第15話 週次ランキング戦・駆爪鼠
木曜日。
午後最後の授業。
実技訓練。
普段のホームルームとは違い。
実技だけはランキング帯ごとに分けられている。
蓮が所属するのは。
250位から201位までの学年下位の生徒が集まる第五実技クラス。
訓練場には。
それぞれの召喚獣を連れた生徒たちが並んでいた。
蓮もゴロを戦闘形態へ変える。
使うのは、いつもの土の身体。
≪電晶ノ体≫も。
≪泥ノ体≫も使わない。
肉体スキルについては。
まだ周囲へ見せるつもりはなかった。
だが。
新しく得た大地系スキルまで隠すつもりはない。
実技訓練まで手札を伏せるためだけに使う気はなかった。
「始め!」
教師の合図と同時に。
訓練用の魔導人形が動き出す。
槍を構え。
一直線にゴロの胸へ突き出した。
ゴロは大きく避けない。
半歩。
身体をずらす。
心核だけを射線から外し。
──ガッ!
槍を肩で受けた。
そのまま。
「ゴロ。≪大地ノ拳≫」
拳へ魔力が集まる。
──ドゴォッ!!
重い一撃。
魔導人形の胴体が大きく揺れた。
「……やっぱり」
近くから小さな声が聞こえる。
「岩崎のゴーレム、前より強くなってないか?」
「最近ちょっと変わったよな」
蓮は反応しない。
ゴロも目の前の人形だけを見る。
槍が引かれ。
再び、鋭い突きが放たれる。
「≪大地ノ甲殻≫」
ゴロの肩から胸へ。
硬い土の甲殻が形成された。
──ガギィン!!
槍が弾かれる。
「……え?」
「今の何?」
「新しいスキル?」
周囲から何人かの視線が集まった。
「そのまま反撃!」
ゴロが拳を振るう。
──ドゴッ!!
魔導人形が大きく後退した。
「やっぱ新しいスキルだろ」
「成長しないんじゃなかったのか?」
「最近、急におかしくない?」
ざわめきが広がる。
だが、蓮は気にしない。
訓練は続く。
次に起動したのは、剣を持つ近接型。
魔導人形がゴロへ向かって走り出す。
一歩。
二歩。
十分に引き付ける。
そして。
「≪大地ノ角撃≫」
額から土の角が伸びる。
「また!?」
次の瞬間。
──ドンッ!!
ゴロが一直線に加速した。
剣を振り上げた魔導人形へ。
真正面から激突する。
──ドゴォン!!
人形が大きく吹き飛んだ。
「二つも新しいスキル覚えてる……」
「いつの間に?」
今度は、明確に周囲がざわついた。
蓮はそんな声を聞きながらゴロを見る。
確かに使えるスキルは増えた。
だが、変わったのはそれだけではない。
以前なら。
相手へ近付こうとして、無理に追うこともあった。
攻撃が届かなくても、拳を振ることもあった。
だが今は。
追えないなら、追わない。
避ける必要のない攻撃なら、受ける。
そして。
相手がこちらの間合いへ入った瞬間に、重い一撃を返す。
低い機動力を無理に補おうとしない。
ゴロの強みをより活かす戦い方へ。
少しずつ変わっていた。
「……スキルだけじゃないな」
近くにいた教師が呟く。
「前より動きに無駄がない。
戦い方そのものが変わっている」
その声に。
蓮は僅かに視線を向ける。
だが、何も答えない。
ゴロも次の魔導人形へ。
静かに拳を構えた。
◇
その後も。
訓練は続いた。
≪大地ノ拳≫。
≪大地ノ角撃≫。
≪大地ノ甲殻≫。
三つのスキルを状況に応じて使い分ける。
ただし。
≪電晶ノ体≫と。
≪泥ノ体≫は使わない。
それでも。
周囲から向けられる視線は。
以前とは明らかに違っていた。
やがて。
「そこまで!」
教師の声が響く。
動いていた魔導人形が一斉に停止した。
「今日の実技は終了。
各自、召喚獣の状態を確認して戻れ」
蓮もゴロを見る。
「お疲れ」
こくり。
ゴロが頷き。
──どんっ。
と胸を叩いた。
その身体が白い光に包まれ。
待機形態へ戻っていく。
蓮は小さくなったゴロを肩へ乗せた。
周囲では、まだこちらを気にしている生徒もいる。
だが。
蓮が今、意識しているのは別だった。
明日。
金曜日。
週次ランキング戦。
対戦相手は、すでに決まっている。
無属性──“駆爪鼠”。
小柄で素早い召喚獣。
以前のゴロなら、苦戦する可能性の高い相手。
だが今は。
蓮は肩のゴロを見る。
「明日だな」
ゴロも。
──ぐっ。
と小さな拳を握った。
◇
翌日。
金曜日の午後。
ランキング戦用の訓練場。
複数のコートでは、すでに試合が始まっていた。
ここで行われるのは、週に一度のランキング戦。
対戦するのは順位の近い生徒同士。
一戦で順位が大きく動くわけではない。
それでも。
二百五十位。
最下位にいる蓮にとって。
上へ進むには一つずつ勝っていくしかない。
蓮は指定されたコートへ向かう。
向かい側には。
すでに対戦相手が立っていた。
その足元にいるのは。
灰色の毛並み。
細い身体。
鋭い爪。
落ち着きなく。
小刻みに身体を動かす鼠型の召喚獣。
無属性──“駆爪鼠”。
画面で見た通り。
攻撃力も。
耐久力も高くない。
だが、速い。
特に小回りが利く。
直線的な速さではなく、細かな方向転換を繰り返しながら相手を翻弄するタイプ。
低機動のゴロにとって、相性の良い相手ではない。
少なくとも以前なら。
蓮は駆爪鼠を見つめる。
そして。
蓮の頭に浮かんだのは。
≪泥ノ体≫。
一度でも泥を付着させられれば。
あの速さを鈍らせられるかもしれない。
「……いける」
とはいえ。
最初から使う必要はない。
土の身体で倒せるなら、それが一番だった。
蓮は肩のゴロを見る。
「まずは土で行くぞ」
こくり。
ゴロが頷いた。
その時。
審判役の教師がコート中央へ進み出る。
「双方、準備」
蓮の向かい側。
対戦相手も、駆爪鼠を戦闘態勢へ入らせる。
「行くぞ」
こくり。
ゴロが飛び降りる。
白い光。
待機形態から戦闘形態へ。
土で形作られたいつもの身体。
太い腕。
低い重心。
深緑色の瞳が正面の駆爪鼠を捉える。
相手の視線もゴロへ向いた。
審判が右手を上げる。
一瞬。
コートの空気が張り詰めた。
そして。
「試合──開始!」
その声と同時に。
「≪疾駆≫!」
対戦相手が叫ぶ。
駆爪鼠の脚へ淡い光が集まった。
次の瞬間。
──ダッ!!
一気に加速する。
右。
左。
細かく進路を変えながら。
ゴロの周囲を駆け回る。
「追うな」
蓮はすぐに指示を出す。
ゴロは動かない。
低く構え、駆爪鼠の動きだけを追う。
向こうから来る。
なら。
無理に追う必要はない。
「そこだ!≪裂爪≫!」
駆爪鼠の爪が白く輝く。
そのまま、ゴロの側面へ飛び込んだ。
──ザシュッ!!
脇腹が切り裂かれる。
土が削れ、傷が走った。
だが、浅い。
駆爪鼠は止まらない。
そのまま背後へ抜け、大きく旋回。
「≪疾駆≫!」
再加速。
間を置かず。
「≪裂爪≫!」
──ザシュッ!!
今度は背中。
さらに。
離脱。
旋回。
接近。
「≪裂爪≫!」
──ザッ!!
肩。
「≪疾駆≫!」
また方向を変え、再び飛び込む。
一撃。
また一撃。
駆爪鼠はゴロの周囲を走り続けながら。
≪疾駆≫で加速し、≪裂爪≫で傷を刻んでいく。
「そのまま削れ!」
相手の声が響く。
ゴロは追わない。
受ける。
ただ、攻撃の瞬間だけを待つ。
右。
左。
背後。
また右。
「次、来るぞ!」
駆爪鼠が斜め前から飛び込む。
「ゴロ。≪大地ノ甲殻≫!」
ゴロの肩から胸へ。
硬い土の甲殻が形成される。
直後。
──ガギィン!!
≪裂爪≫が甲殻へ激突した。
「っ!」
駆爪鼠の身体が僅かに弾かれる。
「今だ!」
ゴロが拳を振るう。
──ブンッ!!
だが。
届かない。
駆爪鼠は。
拳が振り抜かれるより先に離脱していた。
「惜しい……!」
蓮は目を細める。
≪大地ノ甲殻≫なら、攻撃を防げる。
反撃の機会も一瞬だけ作れる。
だが。
その一瞬でもまだ足りない。
駆爪鼠が速すぎる。
「大丈夫だ!お前の速さなら避けれる!
もう一回!≪疾駆≫!」
再び加速。
右へ。左へ。
そして。
ゴロの正面は通らない。
必ず。
側面。
背後。
斜めから。
≪裂爪≫を叩き込み、そのまま離れていく。
蓮はすぐに理由へ気付いた。
「……角撃を警戒してるな」
昨日の実技訓練。
≪大地ノ角撃≫は、周囲にも見られていた。
一直線に加速するゴロの新しいスキル。
正面から来る相手には強い。
だが。
駆爪鼠は、決して正面へ長く留まらない。
攻撃する時も、離脱する時も、常にゴロの横へ回る。
「使わせてもらえないか」
角撃を出しても狙える位置にいない。
無理に撃てば。
避けられるどころか、その後の直進を狙われる可能性すらある。
対戦相手も昨日の訓練を見て、ちゃんと考えてきている。
「≪裂爪≫!」
──ザシュッ!!
また一つ。
傷が増える。
「そのままだ!ヒットアンドアウェイだ!」
相手の指示。
駆爪鼠は一瞬も足を止めない。
≪疾駆≫。
≪裂爪≫。
離脱。
旋回。
また。
≪疾駆≫。
≪裂爪≫。
ゴロは追わずに受け、拳を狙う。
だが、当たらない。
甲殻で防げても、捕まえられない。
角撃は使う機会すら与えられない。
傷だけが少しずつ増えていく。
蓮は静かに息を吐いた。
土の身体で倒せれば、それが一番だった。
維持魔力も必要ない。
肉体スキルをわざわざ見せる必要もない。
だが。
「……さすがに無理か」
判断を切り替える。
「ゴロ。変えるぞ」
深緑色の瞳が蓮を見る。
──こくり。
ゴロは頷いた。
「≪泥ノ体≫」
白い光がゴロの全身を包み込んだ。
「なっ……?」
対戦相手が目を見開く。
土色だった身体が濃い泥色へ変わっていく。
硬かった表面は湿り、僅かにゆらりと揺れる。
対戦相手はすぐに表情を戻す。
「見た目が変わっただけだ!そのまま行け!」
駆爪鼠が駆け出し。
「≪疾駆≫!」
再び加速する。
「≪裂爪≫!」
──ザシュッ!!
爪がゴロの肩を切り裂いた。
今度は、土の時より深く抉れた。
泥が大きく飛び散る。
「……!」
相手が一瞬だけ目を見開く。
そして、口元が緩んだ。
「なんだ。さっきより脆いじゃん」
駆爪鼠は止まらない。
そのまま離脱。
旋回。
「もう一回!≪疾駆≫!」
──ダッ!!
一気に背後へ。
「≪裂爪≫!」
──ザシュッ!!
今度は脇腹。
また、泥が飛ぶ。
「いける!」
声に明らかな余裕が混じる。
「その身体、防御が落ちてるぞ!」
再び。
≪疾駆≫。
≪裂爪≫。
──ザシュッ!!
腕を切り裂く。
離脱。
旋回。
「≪裂爪≫!」
──ザッ!!
次は脚。
泥の身体が次々と削られていく。
攻撃が通る。
土の身体より明らかに。
だから。
相手は気付かなかった。
爪に。
前脚に。
後脚に。
駆爪鼠の身体へ。
少しずつ泥が付着していることに。
蓮は何も言わない。
ただ駆爪鼠の動きを見ていた。
一撃。
二撃。
三撃。
泥が増える。
それでも駆爪鼠は攻め続ける。
「≪疾駆≫!」
脚へ光。
──ダッ!!
「……」
蓮の目が僅かに細くなる。
さっきより遅い。
ほんの僅かだが、確実に。
駆爪鼠はそのまま側面へ回る。
「≪裂爪≫!」
ゴロへ飛び込む。
そして、離脱しようとした。
その瞬間。
踏み込みが僅かに鈍る。
「そこだ!」
蓮が声を上げる。
「ゴロ!≪大地ノ拳≫!」
拳へ魔力が集まる。
泥の拳がぐにゅりと一回り膨らんだ。
──ドゴォッ!!
初めて。
ゴロの拳が駆爪鼠を捉えた。
同時に。
──バシャッ!!
弾けた泥が駆爪鼠の全身へ降りかかる。
「な、なんで……?」
駆爪鼠が立ち上がる。
「≪疾駆≫!」
脚が光る。
だが。
──ギッ。
遅い。
「……っ?」
そこでようやく。
相手が気付いた。
前脚。
後脚。
胴体。
全身へ泥が絡み付いている。
「いつの間に……!」
「もう遅い」
蓮は駆爪鼠の動きを見る。
先ほどまでの鋭い切り返しはない。
ゴロの正面を避け続けることも、もうできない。
「ゴロ」
深緑色の瞳が駆爪鼠を捉える。
「今ならいける」
ゴロが身体を低く沈めた。
相手の顔色が変わる。
「っ! 横に逃げろ!」
駆爪鼠が必死に方向を変えようとする。
だが、遅い。
「≪大地ノ角撃≫!」
額から泥の角が伸びる。
──ドンッ!!
ゴロが一直線に加速した。
今度は避けられない。
──ドゴォン!!
泥の角が駆爪鼠の脇腹を捉える。
そのまま。
角だけではなく肩から腕まで、ゴロの泥の身体が、駆爪鼠へべったりと擦り付いていく。
小さな身体が大きく吹き飛んだ。
「なっ……!」
駆爪鼠がよろよろと何とか立ち上がる。
「≪疾駆≫!」
脚が光る。
だが。
──ギ……。
ほとんど動かない。
付着した泥の量がさらに増えていた。
もう。
自慢の速さは、完全に失われている。
「くそっ……!」
相手の表情から余裕が消えた。
「駆爪鼠!≪裂爪≫!」
最後の抵抗。
爪が白く輝く。
駆爪鼠がゴロへ飛び込む。
だが、遅い。
蓮にははっきりと見える。
「受けていい」
こくり。
──ザッ!!
≪裂爪≫がゴロの肩へ食い込む。
泥の身体がぐにゃりと形を変え、衝撃を逃がす。
そして。
さらに泥が駆爪鼠へ絡み付いた。
もう離れられない。
「決めろ!≪大地ノ拳≫!」
ゴロが拳を引く。
低機動。
その代わりに持つ高い攻撃力。
重い拳が。
──ドゴォン!!
駆爪鼠を真正面から打ち抜いた。
「ギャッ──!」
小さな身体が後方へ吹き飛ぶ。
地面を転がり、そのまま白い光に包まれた。
召喚解除。
駆爪鼠の姿がコートから消える。
一瞬。
静寂。
審判役の教師が駆爪鼠の消失を確認する。
そして、右手を上げた。
「そこまで!」
蓮の拳が僅かに強く握られる。
「勝者──岩崎蓮!」
「……っ」
勝った。
ランキング戦で。
ゴロが泥色の身体のままこちらを振り向く。
そして。
──どんっ!!
力強く、胸を叩いた。
蓮も自然と笑みを浮かべる。
「ああ。やったな」
周囲では、小さなどよめきがまだ続いていた。
昨日は。
≪大地ノ角撃≫。
≪大地ノ甲殻≫。
そして今日。
身体そのものを変える≪泥ノ体≫。
最下位だった岩崎蓮が。
明らかに変わり始めていた。




