#87 作戦前夜。
『まぁまぁ。レコード・ルーラー!どっかで聞いてんだろ!?恥ずかしがってないで出てこいよ!』
窓を背にした壁際、ギュッと歪む空間。窓枠や壁も空間と共に歪んだが、何事もなかったかのように傷一つない。
「やれやれ、人が気をつかって退場してたっていうのにさ」
まるで初めからこの場所に居たかの様に立っていたレコード・ルーラー。仏頂面をして、口だけではなく仕草でも“やれやれ”と言っている。
『うん?どうしたって?』
「だから、直接呼ばれたら出てこない訳にはいかないでしょ?君達が気になってる事、私が居るとややこしくなる話があることは分かってたから、わざと席を外したってこと!」
『あれ?用事があったんじゃなかったのか?そうじゃないなら嘘をつけるってことになるけど』
「がっはっは!正直どうでも良いが、確かにルベルアの言う通りであるな!」
「はぁ、ルベルアって馬鹿なのか賢いのか分からないよね。うん、用事があったのも本当だし、色々聞かれたくなくて席を外したのも本当だよ」
『ところで――』
「用事が何だったかは秘密」
『うっ、どうしてだよ!じゃあ――』
「君にとって都合が良かった理由についても話す気は無いよ」
『だからどうしてだよ!』
「ルベルア様は率直すぎでありんす。レコード・ルーラー。既に承知なのやも知れんせんが、妾達は其方の企みがルベルア様にとって、ひいては妾達にとっても悪い事では無い可能性に気付いておりんす。それについて少しだけでも、と言うのも駄目でありんしょうか?」
「君達が私に対して何を考え何を思おうと勝手だけれど、私からは何も話す気は無いよ」
「えっと、じゃあ私は勝手に信じる事にしますね!だって、私と友達になっても良いよって言ってくれたから……」
「メル様……友達にしてくれた事は本当に嬉しいけど……今は話せない。ごめんね」
「レコード・ルーラーさん……」
◇
それほど疑われている訳では無いが、今後の動向を怪しまれているのも確かなこの状況。
それでも頑なに釈明をしようとしないレコード・ルーラーだが、その顔は不機嫌と言うよりも唇を噛みしめ、歯痒さ、もどかしさに堪えている風にも見える。
表情から捉えられる違和感はほんの僅かなものだったが、それでも数名は見逃さなかった。
そして察した。この者も黒竜とは違う何かに縛られている。“話したくない”のではなく“話せない”理由があるのだと。
しかし、この男は気づく筈もなく――。
◇
『ちょっとも話したくないのか?』
「しつこっ!まだ続けるなら黒竜を呼ぶよ?」
『えっ!?それは反則だろ!』
こんな脅しを使うくらい話したくないの!?分かった!コイツ、相当な頑固者だ!!
「まぁそう怒るなレコード・ルーラーよ。ルベルアが執拗いのは認めるが、これで中々憎めない奴であるぞ」
「はぁ……大丈夫、分かってるから」
「この話は終わりにしましょう。ただ、念のため確認しておきますが兄妹演技作戦への協力は変更なしで大丈夫ですね?」
「うん、任せてくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
『まぁ良いや。じゃあ今度こそ帰ろうぜ、メル』
「うん!そうだね、帰ろっか!明日は早起きしなきゃだしね!皆、今日はありがとう!おやすみなさい!」
メルの可愛い“おやすみコールに”それぞれが笑顔で応える。
全員が教会を出るのを待たずにどっかりと横になり、眼を閉じたミハエル。椅子代わりにされているベッドも夜だけは本来の役割へと戻る。
しかし残念な事に、寝具としてミハエルの巨体を納めるにはあまりにも小さいようだ。が、そんな事お構い無しに早くもスースーと寝息を立て始めたミハエルは、獅子の鬣を思わせる毛と、厳つい顔である事が嘘のように、可愛らしい寝顔である。
さすが天使。これがギャップ萌えというやつだろうか。今なら飛び付いて抱き締めても画的に大丈夫な気がする。
そんなミハエルを尻目に、テスタントはまだまだ寝そうにない。というか浮遊城でもフスカでも、テスタントが寝ている所を見たことが無い。
まぁ、どうでも良いか。これ以上タイミングを逃す前に、さっさと帰るとしよう。
『テスタント、あんまり夜更かしするなよ』
「ええ、ご心配ありがとうございます。おやすみなさい」
玄関へ向かう為に体を方向転換している途中で、何かに気付いたメルが「あっ」と漏らす。そしてそのままペコリと軽めに頭を下げた。誰も居ない方へ。
俺が言うのもアレだけど。まさかこの子、見えちゃあいけない者が見えてる!?ホラァァァアア!?頭を上げたメルはニッコリと笑顔。
怖ぇええ!何してんの!?誰か居んの!?夕方のリエルも今の俺みたいに怯えてたのか!?すまんリエル!お前の気持ちが分かったよ!今度なんかお詫びするから!
「おやすみなさい、メル」
「おやすみなさい!!」
えぇ……この声、ミルザかよ。
柱の影から顔半分だけを覗かせた教会の主。また隠れてたのかい!!気配も魔力も隠して、お前はくノ一かって!!くそう、ビビらせやがって!
挨拶を済ませ、満足気に教会を出たメル。小さな頃から挨拶については厳しく教えてたからな、しっかり挨拶の出来る子に育って嬉しいよ。
ってオッサンみたいだな。まぁ、オッサンなんだけどさ。
無駄にビビった所為で最後にどっと消耗したぜ。疲れ半分、呆れ半分のままメルに前習えで教会を出た俺の腰(的な部分)をツンツンと引っ張るのは大人しくしていたマイハニー。
「妾もご一緒させてくんなんし」
『お、おう!』
今晩はこのまま一緒に過ごすってことか!?ああ、実際には昨晩も一緒に過ごしてたのかもしれないけど(一方的に)。
「そっか!そうだよね!もうユクスさんも家族だもんね!」
「ふふ、ありがとう。妾がこうして迎えて頂けたのもメルの適応力のお陰。心より感謝致しんす」
「えへへ。私の適応力は生まれた時からルアさんが居たからだよ!」
「それは違いありんせん」
『おい、それは良い意味か?』
「えー?秘密だよー!」
『クハハ、絶対悪い意味だろ』
◇
談笑を交えながら帰路を行く三人。その姿を遠く離れた地から見ていたのは白いシルクハットの男。不意に歪んだ自らの顔をパンと叩き、大きな本をハラリと捲った。
真剣な眼差しで一度、二度と同じページを見直し呟いた。
「約束は必ず果たすから」
覇王歴千三百九十一年・年の折り返しを過ぎて間もない頃の一日が終えようとしていた。
◇




