鶏主が初めて明確に動揺した。
羽毛が焦げ始める。
翼そのものへ熱が伝わっていく。
「コケェェェッ!!」
さらに激しく暴れる。
だが、それすら蓄熱を加速させる。
逃げられない。
このままなら、翼から焼かれる。
その時。
風鶏主が大きく鳴いた。
周囲へ二つ。
巨大な風刃が生まれる。
「何を──」
風刃が飛ぶ。
狙いはゴロではない。
──ザンッ!!
風鶏主の両翼が、根元から切断された。
「……っ!」
ゴロの手に残ったのは、切り落とされた二枚の翼。
風鶏主は拘束から抜け出し、大きく後方へ飛び退く。
「自分で翼を……」
蓮は目を見開く。
飛ぶための翼を捨ててまで、拘束から逃れた。
だが、その代償は大きい。
もう空を飛ぶことはできない。
「コケ……ッ」
それでも、風鶏主は諦めない。
翼を包んでいた風。
その全てが、今度は両脚へ集まっていく。
──ゴォォォッ!!
激しい風が、両脚を中心に渦を巻く。
「全部、脚へ回したか」
飛べないなら走る。
そして、蹴る。
残った全てを、そこへ集中させるつもりだ。
風鶏主が身体を低く沈める。
地面へ、爪が深く食い込んだ。
「来るぞ」
ゴロも構える。
逃げない。
風鶏主が地面を蹴った。
──ドンッ!!
爆風。
一直線に、これまで以上の速度で突っ込んでくる。
風を纏った右脚。
最後の蹴り。
「迎え撃て!」
ゴロが拳を引く。
赤い熱。
十分に溜まっている。
「≪大地ノ拳≫!」
右拳がさらに赤く染まる。
拳と蹴り。
真っ向から。
──ドゴォォォッ!!
激突。
赤熱した拳と、激しい風を纏った脚。
一瞬、拮抗する。
だが。
「押し切れ!」
ゴロがさらに踏み込む。
拳が、風を打ち破った。
──ドゴォッ!!
「コケェッ!?」
右脚が大きく弾かれる。
風鶏主の体勢が崩れた。
だが、まだ倒れない。
左脚で地面を踏み締め、体勢を立て直そうとする。
「今だ!」
ゴロが拳を地面へ叩き付ける。
「≪大地ノ棘≫!」
──ドドドッ!!
地面が盛り上がる。
白い岩。
赤い熱を帯びた岩の棘が次々と突き出した。
一本が、風鶏主の脚を捉える。
「コケェッ!!」
その一撃で、風鶏主は完全に体勢を崩した。
「決めろ!」
こくり。
ゴロが身体を低く沈める。
真正面。
もう逃げられない。
「≪大地ノ角撃≫!」
──ドンッ!!
爆発的な踏み込み。
赤熱した火岩ノ体が、一直線に駆ける。
そして。
──ドゴォォォッ!!
角撃。
風鶏主の胸部へ深く突き刺さった。
「コ……ケ……」
力の抜けた声。
巨体がゆっくりと傾き、そのまま地面へ。
──ズンッ。
倒れた。
一拍の静寂。
次の瞬間、風鶏主の身体が無数の光へ変わる。
光は風に流されるように、空へ溶けていった。
「……勝った」
蓮は大きく息を吐く。
緊張がようやく抜ける。
ゴロも蓮の方を見た。
そして、すっと片手を上げる。
「ん?」
蓮が僅かに首を傾げる。
ゴロは上げた手を小さく上下させた。
「……ハイタッチか?」
こくこく。
何度も頷く。
蓮は思わず笑った。
「よし」
手を上げる。
──パンッ!
二人の手が重なった。
ゴロがもう一度手を上げる。
「まだやるのか?」
こくり。
──パンッ!
もう一度。
さらに。
──パンッ!
「はいはい。勝ったな」
ゴロは満足そうに頷く。
そして。
──どんっ。
力強く胸を叩いた。
◇
迷宮核。
蓮とゴロは、その前へ立つ。
「これで、四つ目だな」
火。水。雷。
そして、今回の風。
ランクアップに必要な七属性の迷宮。
その半分を越えることになる。
「行くぞ」
こくり。
「≪迷宮浄化≫」
ゴロが黒水晶へ拳を叩きつける。
白い光が迷宮核を包み込んだ。
黒水晶は純白へと染まり。
──パリンッ!!
澄んだ音とともに、粉々に砕け散る。
次の瞬間。
砕けた光の一部が、ゴロへ流れ込んだ。
「来た!」
ゴロの身体が白い光に包まれる。
やがて、光が収まった。
現れた姿を見て、蓮は僅かに目を見開く。
上半身は淡い黄土色の砂。
腰から下には脚がなく、渦巻く砂塵が身体を支えている。
まるで、砂嵐そのものが肉体になったような姿だった。
「……砂?」
蓮はすぐにステータスを開く。
──────────────────────
【ゴロ】
肉体スキル
・≪砂塵ノ体≫ NEW!
──────────────────────
「≪砂塵ノ体≫か」
上半身は砂。
下半身は渦巻く砂塵。
今までの肉体とは、また一味違う。
「これは……面白そうだな」
こくり。
続けて、ランクアップ条件を確認する。
──────────────────────
【岩崎蓮】
ランクアップ条件:
✔ 召喚獣の存在階位をF-MAXにする
✔ F級雷属性迷宮を浄化する
✔ F級水属性迷宮を浄化する
✔ F級火属性迷宮を浄化する
✔ F級風属性迷宮を浄化する NEW!
・未達成条件 4件 → 3件
──────────────────────
「よし」
蓮は小さく拳を握る。
また一つ、条件を進められた。
そして、新しく手に入れた≪砂塵ノ体≫。
どんな能力を持っているのかは、まだ分からない。
「検証は明日だな」
こくり。
ゴロは嬉しそうに頷く。
新たな肉体を手に、蓮とゴロは“風鳥丘陵”を後にした。




