#83 最終確認。
『さて、遅くなる前に教会に行くとするか!どうせ他の皆はもう集まってるだろ』
「うん、そうだね!行こっか!」
俺とメルが玄関に向かおうと徐に動き出したにも関わらず、他の三人からは動く気配を感じない。
“行かないのか?”という意で、少し首を、というか体全体を傾けると、ユクスがにっこりと笑って言った。
「ルベルア様が居ては二人が本音を言えなかったかも知れんせん。ですので、ルベルア様が行った後にもう一度だけ二人の気持ちを聞き、その後に三人で向かおうと思いんす」
この言葉に、モルドーとエリスも「うん!うん!」と大袈裟に首を上下させた。お人好しな二人の事だ、本当に反対の意思はないのだろう。
改めて気持ちの確認をする必要は無いと思うけど、椅子に座ったままの理由をハッキリ教えてくれたユクスに対して、無下に“必要ない”と断るのは無粋だよな。
『うん、分かった。じゃあ俺はメルと先に行くよ』
「ルアさん、早く~!」
やたらと足早に玄関を出たメルが手招きで俺を急かす。早くしないとまた怒りだしそうなので、俺も足……は無いけど、足早に家を後にした。
◇◆◇モルドー宅・居間◇◆◇
「どうやら二人も気になっていた様でありんすね」
◇
家を出たルベルア、メルを確認した三人。
話の口火を切ったユクスだったが、その言葉は“ルベルアと結婚した自分への正直な考え”を尋ねたものではなかった。が、モルドーとエリスも、それは承知といった様子で真剣な眼差しでユクスを見据えた。
◇
「ユクス様、やはりそうなのですか?」
「ルベルア様とケイオス様は丸っきりの別人という見立ては間違い無いと思いんす。だからこそ、ルベルア様の愛にお応えする覚悟を持てたのでありんすが……」
「それは私も同意します。マーちゃんはマーちゃんに違いありません。けれど、そうなるとマーちゃんが核の中で会ったっていう人は……」
「うん、ハールバドムだろうね。今更もうルベルアが僕らの子供だという事に疑う余地はないから、メルの中にあるっていう核の中でしか存在できない、小さな小さな人格としてハールバドムは精神を残したのかもしれないね」
「妾も同じ考え、されど、妾の知るケイオス様は遊びは好めど、無駄な事は嫌う御方。小さな欠片となってまで精神を残した理由を何と予想しんす?」
「私は何かを見届けたかったのではないかと思います。根拠はありませんが、力が無くても何かを見届ける事は出来るので、そうかな?と。それに先程“全ての事に対して都合が良すぎる”とモルドーも言いましたけど、それも関係しているのでは?」
「やはり其方もレコード・ルーラーが一枚噛んでいる事に気付きんしたか。一枚どころか十枚は噛んでそうでありんすが」
「ふぅむ。教会の会議にはレコード・ルーラーも来るでしょうし、思いきって聞いてみましょうか。天使王がラピスラズリを手に入れ、ワプルに渡した経緯を」
「いえ、黒竜が絡んでいると厄介でありんすから、今は他の者が居る前で問い詰める、というのは止めておきんしょう」
「分かりました」
「因みに妾は“東の果て、双流星の降った地にあなたの望む石があるでしょう”と告げられたのが切っ掛けでワプルを目指しんした」
「なるほど。昨日の話から予想はしていましたが、概ね予想通りです」
「まさか“ラピスラズリを体内に宿したケイオス様に瓜二つの魔族”と出会い、番として受け止めて頂けるとは思わぬ事でありんしたが」
「私とモルドーの様に、きっとユクス様とマーちゃんも出会う運命にあったのですよ。ふふふ!ねぇユクス様?マーちゃんからはプロポーズの言葉を貰ったんですか?」
「はわっ!?あの!その!一応……毎日妾のご飯が食べたい……と」
「わぁ!素敵!何も言ってなかったのなら後でマーちゃんを叱ろうと思いましたけど、安心しました!やっぱり運命に間違いないです!」
「その運命はユクス様がエリスを生み出したところから始まっている訳で……本当に複雑だけどね」
「ふふ、あっはははは!確かに複雑でありんすね。さて、あまり遅くなるのも失礼、そろそろ向かうとしんしょうか」
「ええ、行きましょうか」「はい」
先に家を出ていったユクスに続こうと足を踏み出したモルドーの肩をそっと引き止めたエリス。
「うん?」
「あなた、ケイオス様が最後に言った言葉をまだ覚えている?」
「勿論。でも、それは関係無いと思うよ」
「そう、そうね」
◇◆◇
◇
日暮れ後のワプルには人の姿がほぼ無い。皆、家の中へと入っており、外に居るのは自警団か玄関先で涼む者くらい。
明かりを灯す魔石はさほど珍しい物ではない為、街灯を増やすことも出来るのだが、そうする理由も特にないのだ。
日の出とともに行動を開始し、日の入りと共に体を休めるという習慣がついた村人達に、夜間外出を望む者は少ないからである。
故に静かな日暮れ後のワプル。その空を颯爽と駆け抜け、教会に到着した二つの影。
火の魔石を利用して作られた玄関先の松明に照らされたのは、ふわふわと揺らめき浮かぶ悪魔と、蝙蝠の翼と似た形状の黒い翼をフッと背の内に隠した少女。
二人は「もう皆いるね」だとか『遅いって文句を言われそうだなぁ』なんて呟きながら教会の中へと足を運んだ。
◇
『おいっす!』
「黙れ変態王、遅く来た事を謝れ」
『ウヒッ!?』
「こんば――ぁうっ!遅くなっちゃってごめんなさい!」
「メルは気にするな。何か用事をしていたんだろう?お前たちが来るまで黙って待つのも性に合わないからと、テスタント様がほとんど話を進めたよ」
アリエス、俺とメルに対する扱いの差がエグすぎない?っていうか変態王とお呼びになりまして!?まぁ、怖いのはいつもの事だし、アリエスジョークと受け取っておこう。
「私が進めた、と言っても朝に話した内容の確認みたいなものですが。特に変更も無いまま、皆様おおむね了解と言ったところですね」
と、テスタント。ローグ達や、村長のジジイ等のワプル連中も「ああ」だとか「ふむ」だとか言いながら首を縦に振っている。
いつもなら「ルベルアも異論は無かろう!」とか言って強引に決めちゃいそうなミハエルが眼を閉じて静かに考え事をしているのは少し不気味だけど、アリエスとテスタントが触れないって時点で俺が気にする必要もないか。
『皆も納得しているなら、俺から特に話す事は無いよ』
「テスタントさん、皆さん、話を進めてくれてありがとうございます!一応私にも、変更点と概要を聞かせて貰えますか?」
「ええ」
「その前にメルや、てっきり一緒に来るものと思っとったが、モルドーとエリスは来ないのかの?」
「はい村長。お父さん達なら、もうすぐ来ると思います」
『ユクスと一緒にな』
「なんと!?エリスがユクス殿と!?」
そうか、ユクスに対するエリスの怯えようは結構酷いものだったもんな。村長のジジイが驚くのも無理はないか。
『ああ、ユクスとエリス、二人の間にあった壁は随分と薄くなったと思うよ』
「それは良かった!ワシの心配も一つ消えたよ。おっとすまんの、話の腰を折ってしもうた。テスタント殿、続きをお願い出来ますかの?」
「勿論です。まずモルドー様立案の作戦の確認ですが、新手の魔族としてルベルア様がフスカからベクールを目指し、それの補佐をユクス様に。
【黒の王討伐達成の報告】という名目でベクール王への謁見をしている手筈のメル様とリエル、ローグの皆様はレコード・ルーラー様が声を発信して直ぐにルベルア様の所を目指して頂きます」
ん?誰か足りない気がすると思っていたら、レコード・ルーラーが居ないのか。まだ来てなかったのかな?
『ところで、レコード・ルーラーは?』
「レコード・ルーラー様は作戦の全てに同意した後、用事があるからと何処かへ行きました」
『用事?ただの暇人じゃなかったのか』
「テスタント様、ベクール王の謁見は私とリエル、ローグの皆様って言いましたけど、他の天使の方は行かない事になったんですか?」
「ええ。アリエス、ククアは謁見に向かないという我々の判断で、天使からはリエルだけを同行させる事にしました」
「そう、なんですか?アリエス様達が居た方が心強いと思うんですけど……ね?ルアさん」
『ふぅむ……』
ベクール王って確か、なんちゃら・ドラフォイだっけか?どんな王様なのか知らないけど、王様ってくらいだから偉そうな奴なんだろうな。
◆
謁見の為に王の前へと並んだメル達。周りには城の兵士達。ベクール王は萎んだ風船よりもシワが多いが、それが殊更威厳を感じさせる。
並んだメル達を確認すると、アホみたいに胡麻すりの上手そうな、アホみたいな王の側近が、ハの字に垂れた眉を吊り上げて言った。
「王様の足下に跪け豚ども!」
状況に慣れたローグ達は息を合わたかの様に素早く土下座。動き遅れたメルは大慌てで土下座をした為、床に強く頭を打ち付けてしまった。
鈍重な音が響いた謁見の間だったが、ベクール王をわなわなと震えさせたのは、メルの失態ではなく――。
「お前達!早く平伏さんか!!」
頭を下げる素振りすら見せない天使の態度だった。
「あぁん?黙れクソ虫が。こちとら豚じゃないんでね、豚に下げる頭は無いんだよ」
「アリ……が豚?許さ……い」
短めの髪の天使の声はうまく聞き取れなかった王だが、目付きの悪い長髪の天使の言葉はハッキリと王の耳に届いた。
「お前たち!王様になんたる言葉使い!!万死に値する!!」
未だ一言も発しない王だが、わなわなと震えていた拳からは、今にも血が滴り落ちそうであり、顔も火が出そうなくらい真っ赤である。
見たことの無い王の表情に、四人のローグは額に汗を滲ませるも、天使最後の砦であるリエルは能天気にカツミの実を貪り喰らっているだけだ。
このままでは作戦が始まる前に破綻する!そう考えたメルは、小声で「お願い!頭をさげて!」とリエルに訴えた。が、能天気に見えたリエルも、実は真っ赤な瞳をもっと赤くして怒っていた。
「むごがもが!?もごごももががっ!!」
(※メルが豚!?豚はお前だ!!)
振りかぶったリエル!放たれたカツミの実!危険の迫る萎んだ風船!ストラーイクッ!!
「うわぁああっ!リエル!?豚って言ったのは王様じゃなくて横のアホみたいな人だよ!?」
「もががんがっご!」
(※関係ないね!)
たちまち謁見の間は大混乱。
「大変だぁー!」「なんてことを!」「ひぃぃ!」「引っ捕らえろ!」「側近A様!どうしますか!?」「風船王を医務室へ!」
そんな声が入り交じる中、やれやれと立ち上がったローグ達はため息を漏らした。
「ヤハス様、これ、どうするニャ?」
「自分に言われても困るよ」
「アーッハッハッハッ!これはこれで楽しいじゃないか!こんな愉快な事、滅多に起きてたまるか!」
「ハァ……こっちにも馬鹿がいたわ……」
もはや収拾のつかぬ事態。困り果てたメルは高く広がる謁見の間の天井に向かって叫んだ。
「助けて!!とっても頼れる格好良いお兄ちゃああん!!」
◆
我ながら恐ろしいまでの想像力!!
ちょっと待て、限りなく現実的にありえる方向で考えてみたけど、これだとむしろリエルも居ない方が良いんじゃ……けど、リエルまで拒めばメルが寂しがるよな。
「ルアさん?」
『あ、ああ!ローグの皆が居るから大丈夫さ!アリエス達は置いていこう!!』




