11.暗躍
フレアはエリックの顔を見る。このタイミングで間違いないようだ。
エリックが捻り出したシナリオに沿って話を始めた。
「新聞、ラジオ、そして魔法ビジョンを使って、殿下にはこの国のヒーローになっていただきます。殿下にはアイドルになっていただきます。キング・オブ・エンターテインメント『プロレス』の世界で!」
「私は想像するのです。各家庭に魔法ビジョンが一台ある世界を! そしてそれにプロレスが流れている未来を!」
魔法ビジョンは開発されたばかりで使い道も未知数であり、現在は試験的に王国が広報に使うため広場に設置されているものを除けば、一部の物好きな金持ちが所持している程度のものだった。
それを強力なコンテンツで一気に普及させようというのだ。
「「プロレス?」」
初めて聞く言葉に、チャールズとアトキンスは思わず問い返した。
「プロフェッショナル・レスリング、略してプロレスですわ。四角いリングの上で、鍛えた力と技をお互いにぶつけ合うのです。」
「プロレスのルールは……代表的な技は……etc」
興奮した表情でフレアは、プロレスとは何か、プロレスの素晴らしさ、楽しさを延々と語り続ける。
(フレアはこんな情熱的に物事を語ることがあるのか……)
元婚約者の見たことのない一面を、チャールズは内心驚いていた。
「だからプロレスは哲学であり、人生であるのですわ……」
話が止まらなくなったフレアの頭を、後ろからエリックが軽く掴む。ビクッとしたかと思うと、フレアは話をやめた。
フレアの目に恐怖の色が浮かんだような気がしたのは、気のせいだろうか。
「面白いな……確かに世間ではパーティでの乱闘の噂が広がっている。間違いなく受けるだろう……だが、いくつか問題もある」
そう指摘を始めたのはアトキンスだった。
「まず、プロレスは……真剣勝負ではないのだろう?」
「私は真剣ですわ!」
即座にフレアは反論する。
「そういうことを言っているのではない。問題は、プロレスとやらは相手を倒すことだけに全力を尽くしているわけではないという点だ。パーティ会場で行われたものは見るものが見れば分かる。あれはショーだ。殿下にあのような胡散臭いことをさせるわけにはいかない。王族の品位というものがあるのだ」
アトキンスにも、公衆の面前で王族に暴力を振るうなど狂気に近いほど真剣にやっていることは分かる。
だが、王族が観る者を騙す試合をするなど許されることではない。
「確かにショーですわ。見る者が見れば分かるでしょう。ですが、相手を潰すためだけの真剣勝負がどういうものか、それを行えばどうなるのか――それは見るに堪えるものとなるのか、将軍にはお分かりになるのではありませんか?」
アトキンスは、笑いながら話すフレアに、得体の知れないものを感じた。
真剣に相手を潰す――アトキンスの脳裏に戦争の苦い記憶が蘇る。祖国を守るため、大切な者を守るため、敵を傷つけ、時として殺した。そのことを間違っていたとは思わないが、決して気分の良いものではなかった。
彼らにも、大切な人はいたのだろう。
「詭弁だ! ルールを整備して怪我を防ぎ、正々堂々戦えば良い勝負ができる」
「そうでしょうか? 将軍も仰ったではないですか、『見る者が見れば分かる』と。つまり、見る目がなければ受け入れられませんわ。シンプルに細かい駆け引きを行い、相手の持ち味を消し、効率よく相手の肉体を破壊し、相手のパフォーマンスを下げて勝利する――」
「それを多くの人が理解して楽しめるでしょうか? なにより、人間の身体は本気の攻撃を受け止められるほど強くはありません。戦争ではないのです。憎んでもいない相手に本気で攻撃できる方は、それほど多くはありませんわ」
フレアの言うことには一理ある。
「観る者を騙すことに変わりはない。王族にそのような後ろ暗い行為はさせられない」
だがアトキンスは認めなかった。
(やはり無理があったか)
エリックは二人のやり取りを見ながら、説得力の不足を感じていた。
「私はいいと思う」
沈黙を続けていたチャールズが声を上げた。
「殿下、なぜ?」
「あの場に立ち、フレアと対峙してみれば分かるかもしれないね」
公式の場で見せる笑顔とは別の笑みを浮かべながら、チャールズは言った。
「殿下は乗り気なのですか? しかし、興行として何度も行うのであれば、フレア嬢と殿下では釣り合いが取れないのでは?」
フレアの体格は女性としてもやや小柄で、大きい方ではない。
一方のチャールズは軍人として前線に立つことも考え、鍛え上げられた立派な体格をしている。
とても対等に戦えるようには見えない。あまり苦戦するようでは、チャールズが不甲斐なく見えてしまう。
アトキンスの危惧はそこにもあった。
「それに関しては、私に考えがあります。将軍にもご協力をお願いしたいのですが……」
妖艶とすら感じさせる笑みを浮かべながら、フレアは答えた。
そこからはエリックが興行を成立させるための話を始めた。
そして教会での襲撃をはじめ、さまざまな下準備について、何度も秘密裏に打ち合わせが行われたのだった。




