#99 メルとリエルと四人のローグ。(5)
その後ぷっつりと静かになった二人だが、手摺を掴んだ両手はしっかりと握られたままであった。
もちろん、またやらかした事に気づいたメルは速度を半分に落とし、静かな二人を乗せてアクンを目指した。
◇◆◇
メルがリエルや四人のローグとワプル村を出立してから、あと十数分で四時間になろうとしていた。
重量物をものともせずに持ち上げて飛び去った少女が、その重量物にヤハスとミナを乗せて戻ってきた事で小さな騒ぎになったものの、ヤハスがなんとか場を納めた。
他の出来事といえば、四人のローグの内、三人が高速飛行恐怖症になったくらいである。
作戦に関しては、明日中にベクールへ到達し、この国の王であるトーラス・ドラフォイとの謁見を行うというメル達の目標に対する時間的余裕を考えると、順調すぎると言えるだろう。
美味しい料理を出してくれると評判の食堂・旅宿フタダで先に昼食を取っていたリエル、レイア、アーマスに三人も合流し、食事の席に着いた。
昼食時にはまだ少し早い時間帯であるにも関わらず、フタダでは席のほとんどが埋まり、わいわいガヤガヤと賑わっている。
ちなみにメル一行、今回の食事代はアーマスの奢りである!
「木の実たっぷりのパン、キノコのシチュー、お持ちしました。空いたお皿はお下げしますね」
「ありがとうございます!」
ウェイトレスとして働く若い女性が後ろで綺麗に束ねた髪を揺らし、可愛らしい笑顔で料理を置き、数枚が積み重ねられた空の皿を片付ける。
このテーブルと厨房との往復は既に二十回目になろうというのに、愛想の良いことである。
「リエル、食べ過ぎじゃない?メルがヤハス様とミナを迎えに行った時からずっと食べてるじゃん」
「むんぐんぐ!」
(普通です!)
「ズルいニャ……僕もお腹ペコペコだったのに、今はちょっと……」
「意外だな!俺が奢るというのに全然食べないなんて」
「まだ体調がイマイチニャ」
「ご、ごめんなさいっ!どのくらいまで速度を抑えたら良いのかが分からなくて!」
「もう十分謝ってくれたんだから、気にしないで。それに、次にメル様に乗せてもらう事があれば、ちゃんと結界を張るからさ」
「あはは。確かにメルのスピードは結界でもなきゃ耐えられないかも」
「うぅ、ごめんなさいぃ」
誤魔化し笑いを見せるメルに、他の皆も笑って返した。
その時――カランカラン。
旅宿フタダのドアに取り付けられた呼び鈴が音を鳴らす。
食事に夢中なリエルを除いた五人が、ふと、視線を無意識にドアの方へ向けた。が、そこに立っていた予想外の客の姿に、思わず絶句。
「すみません。今は満席となっておりますので、お席が空くまでの間、お待ちいただけますか?」
「うん?」
続けて「もし宜しければ」とウェイトレスに差し出された水を、その手に触れぬように、というよりも、ウェイトレスに触れられぬように気を付けながら受け取った客。
「ありがとう。でも、私はあのテーブルで食べるから大丈夫」
メル達の様子を面白そうに見つめながら、その者はウェイトレスに言った。
勿論、それを聞いたウェイトレスは大慌て。
なぜなら、あのと指示されたテーブルに座るのは、先日のレコード・ルーラーの声で言われていた人達。
【聖神】含む名高いローグや、天使族だという少女、もう一人の少女は怪力な上に空も飛んだと外で騒ぎになっていた謎の娘。
強引に相席なんかされて揉め事にでもなれば、こんな田舎の食堂兼旅宿など、簡単に吹き飛んでしまう。
そんな想像は容易に頭に浮かんだ。
「あの、お客様!」
「構わないよ!自分の友達だから」
掴み止めようと腕を出しかけたウェイトレス。その腕が客に届く前に、届いてしまう前に、声を上げたヤハス。
それを聞いたウェイトレスは「あっ!失礼しました!どうぞ、ごゆっくり」と深く頭を下げて業務に戻った。
「やぁ」
「(驚かせないでください!)」
自然と小声になるヤハス。
「レコ――――」
「僕も食べるニャン!」
「美味いぞレイア!」
「わぁ!美味しい!」
「――――えッ!?」
率直に浮かんだ“どうしてここに?”という疑問を問うべく、口を開きかけたメルだったが、その瞬間に三人同時の大声を被せられる事に。
「(ここは人が多いから、そのままの名前を呼ぶのはちょっと、ね?)」
困惑するメルにヤハスが囁く。その言葉に、メルもハッとし、この者がエンドルゼアにおいて、いかにイレギュラーな存在だったかを思い出す。
「(ごめんなさい。えっと……なんて呼べば?)」
「お好きにどうぞ」
中性的な顔立ちの男はメルからの質問に、手の平を返しながら返事をし、席に着いた。白いシルクハットをそっとテーブルに置いて。
そう、予想外の客とはレコード・ルーラーである。
「(じゃあ、レコさんで!)」
「ぷぐっ!そのまんまニャ!」
「うーん。確かになんの捻りも無いね」
「まぁ良いじゃないか!で、レコは何を頼むんだ?」
「私は食事をしにきた訳じゃないから、要らないよ」
「(ちょっと、アーマス。そんな口の利き方で良いの?)」
「おう?友達なんだから構わないだろ?」
「ふふ、勿論。そう言ってもらえると嬉しいよ」
レコード・ルーラーの顔は実際嬉しそうであり、言葉が嘘ではないと窺える。
「……レ、レコがそう言うなら良いけど」
「これ、とても美味しいから」
レコード・ルーラーの登場には目もくれず食事にかぶりついていたリエルだったが、友達という言葉に喜ぶ姿を見て“私だって友達だ”と言わんばかりに千切ったパンを小皿に乗せて差し出した。
ただし、千切られたパンはかなり小さく、小指の爪先ほどしかないのだが。
「わは。ありがとう」
「レコさん、えっと、もしかして何かあったんですか?」
リエルから渡されたパンを噛みもせずに飲み込んだレコード・ルーラーは「ふむ」と小さく頷き、テーブルの中心側へと身を乗り出した。
「(作戦、予定通りの日程だとルベルアが死人を出すかも)」
「えええっ!?」
あまりに予想外な話の内容に驚き立ち上がったメル。ギリギリのところで倒れずに持ちこたえた椅子が、足元でガタンと音を鳴らした。
「(メル、声が大きすぎ)」
「(うん。周りが騒がしいから大丈夫だとは思うけど、一応ね)」
「(あっ、はい)」
「(むぐ……むぐ……こっきゅん)」
「リエルはそこまで慎重にならなくて良いと思うニャ」
「(それでレコ様、ルベルアがボロを出すというのは?)」
「(言っていた通り、ベクール王直属として編成された調査隊の斥候が早い段階でフスカに到着したんだ)」
「(なるほど。でも、調査隊が来てもルベルアなら球体になって空中で待機しておくとか、いくらでも時間稼ぎが出来ますよね?)」
既にルベルアの姿を調査隊の斥候に見られた。それを聞いたヤハスは特に考え込むでもなく、ポンと手を叩いてひとつの案を打ち出した。が、レコード・ルーラーは首を横に振る。
「(球体に近い擬態はしてたみたいだけど、地上だったね)」
「(であれば、前にやっていたように黒い霧を出したり、蛇に似た影を出したりして近寄り難い雰囲気を出せば良いのでは?)」
「(それに近い事もしてたけどさ)」
「(ねぇ、レコ?さっきから過去形なのが気になるんだけど?)」
「(もう捕まえちゃってるんだよね)」
「(何を?)」
「(斥候)」
「えええっ!?」
再び跳ねるように立ち上がったメル。今度は勢いに耐えきれず倒れてしまった椅子だが、背もたれが床に当たる直前、ミナが素早く受け止めた。
「(メル、リアクションでかすぎ)」
「(声もね)」
すかさずリエルとレイアから突っ込みが入る。
「(あっ!ごめんなさい!)」
「(ルベルアなら調査隊の斥候を捕らえたままでも平気で時間稼ぎ出来るのでは?どうせ明日中には王城へ向かうのだし、それまで動かぬようにと伝えてみてはどうだろう)」
「(私はそれでも構わないけど、ルベルアや君達は良いのかい?)」
「(なるほど。斥候の人達が明日までもたないと?)」
「(命まで落とさなかったとしても、後遺症は残るかもしれないね)」
「(どういう事ニャ?)」
「(ルベルアの体質というか、特殊能力の所為で、魔力の少ない者は長時間ルベルアに捕まっているだけで魔力枯渇状態になってしまうんだ)」
「(少し触れているくらいなら大丈夫なんですけど、がっちり押さえつけられているような状況だと尚更です)」
(でも、ルアさんと強く触れたことのあるヤハス様ならともかく、どうしてレコード・ルーラーさんが知っているんだろう?本当にこの世界で知らない事なんて無いのかな?)
「(なんと、それはマズイな。今すぐ捕らえた斥候を解放するように伝えた方が良いのでは?)」
「(そうなんだけど、調査隊の誰かが転移の魔石を持たされていた場合、私の声より早くにベクール王がルベルアを知ってしまう可能性があるでしょ?)」
「(確かにトーラスの慎重さを考えると有り得なくは無いけど、転移の魔石の有無を知るすべはありますか?)」
「(残念ながら無いよ。転移の魔石はかなり希少な物だから、持っていない可能性の方が高いけど、あくまでも予想だね)」
「(じゃあ、作戦の予定を早めて今日中の謁見を目指した方が確実ってこと?)」
話の結論を問うレイアの顔には“面倒くさ!”と書いてあったが、その問い掛けに小さく頷いたレコード・ルーラーは、そのままの流れでメルに尋ねた。
「(それが出来るなら。メル様、どうしますか?)」
「(すぐに行こう!王様のところへ!)」




