36.フレアと森のゆかいな仲間たち
(私が、まさかフレアに目を奪われるなんて……しかも,、チャールズ様への応援を忘れて!)
ほんのひとときとはいえ、カリーナはチャールズファンの風上にもおけない自分の失態を恥じた。
だがフレアに目を奪われていたのはカリーナだけでは無かった。斜め前に座っている男などは、フレアの入場時には口汚いヤジを飛ばしていたはずだ。
それが今では、フレアが次に何をするのか固唾を飲んで見守っている。
カリーナが気を取り直してチャールズへの声援を再開すると、会場のあちこちからも応援の声が上がり始めた。
その声援に後押しされるように、今度はチャールズが仕掛ける。
素早くフレアの手を取ると立ったままで、腕関節を取った。
フレアは自ら身体を回転させて切り返し、逆にチャールズの腕関節を固める。だが、チャールズも同様に回転して技から抜け出した。
テクニカルな動きに対応したチャールズに観客が拍手を行う。
フレアがカンフースタイルのミドルサイドキックを放つ。
わき腹を狙ったそれをチャールズは抱えるように受け止める。
足を取られたままのフレアは、身体を反転させて蹴りを放つ。
(……フレアの動きに合わせるように、殿下の動きが良くなっているのか?)
解説席のアトキンスから見ても、チャールズは、フレアの動きに合わせるかのように動きにキレが出来てきたことが分かった。
チャールズが高速ブレンバスターをお見舞いすれば、フレアがフライングボディプレスでお返しをする。
その後は一進一退の攻防が行われたが、フレアのペースで試合が進んでいる事もあり、少しずつフレア優勢に傾いていった。
ついにチャールズがたまらずリング下に逃げた。
フレアは猛スピードで反対側のロープへ走り、反動を利用してさらに加速する。
側転しながらロープを飛び越えると、リング下のチャールズへ一直線に飛び込んだ――スペース・フライング・タイガー・ドロップ!
手足を伸ばし舞うように飛ぶフレア。
命知らずの大技は、ヒールであるフレアの技にも関わらず、場内は感嘆の声に包まれた。
スピードの乗ったフレアの身体がチャールズを跳ね飛ばす。
だが、その勢いはほとんど殺されず、フレア自身も鉄製フェンスへ激突してしまった。
腰を強打したフレアが苦悶の表情を浮かべる。
腰をフェンスに強く打ちつけたフレアが、苦悶の表情で呻く。
「アクシデントのようです! フレア、立ち上がれません!」
リングアナウンサーが言うように、チャールズはいち早く立ち上がったものの、フレアは腰を抑えたまま立ち上がれない。
だが、立ち上がったチャールズは、自身の不甲斐なさに忸怩たる思いに包まれていた。
(彼女は俺を信じて飛んだのーーまた俺は受けられなかった!)
苦悶に呻き、立ち上がることも出来ない彼女を抱きしめて介抱したくなる。
だが、彼女がそれを喜ばないことは知っている。
一瞬の逡巡の後、チャールズは心を鬼にしてフレアの髪を掴み、無理やりリングに押し上げた。
フレアを無理やりコーナーポストに座らせるとブレンバスターの体制に入るーー雪崩式ブレンバスター!
痛めた腰を狙い撃つあまりにも残酷な大技に、会場が静まり返る。
チャールズがフレアの両肩をマットに押し当てる。
レフリーがカウントを始める。
不思議なことに歓声だけでなく、少なくない数の悲鳴が上がった。
観客の中にヒールのフレアを応援するものが現れていた。
このままカウントが取られれば、フレア良くて追放、悪ければ処刑である。悲鳴が上がるのも無理はない。
カウント二・九!
フレアが肩を上げて凌ぐ。
だが、それだけで力を使い果たしたのか、起き上がれる気配はない。
チャールズはトドメとばかりにコーナーポストの上に登る。
「ジャスティス・ドロップ!」
自分でも少しダサいとは思っている技名を叫ぶ。
その方が観客受けが良いと言われて、考えたオリジナルネームだ。
チャールズは、必殺技を勝負を決める一撃として繰り出した。
ジャスティス・ドロップ――ダイビングヘッドバットが無抵抗のフレアの頭部に炸裂する。
チャールズがピンフォールに入った。
(決まったわーーいざフレアがいなくなってしまうと思うと、不思議と淋しい気持ちも湧いてくるものね)
客席のカリーナは何とも言えない気持ちでリングを見守った。
だがその時だった。
リング下を覆うシートが不自然に盛り上がったかと思うと、中から怪しい風体の男たちが飛び出してきた。
男たちは一斉にリングへ上がると、フレアの上に覆いかぶさっていたチャールズを無理やり引き剥がした。
バーテンダー姿の男がチャールズを羽交い締めにすると、南方の民族衣装をまとった男と踊り子のような衣装の女が、二人がかりで暴行を加え始めた。
マリガンがすぐさまリングへ駆け上がり、男たちを蹴散らす。
一瞬は形勢を立て直したかに見えた。
だが、控室から駆けつけたロシモフも参戦し、リング上は大混乱に陥る。
四対二では勝負にならない。
リングの上でチャールズとマリガンへのリンチが始まった。
二人がかりで押さえ込まれたマリガンの顔面に、ロシモフの巨大なブーツがめり込む。
助けようとしたチャールズも背後から捕らえられ、ロシモフのブーツにキスをさせられた。
ツープラトン・ブレンバスター。
サンドイッチ・ラリアット。
ツープラトン・パイルドライバー。
散々に痛めつけたチャールズとマリガンを、四人はリング中央に折り重なるように積み上げた。
そして、回復したフレアを恭しく迎え入れる。
バーテンダー姿の男がマントを取り出し、フレアの肩へ羽織らせた。
フレアは倒れた二人の上に足を乗せると、サディスティックな笑みを浮かべた。
「わたくしたち五名! 極悪同盟『フレアの森のゆかいな仲間たち』! ただ今をもってリーガル王国に宣戦布告いたしますわ!」
わざとらしくマントを翻しながらフレアが高らかに宣言する。
「もっとも、わたくしは平和主義者ですから、国民を巻き込んだ争いなど望みませんわ」
当然ながら観客席から大ブーイングが飛ぶ。
この国の王子を踏みつけながら平和主義者を名乗る姿に、誰もが呆れ果てていた。
「ですから次に戦う時までに、そちらも五名そろえておきなさい。今度は団体戦でお相手して差し上げますわ!」
舐め切った態度に観客の怒りはさらに燃え上がる。
おまけに『フレアの森のゆかいな仲間たち』というふざけた組織名まで加わり、場内は怒号に包まれた。
「もっとも――」
フレアは足元のチャールズたちを見下ろしながら口元を薄笑いを浮かべた。
「愚かにも、このお二人のような無様な姿を晒したいという奇特な方がいらっしゃれば――ですけれど」
わざとらしくウィンクするフレア。
その仕草に、怒りのボルテージは頂点へ達した。
悠々と引き上げていくフレアたち。
その背後で、ボロボロにやられたチャールズとマリガンがようやく立ち上がる。
観客席は怒号に包まれ、会場は異様なまでの熱気を帯びていた。
そして、ここにも一人。
(許せない……ちゃんと戦うこともできるのに卑怯なことばかりして!
許せない……倒れた殿下を足蹴にするなんて!
許せない……この国の平和を乱そうとするなんて!
フレア・ブラッシー――貴方だけは絶対に赦さない!)
砕けそうなほど強く握り締められたチャールズ応援団扇が、ピシッと音を立てた。
ゲームのヒロイン、カリーナ。
彼女の心の奥から、何かが目覚めようとしていた。




