第2話 止まっていた時間
十月。
ランキング発表から数日が過ぎても、蓮の日常は変わらなかった。
授業が終われば訓練場。
日曜と火曜は迷宮へ。
それ以外の空いた時間は資料室へ通い、ゴーレム系召喚獣の資料を読み漁る。
少しでも。
ゴロを成長させる方法を見つけるためだった。
だが。
何一つ成果はなかった。
◇
十一月。
ランキング戦。
対戦相手は、雷爪犬を召喚する男子生徒だった。
以前なら、蓮たちにも十分勝機のある相手だった。
ゴロは土の身体を持つ。
雷属性への耐性が高く、雷爪犬の電撃は大きな脅威にならない。
だから。
これまでは拮抗していた戦いとなっていた。
「≪大地ノ拳≫!」
渾身の拳。
相打ち狙いのその攻撃はこれまでなら当たっていた。
しかし。
今回は空を切った。
「速い……!」
雷爪犬は以前より一回り速くなっていた。
階位が上がったことで、動きそのものが別物になっている。
「右だ、ゴロ!」
蓮の指示に合わせて追う。
だが。
追いつけない。
雷爪犬は軽やかにゴロを翻弄し、
「≪雷爪≫!」
青白い雷を纏った爪で、ゴロの身体を切り裂く。
以前なら浅い傷で済んでいた攻撃。
今では土の身体へ深い傷を刻んでいる。
結局。
ゴロは最後まで雷爪犬の動きを捉えることは出来なかった。
「勝者、犬山!」
試合終了。
ゴロは悔しそうに拳を握った。
蓮は何も言わず、その頭を軽く撫でる。
ゴロも分かっていた。
これまで互角に戦えていた相手に。
階位の差だけで、勝負にならなくなってしまったことを。
◇
十二月。
結果は変わらなかった。
迷宮へ潜る。
訓練を続ける。
ランキング戦へ挑む。
それでも。
ゴロは何も変わらない。
存在階位の上昇なし。
新スキル獲得なし。
進化なし。
周囲だけが成長し。
自分たちだけが取り残されていく。
そんな日々が続いた。
◇
年末。
夕暮れの帰り道。
「蓮!」
聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、夏希が小走りで駆け寄ってくる。
「今年も最後まで訓練?」
「ああ」
「お疲れさま」
夏希はゴロにも笑い掛ける。
「ゴロも、お疲れさま」
ゴロは嬉しそうに頷いた。
少し歩いたところで、夏希が思い出したように口を開く。
「そうだ」
蓮を見る。
「今年は一緒に初詣行こ?」
蓮は少し驚いた。
「初詣?」
夏希は頷く。
「去年は来なかったでしょ?」
「ああ」
去年は訓練を優先した。
学園近くの小さな神社で簡単に参拝を済ませ、そのまま訓練場へ戻った。
正月らしいことは何もしなかった。
「今年くらいは息抜きしないと」
夏希は優しく笑う。
「ずっと張り詰めたままじゃ駄目だよ」
蓮は苦笑した。
「気分転換か」
「そう」
少し考えたあと。
「分かった」
と頷く。
「今年は帰省するし、一緒に行くよ」
夏希の表情がぱっと明るくなった。
「約束だからね」
ゴロも嬉しそうに胸を叩く。
──どんっ。
その音に、二人は思わず笑った。
◇
そして──元旦。
冬の澄んだ空気の中、蓮は待ち合わせ場所へ向かっていた。
「お待たせ」
先に来ていた夏希が振り返る。
白い吐息。
少し赤くなった頬。
その肩には、一羽の小さな緑色の小鳥が止まっていた。
夏希の召喚獣“シェア”だ。
「ピィ」
シェアが可愛らしく鳴く。
「全然待ってないよ」
肩の上ではゴロが嬉しそうに手を振る。
シェアも羽をぱたぱたと動かし、ゴロへ鳴き声を返した。
「仲良しだな」
蓮が苦笑すると、
「シェアもゴロが好きだからね」
夏希は優しくシェアの頭を撫でた。
「じゃあ、行こう」
二人は並んで神社への道を歩き始めた。
大きな鳥居。
長い参道。
立ち並ぶ屋台。
新年を迎えた参拝客で賑わっている。
「やっぱり地元の神社は落ち着くね」
夏希が周囲を見渡す。
肩のシェアは楽しそうに飛び立ち、二人の周りを小さく一周すると、再び夏希の肩へ戻った。
蓮も小さく頷いた。
去年は学園近くの小さな神社で済ませただけだった。
こうして正月らしい景色を見るのは二年ぶりだった。
肩の上のゴロも、珍しそうに辺りを見回している。
屋台。
参拝客。
そして、本殿。
近づくにつれ、ゴロは何度も首を傾げ始めた。
「どうした?」
尋ねても、ゴロ自身も分からないらしい。
困ったように首を傾げるだけだった。
やがて本殿へ辿り着く。
「お願い事、決めた?」
夏希が笑いながら尋ねる。
「まだ」
「私は決めたよ」
そう言って賽銭箱へ歩いていく。
蓮も賽銭を取り出した。
その時だった。
──バッ。
ゴロが肩から飛び降りる。
「ゴロ?」
ゴロは本殿の前で立ち止まる。
そして。
地面へ両手をついた。
「どうしたの?」
夏希も不思議そうに首を傾げる。
肩のシェアも小さく鳴き、不思議そうにゴロを見つめていた。
次の瞬間。
土の身体が淡く光り始めた。
「え……?」
夏希の声が震える。
シェアも驚いたように羽ばたき、空へ飛び上がる。
光は一気に強くなった。
「召喚獣が光ってるぞ!」
参拝客が騒ぎ始める。
蓮も夏希も、その場から動けない。
やがて光が収まる。
シェアがゆっくりと夏希の肩へ戻ってきた。
ゴロは自分の身体を見回し、慌てたように蓮を見る。
「っ!もしかして何か変わったのか?!」
ゴロは何度も頷く。
蓮は急いでステータスを開いた。
そして。
息を呑む。
──────────────────────
【ゴロ】
存在階位:F1 → F2
──────────────────────
「階位が……上がった?」
信じられなかった。
一年半。
一度も変わらなかった表示が、初めて書き換わっている。
その隣で。
「やった……!」
夏希が小さく呟いた。
両手で口元を押さえ、瞳を潤ませている。
「本当に……本当に成長したんだね……!」
その声は震えていた。
誰よりも信じ続けてきた。
誰よりも諦めなかった。
だからこそ。
自分のことのように嬉しかった。
「ほら!」
夏希が蓮の肩を叩く。
「言ったでしょ!
才能は裏切らないって!」
蓮は画面から目を離せない。
「……ああ」
それしか言えなかった。
ゴロは嬉しそうに何度も頷き──どんっ。
と胸を叩く。
夏希は笑う。
肩のシェアも嬉しそうに羽を震わせる。
蓮も笑う。
一年半。
止まっていた時間が今──確かに動き始めた。
この時の蓮は、まだ知らない。
ゴロを成長させた”本当の理由”を。




