49.さらばフレア!
ブラッシー家の門をくぐり、鉄格子つきの馬車が屋敷の前に停まる。
今日はフレアが追放される日だ。
フレアとエリックは旅支度を終えて、リーガル王国での最後のひとときを過ごしていた。
「パパ、本当についてくるの? 宰相の仕事はどうするの」
「心配はいらないよフレア。 ひと月ほど休みを頂いた、その間、私が抜けたくらいで問題になるような組織作りはしていないよ」
エリックは娘の追放先までついていくと決めていた。
引っ越し先は、アンドレ山脈の麓の比較的安全な村に屋敷を手配した。
だが、結婚前の年頃の娘となれば、たとえ親バカと言われるエリックでなくとも心配してもしきれないというものだ。
ずっと一緒にはいられないが、娘の住むところくらいは、自らの目で確かめなければ政務にも身が入らないというものだ。
「こんなことに巻き込んで……ごめんなさいパパ」
しおらしく謝るフレアの姿は、王族相手に暴虐の限りを尽くした鮮血の魔女とは思えない。
「気にしなくていい 可愛い娘とリゾートに出かけると思えば悪くない……」
屋敷の扉がノックされた。出発の時間
ドアを開けるとアトキンスが入って来た。
「私が、国境まで追放を見届けることになった。つきあわせて貰うぞ」
アトキンスは不機嫌そうな顔でそう言った。
だが彼が寂しいときこそぶっきらぼうになる事を、長年のつき合いで知っているエリックは、その心情を察していた。
三人で馬車に乗り込む。
犯罪者の追放ということで、警護の騎士が二名、乗馬して、随伴する。
馬車は門を抜けて街中をゆっくりと進んでいく。
「出ていけ魔女が!」
「負け犬はさっさと国から出ていけ!」
罵声が響き、時折、軽い衝撃とともにゴツゴツと音が響く。
馬車は投石まで受けていた。馬車の鉄格子がついていたのは幸いだった。
「私も乗っているのだがなぁ……」
アトキンスは愚痴る。
普段は罪人の護送をわざわざ周知しない。ましてや、いついつ追放されますなどと報道させるからこんなことになるのだ。
追放されるときですら、ヒールとしてアピールしなくては気がすまないフレア。
アトキンスは、げんなりしながらもこんな思いをするのも最後かと思うと、なおさら、寂しさを感じた。
そんなアトキンスの感傷を気づかず、フレアは車窓からリーガル王国の街並みを目に焼き付けていた。
馬車は郊外に差し掛かり速度を速める。
街並みが途切れて田園風景に切り換わる。
幼い頃から見慣れた光景が消えていくにつれ、フレアにも寂しさがこみ上げてきた。
突然、馬車が後から強い力で引っ張られた。車輪が一瞬浮いたかと思うと急停車した。
シートベルトのような上等なものは付いていない、進行方向を向いていたフレアの身体は宙に浮き、対面に座っていたエリックに突っ込んだ。
「何があった!」
アトキンスの反応は素早いかった。
すぐに体勢を整えると御者に確認する。
「分かりません、何かとてつもなく強い力で後から引っ張られています。」
外から喧騒が聞こえてくる。
(まさか襲撃か?)
アトキンスは周囲の気配を窺いながら、馬車の扉を開けると、辺りを見回した。
郊外にも関わらず、沿道にはフレアの追放を見物に来たらしき数名の観衆が居た。
どうみても襲撃という感じではない。
ただ、馬車の後部を指差しながら何やら騒いでいる。
訝しげにアトキンスが馬車の背後に回ると、信じられない光景を目にした。
一人の少女が馬車の車体を掴んでいる。
観衆の声が聴こえてくる。
「奇跡だ! 信じられない!」
「あれは噂の聖女様じゃないか! ニュースで見たことがある!」
「まさか、二頭立ての馬車を一人で停めるなんて!」
(聖女が起こす奇跡とは……?)
呆然としてしまったアトキンスに気づいた少女――カリーナが、馬車を掴んだまま話しかけてきた。
「邪魔をしてごめんなさい! でも私、どうしてもフレアに謝りたくて!」
アトキンスは、人差し指を口の前に立てて、黙るように指示すると招き寄せた。
聖女が魔女に謝るというのは体裁が悪い。
アトキンスはカリーナを伴い、馬車の横まで移動すると扉をノックする。
「カリーナでしよう? 入って頂いて」
走っている馬車を止めるという、常識外の怪力に全てを察した、フレアはそう答えた。
「いらっしゃいカリーナ この国を出る前に会えて嬉しいわ」
フレアは笑みを浮かべてカリーナを招き入れた。
そう言いながら以前のようにカリーナを前にしても、もう憎悪に包まれないことに安堵した。
「フレア、ごめんなさい。私、何も知らなくて! あなたの事、悪い人だと思ってた!」
「気にしないで、わたくしは、やりたいことをやっていただけ。それにあなたにとっては、悪い人だったでしょう?」
「私、あなたが何をしてきたか教えて貰ったの、孤児院を人知れず支援していたこととかも! それなのに手加減もせず、あなたに大怪我をさせてしまった!」
「勘違いするほど真剣に観てくれていたのね、わたくしが怪我をしたのは、鍛錬が足りなかっただけのことよ、気に病む必要はないわ」
涙ながらに謝るカリーナを慰めるように、フレアは笑みを返す。
「フレアは、私を憎んではいないの?」
カリーナには学園、リングの上、どこまでフレアがどこまで演技をしていたのか分からない。
今、浮かべている笑みだって無理をしているのではと、疑ってしまう。
「憎んでいたわ……でも今はあなたみたいな女の子が居てくれたことが嬉しい。あなたの、男性にすら引けを取らない力。わたくしは、憧れているの!」
カリーナは自分の怪力を指摘されて少し頬を染めた。
「わたくしの追放先は、アンドレ山脈の麓。そこで鍛え直してあなたに追いついて見せる!」
「その時は、わたくしと闘っていただけるかしら?」
フレアはニコリと笑うとカリーナに手を差し出すーー。
「ご、ごめんなさい! 私、戦いとか苦手で、それに悪くない人と戦ったり出来ません!」
カリーナは、フレアの差し出した手を取らず、頭を深々と下げて謝罪した。
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「……そ、そうよね 人には向き不向きがあるものね」
ショックを受けながらも、フレアはどうにか言葉を絞り出した。
視界の隅で、アトキンスとエリックが笑いを堪えていた。
「ねぇ、カリーナは、プロレスが嫌いになった? もう殿下のことは応援しない?」
気を取り直してフレアは尋ねる。
「そうですね、話を聞かされたときは騙されたと思いもしました。でもそれ以上に悪い人がいなくて良かったって思ったんです。これからも殿下の応援は続けます!」
「そう、良かった。 さよならカリーナ、またいつか会えるといいわね」
フレアは笑顔を取り戻すと、カリーナに別れを告げた。
カリーナと別れた後、馬車の中でフレアは頭を抱えていた。
「目標……無くなっちゃったな。本当にこのまま追放されるのか?」
アトキンスが口を開いた。
「……今さら、取りやめには出来んぞ」
エリックが、口を挟む。
エリックにかかれば、実のところ、それほど難しくはないのだが……すでに長期休暇も取った。
愛娘とのリゾート旅行を中止にしたくはなかった。
何より一度は、婚約破棄をしたチャールズが、フレアに本気になってしまった。
婚約破棄に関しては、フレアの行動に問題があったのは認めている。
だが、再度婚姻などという事は、父親の心情的としてたやすく認める気にはなれなかった。
「分かってるわよ!」
エリックの企みは気づかず、フレアは頭を抱えながら答えた。
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馬車が国境を越える。
そこまで見送るとアトキンスは別れた。
フレアを乗せた馬車は、帝国領のアンドレ山脈に消えた。
さらばフレア!
ーーフレア・ブラッシーは二度とリーガル王国に戻ることは無かった。
ここまでおつき合い頂きありがとうございます。
第一部、次回のエピローグにて終了です。
その時点でタイトルを『悪役令嬢 スーパースター列伝』に変更します。




