第18話 火岩ノ体
翌日の月曜日。
蓮は学園の訓練棟を訪れていた。
昨日、“火鱗窟”で手に入れた新たな肉体──≪火岩ノ体≫。
今日は、その性能を確かめるための検証だ。
「まずは、基本性能からだな。
昨日手に入れた肉体を調べるぞ」
こくり。
ゴロが力強く胸を叩く。
──どんっ。
やる気は十分らしい。
蓮はステータスを確認してから、ゴロへ視線を戻した。
「ゴロ。≪火岩ノ体≫」
白い光が全身を包む。
土色だった身体が、ゆっくりと姿を変えていった。
白みを帯びた岩肌。
その隙間からは、赤い熱が脈打つように漏れ出している。
泥ノ体とは対照的な、重厚な姿。
昨日は迷宮内だったため、じっくり見る余裕はなかった。
こうして改めて見ると。
「……かなり重そうだな」
こくり。
ゴロが自分の腕を見る。
拳を握るだけでも。
岩と岩が擦れるような重い音がした。
蓮はゴロの魔力残量へ意識を向ける。
≪火岩ノ体≫を維持している間、ゴロの魔力は少しずつ減少している。
「維持魔力は……電晶と泥と同じくらいか」
極端に燃費が悪いわけではない。
まずは一安心。
蓮はノートを開いた。
「一つずつ調べよう」
こくり。
◇
最初は移動性能。
訓練場の端から端まで。
歩行、走行、停止、方向転換。
順番に動きを確認していく。
「ゴロ。走ってみてくれ」
こくり。
ゴロが床を蹴った。
──ドンッ。
重い足音。
そのまま前へ進んでいく。
遅い。
極端に鈍いわけではない。
だが、土ノ体より明らかに速度が落ちている。
電晶ノ体と比べても、僅かに重い。
「やっぱり速度は落ちるな」
次は急停止。
ゴロが足へ力を込める。
──ズザッ。
完全に止まり切るまで、少し距離が必要だった。
方向転換も同じ。
身体そのものが重いため、細かな切り返しには向いていない。
「移動は今までで一番遅いか」
蓮はノートへ書き込む。
『移動性能:低』
それでも。
ゴロは元々、速度で戦う召喚獣ではない。
敵を追い回すことも。
何度も攻撃を躱し続けることもない。
受けて。
近付いた相手へ返す。
その戦い方を考えれば。
「致命的な欠点ではないな」
ゴロも納得したように頷いた。
◇
続いて攻撃性能。
蓮は訓練用の魔導人形を起動する。
「まずは普通に殴ってみよう」
ゴロが魔導人形の前へ立つ。
拳を握り、ゆっくりと振りかぶる。
そして。
──ドゴォッ!!
重い拳が、魔導人形の胸へ突き刺さった。
「おっ……!」
魔導人形の身体が大きく浮く。
そのまま後方へ吹き飛び、床を滑って止まった。
蓮はすぐに記録を確認する。
土ノ体より高い。
電晶ノ体の通常打撃と比べても。
純粋な衝撃だけなら上回っている。
「一撃の重さは、今までで一番か」
岩そのものが殴り掛かってきたような威力。
速度は遅い。
だが、当たった時の破壊力は高い。
分かりやすい。
重い身体そのものが、そのまま武器になっている。
「もう一度」
こくり。
ゴロが再び拳を振るう。
──ドゴォッ!!
今度は腹部。
魔導人形が大きく揺れた。
蓮はその様子を確認しながら、ふと目を細める。
「……ん?」
拳が当たった部分。
魔導人形の装甲が、僅かに赤く変色している。
蓮は近付いて手をかざした。
「熱い……」
触れていないのに。
じんわりと熱が伝わってくる。
ただ重いだけではない。
火岩ノ体の拳そのものが、最初から僅かな熱を帯びているらしい。
「打撃に熱も乗るのか」
とはいえ。
現時点では、火傷させるほど強烈な熱ではない。
蓮はノートへ書き込む。
『通常打撃:高威力+微弱な熱』
「基本の攻撃性能はこんなところか」
こくり。
次はこの肉体で最も気になっていた部分。
防御性能だ。
◇
「今度は受けてみよう」
蓮は別の魔導人形を起動した。
槍型。
出力を低めから設定する。
「まずは土で受けてたくらいの強さから」
ゴロがその場で構える。
魔導人形が槍を突き出した。
──ガァンッ!!
槍の穂先が、火岩ノ体の肩へ直撃する。
だが、ゴロの身体はほとんど揺れなかった。
白い岩肌にも目立った傷はない。
「硬いな」
蓮は出力を一段上げる。
──ガァンッ!!
再び肩へ。
今度は僅かに身体が揺れる。
それでも大きな損傷はない。
さらに一段。
──ガァンッ!!
槍の穂先が岩肌へ食い込む。
小さく欠けた。
だが。
それだけだ。
「土より明らかに硬い」
電晶ノ体と比べても。
純粋な打撃や刺突への耐久力は高い。
蓮はノートへ記録していく。
『防御性能:非常に高い』
そのまま、何度か攻撃を受けさせる。
──ガァンッ!!
──ガァンッ!!
──ガァンッ!!
ゴロはその場から動かない。
槍が当たるたび、白い岩肌が僅かに欠ける。
だが。
致命的な損傷には程遠い。
「かなり受けられるな」
その時。
蓮は小さく眉を上げた。
「……待て」
ゴロの身体。
岩肌の隙間から漏れていた赤い光が、最初より強くなっている。
「ゴロ。そのまま」
蓮は近付きすぎないよう注意しながら観察する。
最初は淡かった赤い光。
それが今は、明らかに強く脈打っている。
さらに。
白かった拳の一部まで。
僅かに赤みを帯び始めていた。
「……熱くなってる?」
蓮は首を傾げる。
≪火岩ノ体≫へ変わってから、それなりに時間は経っている。
時間経過で熱が増える?
それとも。
「もう一回、受けてみよう」
ゴロが頷く。
魔導人形が槍を突き出す。
──ガァンッ!!
肩へ直撃。
その瞬間。
岩肌の隙間から漏れる赤い光が、僅かに強くなった。
「……今、上がったな」
蓮の目が細くなる。
もう一度。
──ガァンッ!!
赤い光が強まる。
さらに一度。
──ガァンッ!!
今度ははっきり分かった。
攻撃を受けるたび。
火岩ノ体の内部に熱が蓄積している。
「攻撃を受けると、熱が溜まる……?」
蓮はノートへ書き込みながら考える。
何かしら。
外から受けた力を、熱として身体へ溜め込んでいるのかもしれない。
試しに一度、魔導人形を停止させた。
しばらく待つ。
ゴロの身体から漏れる赤い光は、少しずつ弱くなっていった。
「時間で溜まるわけじゃない」
放っておけば、むしろ冷えていく。
なら、原因はやはり。
「攻撃を受けたことか」
もう一度、魔導人形を起動する。
──ガァンッ!!
赤い光が強まる。
「間違いない」
蓮は小さく笑った。
「受けた力を、熱として溜め込んでるのか」
これは大きい。
防御力が高いだけではない。
敵の攻撃を受けること自体が、次の力へ繋がる。
「どこまで溜まるか試してみよう」
そこから。
さらに何度も攻撃を受けさせた。
──ガァンッ!!
──ガァンッ!!
重い槍が火岩ノ体へ叩き込まれる。
その度に、身体の内側から漏れる赤い光が強くなっていく。
やがて。
腕。
肩。
胸。
全身の岩肌が、薄く赤熱し始めた。
「かなり熱いな……」
蓮は少し距離を取る。
近付くだけで肌に熱を感じる。
さらに。
魔導人形の槍が再びゴロへ触れた。
──ガァンッ!!
直後。
──ジュゥ……。
「……!」
槍の穂先から薄い煙が上がった。
金属が赤く熱を帯びている。
「接触しただけで熱が移ってる」
蓄積量が増えれば、攻撃するだけではない。
攻撃を受けること自体でも相手へ熱を与えられる。
「なるほど……」
蓮はノートへ書き込む。
高い防御力。
そして。
受けた衝撃を熱へ変え、内部へ蓄積する。
熱が溜まれば溜まるほど、接触した相手へ与える熱も強くなる。
「受けるほど強くなる身体か」
ゴロが自分の赤熱した拳を見る。
握る。
開く。
また握る。
どこか不思議そうだった。
蓮は少し笑う。
「まだあるぞ。溜めた熱が攻撃にも乗るのか確認しよう」
こくり。
再び魔導人形を立たせる。
ゴロが拳を振りかぶる。
そして。
──ドゴォッ!!
赤熱した拳が、魔導人形の胸へ突き刺さった。
重い衝撃。
さらに。
──ジュウッ!!
命中箇所から白い煙が上がる。
装甲が大きく赤熱していた。
「やっぱり」
最初に殴った時とは違う。
拳そのものの重さは同じ。
だが、蓄積した熱がその一撃へ上乗せされている。
「熱が溜まるほど、攻撃も強くなる」
受ける。
熱が溜まる。
そして。
溜めた熱を乗せて殴る。
火岩ノ体の基本的な戦い方が、少しずつ見えてきた。
蓮はノートへ書き込む。
『≪火岩ノ体≫
・移動性能:低
・通常打撃:高威力
・防御性能:非常に高い
・攻撃を受けると蓄熱
・蓄熱量に応じて接触熱、攻撃時の熱量が上昇
・放置すると徐々に冷却』
「次は……属性だな」
蓮は赤熱したゴロを見つめる。
火属性。
水属性。
外から熱そのものを加えた時、この身体がどう変化するのか。
それを確かめれば、≪火岩ノ体≫の性質はさらに見えてくるはずだ。
◇
まずは火属性。
蓮は魔導装置を操作する。
「最初は低出力から」
こくり。
魔導装置に炎が集まる。
次の瞬間。
──ボォッ!!
小さな火球が、ゴロの胸へ直撃した。
炎が白い岩肌を包む。
だが、ゴロは微動だにしない。
「効いてない……?」
蓮はすぐに近付いて確認する。
傷はない。
岩肌も欠けていない。
むしろ。
「ムム」
ゴロの身体。
岩肌の隙間から漏れる赤い光が、僅かに強くなっている。
「熱が増えてる」
先ほどまでに溜めた熱は、時間と共に少しずつ弱まっていた。
それが火球を受けた直後、再び強くなった。
「もう一回」
──ボォッ!!
二発目。
今度は赤い光がはっきりと強まる。
「やっぱりだ」
蓮はノートへ書き込む。
火属性の攻撃。
それを受けることで、火岩ノ体の内部へ一気に熱が溜まっている。
「打撃だけじゃない」
蓮は目を細める。
「熱そのものも、取り込んでるのか」
完全に無傷というわけではない。
出力をさらに上げる。
──ゴォッ!!
強い炎がゴロの上半身を包んだ。
岩肌が焼かれる。
僅かに表面が黒ずむ。
それでも。
損傷は小さい。
その一方で。
内部の赤い光は、先ほどまでとは比べものにならないほど強くなっていた。
「耐性も高い」
炎そのものに強い。
そして、受けた熱まで自分の力へ変える。
「火属性とは、かなり相性が良さそうだな」
『火:◎
高耐性+蓄熱加速』
蓮は記録する。
ただし。
どれだけ強い炎でも無効にできる。
そういうわけではない。
強い炎を受ければ、少なからず岩肌は傷む。
あくまで。
耐えやすく。
さらに、その熱を利用できる。
それだけだ。
「次は水」
◇
続いて水属性。
現在のゴロは、全身の隙間から強い赤光を漏らしている。
蓄熱量はかなり多い。
だからこそ。
水を受けた時の変化も分かりやすいはずだ。
「いくぞ」
こくり。
水球が放たれる。
──バシャッ!!
ゴロの胸へ直撃。
その瞬間。
──ジュウゥゥッ!!
大量の白い蒸気が立ち上った。
「うわ……!」
蓮が思わず一歩下がる。
視界が白く染まる。
数秒後。
蒸気が薄れる。
そこに立っていたゴロは、まだ≪火岩ノ体≫のまま。
大きな損傷もない。
だが。
「……一気に暗くなったな」
岩肌の隙間。
そこから漏れていた赤い光が、かなり弱くなっている。
「冷やされたのか」
もう一度。
──バシャッ!!
──ジュウッ!!
再び蒸気。
そして。
赤い光がさらに弱まる。
先ほどまで近付くだけで感じていた熱も、ほとんどなくなった。
「溜めた熱が持っていかれる」
水そのものが、火岩ノ体を壊すわけではない。
だが。
この身体の最大の特徴──蓄熱。
それを、急速に失わせる。
「相性は悪いな」
『水:△
急速冷却・蓄熱減少』
蓮は記録する。
これは大きな弱点だ。
せっかく攻撃を受け、熱を溜めても。
大量の水を浴びれば一気に失われる。
「水属性相手だと、強みを消されるか」
ゴロも自分の腕を見る。
先ほどまで赤熱していた岩肌は、すでに白さを取り戻していた。
◇
次は風。
「これはどうかな?」
ゴロが構える。
魔導装置から風が放たれる。
──ゴォォォッ!!
強い風が、火岩ノ体へ吹き付ける。
重い身体。
そのため、ゴロはほとんど動かない。
「飛ばされにくいのは当然として……」
蓮は身体の変化を観察する。
最初は、何も起きていないように見えた。
だが、しばらく風を受け続けると。
「……ん?」
岩肌の隙間。
赤い光がほんの僅かに強くなっている。
「熱が増えてる?」
蓮は魔導装置を止める。
少し待つ。
赤い光は徐々に弱まる。
もう一度、風。
──ゴォォォッ!!
数秒。
そして。
やはり。
僅かに赤みが増した。
「間違いない」
ただし。
火ほどではない。
打撃を受けた時よりも上昇は緩やか。
それでも。
風を受けることで少しずつ熱が溜まっている。
「風でも蓄熱するのか」
蓮はノートへ書き込む。
なぜ蓄熱するのか。
そこまではまだ分からない。
だが。
火属性迷宮で得た肉体。
そして、火は風に強い。
その属性相性が、身体の性質にも現れているのかもしれない。
『風:○
蓄熱を僅かに促進』
「これで、だいぶ見えてきたな」
蓮はノートへ目を落とす。
攻撃を受ける。
熱を受ける。
風を受ける。
それぞれ程度に差はあるが、火岩ノ体の中へ熱が蓄積していく。
「衝撃だけじゃなかった」
先ほど立てた仮説。
外から受けた力を熱として身体へ溜め込む。
完全に同じ仕組みかは分からない。
だが、少なくとも。
「いろんな形で受けた力を、熱に変えてる……って考えるのが近そうだな」
蓮は記録を修正する。
『蓄熱
・被弾:増加
・火属性:大きく増加
・風属性:僅かに増加
・水属性:急速に減少』
◇
その後。
雷。
地。
光。
闇。
順番に試していく。
雷撃。
──バチィッ!!
全身へ電流が走る。
だが、蓄熱量に大きな変化はない。
岩肌への損傷も特別増える様子はなかった。
「雷は普通か」
次は地。
岩塊がゴロの胸へ叩き付けられる。
──ドゴォッ!!
衝撃。
その分だけ僅かに熱が増える。
ただし、それは地属性だからではない。
純粋に攻撃を受けた影響。
「地属性そのものには特別な反応なし」
光も。
闇も同じ。
大きな有利不利は見られなかった。
蓮は属性相性をまとめる。
──────────────────────
≪火岩ノ体≫ 属性耐性
地:ー
水:△ ※蓄熱を急速に冷却
火:◎ ※高耐性・蓄熱加速
風:○ ※蓄熱を僅かに促進
雷:ー
光:ー
闇:ー
──────────────────────
「こう見ると、かなり分かりやすいな」
火に強い。
水に弱い。
そして。
風も僅かに利用できる。
蓮は属性相性の記録を終える。
「次はスキルだな」
ゴロが頷く。
◇
蓮は魔導人形を正面へ立たせた。
「まずは大地ノ拳だ」
ゴロが頷く。
「ゴロ。≪大地ノ拳≫」
拳へ魔力が集まる。
白い岩の拳が、さらに硬く締まっていく。
同時に。
岩肌の隙間から漏れていた赤い光が、一気に強くなった。
「……熱が増えた?」
蓮は目を細める。
今まで溜めていた熱が移動したわけではない。
身体全体の熱量は、ほとんど変わっていない。
だが。
≪大地ノ拳≫を発動している拳だけ。
蓄熱量が、一時的に大きく跳ね上がっている。
ゴロが踏み込み、拳を振り抜く。
──ドゴォォッ!!
硬質化した拳が、魔導人形の胸部へ突き刺さった。
重い衝撃。
さらに。
──ジュウゥッ!!
命中箇所が、一気に赤熱する。
「なるほど」
蓮はノートへ書き込む。
≪大地ノ拳≫による打撃強化。
そして、発動中だけ拳の蓄熱量を一時的に引き上げる。
「これなら、熱があまり溜まってなくても火力を出せるな」
もちろん。
元々の蓄熱量が多ければ。
その分だけ、さらに熱は強くなる。
蓮はこれまでの≪大地ノ拳≫を思い返す。
土ノ体なら。
純粋な打撃強化。
電晶ノ体なら。
拳へ電撃を上乗せ。
泥ノ体なら。
一撃で大量の泥を付着。
そして火岩ノ体では。
一時的な蓄熱の上昇が加わる。
「受けて熱を溜めればもっと強い。
でも、溜まってなくても使えるわけか」
ゴロが赤熱した拳を見る。
満足そうに。
──どんっ。
と胸を叩いた。
蓮も小さく笑う。
「残りも試しておこう」
続いて。
≪大地ノ角撃≫。
≪大地ノ甲殻≫。
二つも順番に確認していく。
どちらも。
土とも、電晶とも、泥とも違う変化を見せた。
蓮は何度か試し、結果をノートへ書き込んでいく。
「……よし」
大まかな変化は確認できた。
だが。
実際にどう使うのが一番いいのか。
そこまでは、まだ分からない。
「詳しい使い方は、実戦で確かめよう」
こくり。
ゴロが頷いた。
これで。
≪火岩ノ体≫そのものの検証はひとまず終わった。
蓮はノートを閉じようとして。
「……いや」
その手を止める。
まだ確かめなければならないことが一つ残っていた。
昨日の戦いで起きた、あの不可解な現象。
「ゴロ。もう一つだけ付き合ってくれ」
こくり。
◇
蓮は昨日の戦いを思い返す。
火鰐主との戦闘。
第二形態となった火鰐主に、ゴロは上半身ごと噛み千切られた。
胸部も。
間違いなくその中に含まれていた。
ゴロの心核は、普段なら胸部に存在する。
心核が破壊されれば、召喚は解除され、ゴロは召喚獣界へ戻る。
そして。
再召喚できるようになるまで二十四時間。
召喚できない。
それが、昨日は起きなかった。
「胸ごと食われたのに、召喚は解除されなかった」
蓮はゴロを見る。
「昨日は、心核をギリギリ外したのかと思ったけど……」
どうにも引っ掛かる。
火鰐主が噛み千切った範囲は広かった。
胸部の一部ではない。
上半身の大半。
偶然。
そこだけ心核を外した。
そう考えるには、少し無理がある。
「確かめてみよう」
蓮はゴロへ確認する。
「一度、泥になるぞ」
こくり。
「≪泥ノ体≫」
白い光がゴロを包む。
白い岩肌が崩れ、水分を含んだ濃い泥色へ変わっていく。
柔らかな身体。
昨日。
火鰐主に上半身を食われた時もこの姿だった。
蓮はゴロの胸へ視線を向ける。
召喚士と召喚獣の繋がり、それを意識する。
「心核は……」
ある。
いつも通り胸部の中央付近。
そこにゴロの魔力が集まる核を感じる。
「位置は普通だな」
なら。
昨日だけ偶然ずれていた?
そんなこと都合良くあり得るのか?
というか、ズレることなんてあるのか?
蓮は首を傾げる。
「ゴロ。少し身体を動かしてみてくれ」
こくり。
腕を上げる。
身体を捻る。
しゃがむ。
立つ。
だが。
心核の位置は変わらない。
「……違うか」
蓮は考える。
昨日、何が違った?
巨大な牙。
上半身を丸ごと噛み砕かれる。
その直前。
ゴロ自身も死ぬことは分かっていたはずだ。
「もしかして……」
蓮はゴロを見る。
「ゴロ。心核を動かせるか?」
きょとん。
ゴロが首を傾げた。
「胸にあるやつだ。できるか?」
ゴロは自分の胸を見る。
そして、こくり。
「できるのか?!」
こくり。
「なら……右肩の方へ動かしてみてくれ」
ゴロが胸へ意識を向ける。
直後。
「……っ」
蓮の目が見開かれた。
胸部にあった心核の気配がすっと右へ動き出した。
胸。
鎖骨付近。
そして。
肩。
「動いた……!」
蓮は思わず身を乗り出す。
間違いない。
心核が、身体の中を移動している。
「ゴロ。そのまま腕まで」
こくり。
心核がさらに動く。
肩から上腕へ。
速すぎるわけではない。
だが、遅くもない。
戦闘中でも。
狙われる場所が分かっていれば、十分に逃がせる程度の速さだ。
「本当に動かせるのか……!」
蓮はすぐにノートを開く。
「次は左」
今度は。
心核が胸へ戻り、そのまま左肩へ移動する。
「下は?」
腹部。腰。
さらに脚の方へ。
指示する度に、心核は滑るように位置を変えていく。
動かすこと自体は難しくないらしい。
ただし。
瞬間的に場所を変えられるわけではない。
泥で繋がっている身体の中を実際に移動している。
「……そういうことだったのか」
昨日。
火鰐主に噛み付かれた瞬間。
ゴロは心核を胸から逃がしていた。
だから。
上半身を失っても召喚は解除されなかった。
「お前、自分で動かしてたのか?」
こくり。
ゴロが頷く。
「……先に教えてくれよ」
蓮は思わず苦笑する。
ゴロが首を傾げる。
その反応に蓮も少し笑った。
言葉を話せないゴロに、そんな説明を求める方が難しい。
それに昨日は戦闘中。
詳しく確認する余裕などなかった。
「でも、これなら納得だ」
蓮はノートへ書き込む。
『≪泥ノ体≫
心核:身体内部を移動可能』
これはかなり大きな能力だ。
≪泥ノ体≫には、土や電晶のような硬さがない。
柔らかい。
強い攻撃を受ければ、身体そのものが大きく散らされる。
当然、心核を守るための硬い装甲もない。
だが。
「守れないなら、逃がせばいいのか」
攻撃される場所が分かれば。
その直前に、心核を別の位置へ移す。
胸を狙われても。
腕。
腹。
脚。
別の場所へ。
「柔らかい身体だからこその防御……」
硬さで守るのではない。
狙われた場所から弱点そのものを動かす。
昨日。
火鰐主の牙を前に生き残れた理由。
それがようやく分かった。
◇
「でも」
蓮はすぐに表情を引き締める。
「泥だけなのか?」
ゴロが首を傾げる。
確認する必要がある。
「一度、土に戻すぞ」
白い光。
≪泥ノ体≫が解除され、土の身体へ戻る。
「さっきと同じだ。心核を右肩へ」
ゴロが胸へ意識を向ける。
数秒。
だが、心核は動かない。
「土は無理か」
こくり。
続いて≪電晶ノ体≫。
こちらも同じ。
さらに≪火岩ノ体≫。
やはり。
心核は胸部から動かなかった。
「……泥だけか」
蓮はノートへ書き込む。
理由も何となく分かる。
土。
電晶。
火岩。
どれも身体そのものが硬い。
内部構造もある程度固定されている。
だが、泥ノ体は違う。
全身が形を変えられる柔らかな泥。
だから、心核すらその中を移動できる。
「これも泥ノ体の特性か」
こくり。
蓮は改めてノートを見る。
攻撃を受ければ変形する。
散らされた泥は戻る。
接触した相手へ泥を付着させる。
そして。
心核を移動できる。
「思ってた以上に、受けに強い身体だな」
硬くはない。
だが、致命傷を避ける手段が多い。
単純な耐久力では。
土や電晶、火岩には劣る。
それでも。
相手によっては、こちらの方が生き残りやすい。
火鰐主しかり。
「身体ごとに、守り方まで違うのか」
蓮は小さく笑った。
ゴロも。
──どんっ。
と胸を叩く。
今度は、その胸の中にある心核をわざと少し横へ動かしながら。
「……できるって言いたいのか?」
こくり。
「分かった分かった」
蓮は笑う。
◇
すべての検証を終え、蓮はノートを見返した。
新たに加わった。
≪火岩ノ体≫。
重い。
遅い。
だが。
防御性能は高い。
攻撃を受ければ熱を溜め。
火を受ければ、さらに大きく蓄熱する。
風でも僅かに熱が増える。
だが、水には弱い。
そして。
溜めた熱はそのまま攻撃へ利用できる。
≪大地ノ拳≫なら。
蓄熱量そのものを一時的に引き上げ、熱が少ない状態でもある程度の火力を出せる。
さらに。
昨日の謎だった≪泥ノ体≫の心核移動。
「……また選択肢が増えたな」
一つの身体だけでどんな相手にも勝つ。
それは、きっと違う。
電晶。
泥。
火岩。
それぞれ得意なことも苦手なことも違う。
相手を見て、状況を見て、一番合う身体を選ぶ。
それが、今のゴロの戦い方になりつつある。
「もっと試したいな」
蓮はノートを閉じる。
まだ残っている属性迷宮は多い。
次にどんな身体を手に入れられるのか。
考えるだけで自然と胸が高鳴った。
「次は……」
蓮は端末を開く。
残された属性迷宮。
地。
風。
光。
闇。
その中へ視線を走らせる。
そして、一つの属性で止まった。
「……風、行ってみたいな」
火は風に強い。
手に入れたばかりの≪火岩ノ体≫を試す相手としても。
悪くない。
ゴロも画面を覗き込む。
そして、こくり。
「決まりだな」
蓮はそう言って。
風属性迷宮の情報を開いた。




