46.フレアの醜態
フレアは、朦朧とした意識のまま天井をみつめていた。
夢半ばで全てを失った前世のあのときと同じように。
(どうして……こうなった)
「対抗戦エクストララウンド! ”鮮血の魔女”フレア・ブラッシーVS”謎の少女”カリーナ・サンマルチノ。アトキンス将軍、この一戦どう見ますか?」
「どう見るも何も勝負になりませんよ! 見てください完全に素人の動きです。本人の強い希望とはいえ、止めるべきでした」
アトキンスはそう言いながらもカリーナのセコンドに座ったチャールズ辺りが途中で割って入るのだろうと考えていた。
リング上ではフレアがカリーナを誘うように手を突き出し、力比べを促した。
(力の差をみせつけてあげれば、怪我をしないうちに大人しく叩き出せるでしょう)
手四つでフレアとカリーナが組む。
思ったよりも手ごたえがあると感じた時には遅かった。
フレアの手が重機にでも挟まれたかのようにメキメキと音を立てる。
咄嗟に手を離したが、指と掌の骨が何本も折れていた。
(何これ……?)
痛い目を見ても何が起こったか理解できない。
逃げたフレアを追うようにカリーナが、ショルダータックルを仕掛ける。
フレアが間一髪逃れるとカリーナは勢い余ってコーナーマットに飛び込んだ。
マットが車にでも跳ねられたかのような音を立てて、リング全体が大きく震えた。
ことここに至ってフレアは気づいた。
目の前にいる少女が規格外の怪力の持ち主だということに。
カリーナが両手をぶんぶん回しながら走ってくる。
古い漫画でしか見ないようなブンブンパンチだった。
フレアは、突進を止めるべくノーガードの顔面に掌底を放った。
クリーンヒット!
しかしカリーナは、止まらない。
フレアは、咄嗟にガードするもガードの上から伝わる衝撃で釘付けになる。
圧されてロープを背にガードを続けるフレアの身体が、波にさらわれる小舟のように揺れる。
(この娘は、ゲームのヒロイン。 チートじみた能力をパラメータで振れるはずだけど…この娘、腕力に全振りしてる? そういえばカリーナの家の仕事は木こり。これはパラメータを腕力に全振りするとそうなる設定だった筈)
チートなのか、生まれつきなのか、育った環境なのか、その全てなのかよく分からない怪力にフレアはガードするだけで手いっぱいだった。
「あれ……もしかしたら俺よりパワーがあるんじゃないか?」
控室で試合を観戦していたロシモフが呟く。
いざとなったら割って入ろうと思っていたチャールズも口を開けて見ていた。
「こ、これはどういうことですか? アトキンス将軍?」
フレアの一方的なリンチになるかと思っていたアナウンサーは、思わず隣の席のアトキンスに問う。
「サンマルチノ? まさか、熊殺しのサンマルチノ、あの与太話まさか本当だったのか?」
「なんですそれは?」
「この国のライリー山脈にある山奥の村、男たちが出稼ぎに行っている間にとある村を大きな熊が襲った。しかしその熊は当時12歳のサンマルチノという家の少女に素手で絞め殺された。そんなうわさ話が
以前、流れたことがある」
「熊を素手で? いくらなんでもそれは……」
アナウンサーが流石に否定する。
「いくらかの誇張はあるだろう、だが後にありえないほどの武の才能を持った少女が極秘でリーガル王立学園に平民ながらも特待生として迎えられたと聞いたことがある」
アトキンスの言葉を肯定するかのように、ガードの上からでは埒が明かないとみたカリーナは、フレアの身体を抱え込み締め上げ始めた。ーーベアハッグ!
メキッメキッとフレアは、自分の肋骨が嫌な音を立てるのを聞きながら。
かつてNBAジュニアヘビー級の名選手ダニー・ホッジが余興でレスリングベアと戦い、ベアハッグで負けた話を思い出していた。
チョップなどで反撃するがカリーナにはまるで効いていない。
フレアは、タップしようと思ったが、一瞬、素人相手に……というプライドが邪魔をした。
その一瞬が命取りだった。白目を剥き、手足がだらりと垂らして気絶寸前まで追い込まれるフレア。
レフリーがストップをかけようした直前。
カリーナはフレアから手を離した。
力なくフレアがマットに崩れ落ちる。
レフリーがダウンカウントを始めるがカリーナはそれを制して再びフレアを捕まえた。
「こんな悪い人は、もっと懲らしめてあげないといけない……」
じたばたともがくフレアの足を捕まえると力任せに振り回し始めた。ーージャイアントスイング。
(ジャイアントスイングってセットアップや、かけられる側の協力無しで出来るものだったのね……)
やられ放題のフレアは内心呆れながら嘆いた。
二回転、三回転、四回転、回転を繰り返すたびにフレアの身体は加速していく。
(……そして放物線を描いて飛んでいくものとも知らなかったわ)
カリーナの手から放たれたフレアは、空中に弧を描きながらコーナーマットに頭から叩きつけられた。
両腕で頭をガードしていたがどれだけ効果があったか……。
足元がおぼつかないながらも、どうにか立ち上がろうとしたフレア。
だが膝に力が入らない。指と掌の骨、それと肋骨も何本か折れているだろうか、呼吸をする度に酷く痛む。
首と腰も痛めてしまったようで、もはや立ち上がることは出来そうにない。
それでもフレアは、自分に悪役として出来ることをする。
近づいてくるカリーナの前に両手を差し出し掌を相手に向けた。
「No! No! No!」
尻もちをつき両手を振り、降参のポーズを取る。
そんな態度に騙されないと、カリーナが踏み込む。
すると、今度は、腰を押さえて痛みを訴える。
人の良いカリーナは、少し躊躇した。
「騙されるな! そいつは魔女だ!」
観客席から応援の声に背を押されて再びカリーナが仕掛けようとする。
フレアは、今度は両手を合わせて許しを乞う。
それでも駄目とみたら土下座すらしてみせた。
「もういいやめろ!」
解説席のアトキンスが声を上げた。
それを聞いた多くの観客は、フレアの見苦しい振る舞いをやめさせようとしていると勘違いした。
しかし、アトキンスの考えは違う。
フレアのダメージが深刻なことに気づき、レフリーにストップをかけるように叫んでいた。
だが立ち上がることすら叶わない筈のフレアがまだ何かを仕掛けようとしている以上、レフリーは止められない。
フレアは、痛む身体に鞭を打ち、土下座に戸惑うカリーナの足を取った。
(もう足を取ったところで何も出来ないじゃないか。今回の怪我だけじゃない、腰の怪我も治っていない筈……。何故そこまで頑張るんだ)
カリーナ側のセコンドで試合を見守っていたチャールズは、フレアの姿に涙が出そうだった。
満身創痍で立ち上がれもしないフレア。それでも少しでも試合を盛り上げるために、最後に出来ることをなし遂げようとする。
(フレア、何がそんなに君を動かすんだ……)
「やっぱり……反省している振りだったんですね」
カリーナは、掴まれた足を気にも留めず、空気の詰まった人形を持ち上げるかのようにフレアをリフトアップした。
丸太でも抱えるようにフレアの背中を肩に乗せた。
フレアの背骨がキリキリと悲鳴を上げる。ーーカナディアンバックブリーカー!
危険な状態と見て取ったレフリーが試合の終了を宣告して、カリーナにフレアを離すように指示した。
だが、既にフレアは、血の混じった泡を吐いて気を失っていた。
カリーナが手を離すと、どさりと力なくフレアがマットに滑り落ちた。
衝撃で目を覚ましたもののフレアは、そのまま倒れ伏していることしか出来なかった。
カリーナの失神KO勝ちが宣告される。
予想だにしない勝敗、試合経過に会場の空気は、戸惑ったままだった。
カリーナのセコンドに座っていたチャールズは、力なく倒れるフレアを心配そうに覗き込む。
気を取り戻したフレアの口が、小さく動き何かを呟いていた。
(せ……い…じょ?)
チャールズは頷くとリングに駆け上った。
「聖女様! 魔女フレアを倒してくださり、ありがとうございます!」
皆に聞こえるようにチャールズは言うと、カリーナを抱き上げた。
「圧倒的な力でフレアを破ったカリーナ・サンマルチノ! ここで殿下の口から衝撃的な事実が発表された! なんと彼女こそ伝説の聖女だったのか!?」
アナウンサーの叫びに呼応するかのように会場に聖女コールが拡がっていく。
チャールズが動き、会場が聖女コールに包まれたことに安堵したフレアは静かに天井を見上げた。
そのまま意識が遠のいていった。
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数日後……フレアの国外追放が発表された。




