28.堕ちた英雄
フレアの試合開始前の奇襲を追いかけるようにゴングが打ち鳴らされた。
「ゴング前の奇襲をものともせずマリガン選手振り返りフレアと対峙しました、殿下は、この勝負どう見られますか?」
リングアナウンサーがチャールズに尋ねる。
「そうですね、マリガンはこの試合が初試合ですが、学園一の剣の使い手です。学生ながら騎士団への出入りが許されて日々鍛錬を積んでいます。体力、腕力ともフレアとは比べ物にならないでしょう」
(流石、殿下、初めての解説なのになんてそつなくこなすのかしら)
リング上でチャールズの解説を聞きながらフレアは感心していた。
「ではこの勝負、マリガン選手の勝利だと?」
始まったばかりにも関わらず、やや勇み足のように思える質問をアナウンサーは続ける。
「いえ、そうとも言えません。あの魔女は狡猾で老獪です。マリガンの優勢は揺るがないとは思いますが、決して予断を許さない相手です。」
チャールズはアナウンサーの楽観を否定した。
リング中央でフレアはマリガンと組み合う。
チャールズの指摘通り、マリガンが身体を振るだけでフレアは左右へと振り回される。
マリガンがフレアをロープへ振る。戻ってきたところを左腕で一閃――ラリアットが炸裂した。
身体がぐるりと回転するほどの衝撃を受け、フレアはマットへ叩きつけられる。
フレアの首を刈り取った左腕を掲げて、マリガンは観客にアピールする!
たった一撃でマットに沈めたマリガンに観客は称賛を送る。
倒れたフレアをマリガンは許さず、もう一度ロープに振る。
「フレア様がやられちゃう!」
招待席のベスとコリンが目を覆う。
ロープに振られたフレアが自分で跳んだ。
小柄な身体ゆえの身軽さだった。そのままロープへ足をかけて踏み切り、身体をくるりと回転させる。
マリガンの胸元へ、ぴんと伸ばした両足を突き立てる――ドロップキック!
「う、美しい……」
解説席のチャールズが思わずつぶやいた。
フレアはよろけたマリガンへ、今度は自らロープへ飛び、連続でドロップキックを見舞う。
マリガンが膝をつくと、再びロープへ飛ぶ。今度はケンカキックを叩き込んだ。
だがマリガンは顔面で受け止め続ける。何度蹴られても立ち上がり、ついにはロープへ飛んだフレアをカウンターで蹴り飛ばした。
そのまま追撃に入ろうとしたマリガンが、急に足を止める。
セコンドの椅子に座っていた筈の大男が立ち上がり、のそのそとリングのエプロンまで登ってきていた。
レフリーのアトキンスがセコンド席に戻るように指示する。
観客席からブーイング響く。
マリガンが大男を警戒してセコンド席に戻るのを見守る。
その間にフレアは立ち上がっていた。
「殿下、あの大男は何者なんでしょうか、ご存じですか?」
アナウンサーがチャールズに聞いた。
「いえ、分かりません。ただあの男を見ていると何故か胸がざわめくのです。何か我々は大事な人のことを、忘れてはいけない男のことを忘れてしまっているのではと不安になるのです。」
試合は続く、腕力に勝るマリガン、敏捷性と技に勝るフレア、拮抗しているかにみえたバランスが徐々に崩れ始める。
体力、耐久力の違いは如実に表れだしていた。
既にフラフラのフレアをマリガンは逆釣りの状態で持ち上げる。
膝の間にフレアの頭を挟み込むと、そのまま膝をマットへ落とす――ツームストンパイルドライバー!
強烈な脳天杭打ちを食らったフレアは、痙攣したかと思うと、そのまま崩れ落ちた。
あまりに凄惨な光景に会場は静まり返る。招待席のベス達など既に泣き始めていた。
マリガンがフレアを押さえ込む。
アトキンスはカウントに入る。フレアは動けない。無情にもカウントが進んでいく。
その時、フレアのセコンドである仮面の大男が動いた。
巨体ゆえ、のろのろとした動きしかできないと思われていた大男は、目を見張るような速さで一気にリングへ飛び上がると、フレアに覆いかぶさっていたマリガンを踏みつけた。
アトキンスがカウントを止める。
邪魔をされたマリガンが掴みかかる。しかし大男が軽く薙ぎ払っただけで、マリガンは吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた先には、フレアの反則負けを告げようとしていたアトキンスがいた。
マリガンとアトキンスはコーナーポストまで弾き飛ばされる。アトキンスは打ち所が悪かったのか、目を覚まさない。
マリガンと大男が対峙する。
学園でも長身の部類に入るマリガンの頭が、胸元に届く程度しかない。大男というより、大巨人だった。
身体の厚みもまるで違う。まるで大人と子供のようだった。
マリガンは自らロープへ飛び、ラリアットを見舞う。だが、大巨人の胸元までしか届かない。
大巨人は、まるで蚊に刺されたかのように胸をさすった。
呆気に取られるマリガンの顎を掴む。
そのまま持ち上げ、後頭部から叩きつける――チョークスラム。
マリガンは、まるで子犬のように無残に叩きつけられた。
逃れようとするマリガンを捕まえると、今度はボディスラム。まるで建物の二階から叩き落とされたかのような衝撃音が響く。
先ほどまで腕力と体力でフレアを追い詰めていたマリガンが、今度は逆に蹂躙されていた。
ようやく起き上がったフレアは、もはや自分が手を出すまでもないと言わんばかりに、コーナーにもたれながら眺めている。
レフリーが気を失っているのをいいことに、大巨人はマリガンを逆エビ固めで甚振っていた。
マリガンの悲痛な悲鳴が響く。
観客は大巨人の脅威に顔を青ざめさせていた。
マリガンの腰が破壊される――そう思われた瞬間、素早くリングへ上がったチャールズが大巨人の顔を蹴りつけた。
仮面が飛ぶ。
「ギ……ギガンティック・ロシモフ?」
チャールズが信じられないという様子で呟く。
仮面の下から現れた顔は、かつて戦争で名を轟かせた伝説の戦士だった。
「なんということだ! フレアの連れてきた謎の巨人は、かつての戦争の英雄、伝説の戦士ギガンティック・ロシモフでした! 伝説の戦士が魔女の手に堕ちているとは! なんという悲劇! なんという悪夢だ!!」
チャールズがいなくなった解説席で、アナウンサーが絶叫する。
客席に動揺が広がる。
ただ、招待席ではベスだけが喜んでいた。
「ロシモフだよ、コリン! ロシモフがフレアを助けてくれた!」
仮面を取られたロシモフは怒り狂ったようにチャールズの顎を掴むと、マリガンの時と同じようにチョークスラムで叩きつけた。
逆エビ固めから逃れたマリガンとチャールズが二人がかりで立ち向かう。しかし、ギガンティック・ロシモフの勢いは止まらない。
二人の顎を片手ずつ持ち上げ、そのままネックハンギングツリーで締め上げる。
もしアトキンスが目を覚まし、乱入による両者失格を宣告して試合を止めなければ、二人は揃って絞首刑にされていたかもしれない。
チャールズとマリガンは肩を貸し合いながら退場していく。
衝撃的な光景に、観客席から歓声は消えていた。
リング上ではロシモフの肩に乗ったフレアが高笑いを続ける。
「おーっほっほっほっ! だらしないわね、リーガル王家の男たちは! 次はロシモフと私で、二人まとめて相手をしてあげるわ!」
そう言うと、フレアはロシモフの額にキスをした。
観客席からはフレアの破廉恥な行いに、ブーイングが上がっていた。




