#76 変な俺。
《お前、久しく見てなかったが、破滅級のアホは変わらずだな》
『んお!?失礼な!破滅級は言い過ぎだろ!ってか誰だお前!ってか……ここ、どこだ?』
一面が真っ白な霧の世界。
白かと思ったが、黒にも見える。眼を閉じた時に映る景色を彷彿とさせる曖昧な世界。
視界には他に何も映らない。自分の体も、この変な声の主の姿も。
気味が悪い。
《ふむ。ここはお前の核の中であり、我も今やお前の一部と言えよう。但し、貴様と違って我は超絶天才であるからな、そこだけは間違えるでないぞ!》
核の中?俺に核なんてあったのか。
『ほぉ~ん……。結局、場所もお前も【俺】なのかよ。魔力を隠しすぎるとこうなるもんなのか?で、どうやったら戻れるんだ?』
《せっかく来たのだ。慌てず、ゆっくりしてゆくが良い》
『俺の癖に偉そうな奴だなぁ。ユクスを待たせてるから、不安にさせる前に戻りたいんだよ』
《ほぅ……なるほど。ユクスには長いこと寂しい想いをさせたようだからな。そういう事ならば、ユクスに免じて話は“また今度”にしてやろう》
『ん?何を意味ありげに言ってんだ?俺の癖に、何様のつもりだよ』
《うるさい!早く戻れバカチンがっ!》
えぇ……急に怒るのな。大丈夫か?この俺。まぁ良いや、さっさと戻ろう。
魔力を隠しすぎた所為で此処に来たんだから、魔力を外に出せば元の場所に戻れるって寸法だ。うん、きっと正解だろ。
ただ、問題がひとつ。体は見えないだけじゃなく、感覚的にも存在していない。あるのは意識だけ。
これは魔法素人の俺にとって、かなり操作がやりにくい。魔力を外に出そうとするイメージが固まる前に霧散してしまうのだ。
んー、難しい。こんな時、自動で元に戻れる魔法があれば便利なのに!
《なんだ、戻るんじゃないのか?》
『戻りたいけど戻れないんだよ!』
《ぬぅ?生まれたばかりの赤子でもあるまいし、今更何を出来ないとぬかす。核の外に出れば良いだけだろうに》
あっ……そうか。魔力を外に出すとかじゃなくて、俺自身が核の中に来てしまったのだから、核の外に出れば良いのか。
元々は魔力を自分の内に内にと抑え込んだ所為でここに来たってのに、逆の事をすれば出られるって訳じゃないのはややこしいな、全く。
それにしても、コイツは俺の潜在意識?みたいなもんなのに、やたらと物知りなのは何故だろう。実は今までに見聞きした事を俺が忘れているだけで、本当は知っている筈の事ばかりなのかな。
『ここって、分かりやすい出口は無いのか?』
《かぁ~っ!本当にアホだ!お前は本当にアホだ!!》
二回も言うなよ、失礼な奴め。とにかく、この反応を見るに簡単な出口が無いのは明らかだ。
“助けてくれ”と頼っても当てにはならないし、どうにか体の感覚を取り戻して、意識だけっていう曖昧な状況を終わらせないと。
コイツは“生まれたばかりの赤子でもあるまいし”と言ったが、この景色は実際、悪魔として生まれる前に見た景色とどこか似ている。ならば生まれた時と同じ事を試すのも有りというもの!
俺はひとつ深呼吸をして(したつもり)、五感を研ぎ澄ませた。
人気アニメ【拳法女子・ニーヤオ】よろしく謎の気を集め、この変な空間に穴を開けるんだ!
視覚で!聴覚で!触感で!外を感じて飛び出せ!
『スゥー、ハァーッ!スゥー、ハァーッ!』
《フハハハハ!その必死さ、初心よのぅ。我も慣れぬ内はこんなものだったのか?クフフッ》
『笑うなよ!スゥー、ハァー!』
《そう怒るな。心配せずとも、そのまま続ければ直ぐに出られる。が、その前にひとつ教えておこう》
『後にしてくれ!』
《後では遅い、いま聞け。ラピスラズリは我らの体と同質である故に、お前が直接触れれば同化してしまう》
ラピスラズリ。久しぶりに聞いたが、ラピスラズリと体が同質?同化?何言ってんだコイツ。
『こんな時に何の話だよ!?』
《ラピスラズリは高密度の魔力結晶。星渡りのお前にとって、同化した場合に得られる恩恵も大きいが、幻魔として本来使える筈の能力を阻害されるという一面もあるのだ》
『ラピ……星わた……ん?だから何の話だよ!』
《良いから聞け。ユクスならばラピスラズリの加工も出来る筈。表面を別の鉱石で覆った腕輪にでも加工するよう頼み、それの使用をメルに委ねるが良い》
さっきからラピスラズリ連呼で鬱陶しいが、ラピスラズリなんてマドカと別れて以来、体からポロリと小さな欠片が出てきたこと以外、何処にいったのかも分からんぞ。
能力を阻害、ってことは俺がやらかした数々の失敗にはラピスラズリが原因だったモノもあるって事か?
そういえば、ユクスもラピスラズリが俺のなかにあるとかなんとかって言ってたっけ。あの時の欠片以外も体の中に入ってるのかな。
そもそも今の説明がミハエルから貰ったラピスラズリに対しての事なのか、今後新たに出会うかもしれないラピスラズリの事なのかが分からないんだけど。
『もしも、またラピスラズリに触れたら!?』
《もう一度ここへ来い。ラピスラズリは核には入らぬからな、核に入れば自然とお前の体から排出される訳だ》
『ふーん。スゥー、ハァー!覚えておくよ』
《では、またな》
『おう!』
一瞬のような気もするし、数時間を過ごしたような気もする。どこまでも曖昧な世界は、変な俺の、変な話を境に光に包まれた。
映画館から外に出た時のように、視界はまだ明るさに順応してはいないが、この感覚は知っている。やがてハッキリと見えるようになる事が分かっているので問題は無い。
感覚を取り戻した体は軽く、気持ちも晴れやか。大丈夫そうだ、俺の全てに異常は無い!
(『ユクス、居るか?もう少ししたら眼が効くようになると思うけど、まだぼやけて見えないんだ』)
「えっ!?ルアさん!?いつの間に戻ってきたの?」
「はっ?ルアさん?急に何言ってるのメル。頭がおかしくなっちゃったの?」
「いやいやいや!ルアさん居るじゃん」
「えっと…………冗談?ごめん、あんまり面白くなくて気付かなかったよ」
「え?リエル?ええっ?」
「なんか、メル変だよ?」
俺の声に応えたのはユクスではなく、ワプル西に居る筈のメルの声だった。どういうわけか、やたらとメルを弄るリエルの声も聞こえるが。
俺がユクスと居たのはワプル東の湖であり、真逆の位置である。なぜ西に居るはずのメルが?と混乱している内に、ようやっと視力が復活した。
そこに居たのは確かにメルであり、隣にはリエルの姿も。というか、周りを見渡すと数人の天使と話すミハエルとテスタントの姿が。
別の一角にはベクールのローグ連中、トマス、ノート、村長のジジイが輪になって楽しそうにお喋りをしている。アーマスも居るが、子供達に根付いた俺の印象を回復させる作業は終えたのだろうか。
知った顔が多過ぎて情報処理が追い付かないが、五万パーセントの確率でここは教会だ。
うーん。…………どうしてぇぇえ!?突然メルが東の湖に現れたんじゃなくて、俺が教会に瞬間移動したってこと!?
「ルアさん、何か困ってるみたいだけど、どうしたの?私で良ければ力になるよ?」
(『メル、ごめん!俺もどうして教会に居るのか分からないけど、今は急いで湖に行かなきゃでさ!事情は後で話すから!』)
「あっ、うん!ルアさんが大丈夫なら、私の事は気にしないで行ってきて!」
「ねぇ、メル?冗談じゃないの?本当にルアさんがここに居るの?」
「えっ?」(『えっ?』)
俺とメルは同時にリエルを見つめた後、お互いの顔を見合わせた。
俺の黄色い瞳にはメルが映っているだろうし、メルの瞳にはフワフワと揺らめく悪魔みたいな影が映っている。のだが……。
(『もしかしてだけど……』)
「リエルにはルアさんが見えてない?」




