#98 メルとリエルと四人のローグ。(4)
そして、まるで綿飴でも持ち上げるかのように容易たやすくそれを浮かせると、工房長が目の前の出来事を理解するよりも早く、とてつもない勢いで北の空へと消えていった。
「……はぁぁぁぁああっ!?」
◇◆◇
「ヒール!」
「まだ大丈夫ニャ?」
「うーん……魔力はまだ全然余裕があるけど、ヒールでの回復だけじゃそろそろスタミナが厳しくなってきたね」
「休憩するニャ?」
「とりあえずウラドの山頂までは頑張ろうかな」
「了解ニャ」
ウラド山脈を挟んでベクールとワプルを繋ぐ道の途中を走っているヤハスとミナ。ワプルを出発してから二時間、ときおり出現する低級のモンスターを倒しながら休むことなく走り続け、ウラド北側の山道へと差し掛かっていた。
回復魔法の【ヒール】には傷や生命力だけでなく、体力に対しても効果がある。
しかし、スタミナ回復に関しては強い効果を持っておらず、連続使用の際の効果低下率も高い。
よって、長時間の激しい運動の際には【ヒール】を使い続けても、僅かに残った疲労が蓄積され、最終的には物理的な休憩が必要となってしまう。
約二時間もの間を全力で走り続け、なおもウラド山頂を目指すほどの余力があるのは【聖神】であるヤハスだからこそ成せる技と言えるだろう。
ウラド山脈はツナウ山脈に比べて標高が低いが、代わりに山麓と山腹の距離が長い。
「ハフゥ。ちょっと疲れてきたニャ!」
そろそろ二合目という所で愚痴をこぼし始めたミナ。
「速度の遅い自分に合わせて走ってくれてるからね。余計に疲れるでしょ?ヒール!」
「そんな風に思うほど僕は馬鹿じゃないニャ。ヤハス様のヒールが無ければとっくの前に休んでるニャん」
「一旦休憩を挟めばまたヒールの効果が上がると思うけど、もう少しだけ走ろうか。日がくれる前に向こう側に行きたいからね」
「了解……だけど疲れたニャ~!」
「ふふ。愚痴が言える内はまだ大丈夫だね」
“山頂で休憩を”と言っていたヤハスだが、自身とミナの疲労が予想より大きい事を知り、山の中腹辺りで休息をとる方が効率が良いかもしれないと思い直していた。
すり減った靴は安物ではない。服も随分と汚れたし、解れも増えた。それでも黙々と走る二人だが、もはや息を整えたまま走るのは難しく、ハァハァと荒くなった呼吸の音は次第に大きくなる。
急接近する魔力の存在に二人が気付いたのは、そんな時だった。
「ハァッ、ハァッ、何か来る!」
「フニャッ!またモンスターかニャ!?」
「いや、ただのモンスターにしては大きすぎる!それに速すぎる!!」
「ニャァッ!?」
「クッ!聖なる光は奇跡の光!ホーリープロテクション!!」
迫り来る大きな影の直撃を避けようとヤハスが咄嗟に唱えた防御魔法。しかし、迫ってきた大きな影は、ぼんやりと光る半透明の防壁魔法へとぶつかる手前でピッタリと動きを止めた。
強い風圧。巻き起こった突風に防壁魔法があるにも関わらず、思わず眼を細めた二人だったが、その正体に気付くと、今度は眼をまん丸く見開いた。
「遅くなりました!」
「メル様……!?」「メル……!?」
あんぐりと口を開けて立ちすくむ二人を不思議そうな顔で見ていたメルだったが「あっ」と何かを思い付いたように声をあげ、言葉を続けた。
「これ、作りかけの馬車なんですけど、ヤハス様とミナさんを乗せようと思って借りてきたんです!」
「そんなのどうでも良いニャ!」
「えっ!?」
「ま、まぁまぁ。ちょっと驚いたけど、敵じゃなかったんだから良しとしようよ」
「ビックリしたなんてもんじゃないニャ!心臓が止まりかけたニャ!ちょっぴりチビったニャ!!」
「ごごごめんなさい!驚かせるつもりじゃなかったんですけど!お二人の姿がなかなか見えてこなくて、心配してて、それで……!」
「分かった、分かったニャ!もう謝んなくて良いニャ!」
「ところでメル様、それってもしかして、アクンの馬車工房から借りてきたんですか?」
「はい!宿の近くにある工房の前に並んでた物を借りてきました!」
「そうとう重かったでしょうに……」
(日はまだ低い。ワプルを出てから一刻半といったところだね。まさかメル様の速さがここまでとは。ワプルとアクンをたった一日で行き来するだけでも非現実的な話なのに、人を抱え、ましてや大型馬車の骨組みを抱えての往復すら余裕?ハハ……完全に人知を超えてるよ)
「リエルとアーマスもアクンに居るニャ?」
「はい!もう到着しました!」
「ふむふむ。って事はひょっとして、今日中にベクールに行けるニャ?」
「はい!そのつもりです!でも、まずは皆と合流して昼食にしませんか?」
「お腹減ったニャ。本当にそれに乗っても大丈夫ニャ?」
「全然大丈夫です!こんなものがあると知っていれば初めから用意をして皆を乗せて飛んだんですけど……」
「全員を!?飛べるだけでもヤバいのに、怪力すぎだニャ!」
「普通ならそれを持ち上げる事すら出来ないだろうね」
「え、えへへ」
「じゃあ、遠慮なく乗せてもらうよ」
「はい!」
「僕も!ハァ~、やっと座れたニャ~!」
「お疲れ様です!ゆっくり休んで下さい!じゃあ、アクンを目指して出発!」
ヤハスとミナは大型馬車の客車部分の椅子へ腰掛けた。
二人分の重量が追加された事など意に介さずに、あっさりとそれを持ち上げたメルは翼をひとつ羽ばたかせ、瞬く間に高度を上げた。
「(ヤ、ヤハス様?ぼ、僕……ちょっと嫌な予感が……!)」
「(たたた確かに……!しし、しっかり掴まった方がいいかも……!)」
「……?ごめんなさい、よく聞こえなかったんですけど、何か言いましたか?」
「ニャ?何も言ってないニャ!」
(ううう。やっぱり、怖いって正直に言えば良かったニャ!ヤハス様!代わりにメルを止めてくれニャア!)
「じじじ自分もなな何も!」
(速い飛行は止めて!なんて、【聖神】として恥ずかしい事は言えないよ!ミナはハッキリ言うタイプだから言ってくれるよね!?)
無論、ヤハスとミナはジェットコースターになんて乗ったことがないし、知りもしない。が、今の二人の心境はまさにジェットコースターに乗ったときのそれである!
示し会わせたように同時に二人が上を見ると、そこには一辺の陰りもないメルの笑顔が!やる気に満ち満ちている!寸秒先にはアクンに向けて意気揚々と飛び立つのだろう!
この笑顔に、二人は恐怖した!緊張感が皮膚を突っ張らせた!
「(ヤ、ヤハス様……!高いのは苦手って言ってなかったニャ……!?)」
「(ミ、ミナこそ……!怖いのなら早くメル様に言わないと……!!)」
過去、ルベルアにより似たような状況を体験した事のあるメルだが、自力での飛行の術を得た今となっては一切の緊張も恐怖心もなく、二人の心境に気づかない。
二人が何かコソコソと話している事には気がついていたが、先程の返答から予想し、メルとは関係がないか、聞かれたくない事なのだろうと考えた。
ならばさっさと飛んでしまおうと、少し前傾に体を傾ける。
「えっと、じゃあ、行きますっ!!レッツ……」
「「ちょっと待――――ッ!!」」
「ゴー!!」――ッキュン!
「二"ャ"ア"ア"ア"ア"ア"!」
「ぁぁああああああああ"!」
その後ぷっつりと静かになった二人だが、手摺を掴んだ両手はしっかりと握られたままであった。
もちろん、またやらかした事に気づいたメルは速度を半分に落とし、静かな二人を乗せてアクンを目指した。
◇◆◇




