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#74 俺の魔法

 

『ゆっくり休んだら、また色々教えてもらえるかな?』


「はい。もう少しこのまま“ゆっくり休んだら”で良ければ。ふふ」


『うん』


 ヤバい。女の子に肩を貸すなんて初めての事だから、無言で肩に頭を乗せられているだけなのにドキドキが止まらん。


 何か他の事を考えて気を(まぎらわ)しておかないと、鼻息が激化しすぎてユクスの髪を吸い上げてしまう。


 何か他の……。そうそう、それにしても不思議なもんだよな。一体、どういう原理で姿・形が自由に変えることが出来るのだろう。魔法みたいな明確なイメージも必要なく、大量の魔力を消費したという感じもしない。


 こんな生物、元の世界に居ただろうか。虫?例えば蝶とか。卵から幼虫へ、幼虫からサナギに、サナギの中で一度ドロドロでベタベタの謎物体に……うっ、ゾワッとした!虫の事を考えるのは止めておこう。


 擬態(ぎたい)?元の形を変えている訳じゃないから少し違う気もする。狐や狸が本当に変身能力を持っていたなら話は別だが、夢はあるけど有り得ない話だな。


 可能性が有るとすれば深海生物とか?


 海の中には未知の存在が数多く居る!とか誰かが言ってた気がするもんな。見たこともないのに断言できるんだから、その誰か(・・)こそが予見能力を持った未知の生物だったりして。


 学者にも分からない事を俺が分かったら、それこそ怖いけどさ。考えすぎて熱を出す前に“ゆっくりタイム”を終了しようか。


「こうしてジッと身をおけば、ルベルア様の事ばかりを考えてしまいんす。ルベルア様は何をお思いになりんし?」


『……俺もユクスの事を考えていたよ』


 本当にスマン。この嘘は、バレたとしても許してくれ。


『ずっとこうして居たいけど、作戦までの日にちも少ないから無理か。口で言うよりも難しい作戦だろうし』


「はい。事の元凶である妾には作戦を成功させねばならぬ(せき)がありんす。その為ならば、妾の事を如何様(いかよう)にお使い頂いても構いんせん」


『俺もレコード・ルーラーも、どこかで傍観している黒竜だってそうさ。ユクスだけが元凶な訳じゃない。でも、力を貸して欲しい事は沢山あるよ』


「はい、いつでもお申し付けくんなんし」


『じゃあさ、早速で悪いんだけど。この姿での魔法の使い方ってのを教えてもらえるかい?』


 俺のなんて事ない筈の質問に、ユクスは首を傾げて困った顔をした。俺は何か変なことを聞いているのだろうか?


 確かに体の調子は悪くない。というよりも、かなり調子が良い。運動に自信があった“日本人”だった頃よりも良い動きが出来そうな感じがする。


 しかし、普段当たり前に使えている魔法を全く使える気がしないのだ。


 この世界、エンドルゼアにおいて。悪魔として生まれ、どんな敵が襲ってくるのかも分からぬ俺の立ち位置において。人化している間は魔法が使えない、という縛りは非常に辛いものがある。


 それを改善させる為の質問なのだから、何も不思議ではない筈なんだけど。


「魔法の……?幻魔のお姿でなければ使えぬほど大量の魔力を必要とする魔法、という事であれば不可能かと。単純に魔法を、という事であれば通常通りに使えるかと思いんすが」


 え?そんな風に言われたって……実はちょいちょい試してたのに、ひとつも成功しなかったんだもん。出来ないもんは出来ないんだから、どうしようもないだろ。


 だから、そんな目で見ないで。


『例えば……』


 俺は立ち上がり、近くにあったバスケットボールふたつ分くらいの大きさの岩に人差し指を突き出し、イメージをする。


 俺の使える魔法には、詠唱の要らないものが多数あるのだが、これも詠唱の要らないやつ。


 というか、詠唱(・・)という言葉の概念で言うなら、俺の使える魔法全てが詠唱を必要としないのかもしれない。


 なにせ“魔法の使い方”に書いてあった通り、イメージと効果を考えた後、試し打ちをする。という行為を、実際に発動する形が固定化するまで繰り返す。なんて覚え方をした為、詠唱というよりは自分で考えた魔法の名前を叫んでいるだけなのだから。


 しかし、今ユクスに見せようとしている魔法はイメージを固定化させる必要も無い単純なものなので、名前すらつけていない。


 率直に言うと“刃物みたいに鋭くなって伸びる影”なんだけど、仮に名付けるとするなら“ダークソード”とか?


 とりあえずダークって付けとけば俺っぽいしな。


 ユクスも立ち上がり、目標物である岩を確認すると、俺の人差し指を注視した。が、何も起こらない。


『……な?』


「ええと……」

(指先に魔力を集中させるものかと思いんしたが……そうでは無く……。一体、どうお答えすれば良いのでありんしょう)


『もちろん別な魔法も試したぞ?見ててくれよ』


 同じ岩に向かって、今度は開いた手を(かざ)す。これも単純な魔法であり、ダークソードよりも使いなれている。だからと言って油断せず、いつもより念入りにイメージを。


 傍らで見守るユクスの喉が「コキュン」と小さな音を立てた。


『ダークハンド!』


「えっ?」


 予想通り何も起こらない。


 俺のカーボンみたいに真っ黒な腕は、通常の人族と変わらぬ形状を維持したまま、一ミリも伸びる気配が無いし、固くもならない。


 もしかすると、この状態で腕が伸びたとしても岩を砕くどころか豪快に突き指をするだけかも。それは痛そうだからマジ勘弁。


『……な?』


「あの、ルベルア様……」


『うん?』


「妾の見た(・・)ものがソレ(・・)とは限らぬので、お聞きしんすが、ダークハンドとはどういった魔法でありんしょう?」


『ああ、そうか、ユクスは知らないもんな。悪魔の姿の俺には腕が無いから少しだけ違うけど、手をグワッと大きくして飛ばしたり、体からググゥーッと腕みたいに影を伸ばして敵を握り潰したりする魔法だよ』


 ◇ルベルアは元来、道案内をする時など“この道をダァーッと行ってキュッと曲がった所だよ!”とか言う人間であった◇


「やはり……」


『お、原因が分かるのか?』


「ルベルア様、それは魔法とは違いんす」


『なぁんだ、魔法じゃないのか。ってええぇーっ!?マジかよ!』


「はい。幻魔の特性とでも言いんしょうか、人の姿には成せぬ事かと」


 結構ショックが大きいんですけど!魔法じゃなかったのかよっ!危なく翼にも“ダークウィング”とか名付けるところだったぞ!


『なら、この姿で使える魔法って無いのかな』


「重ねて言いんすが、魔法ではありんせん」


『あ、ああ』


 厳しぃーっ!今まで魔法だと思って使ってたんだから、これからも一応(・・)魔法って事にしといてくれよ!


「妾も殆どを特殊スキルにて行っておりんすので、使える魔法は多くありんせんが」


 そう言ったのち、少しの沈黙を置いてから左手を振り上げたユクス。僅かだが、ピリリと肌に緊張が走った。と、いつの間にか何も無かった筈の宙に黒い羽が浮かんでいる。


 黒い羽は宙でゆらゆらと揺れたまま、黒い炎へと形を変えた。


『これは魔法なのか?』


 ユクスの羽を使ってそうだし、特殊スキルって事になるんじゃないのか?


「妾にとって馴染みのある“羽”の形でありんすが、魔力にて造り出したもの。このまま飛ばす他に……その……更に攻撃的にと魔力を加えたりなど……」


 やけに言い辛そうなのは、攻撃的に魔力を加えた状態であろう黒槍がフスカ村でメルの命を奪いかけた事。俺の怒りを買った事が原因だろうな。


 あの時は我を見失って当たり散らすことしか出来なかったけどさ。


 俺の責任も大きかったと気付けた今なら、黒槍を見ただけでユクスを嫌いになったりなんかしないのに。


『なるほど、何も無いところから魔力で何かを起こす。ってのが魔法なんだな』


「大まかには」


『じゃあ、宝石を変化させて服を作ってくれたのは特殊スキルになるのか?』


「特殊スキルの効果を魔力で強化したものでありんすから、どちらとも言えんしょう」


『そうか』


(つたない)い説明でありんしたが、お分かりになりんし?」


 正直言って、よく分からん!ってのは毎度お馴染みだな。とりあえず、そういう事なら人の姿でも使える魔法(やつ)はありそうだ。


『もう一度試してみるよ』


「はい」


 再び例の岩に照準を合わせ『――スゥ』。恐らく魔法ってのは、俺の中で(ひと)呼吸分の集中を必要とするやつだろう。


 成功の兆しなのか、岩に(かざ)している手がじんわりと熱を帯びる。血の流れが掌に集まって行くように。


防壁陣(ウォード)


 俺の言葉と共に“ヴンッ”と低い音が鳴る。岩の周り、俺の狙っていた場所には緩やかな回転をする魔法陣が空中に描かれた模様として発現していた。


『やったぁーっ!!』


 っとと、無邪気に喜ぶところだったぜ!危ない危ない。


 どうだ見たか神々よ!俺だって魔法くらい使えるんだぜ!クッハハハハハハハ!!(こうべ)を垂れて地に頬擦(ほおず)りするが良い!!


 そう言えば元・神様がここに居たのね。ユクスは頬擦り免除って事で良いよ。


 ◇ルベルアの情緒は常に不安定である◇


「やっ――ッ!!こほんっ!ルベルア様、おめでとうごさりんす!」


『でへへっ、これは原理がよく分からんのに、何故か魔法を練習し始めた頃から使えたんだよね。もしやと思って試したら使えたよ。ラッキー』


「ふぅむ……。触れても宜しいでありんすか?」


『攻撃に使う魔法じゃないし、大丈夫だと思うよ』


 岩の周囲に張られた防壁陣(ウォード)に近づいたユクスは、そっと華奢な腕を伸ばした。軽く掌を押し当てただけかと思ったが、途中からユクスの腕がビキビキと恐ろしい音を立て始めた。


 深く息を吸い込んでは腕をビキビキと。やがて納得したように腕を引いたユクスが口を開いた。


「どうやら、魔法陣のある部分は(とき)が止まっているようでありんすね」


 また難しい事を言い出した!


『えーと、つまり、どういう事?』


「一時的に空間の変化を完全停止しているとでも言いんしょうか。時が止められ、変化する事の出来なくなった空間自体を壁にしていると言いんしょうか」


『あー、何となく分かったよ』


 そんな小難しい魔法だったんか、コレ。全然全く、これっぽっちもそんなイメージはしてなかったのにな。無駄に凄そうでジワるわ。


「ルベルア様は他にも似たような魔法を?」


『他に魔法っぽいのって言うと、身体強化系とかかな』


「是非、妾に見せてくりゃれ」


『オッケー』


 人化中の自分をどこまで強化出来るのか知りたかったのもあり、久しぶりに最大級の身体強化系魔法でも使ってみようかと考えたが、結果から言って最大級の魔法は使えなかった。


 人の姿では魔力不足らしい。が、身体強化(パンプアップ)視覚強化(サードアイ)再生強化(リジェネイション)は普通に使えたので良しとする。


 武具強化(ソリッドウェポン)に関しては、拾った木の棒ではいまいち成否の判断が難しかったのだが、ユクスが成功しているという判断を下したので信じるとしよう。


 ユクスいわく、今回見せた身体強化系魔法は、自身(メルに使った場合はメル)の身体機能を魔力で補う魔法、という俺的にも想像通りのモノだとか。


 日本人だった頃にアホみたいに体を鍛えていたのが、身体強化魔法を使えるきっかけになったのだろう。


 ただ、使えなかった限界突破(オーバースペック)の話を聞かせたところ、「身体を取り巻く時間の流れを早める魔法なのでは?」という“また時のホニャララですか”って感じの説明をされた。


 恐らくはモルドーの遺伝なのだろう。時間の流れをどうにかするなんて面倒な遺伝を押し付けやがって!ある日、急激に老けたらどうしてくれるんだ!


 とまぁ、ちょっぴり謎要素はあるものの、今の俺に使える魔法は理解出来た。ユクスに感謝しよう。


「ルベルア様は、人の姿にも相性の良い魔法を覚えてありんすね」


『偶然だけどな。色々教えて貰えて助かったよ』


「こうして話し相手をして頂けるだけで妾は幸せでありんす。夕暮れにはまだ時間がござりんすから、存分にお付き合いさせてくんなんし」


『本当?じゃあ、お言葉に甘えるよ』


「はいっ!」


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