#80 合成。
「それに、声と姿が見えなくたって、家には紙とペンがあるんだから普通に伝えられるよね?」
そう言ったメルからは少し微笑みが溢れた。が、何故か眼が吊り上がっていた時の顔よりも恐ろしく映った。ジンミー人形なんかよりも、ずっと怖い。
(『うっ……確かに……仰る通りです……』)
筆談。そんな簡単な事にどうして気付かなかったんだ!俺のアホゥ!!
「ちょっと良いかい?メル。もしかしなくても、今メルが話しかけている相手ってルベルアだよね?」
「ルアさんだよ!!」
「じゃあ、この浮いてるジンミー人形って……?」
「うん!透明になっちゃったルアさんが人形を持ってるだけ!!声も私にしか聞こえなくて困ってたの!!!」
声のボリューム!元気なのは良いことだけど、メルは小さな頃から本当に声がデカい。多分、ハムスターなら心臓が止まるレベル。
「メルちゃんメルちゃん、あのね?お父さんとお母さんにマッサージをしてくれたのも、カサカサって音を立てたのもマーちゃんがやっていたの?って聞いてくれる?」
エリスの頼みを了承する前に、メルは俺を見つめた。言葉にはしていないが、表情が“どうなの!?”と言っている。
(『俺だよ。気付いてもらいたくて色々やったんだけど、ね?因みに、フライパンはテーブルの上に置いてあると教えてやってくれ』)
「そうだって!!あとね!フライパンはテーブルの上に置いてあるって言ってるよ!!」
メルの返事に「わぁ、やっぱり!」と喜んだエリスはフライパンを見つけて、またも「わぁ、良かった!」と喜んだ。
モルドーは「あのマッサージ、気持ち良かったからまたお願いしたいなぁ」と調子に乗った台詞を言っている。
悪いが、モルドーに限りマッサージは有料だぞ。もちろん今回も含めてな。この世界の金銭感覚を知らないから、とりあえず、一回につき金貨一枚って事にしておこう。
(『とりあえず、メルのお陰で二人も安心したみたいだな。何から何まで任せっきりで申し訳ないけど、状況の説明も宜しく頼むよ』)
「うん!任せて!」
玄関先で説明を始めようとしたメルだったが「ここで話すのも.アレだから」と言うモルドーの言葉で、俺達は暖炉のある八帖程の居間へと移動した。
メルに触れないように部屋の隅に立っているユクスの配慮を無駄にせぬよう、俺はユクスと対角の隅を位置取った。
メルからの簡潔な説明はこうだ。
ラピスラズリが俺にもたらす効果。その対策の為、ユクスに力を貸して貰う事。それらの説明を含む、俺が核の中で会った【変な俺】について、である。
モルドーとエリスは静かに相槌を打ちながら、時折ふかく息を吐き出したり、自らの記憶の断片を覗くような視線を見せたりしていた。
「話は分かったよ。でも、どうして家に?」
「外が暗くなってきたから、明るい所が良いなぁと思ったの!教会だと人が多くて混乱する人も居るかもしれないし!」
「なるほど、確かにそろそろ暗くなるもんね。家で良ければ遠慮なく使うと良いよ。僕らに手伝える事があれば手も貸すよ」
「そうだ、メルちゃん!お菓子とお茶を用意しようかと思うのだけど、ユクス様はいつ頃来てくれるのかしら?」
お?この世界に長く住んでる人なら魔力探知みたいな事にも優れてるのかと思ってたが、モルドーもエリスも、今のユクスには気付かないのか。
今朝の教会で初めて見たときは俺も気付かなかったけど、それは俺が探知に慣れてないからだと思ってた。もしかして、体を小さくするのは【魔力を隠す】と似たような状態になるのかな。
「あ、あのね、お母さん」
「断りもなくお邪魔をしておりんした、許してくりゃれ。メルからの説明がある前に姿を見せては不安にさせると思いんして」
部屋の隅に居た小鳥がクルンと宙返りをし、人型へと姿を変えた。
モルドーとエリスはあんぐりと口を開けて驚いている。心臓が止まりそうになった!とは正にこういった状況を差すのだろう。二人が小便を漏らさなかったのは不幸中の幸いだ。
いや、驚いただけで不幸になったわけじゃないか。
「これはユクス様!こちらこそ気付かずに失礼を!いつか改めてお詫びをしようと思ってたんです、丁度良かった!」
「詫び……でありんすか?」
「ええ、今にして思えば、魔王側の事情を深く知らなかった僕が、人種族側の一方的な見解で貴女に酷い口を利きました。どうか御許し下さい!」
ぽっちゃりゆるゆる顔が特徴のクセに、せんぶり茶を飲んだみたいな渋い顔へ急変したモルドー。
多分、数日前に俺がユクスとモルドーに挟まれ、雲海の谷へ連れ去られた時の事を謝っているのだろう。それとも、俺の知らないずっと昔の事だろうか。
真面目な声色で頭を垂れたモルドーだったが、途中でユクスが制止し、言葉を返した。
「本当に、本当にお互い様でありんすから。妾も心より謝りんしょう。長きに渡り、多くの迷惑を掛けんした。許して貰えるならば、これからは良い関係を築いてゆきんしょう」
「ユクス様……!!」
「……はい!是非!宜しくお願いします!」
結局深く頭を下げたモルドー。と、モルドーよりも深く頭を下げたエリス。
なんかだか分かんないけど、良い方向に話が纏まったみたいで良かったね!
「えっと、お父さんとお母さんがユクス様と仲良しになれたのは凄く嬉しいけど、ルアさんも早く戻してあげたいなぁ……なんて」
「ふふ、そうでありんすね。では、メルとルベルア様の為に、二つの腕輪とラピスラズリを合成させんしょう」
「お願いします!」
メルと場所を代わり、テーブルの傍らに移動したユクスは、胸の谷間から、一枚の羽、一つの指輪、二つに割られたラピスラズリ、二つの腕輪を取り出した。
装飾的に、指輪は俺が一度貰った【黒狩人の服】に変化する物と同一と考えて間違いないだろう。
と、当たり前のように取り出された合成材料達はテーブルの上に並べられたが、谷間に納められていたのを疑いたくなる物量だ。
もしかして、ユクスの柔らかそうな谷間って四次元ポ○ットなんじゃない!?ハァハァ、ハァハァ!俺も吸い込まれちゃうかも!!……おっと危ない危ない、今は興奮してる場合じゃないや。
魔力で作られているのが一目で分かる二つの銀の腕輪は、それぞれが淡い紫色に光る模様?文字?を刻まれている。青色のラピスラズリも淡く光を帯びている為、テーブルの上が幻想的な雰囲気に包まれた。
但し、幻想的というのはモルドーとエリスが隣に居なかったなら、の話だが。
と言うのも、モルドーとエリスがこれでもかと食い入って覗き込んでいるのだ。鼻息荒く。ユクスとめちゃくちゃ顔が近い。その所為で、幻想的と言うよりも、猟奇的と言う方がしっくりくる光景になっている。
「片方の腕輪にはラピスラズリとメルの魔力を、もう片方にはラピスラズリとルベルア様の魔力を……の前に。二人とも、メルを見習って少し離れなんし」
あっ、怒られてやんの。
「「ごめんなさい」」
モルドーの“てへ☆いっけね~!”みたいな顔が無性に腹立つからひっ叩いてやりたいが、もう少しで終わりそうだし我慢するか。
それにしても、ユクスは他の人と同じ魔力を作ることも出来るのかな?それとも何かタネがあるのかしら?どっちにしろ、色々できるってのは凄いもんだ。
真剣な眼をしたユクスの両手に包まれたラピスラズリと羽は、溶けたように混ざり、雫となって、テーブルに置かれた腕輪へとポタリ、ポタリと降り落ちた。
三十分程掛けて、ユクスの両手の中が綺麗さっぱり空になった頃、腕輪は淡い紫に光る模様をそのままに、メタリックレッドに近い色味へと変化していた。
休むことなくラピスラズリと【指輪:黒狩人の服】を両手に包み込んだユクス。ひとつめと似た作業をもう一度行い、メタリックブルーの腕輪を作り上げた。
淡い紫に光る模様が角度によってキラキラと輝き、高級感を醸し出している。実際売るとするならば、高い値がつくに違いない。
いや、もちろん売らないけどね!クハ、ハハハ!
「お待たせしんした。ではメル、これを」




