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31.裏切り

マリガンは憂鬱だった。

できれば学園など休んでしまいたかったが、騎士を目指すものが理由もなく休むだけにはいかないと思い直し学園に向かった。


重い足取りで学園へ向かうマリガンの背後から、駆け寄ってくる軽い足音が聞こえてくる。

「マリガン様、朝からこうしてお会いできるなんて光栄です!」


「おはようカリーナ、ご機嫌だな」

 以前なら恥ずかしがり屋のカリーナが向こうから話しかけてくることなどなかった。

 喜ぶべき事態なのだが、マリガンの心はさらに不安に苛まれる。


「お身体の方はもう大丈夫なんですか? 今度の試合頑張ってくださいね、応援しています」

 相変わらず試合演出を信じているピュアな彼女を前にすると、自分が汚れてしまったような気分になる。


「フレアなんてこーんな感じでやっつけちゃってください!」

 そう言いながらシャドウボクシングをするカリーナ。

 マリガンを見ながら振るった拳が街路樹に当たった。


「痛ーい!」

 まともに暴力など振るったことも無いのだろう。軽く拳を痛めたのカリーナが手を抑えて涙ぐむ。


「キャーッ マリガン様よ!」

「素敵ー!」

 あっという間に女子生徒に囲まれてしまった。リング上のチャールズを助けて以来、こんな調子である。男として嬉しくないわけではないが……


(今度の試合のあとに彼女たちも…)

 怖い想像を打ち消すかのようにマリガンは頭を振った。


ギッ……ギギーッ!


 突如、街路樹がポッキリと折れた。

 驚いた女子生徒たちが逃げていったので、マリガンは少し歩きやすくなる。


(幹の中が腐っていたのか?)

 人の方へ倒れなかったので怪我人が出なかったのは幸いだと思いながら、マリガンは教室へ向かった。

初のタッグマッチ。会場もこれまでのように学園内へ仮設するのではなく、新たに建てられたホールで開催されることになった。


 最大一万人を収容できる王国初の多目的ホールである。プロレスだけでなく、様々なスポーツやコンサートがこのホールで開催されることが決まっている。


プロレスブームで採算の目途が立ち、急ピッチで建設されたホールは、これから王国を文化的にも豊かにしていくだろう。

(計画を主導したエリックが、心の中で「フレアホール」と名付けていたのは秘密だ)


「全国のプロレスファンの皆様、こんにちは! アナウンサーのバシットです。本日の解説席には、伝説の名将アトキンス将軍に来ていただいています!」


「どうも、よろしくお願いします」


アトキンスは、レフリーの仕事を騎士団を辞めた信頼できる兵士たちに斡旋していた。

 平時の将軍とはいえ、いつまでもレフリーを続けられるほど暇ではない。


「会場は超満員! 熱気がここまで伝わってきます! アトキンス将軍、今日の試合をどう見ますか?」


「そうですね。殿下とマリガン、若い二人のチームワークが、伝説の戦士ギガンティック・ロシモフにどこまで通用するかです。何より鍵になるのはチームワークでしょう!」




 試合が始まった。

 圧倒的な力を誇示するロシモフに、チャールズとマリガンが息の合ったコンビネーションで対抗し、前回のような一方的な展開にはならなかった。


 かたやフレアは、出てきてはやられ、ロシモフに助けられるなど、この試合に限っては見せ場がない。


(相変わらずフレアは巧いな……自分に期待される役割を完璧にこなしている)

 会場のほぼ誰も気にしていないところに、チャールズは注目していた。


 

 試合は終盤に差し掛かっていた。

ロシモフがマリガンを必殺のネックハンギングツリーに捕らえた。

客席からは悲痛な悲鳴が上がる。


 カットに入ろうとしたチャールズを、リング下に叩き落とされていたはずのフレアが背後から椅子で急襲する。


 レフリーは試合権利を持つロシモフとマリガンに気を取られ、フレアの反則を止められない。

 レフリーは、マリガンが抵抗が出来なくなったのを確認すると、審判席に指示を出す。

 ゴングが打ち鳴らされて マリガンの失神KO負けが宣告された。


椅子を奪ってフレアに反撃をしていたチャールズだったが、背後からのロシモフの一撃に吹き飛ばされた。

レフリーはリング上で失神したマリガンを介抱していたが、再びリングに上がってきたフレア達にリング下に叩き落される。


 フレアは客席を見回すと邪悪な笑みを浮かべた。

 そしてマットに跪くとマリガンの頭を抱える。


「まずい! フレアは魔女の口づけを行うつもりです!」

「アトキンス将軍! 魔女の口づけとは何ですか?」

 実況席が騒然とし始める。


「負けたり、心の折れた選手がフレアの口づけを額に受けると、心をフレアに囚われてしまうのです!」

「そ、そんなことがあり得るのですか!?」


(あるわけないだろ)

 アトキンスは心の中で毒づいた。

 ただ自分が断言するとそれを受け入れてしまう状況を少し恐ろしく感じた。


 フレアがマリガンの額にキスをすると、マリガンが立ち上がり頭を抱えて苦しみ始める。

 リングに上がってきたチャールズが心配してマリガンに駆け寄るがーー。


 マリガンはチャールズにラリアットを見舞った。

 リング下に転がり落ちたチャールズをマリガンとロシモフが袋叩きにする。


「おーっほっほっ! おーっほっほっ!」

 リング上ではフレアが高笑いをあげる。


 フレアは、ロシモフとマリガンを引き連れ悠々と退場する。

ーー残されたのは、ぼろ布のようにされたチャールズ。


「信じられない光景! 何という悪夢! あのマリガンがチャールズを裏切ってしまった! こんな幕引きが許されて良いのか!」

 アナウンサーの悲痛な叫びが響いた。

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