#97 メルとリエルと四人のローグ。(3)
「ヒィィッ!?怖い怖い怖い!ちょっと!やめてぇぇ!!」
食べられてしまいそうな恐怖心からメルが思わず放った脳天チョップ。その激痛により、リエルは強制的に我に返された!
出発前、テスタントに「カツミを食べながら人族の王との謁見に臨む、などという失礼があるといけませんので」と、鞄の中身(おもに食べ物)を没収されていたリエル。
その為、平時よりも数段強い飢餓状態であり「お腹減ってない?」の問いに、口で答えるよりも先にお腹が大きな返事を鳴らす事に。必死な飛行で忘れていた空腹を思い出し、思わず理性を失ったのであろう!…………多分。
「メル……痛ぃ……!」
「ゴメン。つい、怖くて叩いちゃった」
「ええっと、じゃあ何か食べ物を買ってくるから、メルはリエルと待っていて」
「すみませんっ!お願いします!」
「ならば、ここまで乗せてもらった恩返しとして、俺が金を出そうではないか!」
「ん?元々そのつもりだったけど」
「お、おおう……任せてくれ」
鎧を纏った厚い胸板をドンと叩いて皮の巾着袋を取り出したアーマスだったが、レイアのぶっきらぼうな物言いにポリポリと頭を掻いた。が、直ぐに気持ちを切り替えて【食堂・旅宿フタダ】に足を運んだ。
「お腹空いて死ぬぅぅ!」
「今レイアさん達が買ってきてくれるから!それとさ、作戦開始は明日だけど、今日中にはベクールに入っちゃおうと思うの」
「ぐぎゅるるるるぅぅぅうん?」
「でね、さっき良い物を見つけたからヤハス様とミナさんは私が迎えに行ってくるよ。リエルはアクンで待っていてくれる?ベクールに入るときの為に体力を温存しておいてもらいたいの」
「きゅるりぃぃぃぃ良い物?ぃぃぃ」
「うん!ほら、あれ!」
促されるがままに視線を移したリエル。そこにあったのは並んだ座席に取っ手のようなアーチの付いた物。まだ車輪も御者席も付けられていない製作途中の幌馬車だ。
メルが指差したのは、その客車となる部分であった。
「ぐぅぅぅあれがどうしたの?ぅぅぅ」
「あれを借りれば私一人でも二人同時に連れてこれると思って!」
「ぐるるるるちょっとるる何言ってるかるる分からないけどるるる」
「えっ?そのまんまの意味だよ?」
“何を言っているか分からない”と、今のリエルにだけは言われたくないと思ったメルだが、そう言われるのも尤もである。というのも、その客車部分は乗合馬車に使うための物の為、一頭立ての馬車に比べて随分と大きいのだ。
隣には別の馬車用に造られた小型の客車もあるのだが、それらよりも頑丈な作りをされている“メルのお目当て”は木材や革はもちろんのこと、鉄も大量に使われており、重量は軽く見積もっても三百キロ以上。
そんなものを指差されたところで“コイツはいったい何を言ってんだ?”と思うのは至極当然である。
「ぐぎゅぅぅ」
「じゃあ、ちょっと借りて迎えに行ってくるね!私が戻ってくるまでリエルは休んでて!」
「きゅぅぅん」
あんな物を持とうとすれば体を痛めるのでは?仮に持てたとしても、あれを持って飛ぼうなんて無茶にも程がある。
そんなリエルの心配とは裏腹に、メルは意気揚々と馬車工房へと駆けていった。
「あの!これを貸して欲しいんですけど!」
「うん?お嬢ちゃんはさっき炎姫様と挨拶に回っていた……ええと……」
「メルです!」
「ああ、そうそう、メルちゃんだったね。それを貸して欲しいって言ったけど、馬車を貸して欲しいっていう事かい?ウチの工房は造るだけで馬車を走らせてはいないんだよ。向こうに御者達の寄合所があるから、そこへ行ってごらん」
「いえ、これを貸してくれるだけで良いんです!貸りるにはどのくらいお金が要りますか?」
「この客車を?ハッハッハ!壊したりせずに返してくれるならお金なんて取らないさ!満足するまでどうぞご自由に」
(なんだ、眺めたり触ったりしたいだけだったのか。ワプルにも馬車はある筈だが……乗合馬車みたいに大きな物が珍しかったのかな?ふふ、可愛い娘さんだ)
「ありがとうございます!じゃあ、借りていきます!」
「ああ、どうぞどう……ぞ…………え?」
すぅ、と一呼吸おいて背中から影の翼を出したメルは目を丸くする工房の長に笑顔で軽く頭を下げた後、客車に幌を掛ける為のアーチをむんずと掴んだ。
そして、まるで綿飴でも持ち上げるかのように容易くそれを浮かせると、工房長が目の前の出来事を理解するよりも早く、とてつもない勢いで北の空へと消えていった。
「……はぁぁぁぁああっ!?」
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