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#77 ほとり。

 俺の黄色い瞳にはメルが映っているだろうし、メルの瞳にはフワフワと揺らめく悪魔みたいな影が映っている。のだが……。


(『もしかしてだけど……』)


「リエルにはルアさんが見えていない?」


「居ないんだから見えてるわけないじゃん!もしかしてドッキリのつもり?」


 リエルは幼さの残る可愛らしい顔つきをしているが、存外ハッキリとモノを言うタイプの天使である。将来的にはアリエスみたいな女性になるのかもしれない。末恐ろしい奴だ。


「ドッキリじゃないよ!ここにルアさんが居て、今も喋ってるんだけど、リエルにはルアさんが見えてない?」


 メルの質問にリエルは「うん」と頷いた。即答だ。が、眉間にシワを寄せると、赤い瞳を急にキョロキョロと泳がせて、何かを警戒し始めた。


 続けざまにメルが「声も聞こえない?」と聞くと、それにも「うん」と答えたリエル。しかし、あからさまに小声であり、耳打ちと言って良いほどメルとの距離が近い。背中も少し丸まっている。


 やはり何かを警戒しているようだ。というか警戒しすぎだ。野生のウサギでももう少し可愛く警戒するぞ。


「そっか。教えてくれてありがとう」


「……うん」


 リエルは何故か先程から“うん”としか答えない。普通に考えると場違いな返答では無いのだが、相手がリエルなだけに違和感が残る。


 これってまさか……リエルが警戒している相手って、俺かッ!?


 俺が居ると聞いてから様子が変になった気がする!俺がリエルに特別なにか嫌な事をした覚えは無いんだが、どうしてだろう?


【見えない俺】【急に警戒】【小声になる】……あれ?これ、テレビドラマなんかで見たことがあるけど、アレじゃね?


 “部屋に盗聴器が仕掛けられている”と気付いた人の反応にそっくりじゃね!?見えない俺は盗聴器や盗撮カメラなんかと同じ扱いかよ!!


 まぁ、良いけどさ。


 とりあえず、俺の姿や声がメル以外には届かないってことは確定みたいね。以前と同じ状態に戻った、と言えばそれまでだけど、原因を知る必要がある。


(『また面倒な事になっちまったな』)


「そうだね、でも……絶対大丈夫だから!」


 メルは俺の手を強く握り、ニッコリと可愛らしい笑顔で励ましてくれた。なんの根拠も無い勢い任せの言葉だけれど、俺の心は安心感で満たされた。


(『ありがとう!原因として思い当たる事は幾つかあるんだ!聞いてくれ!』)


「ううん。ルアさん、それは後で。リエル、もし誰かに私の居場所を聞かれたら“星降りの湖に行ったよ”って伝えてくれる?」


 メル……。目を離すとすぐに謎の事態に(おちい)る俺に文句のひとつも言わないで、早く湖に行きたいという俺の気持ちまで察してくれている。本来に優しい娘だ。


「……うん、分かった。ねぇ、メル?ルアさんも一緒に行んだよね?」


「もちろん!じゃあ、行ってくるから宜しくね!」


「行ってらっしゃい!気を付けてね!」


 おお、いつも通りの明るいリエルだ。様子がおかしいと思ったのは俺の気のせいだったか。


(『ありがとう、迷惑かけてごめんな。でも、メルが一緒なら凄く心強いよ』)


「えへへ。私だってルアさんの為に頑張りたいもん!」


(『でゅひひっ!』)


 おっと!メルが良い子すぎて、うっかりデレちまったぜ!我ながらちょっとキモかったかも。“渋くてカッコいいお兄ちゃん”のイメージが崩れる前に行くとするか。


「ルアさん、今の笑いかたキモいよぉ!」


 そう言いながら教会の外に出たメルは、すっかりお馴染みとなった黒い翼を背中から発現させると、颯爽と広げ、東の空へと駆け出した。


 と、メルを見送っていたリエルが、白と黒が入り交じった前髪を掻き上げて、本音と深い溜め息を吐き出した。


「姿を隠して飛び回るなんて、ルアさんって本当に変態なんだから。メルも苦労が絶えないよね……ハァ」


 慌ててメルの後を追おうとした俺だったが、リエルからの唐突な一撃に、思わずズッコケてしまった。


 リエル!俺はまだここに()りますよ!?陰口には気をつけたまえ!!


(『念のため言っておくが、こちとら好き好んで姿を消してる訳じゃないんだぞ!メルの苦労に関しては……その……本当に……申し訳ございません!!』)


 どうせ言い訳をしてもリエルには聞こえないんだけどさ。気を取り直して、メルの後を追って東の湖を目指す事にしよう。少し赤みの増した空は、夕暮れ時が近づいている事を知らせている。


 メルには思ったよりも早く追い付く事が出来た。メルが本気で飛んでいたなら、俺が追い付くよりも早く湖に着いていただろう。つまり、メルは俺が追い付くのを待っていてくれたという訳だ。


 その心遣いに感謝しつつ、俺は核の中で【変な俺】から聞いた話をメルに教えることにした。


 と言っても、俺がきちんと覚えていて、メルに教えることが出来るのは【ラピスラズに関する内容】のみだ。


 他にも色々言っていた気もするが、まぁ、えーと、アレだ、笑って誤魔化そう!クハハハッ!


 ◇◆◇


「そのルアさんは物知りなんだね。そのあと本当に出られたの?」


(『ああ。で、核から出るとメルが目の前だったって訳さ!もしかすると俺の核はメルの中にあったのかもしれないな』)


「うーん、そうなの……かな?」


(『予想だけどな!とまぁ、大体こんなトコだよ』)


 俺の話を聞き終えたメルは、もう一度「うーん」と首をひねった。悩むメルも可愛いのぅ。


(『そもそもラピスラズリの行方が分からないんだから、今は必要の無い話だと思うけどな』)


「うん、一応私も覚えておくね」

(幾つか気になるところもあるけど、重要じゃなさそうだから忘れちゃった!っていう部分に繋がるのかな?)


 話を区切り加速した俺達は、あっという間に東の湖を眼下に置いた。湖の側には一人(たたず)むユクスの姿が。


「あれは……ユクスさん?」


(『ああ!まだ居てくれて良かった!実はここでユクスと話している時に突然教会に瞬間移動してさ』)


「そうだったんだ」


(『メル、すまないけどユクスに事情を話してくれないか?』)


「任せてっ!ユクスさぁーん!!」


 空気が揺れるくらい大きな声での呼び掛けだったが、ユクスはピクリとも反応しない。が、それでもメルは躊躇(ちゅうちょ)なくユクスの元へと降り立った。


 近くで見るユクスは、湖の(ほとり)(たたず)んでいる。と言うよりも、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしている。と言った様子だ。


 自意識過剰かもしれないが、俺が突然消えてしまった事が原因だろう。


 本当に悲しそうで、辛そうで、俺まで心が痛くなる。その反面、こんなにも大切に思ってくれている事を嬉しく思ってしまう自分も居る。


 側に降り立ったメルに気が付くと、まるで生気の感じられない顔をして視線を向けた。


「……メル……ルベルア様が……妾の所為でルベルア様が……」


 風の音にさえ消されてしまいそうな細い声でユクスが呟く。その表情に思わず込み上げる感情があったが、メルはそれをグッと押し込めてユクスの両肩に手を掛けた。


「ユクスさん落ち着いて!ルアさんなら大丈夫でぇやぁぁぁぁああすっ!!」


「――ッウ!?」


 うぉお!?メル!?いきなりどうした!!?お前が落ち着け!!!


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