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#100 いっぷん。

「(じゃあ、作戦の予定を早めて今日中の謁見を目指した方が確実ってこと?)」


 話の結論を問うレイアの顔には“面倒くさ!”と書いてあったが、その問い掛けに小さく頷いたレコード・ルーラーは、そのままの流れでメルに尋ねた。


「(それが出来るなら。メル様、どうしますか?)」


「(すぐに行こう!王様のところへ!)」


「(そう、分かった。なら私は裏方に戻るね)」


「(はい!宜しくお願いします!)」


 白いシルクハットを深く被り直したレコード・ルーラーはコップに残っていた水を飲み干すと、「任せて」とだけ言って食堂を後にした。


「丁度料理も尽きたところですし、自分達もとりあえず外へ出ましょうか」


 ヤハスの一言で全員が椅子から立ち上がっ……リエル以外が立ち上がった。


「リエル?」


「ここの料理は本当に美味しいです!私はまだまだ食べられます!」


「リエル!!」


「ピィッ!!」


 幼児以下の物分かりで必死にテーブルにしがみついたリエル!

 しかし、メルの一声により椅子から飛び跳ね、頭を両手で覆い隠した。

 鬼の形相を見てしまったが為に、頭に強烈な(いかずち)を落とされるとでも思ったのだろう。


「別に叩いたりなんかしないよ。でも、ルアさんが困るといけないから早く行こう……ね?」


 ニッコリと微笑むメル。その笑顔を見た瞬間、リエルの背筋が先ほど以上にピンと伸びる。


「は、はい!私が間違っていました!我が儘を言ってごめんなさい!!」


「はいはい、分かったから」


 角度、百二十度くらいのお辞儀で(こと)なきを()ようとする食いしん坊を軽く受け流したメル。

 かれこれ八年、離れずに過ごした仲であり、リエルの扱いにはすっかり慣れている。


「あれだけ食べた後にそんな格好をして……よく吐かないね」


「確かに」


 結局、不憫(ふびん)に思ったアーマスが、食事代の支払いをした際に土産用のパンを三つ購入し、手渡した事でリエルの反省モードは解除された。


 店の外に出た一行は人気(ひとけ)の少ない場所へと足早に移動しつつ、最速でベクール王城へ行くための手段を話し合う事に。


「最速でベクール王城を目指すにはどうするのが一番でしょうか?」


 ほんの少しの沈黙の後、始めに口を開いたメル。と、それに対する皆の返答は早かった。


「メル」

「メル様かな」

「メルだろう」

「メルニャ」

「メルだね」


「えっと……え?」


 話し合いとするにはあまりにも短いものだった。話に参加する気のなかったレコード・ルーラー以外の満場一致、皆の一言目で終了である。


「メルが僕とヤハス様をアクンまで乗せてくれたアレで向かうのが一番速いと思うニャ」


「メル様の力なら全員乗せても大丈夫そうでしたし、自分がヒールで援助すれば問題ないかと」


「皆を乗せて飛ぶのは問題無いんですけど、いきなりお城に飛んで行っちゃっても大丈夫ですか?その……魔物と間違われたりとか……」


「ヤハス様とミナが言ってた。翼を生やしたメルを見てアクンの人達が大騒ぎをしてたって」


「あ……う……あの時はそこまで考えてなくて……」


 メルがヤハスとミナを迎えにいく際にした失敗。


 自らの行動が非常識だとは考えずに、人前にも関わらず平気で影の翼を出し、村の男が十人がかりで持ち上げるような重量物を一人で軽々と持ち、矢よりも速く飛び去ったメル。


 リエルに言われるまでもなく、苦い失敗として脳裏に刻んだばかりであり、次こそは気を付けようと考えていた。


 そんなメルの心の内を察しつつ、アーマスが口を開く。


「アクンとの馬車道よりも左回りに飛んでベクール東門側を目指すならば人目につきにくい上に、その入口の近くには丁度良い林があるんだ。そこから歩いて王都に入れば警戒されることも無いだろう」


「でも、その林ってもしかして、怖い魔女が居るって噂の林?」


「わははは!奇怪な生物を使役する闇の魔女ってやつか!?レイアがそんな噂を信じているとはな!結局誰も魔女なんて見たことがないだろう!」


「べべ、別に信じてないし!」


「まぁ、その噂も人気(ひとけ)が少ない原因の一つではあるだろうけどさ。とりあえず、東門側の人気(ひとけ)が少ないのは確かだよ」


「分かりました!それならすぐにでも行き……たいけど……」


 心配事が解消されたことによって、顔を明るくしたメルだったが、また別の問題が頭に浮かび眉をしかめた。

 その視線は馬車工房の方へ向いている。


 と、ヤハスが「ああ」と頷き、言葉を続けた。


「工房の主人には自分から事情を話してアレ(・・)を譲ってもらうから心配要らないよ」


「でも、お金が……」


「全然大丈夫だから気にしないで。というか、自分に対してお金の心配をしてくれる人なんて随分と久しぶりだよ」


「ニャハ――ッ!!」

(やっぱりヤハス様はとんでもないお金持ちニャ!!)


「ミナ!?ど、どうしたの?」


「ニャ!?何でもないニャ!」


 さりげなくヤハスの隣へすり寄ったミナだが、ミナの行為にヤハスが好意で応える日は、多分、恐らく、いや、絶対に来ないであろう。


 ◇◆◇


 言葉通り、製作途中である乗合用の大型馬車を完成品と同等の金貨十枚で購入したヤハス。


 “同等の”とは言っても、馬車工房の主人いわく、たまたま昨年に完成品が売れた為に新たな大型馬車を作ってはいたが、そもそも需要の少ない大型馬車が売れることは稀であり、一般的なサイズの馬車を製作する傍らにでも製作すればいいという“二の次”の物であるとか。


 そのような品の、しかも未完成品に金貨十枚という大金を払うと言うのだから、破格の値である。

 但し、【聖神】であるヤハスとはいえ、それほど多くの持ち合わは無く、近日中に払うという口約束での購入となったのだが。


 口約束の後払いにも関わらず工房の主人が最後まで笑顔で手を振り見送ってくれたのはヤハスの信頼性の高さの現れだろう。


 ()くして、移動手段を手に入れた一行はすぐにでもベクール王城を目指すことに。


 天使という珍しい種族のリエルに加え、近郊では知らぬ者の居ないほど有名な四人のローグが乗り込んだ未完成の馬車。

 アクンから飛び立とうとした際、少なくない数の野次馬が集まったのは必然である。


 見物人の多さに驚いた未完成馬車の原動力である怪力少女(メル)が、「あの……怪しい者じゃないので、出来れば私の事をアクンだけの秘密にしてもらえませんか?」とお願いしたのは言うまでもない。


 その頼みに対し、アクンの村人全員が悩むこともなく快諾し、口を閉ざす仕草で応えた。


 得たいの知れぬ娘だが、周りの面々を見る限り危険人物では無さそうだ。友好な関係を築けたならアクンの発展にも繋がるかもしれない。そう判断したのだろう。


 結果、メルが安心して力を使える事となり、未完成馬車はアクンの上空へと舞い上がった。


「メル、重くない?」


「うん!まだまだ重くても持てそうだよ!」


(すご)……」


「じゃあ、出発しますね?」


「ああ!宜しく頼む!」


「はい!」と頷いた後に「しっかり掴まってくださいね!」と付け足し、メルは前傾姿勢をとった。

 出発の時である。

 大きく左回りにゆっくり(・・・・)向かったとしても、メルならば十分と掛からずに着いてしまうだろう。


 その時――。


「あっ!」


 誰かが慌てたような声を出した。が、すでに遅い。


「ャハス様!ケッッカ―――ィ!!」


 ◇◆◇一分後(いっぷんご)◇◆◇


「メル、前よりも速くなった。ヤバすぎ」


「う……うん……これでも一応、抑えたんだけど……」


 あっけらかんと言いながら先を歩くリエルに答えはしたが、メルは気まずさで後ろを振り向くことが出来なかった。

【ヒール】に精神的トラウマを回復させる程の効果があったならば不幸中の幸いだったのだが、残念ながらそんな効果は無い。


 人目に付くことなく、ベクール王都・東門近くの林に到着することに成功した一行。


「おええ……気持ち悪い(ぎぼぢわるい)……!」


「見えない壁が……!見えない壁が俺を襲ってきたんだ……!見えない壁がッ……!!」


「もう……お金を貰えてもメルの飛行だけは勘弁ニャ……!」


「し、信じられるかい……?一瞬気が遠くなったらさ……着いてたんだよ……!?ハハ……ハハハハ……!」


 しかし、その代償として高速飛行恐怖症のローグが一名追加され、三名の症状が悪化した。


(ううう。皆、ごめんなさぁぁあい!)


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