22.シュート
フレアは動きやすい服装に着替えるとのことで、マリガンは先に道場とやらに向かった。
マリガンの服も用意すると言われたのだが、接客用のドレスを着ていたフレアとは違い、それなりに動ける服を着ていたので断った。
マリガンは、フレアに指示された道場とやらに入った。
中は、粗末な小屋の板の床の一部に厚手のマットを敷いただけ簡素なものだった。
ゆくゆくはリングを設置し、練習生も募集したいとフレアは考えている。だが、それはまだ彼女の頭の中だけの話だ。
(ここじゃあ塩とか凶器を隠してはいなさそうだな……まぁそんな隙は与えないけど)
負けた方が勝った方のいう事を聞くことになっている。
だが、マリガンは、万が一にも負けるとは思っていなかった。
リング上での動きは見るかぎりは、確かに身体は動くし、たまに鋭い動きも見せる。
だが、それも女子にしては、の話だ。
フレアの体重はマリガン半分程度だろうか、身長も低いのでリーチも短い。
学園一の剣の使い手にして、学生ながら騎士団に交じり技と身体を鍛えている自分とでは、勝負にならないだろう。
チャールズが面白がってつきあっているから、フレアは増長しているのだ。
「お待たせしたかしら?」
庭作業をする使用人が着るかのような作業着に着替えたフレアが入ってきた。
「おう、ここか」
マリガンはその背後から悪戯っぽい笑顔をしたアトキンス将軍が顔を出したのに驚いた。
「ど、どうしてここに?」
騎士を目指す人間に、伝説の名将は、憧れの存在だ。
マリガンは動揺しながら訪ねた。
「宰相殿と打ち合わせに来たのだが、面白いことをやっていると聞いてな。よしワシが審判をやってやろう」
そう言いながら二人を向かい合わせる。
騎士を目指す人間が将軍の前で侯爵令嬢を殴りつけ、打ち伏せるのは抵抗がある。
(身体能力で押させこめば良いか…)
マリガンはやりづらさを感じていた。
一方のフレアの顔も強張らせている。
対峙したことで体格差を実感し、怯えているようにも見えた。
「ファイト!」
アトキンスが二人を分けるかのよう間に入れていた手を抜き、手前で交差させる。
戦闘開始の合図だ。
マリガンは、やや遠い距離からジャブを放つとフレアは腰が引けたかのように後ろに下がった。
踏み込んで大ぶりのパンチを放つ、当てる気はない。
男の本気のパンチの勢いを見せて。まずは戦意を喪失させるつもりだった。
それでも怯まないようなら、次はガードの上から殴ればいい。
動きに合わせてフレアが動いた。
当てる気が無いパンチを見切っていたかのように一瞬でマリガンの腰元に組みついた。
油断をしたと思ったときには遅かった。
大ぶりのパンチで態勢を崩していたマリガンは、遥かに体重の軽いフレアに倒されていた。
フレアは引き倒したマリガンの服を伝って動く。
マリガンは先日のチャールズの腕を取った技‐‐‐腕ひしぎ十字固めを思い出し腕をガードした。
首は顎を引いていれば入れば締められることも無いだろう。
フレアは、服をつたい背後に回り、腕ではなく首に手をかける。斜めから差し込まれた腕は喉には入らなかったが首の横を抑えるように巻き付いた。
抵抗しようとした動きを無駄とばかりにフレアの足がマリガンの胴に絡みつく。
チョークスリーパー! 頸動脈を抑えられたマリガンは、意識が遠のいていく。
(なんだこの技術は…)
マリガンには未知の格闘技術だった。
武装して戦う騎士としての訓練では、徒手格闘に特化した技術など磨く必要がなかったのだから。
マリガンの意識が落ちる寸前、アトキンスがフレアの勝利を宣言したーー。
危うく失神から免れたもののマリガンはまさかの敗北に呆然としていた。
「まさか自力で勝つとは思わなかったぞ」
アトキンスは感心したようにフレアを称賛する。
「フレア、お前はまた危ないことをして!」
いつの間に駆けつけたのか、エリックがフレアに説教を始める。
いや、頭に手をかけて締め上げ始めたので折檻かもしれない。
「大丈夫か? そんなに落ち込むな、お前が弱いわけではない」
アトキンスは目の焦点が定まらないマリガンに慰めの言葉をかける。
「でも俺…負けた。しかも女に…」
マリガンは心ここにあらずという感じだ。
――パァン!
大きな音が響いた。
アトキンスがマリガンの頬を張っていた。
「お前が負けた理由は油断だ。まともに戦えば10回やってもフレア嬢は1回勝つことも難しかっただろう。だがそればかりではないフレアのお嬢ちゃんが使う技術は、長年戦場にいたワシにとっても未知の技術だ。」
「いったいどこであんな技術を身に着けたのやら」
基本的に武装をする軍の戦闘技術では、徒手格闘を磨く必要は薄い。
リングで使う派手な技も含めてどこに身に着けたのかーーミステリアスな魔女だとアトキンスは思うのだった。
アトキンスがマリガンをビンタした音に驚いたのか、エリックの手はフレアの頭から離れ、二人揃って、アトキンスたちに視線を向けていた。
「フレア嬢ちゃん! ワシのみるところこいつが油断していなければ、お前が負ける可能性は結構あったと思うんだがそのときはどうするつもりだったんだ?」
アトキンスはフレアに尋ねる。
「そのときは…私に魅了されてしまった救国の英雄アトキンス将軍がレフリーの職務を投げ捨て、将来有望な若者を叩きのめしてくれた筈ですわ!」
本気かどうか分からない顔でフレアは断言した。
「……絶対にやらんと言ったよな!!」
アトキンスはそう叫びながらも、将来本当にそんな事態になってしまうのではないかと、一抹の不安を覚えるのだった。




