#95 メルとリエルと四人のローグ。(1)
「(――!ルベルア様、レコード・ルーラーが伝信を始めるようでありんす)」
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“これは警告、全世界ではなく、人界において東部とされている位置に住む者達だけに向けた声である。かつての神が神ではなくなった地において、大いなる魔力を持った魔族が生まれた。
その者は幻魔族。かの魔王と同種の幻魔族である。
まだ生後間もない存在ではあるが、やがて強大な驚異となるであろう”
この星、エンドルゼアにはレコード・ルーラーという【伝える者】の存在がある。それは知能を持つ全種族の者達にとって周知の事実。
とはいえ、僅か二日弱の間に二度も声が聞こえるなんて事は、いまの世を生きる者達にとっては経験の無い事。
過去、神魔大戦と呼ばれる戦争の真っ只中だった時代では珍しくもない話だったろうし、多くはないが文献にも残っている。
だが、一部の地域だけに向けられた声というのは前代未聞の出来事であり、その常識はずれの事態は人々に恐怖と混乱を与えるに十分であった。
頼れる聖人君子であり冷静さも兼ね備えていると評判の子爵ホック・コットンでさえ、動揺し、金貨二十枚がくだらなく思えるほど高価な壺を放り投げた程である。
しかし、前代未聞はそこで終わりではなかった。レコード・ルーラーの声にはまだ続きがあったのだ。
◆◇◆約五時間前◇◆◇
ワプル村から飛び立ってから一時間弱、メルは腕に抱いたレイアと共にウラド山を南側に越えた所でリエル達が追い付くのを待っていた。
あまりにもお互いの距離が大きく開きすぎたので、ベクールから他のローグが差し向けられていた場合などを考え、不安を覚えたのだ。
「わ!リエル達が見えてきましたね!」
「え……?あっ、本当だ。まだあんなに小っさいじゃん……よく見えたね」
「えへへ。眼だけは小さな頃から良かったんです!」
「ふぅん……眼以外も十分凄いと思うけど。あたしを抱えてるのに、もう山を越えたんだもん。この速さなら今日中にベクールに着けちゃうね」
「そうなんですか?」
「うん。もう三分の一くらいは来たと思う」
「えっ!?じゃあ宿に泊まる必要がないかもしれないですね」
「ヤハス様達がどのくらいの速さでくるかは分からないけど、上手くいけば、だね。もし一日以内でベクールに到着できたなら、嬉しい誤算だと思うよ」
メルとレイアが一言二言交わしていると、先程まではずっと遠く見えたリエルドラゴンとアーマスはすぐそこまで来ていた。
「ピィッ!」
「リエル、お疲れ様!アーマスさんも!」
「ああ!お疲れ様!」
「アーマスは疲れてないでしょ」
「それを言うならレイアもだろう!」
「う……確かに私も疲れてないけどさ。ここまであっという間だったもん」
「ああ!フスカの時とは違って、本気で飛んだドラゴンの速さは想像以上だったよ。それに輪をかけてメルの速さは凄まじいな!」
「そうだね。メルは全然本気じゃなかったっぽいけど。あのさ、メルとリエルに負担を承知でお願いがあるんだけど、手前の村に着いたらヤハス様を迎えに戻ってもらえないかな?」
「キュイ!」
「はい!元々そのつもりでしたし!」
「ありがとう。それなら今日中にベクールに入れるね。ミナは置いてきても良いからさ」
冗談には聞こえないレイアの一言に、メルは「えへへ。ちゃんとミナさんも連れてきますよ」と苦笑いをして返す。
二人がのんびりと、そういったやり取りをしている間に、リエルとアーマスは先を目指して飛び立っていた。
「レイアさん?ヤハス様達もここを通りますよね?」
「他にまともな道がないから通ると思うけど?」
「じゃあ、無理しないでくださいって書いときます!」
地面に文字を書こうと近くから拾った手頃な枝を突き立てたメルだったが、ベクールからウラド山脈を越えた先の村々を繋ぐ行商人達が長い年月を掛けて踏み固めた道は硬く、枝はあっさりと折れてしまった。
「尖った石でもあれば書けたかもね」
「そっか!別に枝じゃなくてもいいんだ!」
「……?」
不思議そうな顔をするレイアを他所に、ふふんと鼻を鳴らしたメル。随分と大昔からこの場所に在ったであろう道脇の巨大な岩の前に立つと、無言のままに両腕を突き出し、刀でも握っているかの様に構えた。
すると何も持っていなかったメルの手から、うっすらと透けて見える黒い刀身が現れ、伸びた。
「やっぱり!出来た!」
「翼だけじゃなくて、剣も出せるんだ」
「初めてやってみましたけど、成功しました!じゃあ、これで……こう……よし!」
自ら出した影の刃で岩にガリガリと傷をつけ“無理しないでくださいね”と書いたメル。しかし、それを見たレイアは再び不思議そうな顔をして首を傾げた。
「これ、無理しないでくださいって書いたの?人族の文字じゃないよね、何語?」
「あっ!そうでした……。元居た世界の文字なんですけど、こっちじゃ通用しないのを忘れてました」
「ああ、なるほどね。じゃあもう一回さっきの剣を出して、私に腕を預けて」
「はい!」
メルの腕を動かし、でかでかと書かれたメルの文字の横に、小さく文字を書いたレイア。自分の腕じゃなかった為にぎこちない字になったようで「いまいち!」と愚痴を溢したが、「でも、なんとか読めるでしょ」と付け足した。
「ありがとうございます!」
「どう?これがこっちの文字だよ」
「それが……特殊スキルの所為らしいのですが、私には元の世界の文字にしか見えないんです。だから、自分で書いた文字の小さい版みたいにしか……」
「わぁ……それ、凄いスキルだけど、ちょっと困るね」
「でも、お父さんとお母さんが同じ状況でやってこれたんで、私も大丈夫だと思います!」
「うん。大丈夫だよ、きっと」
「よし、そろそろ出発しますか。今度はちょっと飛ばしますね」
「お手柔らかに」
(ここまででも速すぎるくらい速かったのに、“ちょっと”すら飛ばしてなかったの!?あたし、無事につけるかな……?もし失神したら、気付いてくれるよね?)
レイアの心配は再出発してすぐに現実のものとなり、メルは速度を落としてベクール王都手前の村を目指した。




