#91 それぞれの。(2)
「ミルザさん!それにお父さんとお母さんも、どうしたの?」
徐に首をかしげたメル。モルドー、エリスとは早朝の時点で今しておくべき言葉のやり取りは終えていたのだ。
「メルがベクールに旅立ってしまう前にもう一度抱き締めておこうと思ってさ!」
「そうよ!メルちゃんを沢山ギュッてしてあげるんだから!」
出発を目前に控えた愛娘を前にし、興奮を抑えきれなかった二人。その激しいスキンシップは周りの人にも“やり過ぎだろう!”と思わせる程であった。
二人が“よーしよしよしよし!可愛いですねぇ!つやつやですねぇ!”なんて叫ばなかったのがメルにとって、僅かばかりの救いであろう。
「ちょっとぉ!お父さん、お母さん!作戦が終わったらすぐに帰ってくるのに大袈裟だよ!」
「二人が親バカなのは知ってるでしょ?諦めなさい」
「ううう、皆の前なのに恥ずかしいよぅ」
「ふふ。仕方ないわね。ほら、二人とも!あまり余計な時間を使うと、先に行った村長が不貞腐れるわよ!」
「はぁ、はぁ、ごめんなさい。メルちゃんが可愛いすぎて、歯止めが利かなくなってしまったの」
「ふぅ、ふぅ、僕もごめん。うっかり興奮しちゃって。実はメルにこれを渡そうと思ってさ」
そう言ってモルドーが差し出したのは腰につけてあった謎の物体。包帯のようなものでグルグル巻きにされた棒状の何かであった。
「お父さん、これは?」
「僕が昔使っていた短剣だよ。今メルが使っている物よりずっと立派な素材を使って凄い人が作った物でね」
「んー、確かに前にお父さんから貰ったやつは刃が欠けちゃってる部分があったりするけど、もう大丈夫!って言うか……」
「うん?もしかして、必要なかった?」
「えへへ。でも御守りの代わりに貰っておくね!ありがとう!」
「私からはこれを」
ミルザが抱えるようにして持っていた赤地の布は三枚。
ゆっくりと一枚ずつ広げられたのは、レース生地で仕立てられたカーディガン。動きやすさと通気性を上げるために肩出し設計にしてある袖丈六分の長袖トップス。最後の布は赤地よりも茶色が大半を占めているホットパンツ。
「可愛いでしょ?エリスが昔着ていたという服を貰って仕立て直したの」
「わぁ!凄く可愛いです!ありがとうございます!」
キラキラ輝く眼でそれらを受け取ったメルは、今まで何度もミルザからプレゼントして貰った服とは明らかに素材が違う事に気が付いた。
「これ、いつもと肌触りが違うんですね!羊の毛じゃないんですか?」
「昔、お友達から貰った服に使われていたの!何で出来ているのかはお母さんも知らないけど、とっても軽くて丈夫なのよ!」
「恐らく、元は羊かヤギの毛だと思うけど、糸にする時に魔力を込めたのね」
「糸みたいに繊細な物に長い期間魔力を維持させるなんて、とんでもなく高度な技術ニャ!絶対に高く売れるニャ!!」
「う、売らないですよ!!」
「さすが、伝説の英雄の奥様ともなれば、着ていた服も特別な物なのですね!お聞きしたいのですが、そのお友達というのも有名なお方で!?」
「アーマスってば、また俗な質問を……」
「自分達と面識が無い以上、誰であれ関係無いのにね」
「そんな事ないさ!知人の友人が有名人だ!と、自慢出来るじゃないか!」
「何で関係ないアーマスが自慢するのよ」
「全然!全っ然有名じゃないわ!ええと、そ、そう!友人は大森林国の領内にあるトゥーリ村に居る普通の人よ!」
「トゥーリ村!?僕の故郷と一緒ニャ!いつ頃の友人ニャ!?」
「ごめんなさい間違えたわ!大森林国の南側にあるクリアグラスに居る普通の人よ!」
「クリアグラスは大聖泉の領内ニャ!全然違うニャ!」
「あっ!そ、そうよね!ごめんなさい、随分と昔の事だから!」
「いえ、お気になさらず!俺の期待を押し付けてしまった様で申し訳ありません!」
一連の非礼を素直に詫びたアーマス。その後ろでヤハスとレイアは視線を交わし首を傾げた。必要以上に動揺したエリスの様子を不思議に思ったのだ。
疑問を抱いた二人の視線が次に向いたのはモルドーの元だった。すると、視線に気付いたモルドーは頭を二、三度ポリリと掻くと、苦笑いをして返した。
“あまり気にしないであげて”とでも言わんばかりに。
それを察した二人は再び互いの顔を見合わせて、小さく横に首を降った後、軽く頷き口を開いた。
「同じパーティの馬鹿が余計な事を聞いてごめんなさい」
「メル様、とても良い服を貰いましたね」
「ヤハス様、メルで良いです!様は要らないです!それに、もっと普通に話してください!どう答えて良いか分からなくて困っちゃうので……」
「……うん。そういう理由なら普通に話すよ。でも自分を戒める為にも様はそのままで」
「ヤハス様……」
「えっとほら!暗い顔をしていないで着替えてきたらどうだい?家までは少し距離があるけど、メルならひとっ飛びだろ?」
「お父さん…………うん、そうだね!でも大丈夫!ここで着替えるから!」
「えっ!?ここで!?メルッ!女の子がこんな所で着替えるなんて、そんな事言ってるようじゃ危なすぎてベクールには行かせられないよ!」
「違うよ。ルアさんから影を貰ったから大丈夫なの!」
メルに対して珍しく怒ったモルドーだが、その言葉はあっさりと棄却された。
右目を紫色に光らせたメルは、両手を前に出すとヒラヒラと揺れる影を出して見せた。まるで手品師が大きなハンカチを出現させたかのように。
影はさらに薄く、広く、伸ばされて、最終的に小型のテントと同等の大きさとなり、メルの体全体を包み込んでしまった。
「お母さん?外から私が見える?」
「真っ暗すぎて……。こんなに暗くちゃお着替えも出来ないんじゃない?」
エリスから「ね?」と同意を求めらたリエルは「何も見えないよ!多分、皆も」と周りを見渡すと、皆もに含まれた者達は小さく頷いた。
「それなら良かった!私からは外が見えるくらい明るいから少し心配になっちゃって。じゃあ、着替えるね?」
「ええ、心配要らないわ!」
「メルはこんな事も出来たんだね」
「えっとね、前にルアさんから貰った影の量じゃ翼の大きさで一杯だったんだけど、さっきまた貰えたから試してみたの!出来てラッキーだよ!」
「そう……なんだ。メルの翼はルベルアの影だったんだね」
(影と言ってもルベルアの体。仮に僕が貰ったとしても消えてなくなってしまうだけに違いない。消えるどころか自在に使えるなんて、一体どういう事なんだろう。ルベルアの体が特殊なのか、それともメルの特殊能力なのか……。)
やがて影を颯爽と取り払ったメルが、装い新たな姿で皆の前に現れた。モルドーが一抹の違和感を覚えた事など知る由もなく。
「えへへ。どうかな!?」
「すっっっっごく!可愛いわ!!メルちゃん!――ギュウッ!!」
「わっ!ちょっとお母さん!?」
「うん、良かった。とても似合ってるわよ」
「メル、羨ましい!私も着たい!」
「ダーメ!私が貰ったんだもん!へへ」
「リエルの服も十分可愛いわよ」
「動き易さはどうだい?」
「凄く動きやすいし、肌触りも最高だよ!」
「それは良かった。そろそろ僕らも仕事に向かわないと。でもその前に、僕もギュウッてやりたい!!」
「わぁっ!もう、お父さんってば!」
「気を付けて行ってくるんだよ」
「――ッ!うん、ありがとう……!お父さんも、お仕事頑張ってね!」
「もちろんさ!さて、いつまでメルにくっついてるつもりだい?エリス」
「ずっと!」
「気持ちは分かるけど、僕らの所為で作戦を失敗させる訳にはいかないでしょ?言い出しっぺなのにさ」
「……うん。皆さん、どうかメルの事を宜しくお願いします」
「こちらこそ、自分達の戦いの尻拭いをさせてしまうようで申し訳ありませんが、とうぞ宜しくお願いします」
「(覇王も覇王の奥さんも、ただの親バカだったニャ)」
「(こら!ミナ!聞こえたらどうするの!)」
「ヤハス様、私からも宜しくお願いします。それと、今度きちんとお礼をさせてください」
「はは、何に対するお礼かな?まぁ、食事をさせてくれるって言うなら遊びに来ようかな。君も色々と苦労が多いだろうけど、あまり気負わずにね」
「……ッ、はい!」
ヤハスから出た穏やかな言葉はミルザの表情を明るくさせ、二人は言葉の終わりにそっと握手を交わした。
「皆、行ってしまいましたし、俺達も行くとしましょうか!」
「はい!リエル、アーマスさんをお願いね」
「任せて。ドラゴフォーム!」
「では失礼!――ッッ!うおおおっ!どうだレイア!俺が竜騎士アーマスだ!」
「背中で叫ばれるリエルの気持ちを考えなさいよ」
「あ……う、申し訳ない」「ピィッ!」
「じゃあ私も失礼しますね」
「あっ……お、お願いします」
ドラゴンとなったリエルがアーマスを背に乗せたのを確認すると、メルはいつもの様に翼を生やし、レイアを徐に抱き上げた。お姫様抱っこである。
「予定通り、自分とミナは走っていくから王都手前の小さな村で待っていて」
「もしも、かなり早くに着けたらですが、迎えに戻りますね!」
「いや、気にしなくて大丈夫。スピードでは全然敵わないけど、二人分なら大した魔力を使わなくてもスタミナを回復させながら走れるから」
「その村の食事宿は安くて良い部屋があるから、先に行って取っといてくれニャ!」
「分かりました!じゃあ、出発しますね!モンスターが出るかもしれませんので、お気をつけて!」
「うん、お互いにね!」
声を掛け合い【東の大国・ベクール】へと出発した六人。
新たなモンスター対策として柵囲いと居住区拡張の為の開拓作業に当たっていたバースは、空を駆けていったメルを遠目に見つけ、拳を固く握りしめた。
(いつか、君から頼られるくらい立派な男になってみせるから!)
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