#73 不安と幸せ。
「私はレコード・ルーラー、世界の全てを知り、伝える者」
「なっ!?あなたが!?」
目の前に現れた、いかにも怪しい男の言葉。耳を疑うバースを見据え、レコード・ルーラーは話を続けた。その表情は今朝、教会に現れた時よりも硬い。
「驚くのは分かりますが、今は素直に私の話を聞いて欲しい。バース、君は私にとって特別な存在。私の友達にとっても、とても重要な存在なんです」
「特別な存在?それは嘘だ!あなたの事は今朝がた知人から聞きましたが、あなたはワプルを、皆を、メルを危険な目に合わせた張本人!本来ならば僕も死んでいた!特別な存在である筈がない!」
「その事については本当に申し訳なく思っています。しかし、今はその理由を話す事が出来ません。でも聞いて下さい。君は本当に特別な存在なのです」
「無理だ!もしここで僕が騙されたなら、皆の身を危険にさらす事になるかもしれない!そうなってからでは取り返しがつかない!」
「そう。取り返しがつかないのです。また戻れるとは限らないから……。では尋ねますが、君は私を許せない、という理由でメル様を見捨てる事になったとしても、自分を許せますか?」
「メルを……?どういう事だ!?」
「それについても、まだ詳しく話せないのです。いまは君が特別、という確信が得られれば、それだけで良いのですが……」
顎に指を当て、少し考えたレコード・ルーラーは、白のシルクハットから、どうすればその帽子の中に収まるのか?と思える大きな本を取り出した。
本はレコード・ルーラーの意思に反応するようにパラパラと捲れ、とあるページを開いたところで突然ピタリと動きを止めた。
そのページに書き込まれた文章を流し見たレコード・ルーラーは、小さく頷き微笑んだ。
「私の声は聞いたことがあるでしょう?」
「それは……もちろん」
「そう。でも、君は幼少の時に私の声が一度聞こえなくなり、再び聞こえるようになったのは十歳の頃。そうですね?」
「ッ!?誰にも教えていないのに……どうしてそれを?」
自らの言葉に対するバースの反応を見たレコード・ルーラーは自分にしか聴こえぬ程に小さな声で「やはり」と呟くと、またも頷き微笑んだ。
そして、木の枝を持ったまま困惑するバースに、ゆっくりと、静かに、口を開いた。
「君は三才の頃、うっかり特別な魔力溜まりに入り込み、そこで見えざる者と出会った」
「見えざる者と……?その様な覚えは……」
「けれど、十歳の頃に見えざる者が君から離れた事で再び私の声が聞こえるようになった」
「僕には何の話をしているのかすら分からない!」
「分からなくても良いよ、もう確認は取れたから」
「は……?」
「今、君に伝えたい事はひとつだけ」
「僕に伝えたい事?」
「はい。いつまでもメル様を信じて」
「それはあなたに言われるまでもありません」
「例え何があってもだよ?」
「……分かっています!」
「ええ、お願いします。ああ、とても重要な事なのに言い忘れていました。私と話した事を絶対に口外してはいけません。絶対にです。では、またお会いしましょう」
レコード・ルーラーの周りの空気がぐにゃりと歪む。が、それを察したバースが急ぎ問いかけた。
「待ってください!正直に言って、隠し事ばかりのあなたの存在や言葉を信じるのはまだ難しいですが、これだけでも答えて下さい!僕の前に現れたのは黒竜の指示によるものですか!?」
「話せない事が多いのは本当に申し訳ありません……今の段階で君にこれ以上話せば、どう流れが変わるか分からないのです。どうか今は、メル様を信じる……それだけを心に。時が流れれば、話せることも増えますので」
その言葉を残し、レコード・ルーラーは始めから此処には居なかったかの様に姿を消してしまった。
「全然わけが分からないのに……何があっても……メルを信じる、か。僕にとって一番自信のある行為だよ」
レコード・ルーラーからの謎多き言葉を胸に、バースはこの場を後にした。
◇◆◇その頃・ワプル東の湖◇◆◇
初めて彼女が出来たーッ!!ぃやったぁーッッ!!
◇
西の森での出来事など露ほども知らず歓喜するルベルアは溢れる喜びをなんとか心に押し留め、冷静な顔で尋ねた。
◇
『ユクス、改めて聞くのは失礼かもしれないけど、気を悪くしないで欲しい』
「……?なんなりと」
『俺がケイオス様とは違うって事はもう分かっているんだよな?』
「はい。その事については、妾の方こそルベルア様の気分を害する行いをし、本当に申し訳ありんせん」
『いや、元を辿れば俺が考えなしに記憶喪失だなんて言ったのが原因だからな。ユクスが気にする必要はないよ』
「……妾はどうしてもケイオス様が亡くなられた事を認められず、その思いから強引にケイオス様の面影をルベルア様に重ねていただけという事も、今に思えば始めから分かっていたのかも知りゃんせん……」
重たい空気。そうじゃない、俺はただ、念には念を入れて確認を取りたいだけであって、ユクスを責めている訳じゃないんだ。
『すまん、遠回しな言い方は苦手だからハッキリ聞くよ。俺とユクスはもう恋人関係って事で良いんだよね?』
「はわ……そ、その……はい!そ、そう思いたくありんす!」
うほーっ!安心したっ!勘違いじゃなくて良かったぁぁあっ!!
『じゃあ、このまま自然に。ってのもアレだから、俺の言葉に答えて欲しい』
うおお、形だけとはいえ告白するのはドキドキするぜ!大丈夫、大丈夫だ俺!今回は今までのように“断られて笑われてハイ、さようなら”って事にはならないんだから!
スゥー、ハァー、よし!言うぞ!
「そそそそのっ!ああ、あの時はルベルア様とケイオス様が同一人物である可能性を捨てきれず、しゃんとお答えせず失礼しんしたっ!」
『ユ――へっ!?』
「ルベルア様から賜りし求愛のお言葉、妾は天にも昇るほど嬉しくありんす!どうか、いつまでも妾をお側に置いてくんなんし!」
えええーっ!?ちょっと待って、まだ告白してないんですけど!?なにこれ怖い!悪魔って告白するまでもなく相手に思考が伝わるもんなの!?
ってああーっ!これも伝わってるって事だよな?すまん、慣れない事で戸惑ってしまったんだ、許してくれ。
えっと、俺には勿体ない言葉だけど安心したよ、ありがとう。まだ分からない事だらけで迷惑をかけると思うけど、宜しく頼むよ。
『……』
「……ル、ルベルア様?……妾の言葉では足りませぬか?お嫌いになられてしまいんしたか?」
急に不安気な表情を浮かべ、息をするのも辛そうに言葉を詰まらせたユクス。人型となっている俺より少し背が高い筈なのに、嘘みたいに小さくなってしまった。
『ああっ!違うんだ!あまりにも感動して、言葉が出なかっただけなんだ。すまない、こんな俺だけどこれからも宜しく頼むよ!』
俺のアホっ!思考ダダ漏れな訳ないだろ!もし思考がダダ漏れだったなら、今朝のメルだって“宜しくね!変態お兄ちゃん!”とか言うに決まってんだろ!
って、普段どんだけ変なこと考えてんだ俺は!
「ああ……!良かった……!」
よほど不安だったのか、安心した途端にへたりと座り込んでしまったユクス。結局、俺がいつ、どこで、求愛の言葉を贈ったのかは分からないが、まぁ良いよな?
『隣、座るぞ』
「ルベルア様。少しだけ、肩を貸してくりゃれ?」
『もちろん』
今の俺には“肩的な部分”ではなく、しっかりと肩がある。思う存分使ってくれ。今までの俺にはこんな場面が訪れる事は無かったんだ。きっと、ユクスにも。少しくらいゆっくり休んだって良いだろう。
とはいえ、時刻は昼下がりの午後といったところ。夕暮れ前には教会に戻らなくては。
教会に戻る前に【人型の状態での魔法の使い方】【人化する際の副作用?の解消法】【悪魔への戻り方】を教えてもらいたいが、さすがに時間が足りないかな。
『ゆっくり休んだら、また色々教えてもらえるかな?』
「はい。もう少しこのまま“ゆっくり休んだら”で良ければ。ふふ」
『うん』




