#79 来訪告知作戦とは。
※誤字修正しました。
来訪告知作戦!開始!!
ドア鳴りと言うのか、ギィという音を聞きつけたモルドーは「よっこいせ」とおっさん臭い掛け声で暖炉前のソファから立ち上がった。
その場で玄関へと続く居間の出入口を見つめたモルドーは、一拍を置いてから徐に動きだした。といっても動きは鈍重であるが。人差し指で頭をポリポリ掻きながら玄関へ近付いて来る。
居間の向こうにあるキッチンから聞こえるのは、炒め物をしている音。つまりエリスは料理中であり、玄関の様子に気付くわけが無い、と。ならば仕方がない、エリスに知らせるのは後回しだ。
「メルが帰って来たのかと思ったけど、誰も居ないなぁ……。けどドアが開いてる……。もしかしてルベルア?」
(『ほぅほぅ、なかなか察しが良いじゃないか。見直したぞ』)
半開きになった玄関のドアに手を掛けたモルドーは、頭ひとつが通るくらいに開き直すと、庭を見渡し「あれぇ?やっぱり誰も居ない……」と独り言ち、不思議そうに首をかしげた。
俺が此処に居ると気付いた訳じゃあなかったのね。惜しかったな、俺は外じゃなくお前の後ろだ。愛する息子の居場所が分からないのならば、強引に分からせてやろう!
(『そぉいっ!』)
「っあ!?痛た!あっだだだだだだだっ!!」
外を見てばかりで後ろの俺に全く気付かない。そんな鈍感なモルドーでも分かるように、ドアで頭を挟んでみた。
そんなに?ってくらい痛がっていて、少し笑える。
「ったい!痛いよエリス!エリスゥ~ッ!!」
エリス?何言ってんだコイツ、気持ち悪いぞ。強く挟みすぎた所為で頭がおかしくなっちゃったのかな?念のため、一旦ここらで止めておくか。
「あなた?一人で何をしているの?」
モルドーの悲鳴を聞きつけ、エリスがご登場だ。
手に持ったフライパンには味付け前の芋と肉の炒め物が入っている。今日の晩飯はジャーマンポテトかな?
今朝話したとき「マーちゃんはどんな料理が好きだったの?」と聞かれ、思い付きで答えた料理の一つだ。
早速作ってくれるなんて、ウチのママンは優しさの塊だな!早く食べたいぜ!
とまぁ、それは置いといて。エリスも来たって事は、どちらか一人が気付いてくれれば一石二鳥で片がつくじゃないか。
「ふぁ~、痛かったぁ!もう!村の皆に見られたら変な誤解をされるから、こういうイタズラは我慢してねって言ったでしょ!?」
ずれた眼鏡を直しながら叫ぶモルドー。
んん?んんん?どゆこと?昔のエリスはこんなイタズラばっかりしてたって事?だとしたら、なかなかのドSですな。
「えぇ?何もしてないわよ?あなたが一人で騒いでいたから見に来ただけで、私はキッチンに居たじゃない。ほら!」
エリスがこれ見よがしにフライパンをヒラヒラさせる。それを聞いたモルドーは、何故か残念そうに小さく肩を落とした。
ふむ。よくよく思い返してみると、頭が挟まれていた時のモルドーの声は活き活きしていた気がする。エリスに“違う”と言われるまでは嬉しそうな顔をしていたし。
あんなに痛がっていたクセに。
とりあえずモルドーが変態なのは確定事項にしておこう。
「う~ん、確かにエリスはキッチンに居たよね。僕は玄関から音が聞こえたから様子を見に来たんだよ」
「風かしら?」
「で、誰も居ないから、気になって外を見てたら、ガッチリと挟まれたんだよ。ドアに!頭が!」
「そうねぇ……風かしら?」
「うーん……それにしては……」
どんな風だよ!いくらなんでも無理があるだろ!とは言え、このままだと俺の存在に気づく前に有耶無耶になって終わりそうな予感がする。
そうなる前に次の一手を指す!!
――なんて格好つけてみても、床をカリカリ引っ掻くのが精一杯なのよね。あまり傷を付けないように。優しく、それでいて激しく。
俺は二人の足元の床、その木目をなぞるように爪先を走らせた。時に撫でるよう優しく、時に猫をじゃらすように素早く。
「きぃぃやぁぁぁぁぁぁああっ!!」
(『ふぁああっ!?びっくりしたー!いきなり叫ぶなよ!』)
「エリス!?急にどうしたの!?」
「こここここの下に!ネズミが居るの!」
(『ネズミ!?』)「ネズミ!?」
「音がしたの!」
「そんな筈は無いよ!床下にはネズミが嫌うハーブと同じ香りの石が敷き詰めてあるんだから!」
「本当よ!カサカサって音がしたもの!!」
(『ネズミじゃねぇよ!俺だよ!俺!』)
「エリス、静かに――――ね?聞こえないだろ?ネズミが居るなんて気のせいさ」
はて、ここで床をカリカリやってもネズミが居ると思われるだけで逆効果だ。なのでカリカリは止めて、試しに二人の肩を叩いてみよう。
じいちゃんとばあちゃんに鍛えられた俺の肩叩きスキルを堪能させてやるよ。
ぷかぷか浮かぶ手を二つ増やし、四つになった手。指先が尖ったままだと危ないので、出来る限り丸くしておく。
増やした方の手はメインの手に比べて繊細さが落ちるが、メインの手をエリス、増殖した手をモルドーに割り当てれば問題はない。
始めはゆっくりした回転数で、凝り固まった肩を軽めにトントンと叩きほぐす。
「それなら良いのだけど……ヒャッ!?んんっ……!凄く……良い!」
骨抜きになったエリスがフライパンを落としそうになったので、咄嗟にもう一つ手を増殖させ、受け取った。大切な晩御飯だ、ぶちまける前に安全な所に置いておこう。
「ん?エリス?今度はどうし――うへぇっ!?何これ!気持ちぃいっ!」
クフフ、そうだろう、気持ちが良いだろう?この豚野郎め!畑仕事でガチガチに固まった肩をてろんてろんにトロけさせてやるよ!
ある程度凝りが解れてきたら、早い回転数で叩き、手の平全体を使って大きく揉む。というように、叩きの合間に揉みを混ぜる。
「ぁあっ!もうっ……だめぇっ!」
「っっ!――僕もッ!」
エリスが無駄にエロいのは許せるが、モルドーには殺意が湧く。
時間にして三分も経っただろうか?俺のメロメロアタックに堪えられなくなった二人は、床にヘタリと座り込んでしまった。
ここまでやれば、流石に俺だと気付いただろう。次は、どうやって【ユクスが来るけど驚かないでね】って伝えるか、だ。
「何故か凄く気持ちが良かったけど、僕らの身に何が起こったんだろう」
「あら?私は分かったわよ」
「えっ?本当!?」
おお、エリスが気付いてくれた!気付かなかったモルドーは罰ゲームとして“鈍・カン太郎”に改名してもらおう。
「ピクシーの仕業よ!」
(『エリス、残念!ハズレだ!ところでピクシーって、ゲームなんかでもお馴染みの悪戯妖精的な奴か?この世界にはそんなのも居るのか』)
「どうだろう。ハールバドムを封印してからの旅の最中には悪戯される事もあったけど、僕らが勝手にピクシーの仕業という事にしていただけで、実際に居たかは分からないよ?」
「でも夕飯の料理が盗まれてしまったの。私が読んだ物語では、ピクシーは人に悪戯をして食べ物を持っていく事もある、と描いていたわ」
(『その物語はどちらの世界で読んだモノだ?とにかく、晩御飯はテーブルの上に避難させただけで盗んでなんかないぞ』)
「料理、盗まれちゃったの?う~ん、食べ物だけで済んだなら良かったけど、これ以上悪戯されないように魔除けの対策を考えないと」
「そうね。今度ミルザに頼んでみようかしら」
(『まてまて!妖精にあんなマッサージが出来るか!』)
むうう、この鈍い二人は何をすれば気付くんだ……。そうだ!魔除けなんか意味のない、安心安全な存在ですよー!って分からせれば良いんだ!
俺は急いで二階へと上がり、メルの部屋のドアを押し開けた。
目的の物は部屋の隅にある。目隠し用の大きなタオルを掛けられたそれは、メルが幼少の頃に、魔除けとしてモルドーが買ってきた【ジンミー人形】という恐ろしい見た目の人形だ。
目隠しタオルを剥ぐのは随分と久しぶりな訳だが、髪が伸びてたり、目が飛び出したりしていないだろうな。
勇気を振り絞ってタオルを外すと、昔見たままの姿をしていた。が、やはり怖い見た目をしている。臆してる時間は無いのだが……本当に気持ちが悪い。触りたくない。
――むにゅっ。
うげぇぇ、柔らかい!肌の触感がブヨブヨだ!気持ちわりぃ!力加減を間違えると潰れてグチャグチャになっちゃうかも。それはマジ勘弁。
だが、これを持っていけば俺が魔除けの効かない存在、善人である事の証明になる。完璧な計算だ!
両手に乗せたジンミー人形を壊さぬように、落とさぬように、気を遣いながら階段を下りた俺は、居間を抜け二人の待つ玄関へと進んだ。
居間と玄関を結ぶドアをくぐり抜けると、すぐに二人からの視線が此方を向いた。
二人には俺の姿が見えていない筈で、突如として宙に浮いたジンミー人形が現れた事になるのだが、千三百年以上生きている大人ならば冷静さを失うことは無いだろう。
そしてすぐに“あっ、ルベルアか!驚かせやがって!で、透明になっちゃって、どうしたん?”ってなる!と思うの。
そしたら……そうだねぇ……ん?結局どうやって伝えたら良いんだ?姿も見えず、声も届かないの――
「きぃやぁぁぁぁぁああっ!?」
(『あひぃっ!?』)
「うぉぉわぁぁぁぁぁぁああっ!?」
(『ひぇっ!?』)
◇
ヌッと現れたジンミー人形に思考停止していた二人だったが、常識外れの状況を認識したエリスは仰け反って絶叫。
驚きで飛び上がりそうな気持ちを抑えていたモルドーも、エリスの甲高い叫び声により緊張の糸が切れたのか、目玉をひっくり返して大声を上げた。
二人は興奮そのままに外へと飛び出した。あっという間の出来事である。
ジンミー人形を持ったまま取り残されたルベルアは予想外の展開に一瞬固まってしまったが、寸陰の後に我を取り戻し、二人の背中を追った。
◇
「ヒッ!?ちょ、ちょっとルアさん!えっと……何やってるの?」
恐怖のジンミー人形を両手で包み、恐る恐る玄関を出た俺と真っ先に目が合ったのはメルだった。足元には二人の大人がしがみついている。
俺より先にジンミー人形と目が合ったのだろう、一瞬ビクンと肩を揺らしたメルだったが、俺に焦点が合うなり眼を鋭く吊り上げた。
絶対に怒っている。怖い。
気付けば、庭先に置いてある椅子の背には、ずっと待っていたのか、着いたばかりなのかは分からないが、黒い小鳥が留まっている。が、人型に変わらずに様子を見ている。
さっき別れた時にはカラスの姿だったのに、どうして小鳥になっているんだろう。あの大きさでもラピスラズリや装飾品を収納出来るのね。
それにしても、小鳥の姿だとイマイチ表情が分からない。故に何を考えているのかも分からない。怖い。
【ルアさん】という言葉を聞いて、メルの足元に仔犬の様に震えながらしがみついていたモルドーとエリスも、互いの顔を見合って「まさか……?」だとか「もしかして?」なんて呟いている。
(『あの……カクカクシカジカで、俺なりに頑張ったんだけどさ……こうなっちゃったんだよ……クハハ!』)
「もうっ!笑って誤魔化さない!ちゃんと二人に謝ってよ?」
(『ヒッ!ご、ごめんなさい』)
「いま謝っても、私にしか聞こえないよ」
(『あ、ああ、そうだった』)
「それに、声と姿が見えなくたって、家には紙とペンがあるんだから普通に伝えられるって言ったよね?」
そう言ったメルからは少し微笑みが溢れた。が、何故か眼が吊り上がっていた時の顔よりも恐ろしく映った。ジンミー人形なんかよりも、ずっと怖い。




