30.神童
リーガル王立学園の音楽室からバイオリンの演奏が流れる。
夕日が差し込む音楽室の中には、バイオリンを演奏する少年とカリーナの二人だけだった。
平民出身のカリーナには、音楽を楽しむ機会は少なかった
だから音楽の良し悪しは分からない、だが彼女は、このバイオリンの優しい音色が好きだった。
演奏しているのは、ココ・ラッカス。音楽一家に生まれ、四歳の頃にはピアノを弾き、作曲まで行っていたという、音楽の神に愛された神童だ。
現在では何度も国際的なコンクールで優勝しており、彼が作曲した曲のいくつかは、すでに名曲として受け入れられていた。
芸術的なセンスは音楽だけに収まらず、その卓越したファッションセンスは、学生のうちでもファッションリーダーのような立ち位置にあった。
放課後の演奏会が開かれるようになったきっかけは、カリーナがココの落とした譜面を届けたという些細な事だった。
ココもまた自分の名声に左右されない、平民出身のカリーナをいう聞き手を好ましく思っていた。
そんなある日、ココの元に王族から一つの依頼が届いた。
プロレスなるものの入場曲の作成依頼だった。
プロレスを低俗なものと嫌うココにはあまり気乗りのしない内容だった。
しかし、音楽家にとってパトロンの存在は重要である。
気が乗らない依頼であれば貴族からの依頼ですら受けないココも、王族からの依頼は、断り切れなかった。
「カリーナはプロレスというものを知っているのかい?」
プロレスを知らなくてはどんな曲を作っていいか分からない。ココは、演奏を終えるとカリーナに尋ねた。
「ココ先輩もプロレスに興味がおありなのですか?」
カリーナが目をキラキラさせながら反応する、どうやらプロレスに執着しているという噂は本当だったらしい。
「いや、実は私は見たことが無くてね、あまり興味も無いのだが入場曲の依頼を受けたからどんなものか知っておこうかと…」
「それでしたら、こちらをご覧になってください! 殿下の勇姿が何度も拝見させて頂ける逸品です!」
カリーナは自分の鞄から一枚の記録メディアを取り出す。
普及してきたとはいえ魔法ビジョンは高価な魔道具だ。その再生機材やソフトはまだまだ普及しているとは言い難い。
「借りても良いのかい? それは高価なものの筈だ、かなりが無理をして手に入れたのでは?」
音楽家であるココの家にも再生環境はあるが、あれは恐ろしく高価だった。
(どれほど無理をすれば平民出身のカリーナが手に入れられるのか)
ココはそう考えながら尋ねた。
「ええ 少し無理をしておりますが…アルバイトに明け暮れるのも120回ローンも、殿下と共にあると思えば苦しいことなどありません」
ドン引きしながらココはカリーナから”布教用”と書かれた記録メディアを受け取った。
家に帰るとカリーナから借りたメディアを再生した。
今回の依頼に関しては、正直なところ気が乗らなかった。
軍隊向けの行進曲とかならまだしも、王族とはいえ、見世物の殴り合いの為の曲を作るのは馬鹿馬鹿しいとすら思っていた。
ココは、ハンマーで殴られたような衝撃を受けた!
「こ、これは、この音楽は何だ!?」
フレアの入場シーン、流れているのは騒音としか思えないような破壊的な音楽だった。
だがその旋律は斬新かつ情熱的だった。
ココの中にあった常識が破壊された瞬間だった。
それは、フレアが転生前の世界ではハードロックを呼ばれていた音楽だった。
貴族の嗜みとして音楽を習ってきたのが幸いしたのだろう、フレアは、転生前の世界で聞いた曲を思い出して耳コピが出来た。
ハードロックをこの世界で再現しえたのは、その奇跡の賜物だった。
そして、フレアは、その曲を自分の入場テーマに使っていた。
映像の中では、激しい音楽を背に煽情的なコスチュームを着たフレアが闇の中から現れる。
音楽だけではなくファッションへの造詣も深いココには、その演出、ファッションも衝撃的過ぎた。
。
あまりの衝撃にココは、頭に手を押し当てた。
そして次の瞬間、自らの顔に爪を立て、そのまま勢いよく引き下ろした。
血が顔を滴り落ちても意に介さず、狂ったように笑い出す。
「フハハハハハ 偉大なるフレア様! フレア様とともに私は、生まれ変わった! 捧げなくては!
フレア様にふさわしき音楽をこの私の手で!!」
。
入場テーマに使われていた曲は、確かに衝撃的だった。
だが演奏自体は稚拙で、学生の手習いの域を出ていない。
あれでは、新たな世界を切り開くフレア様にはふさわしくない。
血まみれの悪魔崇拝者となったココは、フレアに捧げるべき音楽の作成に取り掛かった。
画面では、縦ロールを振りかざしながらフレアがチャールズに椅子を振り降ろしていた。
しばらく学園を休んでいたココが、久しぶりに登校したと聞いたカリーナは放課後、音楽室に向かった。
(ココ先輩、殿下の為の入場テーマを作るために頑張ってくれていたのかな? 今日聞かせてくれたら嬉しいな)
そんなことを思いながら扉を開けたカリーナを迎えたのは、真っ黒な衣装に身を包み、髪をハリネズミのように立たせ、顔を真っ白に塗った上で隈取まで入れた見慣れない男だった。
「カリーナか、これは大変勉強になった。、ありがとう。」
渡された記録メディアは、確かにカリーナが貸したものだった。
聞こえた声は敬愛するココ先輩のもの。
だがカリーナの脳が受け付けない、目の前の人物がココだという事を。
「一番は君に聞いて欲しかったんだ、この曲を! 渾身の出来だと自負している」
ココは、見慣れない弦楽器を素手で弾き始めた。
けたたましい騒音が、呆然とするカリーナの耳を苛む。
そしてココは歌い始める。
鮮血の魔女フレアを称える歌を!!
「どうだった最高だったろう?」
呆然としたままのカリーナにどや顔でココが聞いてくる。
「なんで…なんでフレアの曲なんか作ってるんですか! いつもの先輩の曲は? このおどろおどろしい曲は何なんですか!」
半泣きになりながらカリーナが抗議する。
「……俺の見込み違いだったか、所詮あんな音痴の歌に喜んでいるメス豚には、真の音楽もフレア様の素晴らしさも理解出来まい! 帰れ!」
冷たい目でしっしと手を振るココ。
「キーッ! 誰がメス豚ですか! 音痴って誰の事ですか!まさか殿下のことじゃありませんよね!ありませんよね!」
「キーキーやかましいメス豚! フレア様に捧げる曲作りの邪魔だ、さっさと帰れ!」
「頼まれたって二度と来ませんよ! こんなところ!」
夕日差す教室の穏やかなバイオリンの音色は失われた。
カリーナは人知れずフレアへの憎悪を燃やすのだった。
ううっ、なんてひどい話なんだ 本当は読者に『素敵なお話だね』って評価を貰えるようなお話を書きたいのに……
鋭い方は気づいていると思いますがココはゲームの攻略対象その3です。




