第10話 属性という違い
翌日。
昼休み。
蓮は夏希と向かい合っていた。
場所は校舎裏のベンチ。
隣には、いつものようにゴロが座っている。
夏希の肩では、小鳥形態のシェアが小さく首を傾げていた。
「それでどうだった?」
夏希が蓮を見る。
「昨日も行ってきたんでしょ?」
「ああ」
蓮は頷いた。
「F級無属性迷宮の甲獣平原。
無事に攻略できた」
「おお」
夏希が小さく拍手する。
「おめでとう」
「ピィ!」
シェアも嬉しそうに鳴く。
ゴロが得意げに──どんっ。
と胸を叩いた。
「しかも、また新しいスキルを覚えた」
蓮はステータスを開く。
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【ゴロ】
存在階位:F-MAX
スキル:
・≪大地ノ拳≫
・≪大地ノ角撃≫
・≪大地ノ甲殻≫
特殊スキル:
・≪迷宮浄化≫
──────────────────────
「大地ノ甲殻……」
夏希が文字を覗き込む。
「名前通りなら、防御系?」
「たぶんな」
昨日。
迷宮浄化の直後。
ゴロの身体を覆った硬質な土の甲殻。
まだ詳しく検証はしていないが、おそらく同じものだろう。
「角獣ノ森では角」
蓮は指を一本立てる。
「それで大地ノ角撃」
もう一本。
「甲獣平原では甲殻。それで大地ノ甲殻」
「迷宮の特徴と一致してるね」
やはり。
浄化した迷宮の特徴を。
ゴロが力として取り込んでいる可能性は高い。
「でもすごいじゃん」
夏希が笑う。
「これなら、どんどん強くなれるんじゃない?」
「俺もそう思う」
実際。
ゴロは確実に強くなっている。
存在階位はF-MAX。
そこに。
≪大地ノ拳≫。
≪大地ノ角撃≫。
そして≪大地ノ甲殻≫。
以前とは比べものにならない。
ただ。
「問題はこっちだ」
蓮は自分のステータスへ切り替えた。
──────────────────────
【岩崎蓮】
ランクアップ条件:
✔ 召喚獣の存在階位をF-MAXにする
・未達成条件 7件
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「……変わってないんだね」
夏希の表情が少しだけ曇る。
「ああ」
角獣ノ森。
甲獣平原。
二つの迷宮を攻略し、二度。
≪迷宮浄化≫を使った。
それでも。
未達成条件は七件のまま。
「最初は、迷宮を浄化すること自体が条件なのかと思ったんだけどな」
「二回やっても変化なし」
「そういうことだ」
蓮は腕を組む。
「少なくとも、ただ浄化すればいいってわけじゃなさそうだ」
だからこそ。
次に何を試すべきか。
それを考えていた。
夏希にも、意見を聞いてみたかった。
「何か思いつくか?」
「うーん……」
夏希が考え込む。
シェアも一緒になって首を傾げる。
ゴロまで夏希をじっと見上げていた。
「そんなに見られると困るんだけど」
「ピィ」
「キミもだよ」
夏希がシェアの頭を指で軽く撫でる。
そして。
少しして。
「ねえ、蓮」
「ん?」
「今まで浄化した迷宮って」
夏希が指を折る。
「角獣ノ森と甲獣平原だよね?」
「ああ」
「二つとも無属性だよね?」
「……」
蓮の動きが止まった。
無属性。
そうだ。
これまで攻略した二つは、どちらもF級無属性迷宮。
「だったらさ」
夏希が続ける。
「次は属性迷宮を試してみたら?」
「属性迷宮……」
その発想はなかった。
いや。
正確には、候補から無意識に外していた。
今回の目的は、≪迷宮浄化≫とランクアップ条件の関係を調べること。
だから。
まずは危険度の低い無属性迷宮を選んでいた。
だが。
「確かに……」
蓮は考える。
二回浄化して、二回とも条件は変わらなかった。
なら。
同じ条件を繰り返すより。
何か一つ、大きく条件を変えるべきだ。
そして。
無属性と属性。
これは十分すぎるほど大きな違いだった。
「試す価値はあるな」
「でしょ?」
夏希が笑う。
もちろん。
属性迷宮を一つ攻略しただけで、答えが出るとは限らない。
それでも、次の検証としては悪くない。
「よし」
蓮はスマホを取り出した。
迷宮データベースを開く。
検索条件は。
・F級
・属性迷宮
・日帰り可能な範囲
いくつかの候補が表示された。
火。
水。
雷。
光。
蓮が一覧へ目を通していると。
隣から小さな手が伸びた。
「ん?」
ゴロだ。
ゴロは画面を覗き込み。
少しだけ迷うように指を動かす。
そして。
一つの迷宮名を。
──ぴたり。
と指差した。
F級雷属性迷宮──“電獣洞”。
「……これか?」
ゴロが力強く頷く。
「雷がいいのか?」
──どんっ。
即答だった。
「はは」
蓮は思わず笑う。
「ずいぶん気に入ったみたいだな」
「ゴロが自分で選ぶの珍しいね」
夏希も楽しそうに笑った。
「ピィ!」
シェアも画面を覗き込む。
「でも悪くないチョイスだ」
「だね!雷属性はゴロの地属性と相性が良いしね!」
「ああ」
蓮はゴロを見て頷く。
「ということで、決まりだな」
蓮は≪電獣洞≫の詳細画面を開く。
F級。
雷属性。
無属性迷宮より一段階危険度が高い。
だが。
今のゴロなら、挑戦する価値はある。
「次は電獣洞だ」
ゴロが嬉しそうに──どんっ。
と胸を叩いた。
蓮も小さく頷く。
無属性迷宮では、答えは見つからなかった。
なら、次は属性迷宮で確かめる。
◇
二日後。
召喚戦闘実習場。
この日は、週に一度行われるランキング戦の日だった。
三ヶ月に一度行われる大規模な定期ランキング大会とは違う。
順位の近い生徒同士が、複数の試合場に分かれて戦う。
勝っても、動く順位は僅か。
その代わり毎週行われる。
実習場のあちこちでは、すでに戦闘が始まっていた。
──ドンッ!
──バシュッ!
召喚獣同士がぶつかる音。
教師たちの声。
それぞれが、自分の試合に集中している。
観客はいない。
蓮も目の前の相手だけを見ていた。
「……水棘蟹か」
向かい側。
同学年の男子生徒の前に、蟹型の召喚獣が立っている。
青黒い甲羅。
全身から伸びる鋭い棘。
左右には大きな鋏。
水属性召喚獣──“水棘蟹”。
ゴロにとって。
相性の良い相手ではない。
地属性と水属性に。
魔力的な有利不利はない。
だが。
ゴロの身体を作っているのは土だ。
水を吸えば、柔らかくなる。
崩れやすくなり、耐久力も落ちる。
それは、これまでの経験ですでに分かっていた。
「分かってるな?」
ゴロが頷く。
水はできる限り受けない。
それが前提。
だが。
蓮の表情に。
以前ほどの不安はなかった。
この二日間。
訓練棟で。
新しく手に入れた≪大地ノ甲殻≫の性質も確認している。
そして何より。
今のゴロはF-MAXで、≪大地ノ角撃≫もある。
以前とは違う。
『両者、準備はいいな』
審判役の教師が確認する。
蓮は頷いた。
相手も、水棘蟹へ指示を出す。
『始め!』
「ゴロ!」
同時に。
ゴロが地面を蹴った。
「はっ!正面から来るのかよ!」
相手が声を上げる。
水棘蟹が、大きな鋏を振るう。
「≪蟹挟み≫!」
「≪大地ノ甲殻≫!」
ゴロの両腕。
その表面が、硬質な土の甲殻へ変わった。
──ガキィンッ!!
鋏を受け止める。
「なっ!?」
相手の表情が変わる。
そのまま。
「≪大地ノ拳≫!」
──ドゴォッ!!
拳が水棘蟹の顔へ叩き込まれた。
後方へ吹き飛ぶ。
「っ……!」
通った。
以前なら。
あの鋏を受け止めるだけでも。
身体が砕け、苦労していたはずだ。
だが。
今は違う。
「もう一度!」
ゴロが踏み込む。
右の鋏。
身体を僅かにずらして躱す。
左。
こちらは間に合わない。
「≪大地ノ甲殻≫!」
甲殻で受け止める。
僅かにヒビが入る。
それだけだ。
「≪大地ノ拳≫!」
──ドゴッ!
またしてもゴロの拳が水棘蟹の顔を打つ。
水棘蟹が押し下がる。
相手が歯を食いしばった。
「なんだよ……」
もう一撃。
ゴロが迫る。
「前より全然強くなってるじゃねぇか!」
蓮は答えない。
今は、戦闘に集中する。
「ゴロ!」
ゴロが身体を低くする。
額に、土の角が形成される。
「≪大地ノ角撃≫!」
一直線。
一気に加速する。
「速っ──!」
──ドゴォォンッ!!
土の角が、水棘蟹の鋏へ直撃した。
身体が浮き上がり、ゴロゴロと地面を転がっていく。
「鋏で防いだか」
顔を狙った角撃は。
咄嗟に顔を守った鋏で防がれた。
とはいえ。
いける。
少なくとも、実力そのものなら十分に戦えている。
相手もそれを理解したらしい。
水棘蟹を見て、次にゴロを見る。
「……確かに強くなってる」
悔しそうに呟く。
だが。
すぐに表情を変えた。
「でも!」
水棘蟹へ手を向ける。
「水に弱いのは変わらないだろ!≪水鉄砲≫!」
「来るぞ、ゴロ!」
水棘蟹が右の鋏を持ち上げる。
開いた鋏の内側へ、水が一気に集まった。
次の瞬間。
──バシュッ!!
鋭い水弾が放たれる。
「右だ!」
ゴロが身体を横へずらす。
水弾がすぐ脇の地面を叩いた。
「くっ……!」
避けた。
だが。
間髪入れず、今度は左の鋏が開く。
「もう一発来るぞ!」
──バシュッ!!
「っ!」
今度は間に合わない。
水弾が右腕へ直撃した。
──バシャッ!
ゴロの身体が揺れる。
威力そのものは高くない。
それでも。
水を吸った土が、僅かに崩れた。
「やっぱり効いたな!≪水鉄砲≫!」
相手は攻撃を止めない。
右。
──バシュッ!
左。
──バシュッ!
短い溜め。
左右の鋏から交互に水弾が飛んでくる。
「くそ……!」
ゴロは速くない。
最初の一発は動きを読んで避けられた。
だが。
これだけ短い間隔で撃たれれば、全てを躱すのは無理だ。
肩。
腕。
脇腹。
少しずつ。
水を浴びていく。
その度に。
土の表面が柔らかくなり。
硬さを失っていく。
「≪修復再生≫!」
淡い光が崩れた部分を包む。
だが、直した端からまた水が飛んでくる。
このままでは、一方的に削られるだけだ。
「距離を詰めるぞ!」
ゴロが前へ出る。
水棘蟹が≪水鉄砲≫を放つ。
──バシュッ!
身体を傾ける。
肩を掠めた。
それでも、止まらない。
「前へ!」
もう一発。
避けきれず、左腕に受ける。
──ボロッ。
土が落ちる。
それでも。
一歩。
また一歩。
距離を縮めていく。
「くっ!≪水鉄砲≫!」
相手が水棘蟹へ指示を飛ばす。
右鋏。
左鋏。
──バシュッ!
──バシュッ!
水弾が続く。
「ゴロ!」
ゴロが身体を低くする。
ここで一気に行く。
「≪大地ノ角撃≫!」
額へ、土の角が形成される。
地面を蹴る。
一瞬。
ゴロの身体が一直線に加速した。
だが。
それは悪手だった。
攻めを急ぎすぎた。
「それはもう見た!横だ!」
相手が叫ぶ。
水棘蟹が横へ動く。
ゴロの角が、僅かに外れる。
「っ!」
そのまま。
横を通り抜けた。
≪大地ノ角撃≫は速い。
だが。
曲がれない。
一度見せた攻撃。
軌道さえ分かれば、対処は容易い。
「今だ!≪水鉄砲≫!」
振り返った水棘蟹。
──バシュッ!
「ゴロ!」
背中へ直撃。
──バシャッ!
ゴロが前へつんのめる。
背中の土が大きく崩れた。
「≪修復再生≫!」
淡い光が包む。
だが、蓮の表情は険しい。
角撃でも一気には詰められない。
なら。
「地道に行くしかない……!」
ゴロが振り返る。
深緑の瞳。
蓮の意図を理解する。
「水は全部避けようとするな!
受ける場所を選ぶんだ!」
ゴロが頷く。
再び、前へ。
「≪水鉄砲≫!」
一発。
身体をずらす。
二発目。
避けきれない。
「≪大地ノ甲殻≫!」
ゴロの前腕が、硬質な土の甲殻へ変わる。
──バシャッ!
水弾を受ける。
甲殻そのものも、少しずつ水を吸う。
それでも。
生身の土で受けるよりはましだ。
「そのまま!」
一歩。
また一歩。
水棘蟹が距離を取ろうとする。
だが。
横への動きに比べて、後ろへの動きは鈍い。
「来るな!」
水棘蟹が鋏を振るう。
「≪大地ノ甲殻≫!」
──ガキィンッ!!
ゴロは受け止める。
スキルによる強化もない一撃では、甲殻に傷すらつかない。
「押せ!」
ゴロが身体ごと前へ出る。
水棘蟹の鋏を押し返す。
そしてついに。
拳の届く距離。
「≪大地ノ拳≫!」
魔力が右拳へ集まる。
──ドゴォッ!!
拳が、水棘蟹の顔面へ深く突き刺さった。
「っ!?」
ゴロゴロと後方へ転がる。
「いける!」
蓮が拳を握る。
距離さえ詰めれば、こちらが押せる。
──もう一発。
ゴロが踏み込む。
だが。
「……待ってた」
「え?」
相手が、僅かに笑った。
水棘蟹は。
殴られながらも、口を閉じたままじっと耐えていた。
よく見ると、頬の辺りが大きく膨らんでいる。
「まさか──」
大量の水。
それを口の中に溜めていた。
「この距離をな!」
相手が叫ぶ。
「≪水噴射≫!!」
「ゴロ!≪大地ノ甲殻≫!」
避けられない。
至近距離。
水棘蟹の口が開く。
次の瞬間。
──バシャアアアアッ!!
大量の水が。
真正面からゴロへ叩き付けられた。
「っ!!」
胸。
腹。
両腕。
脚。
土の身体が、一気に水を吸う。
──ボロッ。
肩が崩れる。
──ボロボロッ。
胸や腕からも。
土が崩れ落ちていく。
≪大地ノ甲殻≫も。
水を吸い、明らかに硬さを失っていた。
「……まずい!」
「今だ!」
相手が叫ぶ。
水棘蟹が一気に迫る。
「≪棘鋏≫!」
その瞬間。
大きな鋏を覆う無数の棘が。
太く、鋭く伸びていく。
「狙いは胸か!」
胸にあるのは心核。
ゴロの弱点だ。
これまでのランキング戦で。
ゴロの弱点とその位置も相手は知っている。
水棘蟹が鋏を振り上げる。
「ゴロ!心核を守れ!」
ゴロが両腕を交差させ、胸の前を守る。
水を吸い、≪大地ノ甲殻≫の硬さは落ちている。
それでも。
心核を守るには、この腕で受けるしかない。
直後。
強化された鋏が、真上から叩きつけられた。
──バキィィンッ!!
「っ!」
水を吸った甲殻が砕ける。
それだけではない。
脆くなっていた両腕そのものが。
──ボロッ!
大きく砕け落ちた。
「ゴロ!」
腕が下がる。
胸が、無防備になる。
「トドメだ!」
水棘蟹が、再び鋏を振り上げた。
「まずい!」
ゴロも動こうとする。
だが、水を吸った脚では間に合わない。
──ドゴォォンッ!!
強化された鋏が。
ゴロの胸へ真正面から叩き込まれた。
──バキンッ!
胸の土が砕ける。
その奥。
──パキンッ。
小さな音が響いた。
心核が──砕けた。
ゴロの深緑の瞳から光が消える。
次の瞬間。
身体が淡い光へと変わり。
光の粒となって消えていく。
「……ゴロ」
ゴロの敗北。
その姿は消え去った。
『そこまで!』
教師の声が響いた。
『勝者──』
対戦相手の名前が告げられる。
蓮はゴロが消えた場所をしばらく見つめていた。
本当に死んだわけではない。
力尽きた召喚獣は召喚獣界へ帰還する。
二十四時間。
それだけ待てば、また召喚できる。
分かっている。
それでも。
「……負けたか」
悔しさは、しっかりと残った。
でも。
蓮は俯かなかった。
相性の悪い相手だった。
水を浴びるまでは十分に戦えていた。
≪大地ノ角撃≫も。
≪大地ノ甲殻≫も。
確かに通用した。
「まだ足りないだけだ」
蓮は小さく息を吐く。
今回は、相性差を覆せなかった。
なら。
もっと強くなればいい。
蓮の脳裏に。
昼休みに決めた迷宮が浮かぶ。
F級雷属性迷宮──“電獣洞”。
「次は、あそこだな」
ゴロは今、召喚獣界にいる。
再び呼べるのは、二十四時間後。
その時には、また次へ進める。
蓮は拳を握った。
「今度こそ、もっと強くなる」




