45.運命
「フレア! あなただけは許せない! 私の命に代えてもあなただけは追放して見せる!」
チャールズのレプリカジャージを身に纏った少女、カリーナ・サンマルチノは、リングに上がるや宣言した。
リング上にいたダニーとケンドーは思わずチャールズに暴行する手と止めて、顔を見合わせた。
そして、自分たちが苦笑しているのに気づくと、顔を引き締め直した。
まだ純粋な観客が多いこの世界では、興奮した観客がリングに上がって来ようとすることは少なくない。
その為に観客席に向かって衛兵を置いており、これまでは未然に防いでいた。
とはいえ人間のやること、全てを防ぐことは難しい。だが、まさか初めてリングまで上がって来たのがこんな可愛らしいお嬢さんとは思わなかった。
ダニーとマリガンが、いやリンチを受けていたチャールズまでもがフレアの出方を伺っていた。
フレアならばこの突然の乱入者にも無難に対応してくれるだろう、と……。
だが当のフレアは自分でも理解出来ない感情に襲われていた。
(嫌い!……憎い!……嫌い!……憎い!ーーカリーナ……許さない!!)
何故、こんなに憎悪を囚われるのか分からなかった。
(リングに土足で上がられたから? 興奮した観客がリングにあがることは、ヒールの役割が上手く行き過ぎた証であり、ある意味歓迎することの筈……。じゃあどうして?)
論理的に考えて必死に心を落ち着かせようとするが、それは無意味だった。
ーーただカリーナが憎かった。
前世の記憶が目覚めたことでカリーナの憎しみが消えたと思っていた。
だが、記憶が目覚める前のフレアは、確かにカリーナを憎んでいた。
きっかけは思い出せないくらい些細な事だった。
恐らくは挨拶の仕方が気に入らない――そんな程度の理由だった。
そして嫌がらせをした。品のない挨拶だと聞こえるように笑ったことが最初だっただろうか?
カリーナは、そんなフレアの目を真っすぐと見つめ返してきた。
その瞳は、語っていた。
フレアのすることをつまらない。
フレアのすることを大したことではない。
フレアのすることでは決して折れない、と。
フレアは、その目が嫌いだった。見るたびに、つまらない嫌がらせを繰り返した。
今、思い返しても理不尽な行動だったと理解してる。
それでもフレアは、止まれなかった。
「誰よ……貴方? でも面白いわ! チャールズのところの枠が一つ空いたことだし、わたくし直々に相手をしてあげるわ」
自分の口から出た言葉が信じられなかった。
思わぬ展開にダニーやケンドーだけでなくチャールズまでも呆然としている。
どう見ても場に不釣り合いな少女だ。
まともな試合になる筈もない。
「わ、私はカリーナ・サンマルチノ! ほ、本当なの!」
カリーナは、感情のまま飛び込んでしまったが、まともに相手をして貰えるとは思わっておらず聞き返してしまった・
「ええ、本当よ。 ダニー、ケンドー! その負け犬王子をリングから叩き落して控室に戻っていなさい」
二人は、役割上、フレアの言う事は絶対である。
チャールズをリングから叩き落す。
(本当に大丈夫なのか? あんた少し様子が変だぜ)
ダニーはリングから降りる前にフレアに耳打ちした。
「大丈夫よ……問題ないわ」
そう言い返したフレアの表情は悪魔のように笑っていた。
ダニーには、それがいつもの演技なのか分からなかった。
「カリーナと言ったかしら? 知らないわね……もしわたくしが負けたら追放だってなんだって受け入れてあげるわ」
(大丈夫……。リングに土足で上がった無礼者をちょっと痛めつけてやるだけーー)
「突然の乱入者! 突然のシングルマッチ要求! 彼女はいったい何者なのか?」
そう叫ぶアナウンサーの横で、何も聞いていないアトキンスは困惑していた。
「どうみても一般女性なのですが、アトキンス将軍は彼女をご存じですか?」
「いえ、生憎と。何も知りません」
(フレア、何を考えている)
アトキンスは、フレアを信頼し過ぎてしまっていた。
それ故に、『何か考えがあるのだろう』と判断し、試合の成立を認めてしまうというミスを犯してしまった。
不穏な空気が漂う中、試合開始のゴングが鳴った。




