ヒロインside
思わずよろけてきた人の手首を掴んで「もらう」発言をしてしまったけど、ちょっと、この手首折れそうなくらい肉ないんだけど!?
ちらりと目を向ければ、なんと頬も痩せこけ、着ているテールコートもぶかぶかだ。
ありえないッッ!
色々と質問攻めしたいところだったけど、カルナートの「ハハハッッ!!」という高笑いに、そういえばまだ断罪され途中だったと我に返る。
「良かろう! マリアンヌ、この愚か者たちの新たな門出を祝福してやってくれ」
「はぁい♡」
「さぁ、皆の者、聖女マリアンヌの祝福をとくとご覧あれッッ」
わぁお。
【せれ愛】ではカルナートと聖女マリアンヌの二人の門出を祝うように祝福が施されるんだけど、まぁ、一応【せれ愛】通りなのかな!?
カルナートの腕に引っついていた聖女マリアンヌが天井に向かって手を伸ばすと、何処からともなくキラキラとした光が溢れ、会場に広がっていく。
初めて見る御業に会場のあちこちから感嘆の溜息が聞こえた。
「ありがたき、幸せ。それでは御前失礼いたしますわ」
視線が祝福に集中している間に定型を言い捨て、わたしは折れそう手首の持ち主を軽く引っ張りつつ、何か言われる前に退散した。
人波を何とか抜けて、馬車止めまで早足で向かう。カルナートも祝福に見惚れていたから、わたしが急にいなくなったことで、兵士とか差し向けられても困っちゃうからね。
こんな折れそうな人に兵士相手なんてムリだし、わたしだって別に魔術師ではないし、そもそも戦ったことなんてないから速やかな撤退程生き延びる術はない。
手を引いてる人からはすでにぜぇぜぇと息切れの音が聞こえてきてるけど、とにかく、馬車に乗ってしまうまでは我慢してほしいんだけど、わたしにもそれを伝えてあげるほど余裕がなかった。
馬車止めにて、顔見知りの兵士たちが驚いた顔をしてるけど、そこは何とかにっこり笑顔で「急いでますの、お願いできますか」と言えば、侯爵邸までの馬車を呼んでくれる。
うん、こういう時、高位貴族で良かったなぁってなるやつよね。権力よ、権力バンザイ。
エスコートなんてムシして、手を引いてきた人を先に乗せ、わたしも馬車に乗り込んだ。婚約者じゃない男性を乗せようとして止められそうになったけど、具合が悪くなった侯爵家の関係者でゴリ押し。
「あの」
「あ、申し訳ありません。わたくしごとに巻き込んでしまいましたわ」
小さな声が聞こえて、わたしはようやく目の前の座席に腰かけた相手を見た。
それから勝手をしたことを謝る。この人はわたしとカルナートの婚約破棄に巻き込まれてしまった被害者だ。
「いえ、ぼくも婚約を解消されたところだったので」
何度か空咳をしてから、乾いた唇を少し湿らせつつ、その人はそう続ける。
ん? 婚約解消? あの場で婚約解消なん、て、あ、あれか。王女のやつだ。なんで忘れてたのわたし。まだ混乱してる?
「わたくしはシガー侯爵家のベルガモットと申しますわ」
自己紹介すらしてないなとベルガモットが覚えている淑女の礼を座ったまま取る。ちょっと締まらないけど、謝罪の意味も込めて。
「ご丁寧にありがとうございます。ぼくはニース伯爵家のアルフレッドと申します」
あらま、ニース伯爵家と言えば、伯爵家の中でも一番古い歴史をもち、けれど代々陞爵を断るような、王家に阿る必要のない家柄よね。ベルガモットが王子妃教育の中で受けた授業で習ってたもん。
確か、先代伯爵と先代国王が学園の同級生だかで仲良くて、自分の孫たちを結婚させたいねって話してて、王女の嫁ぎ先が決まってたっていう話だったはず。伯爵家なら降嫁先でもおかしくないし。
あとは公爵家や、侯爵家には王家から頻繁に降嫁があるから、血が近くなりすぎないように、何代かは空ける規則もある。
「ニース卿、今後のことですが」
「はい」
「あの場で祝福を戴いてしまった以上、恐らくは婚約となるかと」
がたんごとん、揺れる馬車に耐えながら話を切り出せば、存外冷静な頷きが返ってきた。顔色はすごく悪いけど、きちんと状況は理解してるみたい。
家についたら、消化の良い食事を用意してもらおう。洋服なんかは一旦サイズ直しして、肉つけてからのオーダーメイドよね。
うんうん、なんて一人納得していたら「途中で降ろしていただければ、一人で帰れますので」なんて言ってくるから、「降ろしませんわ」と食い気味に返してしまった。
だってどう考えてもネグレクト系じゃん。由緒ある伯爵家の令息がこんなになってるなんて、しかもそれで公の場に出てるのに誰も何も言わないってなんかおかしいじゃん。
「とにかく、あなたさまが今することは、美味しく食事して、よく眠ることですわ」
ビシッと行儀悪く指を突きつけて宣言すれば、その勢いに呑まれたのか、小さく頷いてくれた。




