第14話 泥ノ体
翌日の昼休み。
蓮は夏希と共に、中庭のベンチへ座っていた。
肩には待機形態のゴロ。
夏希の肩には、緑色の小鳥──シェアが止まっている。
「それで、昨日の迷宮はどうだったの?」
「ああ。無事に浄化できた」
「ほんと!?」
夏希の表情が一気に明るくなる。
「これで雷と水。二つ目だ」
「じゃあ、ランクアップ条件も?」
「ああ。また一つ進んだ」
蓮はステータスを開く。
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【岩崎蓮】
ランクアップ条件:
✔ 召喚獣の存在階位をF-MAXにする
✔ F級雷属性迷宮を浄化する
✔ F級水属性迷宮を浄化する NEW!
・未達成条件 6件 → 5件
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「……本当に進んでるね」
「ああ」
ほんの少し前まで。
何をしても成長しなかったゴロが。
今は迷宮を攻略する度に、新しい力を手に入れている。
「それでさ」
蓮は続ける。
「今回も、新しい肉体を覚えた」
「また?」
夏希が身を乗り出す。
「今度はどんなの?」
「泥」
「……泥?」
「ああ。泥ノ体」
夏希が何とも言えない顔をする。
「名前だけ聞くと、すごく弱そう……」
「俺も最初はそう思った」
だが。
実際に使えるかどうかは、名前だけでは分からない。
「放課後に調べるつもりだ」
「私も行っていい?」
「もちろん」
「やった」
夏希が笑う。
肩のシェアも。
「ピィ!」
と元気よく鳴いた。
◇
放課後。
蓮と夏希は、学園の訓練棟を訪れていた。
個人用訓練室。
十分な広さがあり、壁や床には衝撃吸収用の魔導素材が使われている。
中央には、検証用の魔導人形。
蓮はノートを開いた。
「まずは変身からだな」
肩にいたゴロが床へ降りる。
白い光。
待機形態から戦闘形態へ。
「ゴロ。≪泥ノ体≫」
再び白い光が全身を包んだ。
土色だった身体が、ゆっくりと姿を変えていく。
濃い泥色。
硬かった表面は、水分を含んだ柔らかな泥へ。
輪郭こそゴロのままだが、腕や肩は僅かに揺らいでいる。
「本当に泥だ……」
夏希が興味深そうに見つめる。
ゴロも自分の腕を見る。
拳を握る。
開く。
その度に、泥の表面がぐにゃりと形を変えた。
「まずは維持魔力」
蓮はゴロの魔力残量に意識を向ける。
変身中。
ゴロの魔力が、少しずつ減少している。
「電晶ノ体と同じくらいか」
極端に燃費が悪いわけではない。
長時間使い続けるには向かないが、戦闘中に使う分には問題ない。
蓮はノートへ書き込んだ。
「次は動いてみよう」
こくり。
ゴロが歩き出す。
続けて走る。
停止。
方向転換。
何度か繰り返した。
「速度は……土とほとんど変わらないな」
電晶ノ体のような重さもない。
ただ、違う部分もある。
ゴロが急停止した時。
泥の足裏が、床へ僅かに広がった。
「足の形が変わってる?」
夏希も気付く。
「ああ」
地面へ合わせるように足裏の泥が広がり、接地面を増やしている。
方向転換でも同じ。
「足場への適応力は高そうだな」
滑りやすい場所。
柔らかい地面。
そういった場所では、土ノ体より安定するかもしれない。
『移動速度:土とほぼ同等
足場への適応力:高』
蓮は記録する。
◇
「次は攻撃」
魔導人形を起動する。
「まずは普通に殴ってみよう」
こくり。
ゴロが魔導人形へ近付く。
拳を握り。
振り抜いた。
──ドゴッ!!
泥の拳が胸へ直撃。
魔導人形の身体が揺れる。
「威力は土と同じくらいか」
泥だからといって、極端に軽くなっているわけではない。
だが、電晶ノ体のような重い一撃でもない。
「……あ」
夏希が魔導人形を指差した。
「泥、付いてるよ」
拳が当たった部分。
そこへ、べっとりと泥が張り付いていた。
「本当だ」
ゴロを見る。
拳の大きさは変わらない。
殴った際に、表面の泥だけが相手へ付着したらしい。
「もう一度」
こくり。
──ドゴッ!!
今度は腕。
さらに。
──ドゴッ!!
脚。
攻撃を重ねる度に、魔導人形へ泥が増えていく。
最初は問題なく動いていた。
だが。
──ギ……ギギ……。
次第に腕の動きが鈍る。
歩幅も小さくなる。
「……なるほど」
蓮は目を細める。
「泥が重なると、動きを邪魔できるのか」
「足止め?」
「ああ。ただ、一発では止めるほどじゃない」
少しずつ泥を重ねる。
その結果、相手の動きを鈍らせる。
「速い相手には使えそうだな」
蓮はノートへ書き込んだ。
◇
続いて防御。
槍型の魔導人形を起動する。
「まずは低出力から」
ゴロが構える。
槍が突き出された。
──ズブッ。
「えっ」
夏希が声を上げる。
槍は、ゴロの肩へ深く突き刺さっていた。
「硬さはないな」
土ノ体なら表面で受け止めていた攻撃。
それが、泥ノ体では簡単に内部まで入っている。
だが。
ゴロの様子に変化はない。
槍型の魔導人形が、槍を引き抜こうとする。
──ぬるっ。
槍が抜ける。
その穂先。
べっとりと泥が付着していた。
「攻撃された時も付くんだ」
「ああ、そうみたいだな」
蓮はすぐに記録する。
もう一度。
──ズブッ!!
今度は腹。
泥の身体が大きくへこむ。
しかし、亀裂は入らない。
穴が開いても、周囲の泥がゆっくりと動き、その穴を埋めていく。
「これは再生……?」
夏希が尋ねる。
「いや」
蓮は首を振った。
「新しく作ってるんじゃない。周りの泥が動いて、形を戻してるだけだ」
身体そのものが柔らかい。
だから。
攻撃を受けても、変形して衝撃を逃がせる。
「もう少し強くしてみよう」
魔導人形の出力を上げる。
──ドゴッ!!
槍が肩へ叩き込まれた。
今度は、泥が大きく弾けた。
肩の一部が千切れ、床へ飛び散る。
「ゴロ!」
ゴロの深緑色の瞳は変わらない。
まだ問題ない。
その時。
「……あれ?」
床へ落ちた泥。
それが動いた。
──ずる。
──ずるずる。
「えっ!?」
夏希が目を見開く。
飛び散った泥が、ゆっくりと床を這っていく。
そして。
ゴロの足へ触れた。
そのまま身体へ吸収される。
欠けた肩へ泥が移動し、少しずつ元の形を取り戻していった。
「戻るのか……」
蓮は驚きながら、その様子を記録する。
ただし。
空中を飛んで戻るわけではない。
床を這う。
ゴロへ接触する。
そこから身体へ戻る。
「なら……」
蓮は手を伸ばす。
「≪修復再生≫」
白い光がゴロを包む。
すると。
床を這っていた泥の動きが速くなった。
ずるずると集まり、ゴロへ吸収される。
肩の欠損も、先ほどより早く戻っていく。
「修復再生との相性も良い」
電晶ノ体では、失った結晶そのものを作り直さなければならない。
そのため、修復に大量の魔力を使った。
だが。
≪泥ノ体≫なら。
飛び散った泥が残っている限り、それを戻せばいい。
「修復効率は土と同じくらい……いや、場合によってはもっと良いかもしれない」
「柔らかいから壊れやすいけど、戻りやすいんだね」
「ああ」
今までのゴロとは、まったく違う。
土。
電晶。
どちらも硬さで耐える身体だった。
だが、泥は違う。
変形する。
散らされる。
それでも戻る。
「防御の仕方そのものが違うな」
◇
続いて属性相性。
まずは水。
水球が放たれる。
──バシャッ!!
ゴロの胸へ直撃。
泥の表面を水が流れていく。
大きな変化はない。
むしろ、少し乾き始めていた表面が再び艶を取り戻していた。
「水は問題なし。むしろ相性が良いな」
『水:◎』
次は火。
小さな火球。
──ボッ!!
──ジュッ……。
白い蒸気が上がる。
だが、身体そのものに大きな変化はない。
「弱い炎なら問題ないか」
火力を上げる。
少し長く炎を当てる。
──ゴォッ!!
蒸気が増える。
そして、泥の表面から水分が失われていく。
柔らかかった身体が、少しずつ硬くなる。
さらに続けると。
──ピシッ。
表面へ小さなひびが入った。
「ここまで行くと駄目だな」
炎を止める。
しばらくすると。
内部の水分が巡るように乾燥した部分も少しずつ柔らかさを取り戻していく。
「弱い炎なら問題ない。
でも高火力や、長く浴び続けるのは危険」
『火:○
高火力・継続炎:△』
次は雷。
──バチィッ!!
電撃が全身を走る。
その瞬間。
ゴロの反応が僅かに遅れた。
「……通るか」
泥の中には水分が多い。
だから、表面だけではなく内部まで電流が走る。
「これ、心核まで届く可能性があるな」
『雷:△』
そして風。
──ゴォォォッ!!
強風がゴロへ吹き付ける。
泥の表面が大きく揺れた。
肩。
腕。
身体の一部が削られるように飛び散っていく。
「風も駄目か」
大地属性は風に弱い。
土ノ体では、風によって硬化を阻害される。
泥ノ体では、身体の形そのものが崩されやすくなるらしい。
しかも。
広範囲へ泥を飛ばされれば、戻ってくるまでにも時間がかかる。
「修復まで遅れるな」
『風:△』
その後。
地。
光。
闇。
順番に確認する。
いずれも、現時点では大きな異常なし。
蓮は結果をまとめる。
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≪泥ノ体≫ 属性耐性
地:ー
水:◎
火:○(高火力・継続炎△)
風:△
雷:△
光:ー
闇:ー
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「分かりやすいね」
夏希が覗き込む。
「水には強くて、雷と風には弱い」
「ああ」
水属性迷宮で得た肉体。
その性質が、かなり強く出ている。
◇
「最後はスキル」
蓮は魔導人形を再起動する。
「まずは大地ノ拳」
ゴロが頷く。
「ゴロ。≪大地ノ拳≫」
拳へ魔力が集まる。
すると。
泥の拳が、ぐにゅりと膨らんだ。
通常より一回り大きい。
ゴロが踏み込み。
──ドゴォッ!!
巨大化した拳を、魔導人形へ叩き付ける。
その瞬間。
──バシャッ!!
拳の表面が弾けた。
大量の泥が、魔導人形の上半身へ飛び散る。
「わっ」
夏希が目を見開く。
魔導人形が動く。
──ギ……ギギ……。
腕。
肩。
胴体。
広範囲へ付着した泥によって、動きが一気に鈍っていた。
「普通に殴るより、付着する量が多い」
蓮はすぐに記録する。
土では、純粋に打撃を強化する。
電晶では、さらに強烈な電撃を上乗せする。
そして泥では。
一撃で、大量の泥を相手へ付着させる。
「同じスキルなのに、身体で使い方が全然違うね」
「ああ」
蓮も笑みを浮かべる。
これで。
≪泥ノ体≫でも、既存スキルが変化することは確認できた。
続いて。
≪大地ノ角撃≫。
さらに。
≪大地ノ甲殻≫。
二つも順番に試していく。
どちらも、土の身体とも電晶の身体とも違う変化を見せた。
蓮は何度か試しながら、結果をノートへ書き込んでいく。
「……よし」
大まかな性能は把握できた。
だが。
実際の戦闘で、どう使うのが一番いいのか。
そこまでは、まだ分からない。
「詳しい使い方は、実戦で確かめよう」
ゴロが力強く胸を叩く。
──どんっ。
◇
検証を終え。
蓮はノートへ目を落とした。
≪泥ノ体≫。
硬さはない。
純粋な防御力なら、土や電晶には及ばない。
その代わり。
柔らかな身体が、攻撃に合わせて変形する。
散らされた泥も、時間を掛ければ戻ってくる。
≪修復再生≫との相性も良い。
そして。
最大の特徴。
泥の付着。
攻撃しても。
攻撃されても。
接触した相手へ、少しずつ泥を残せる。
それが重なれば、相手の動きを奪える。
「速い相手を捕まえる身体……か」
蓮は呟く。
これまで。
ゴロが苦手としてきた相手。
速度型。
追っても、追いつけない。
攻撃されても、反撃する前に離れられる。
だが。
≪泥ノ体≫なら。
相手が自分から近付いてくることを利用できる。
避け切れずに攻撃を受けても、その接触で相手へ泥を残せる。
一度。
二度。
少しずつ速度を奪う。
そして。
動きが落ちたところへ、ゴロの重い一撃を叩き込む。
「……使えそうだな」
「ゴロに合ってるかもね」
夏希が笑う。
「ああ」
蓮も頷いた。
ゴロを無理に速くする必要はない。
低い機動力。
その弱点を、別の形で補えばいい。
◇
訓練室を出る前。
蓮の端末が震えた。
「ん?」
画面を見る。
学園から届いた、週次ランキング戦の対戦通知。
蓮は内容を開く。
次の対戦相手。
現在、蓮の一つ上にいる生徒。
そして。
その召喚獣。
無属性──“駆爪鼠”。
「駆爪鼠……」
夏希も横から画面を覗く。
「速い子だよね」
「ああ」
小型。
攻撃力は低い。
防御力も高くない。
その代わり。
高い敏捷性。
素早い方向転換。
高速で接近し、爪で浅い傷を残してすぐに離脱する。
典型的な速度型。
今までのゴロなら、かなり相性の悪い相手。
だが。
蓮はノートへ目を落とす。
今日、検証したばかりの≪泥ノ体≫。
攻撃を受けても、相手へ泥を残せる。
泥が重なれば、速度を奪える。
「……ちょうどいいな」
「泥ノ体、使うの?」
「必要なら」
蓮は端末を閉じる。
最初から≪泥ノ体≫まで見せる必要はない。
土ノ体で勝てるなら、それが一番いい。
維持魔力も掛からない。
だが。
土では捕まえられないなら。
「その時は使う」
こくり。
ゴロも頷く。
次の週次ランキング戦。
相手はゴロがずっと苦手としてきた速度型。
だが、今は。
その速度を奪うための手札がある。
蓮は小さく笑った。
「試すには、ちょうどいい相手だな」
ゴロが。
──どんっ。
力強く胸を叩いた。




