#78 夕暮れ。
「ユクスさん落ち着いて!ルアさんなら大丈夫でぇやぁぁぁぁああすっ!!」
「――ッウ!?」
うぉお!?メル!?いきなりどうした!!?お前が落ち着け!!!
メルのまさかの豹変に俺は勿論のこと、目の前で叫び声を上げられたユクスは驚きのあまり口から心臓を射出し、メルの頬を掠めた!
あっ、いや嘘だ。すっっっっげぇ驚いてはいるけど、心臓は出てないしメルの頬にも一切触れていない。
どういう訳か、驚かせた側のメルが瞬時に飛び退き、ユクスから距離をとった。足元に爆弾でも転がってたのかと思える様な動きである。
(『どうしたんだよ!?ユクスが固まってるぞ!?』)
「あばば!違うのルアさん!じゃなくって!ごめんなさいユクスさん!驚かせるつもりじゃなかったんですけど!!」
「いいえ、それよりも、今ルベルア様をお呼びに!?メルは何か知っているのでありんすか!?」
俺ならさっきからここに居るんだけどな……声が聞かせられないというのはもどかしいのぅ。
俺の手がかりを聞き出そうとメルに詰め寄ろうとするユクスだが、メルは「あのっ!」だとか「ちょっ!」なんて叫びながら巧みな足運びで一定の距離を保つ。
メルが何をしているのかは分からんけども、意識を集中すれば透明の状態でも物や人に触れられる事は知っている。
急に触れればユクスはまた驚くかもしれないが、早目に俺が居ることを分からせて安心して貰おうじゃないか。
「ルアさん!ダメ!ユクスさんから離れて!」
(『おうっ!?なぜに!?』)
「メル!やはりルベルア様が近くに!?妾から遠ざけようとするのは如何な理由か!?」
「違うのユクスさん!その右手、ラピスラズリですよね!?」
ラピスラズリ?あっ、本当だ!全然気付かなかったわい。メルが急に慌てた理由はアレか。
核の中で【変な俺】にされた意味ありげなラピスラズリの話、それを伝えたのはついさっきだ。そんなタイミングでラピスラズリを見つければ飛び上がるのも頷ける。
(『なるほど、理解したよ。【変な俺】の言うことを鵜呑みにする訳じゃ無いけどな。一応距離をとっておくよ』)
メルに聞かれ、ユクスは右手に持っていたラピスラズリに目をやった。
「左様。消えたルベルア様が残していった物でありんす。が、いま妾が聞きたいのは……ハッ!?もしや、この中に!?」
「えっと、その中じゃなくて……。今は私以外には姿が見えない状態なんですけど、ルアさんなら元気いっぱいであそこに居ます」
「ルベルア様が……?」
メルが掌を向けて俺のいる場所を指し示した。“元気いっぱいで”と言われたので筋肉ムキムキポーズで応えてみたが、ユクスはクスリとも笑わなかった。
ユクスには俺の姿が見えていないんだから当たり前か。まぁ、メルも笑ってないけどね。
「信じられないかもしれませんが、私の――」
「いえ、信じんしょう。昨日より後に其方への信頼が揺らぐ事はありんせん。それに、妾の居場所を知らぬ筈のメルが一直線に此処へ来たのも何よりの証拠。取り乱したのは謝りんす。どうか、妾に話を聞かせてくりゃれ?」
「ユクスさん……ありがとう!ルアさん伝に聞いた話だから分かりにくいかもしれないけど、一から全て話しますね!」
「お願い致しんす」
ふぅ、やっと状況が落ち着いたか。後は【変な俺】がやたらと気にしていたラピスラズリをメルが触ればどうなるか、なんだよな。
時間が足りなくて結局【変な俺】からはラピスラズリに触れると何が起こるのかを聞けなかったし。
あれ?ちょっと待って。今メルが少し俺のことディスってなかった?いや……そんな訳ないか!気のせい気のせい!
◇◆◇
メルの口からは、【変な俺】から聞いたラピスラズリに関する話を俺がメルに伝えた内容、という若干こんがらがって聞こえる説明がされた。
・俺が触れると同化するらしいという事(同化がなんなのかも分からんが)。
・同化すると恩恵も弊害も身に降りかかるらしいという事。
・ラピスラズリが俺と同化しないようにユクスが加工した物、それをメルが扱えば大丈夫らしいという事。
「なるほど……ルベルア様が核の中で聞いたもう一人のルベルア様の声、というのが少し気になりんすが、概ね分かりんした」
すっかり調子を取り戻した様子のユクスは、右手の宝石を掌で転がしながら難しい顔をして見つめた。
「はい。そんな訳で、頼み事を聞いてもらえますか?」
「もちろん」
(『メル、もうじき暗くなるし、そろそろ場所を変えないか?』)
「助かります!あっ、うん、そうだね!ユクスさん、ルアさんが場所を変えようって言ってるので、もう少し明るい所に行きましょうか!」
空は夕焼け色に染まっている。一年中ほぼ日照時間の変わらないワプル、後三十分もすれば夕日は完全に沈んでしまうだろう。
暗くなり、夜目の効かないユクスが「目がーっ!目がーっ!」と騒ぎだすところは見たくないからな。
「では、教会に行きんしょうか」
(『教会だとまた事態が長引かないかな?説明とかでさ。どのみち今日も教会に集まる約束だけど、ラピスラズリ問題が解決してからにしたいなーと、我が儘を言っても良いか?』)
「あー、うん、それもそうだね!じゃあ私は皆に一声掛けてから家に戻るから、ルアさんとユクスさんは先に行ってて!」
「ほえ?教会ではなく、ルベルア様のお屋敷に?」
「はい!それでその、もし可能なら先にラピスラズリの加工を始めておいて下さい!」
お屋敷なんて呼べるほど立派な家じゃねぇけどな。しかも俺の定位置なんて外だもの。
「分かりんした。ならばメル、しばし妾に手を」
「――?こうで良いですか?」
ユクスが差し出した左手に、メルがそっと右手を添える。絵になる二人の様子に、ダンスを踊り出す訳じゃないよな?なんて妄想が広がる。
が、妄想が広がりきる前に、ユクスが「ありがとう、では失礼ながら、先にお屋敷を目指しんす」と述べ、カラスへと姿を変えた。人間だった頃からよく知るカラスの大きさだ。
手ぶらで飛んでいったのを見る限り、手に持っていた筈の指輪とラピスラズリは体を覆う羽のどこかに収納されているのだろう。
「じゃあ、リエル達に“大丈夫だから”って伝えたらすぐに私も向かうね!」
(『おう!あっ、そういえば、この時間だとモルドーもエリスも居るよな?どうやって説明しよう!?前の俺が見えてなかったって事は今も見えないって事だろ?』)
「えっと、お父さんとお母さんなら私たちの書く字も読めるって言ってなかったっけ?」
言ってました!筆談の可能性なんて全然考えてなかったです!本当にごめんなさい!だから、そんな哀れんだ目でお兄ちゃんを見るのはやめて頂きたい!!
(『そう、だな!クハハ!ほいじゃあ、家で待ってるよ!!』)
「うん!また後で!」――ッッキュン!
おおん、速っ!あれが本気の飛びか。あれなら教会メンバーに簡単な説明をする時間を考えても、それほど時間は掛からなそうだな。
さて、俺もユクスより先に着くように高速で帰りますか。
◇◆◇
と、帰って来たものの、モルドーとエリスには何て言おうかな。
途中で追い抜いてきたユクス、予想よりもゆっくり飛んでいたからもう少し時間に余裕はある筈。
少なくとも、いきなりユクスが来ても驚かないような説明をしておかないと。なるべく手短に。
ドアの鍵は――ギィィ――開いている。立て付けが悪くて軋んだ音のなるドア。二人はもう俺の存在も過去も知ってる訳だし、今度直しておいてやるか。
「お帰り!」
(『おう、ただいま!』)
ふむ、一応声を返してみたけど反応が無い。やはり俺の声は聞こえていない、という事は……姿も見えていないのだろう。
モルドーは暖炉前のソファに、エリスは台所か。
大きな作戦が控えている今、【二人にユクス来訪を伝える】なんてのはあまりにもちっぽけな作戦だ。
だが!俺はウサギを狩るのにも全力を尽くす獅子と同じ!ちっぽけな作戦も全力で行い!全力で完遂する!
来訪告知作戦!開始!!




