48.お兄様
フレアとエリックの親子だけの話し合いが終わり、チャールズたちが病室へ招き入れられたのは、それから十分後のことだった。
車椅子に座ったままでは手狭になるせいか、フレアは病室のベッドに腰かけており、エリックはその傍らに立っていた。
「お待たせしました殿下、フレアとも話し合いをした上で、今後の方針を決めました」
「フレアを隣国カレル・クラウザー帝国に追放しようと思います」
カレル・クラウザー帝国ーー10数年前までリーガル王国が戦っていた国だ。
ロシモフやアトキンスだけでなく、リーガル王国の現国王までもが前線に立ち戦った因縁の国である。
現在は休戦中とはいえ、友好的とは言い難い国である。
リーガル王国と比べて領土は広いものの、アンドレ山脈を始めとした山々が多く、厳しい自然に晒されている。
また戦後復興も遅れており、国民の暮らしも決して豊かではないと聞く。
「なっ! 何故そうなる! フレアが何をしたと言うんだ!」
「殿下、病室です。声を抑えてください、これはフレアが望んだことなのです」
思わず声をあげたチャールズをエリックが窘める。
「私は……カリーナが私を見る目が嫌いでした。何故かは、自分でも分かりませんでしたが、その目を背けさせるために、私は学園で彼女への嫌がらせを続けてしまった」
「今にして思えば彼女の純粋で、どこか余裕を感じさせる瞳に映る、自分の醜さに耐えられなかったのだと理解しています」
「学園からの追放を君は受け入れた、それで十分じゃないか!」
「私の罪は、昨日、彼女がリングに上がって来た時、神聖なリングの上で、彼女を痛めつけようとしたことです」
「それは……しかし!」
「ええ、結果は彼女の山で鍛えられた力の前に相手にならず、逆に痛めつけられてしまいました」
(山で育っただけであんな風には成らないじゃねぇかな……)
ロシモフはそうは思ったが空気を読んで黙っていた。
「その時、気づいたのです。彼女の瞳の奥にあったものの正体が! 彼女の瞳の奥から感じられたのは余裕。 本気を出せばわたくしごとき、ひと捻り出来るという余裕だと」
(違うと思うけどな…)
エリックは、フレアが勘違いしていると思ったが敢えて黙っていた。
「わたくしは悔しい……だから追放の屈辱をあえて受け入れたのです。そして、カレル・クラウザー帝国のアンドレ山脈で、彼女に好敵手として認めて貰えるように山籠もりをします!」
「ちょっと待ってくれ! 俺たちはどうなるんだ?」
ロシモフが口を挟む。
「あなたには迷惑をおかけしますが、侯爵家として変わらずバックアップはさせて頂きます。これからは『ロシモフと森のゆかいな仲間たち』でお願いしますね」
「……復帰は無理そうなのか?」
フレアのリングにかける執念を知っているロシモフはフレアの怪我の心配をする。
「骨がくつかないとね……。療養を兼ねて追放されてきますわ」
心配させまいと笑うフレア。
「フレア、行かないで欲しい! 私は君が…」
「私、最初の相手が殿下で幸せでした。だからこうして罪を認めて追放を受け入れることができたのかもしれません」
「殿下と戦う前のわたくしは、血筋とお父様の功績で殿下の婚約者に選んで頂いたのに、それが自分が成したことと、勘違いをしていました」
エリックは、娘の様子を見守る。二人きりで話を聞いた際にフレアの前世の意識が元のフレアの意識と融合しつつあると気づいた。
最初は厄介な悪霊にでも憑かれたかと思った。しかし彼女は前世の知識と記憶を思い出したことで客観的に自分自身を見つめる事が出来るようになった。
侯爵令嬢という狭い世界しか知らなかった娘の視野を広げ、思いやりのある人間へと変えてくれたことは、エリックにとっても予想外だった。
彼女は、エリックの前で言った言葉を、今度はチャールズの前で言う。
「わたくしは、侯爵令嬢の地位からも国からも愛する人からも離れて自分自身を見直します」
「自分探しの旅ってやつか、俺も除隊後やってみたが、あまり意味が無かったぞ」
ロシモフが苦笑する。
「君はまだ怪我も治っていないじゃないか! 君が心配なんだ行かないで欲しい!」
「どうして? わたくしは殿下にも酷い事をたくさんしたのよ?」
「わたくし、殿下の顔にワインを吹きつけたのよ!」
「覚えてる! あれは目に染みた!」
「その後はフォークで額をザクザクしたのよ」
「私の身体を気遣って、柄の方でしてくれた!」
「変装して殿下を背後から襲撃だってしたわ!」
「初めて一緒にした仕込みだ、マリガンなんか本気で怒っていた、楽しかった」
「顔だって踏みつけたし、何度もリンチをしたわ!」
「アレはキツかった…でも君が私に酷い事をする度に私は国民に愛された…」
「君と戦うのは楽しかった! 私には君が必要なんだ!」
かつてはフレアを嫌い、追放と婚約破棄まで宣言した負い目から言えなかった事を、遂にチャールズは言った。
「嬉しい! わたくしも同じ気持ちです! 殿下と戦うのは楽しかった! 戦っているうちにとても他人とは思えなくなってしまったのです!」
フレアの返答にチャールズは思わず息を呑み、次の言葉を待った。
「殿下に一つお願いがありますーー。」
「殿下の事を、アニキ……いえお兄様と呼ばせて下さい!」
「お、お兄…様?」
チャールズはそう呟くと力が抜けたようにへたり込んだ。
アトキンスとロシモフが気の毒そうにチャールズを見る。
エリックは無表情だが、心の中でガッツポーズをしていた。
呆然としたまま反論する気力を失ったチャールズをよそに、フレアの追放は正式に決定した。




