#71 続・散歩。
“人化”!!
うっ!息が……!!背中を強く打った時みたいに……息が出来ない!!
前回はこんなことにならなかったのに、どうなってるんだ!?
苦しい。体が重い。視界が歪んで何も見えない。ユクスは?まだ近くに居るのか?居るよな?俺はどうなってる?
「ルベルア様?それがルベルア様の真のお姿でありんすか?」
『えっ?』
ユクスの声に、パッと視界が明るくなる。と、自分の体を支えられずに倒れ込んでしまった。
「ルベルア様!?」
華奢で柔らかな腕が倒れ込む俺を支えた。そして、何にも例え難いクッションが俺の頭を包み込んだ。
あふぅ。なんだろう、良い匂い。このまま何も考えずに眠ってしまいたい。
「大丈夫でござりんすか?」
『んあ?ああ……すまない。ん!?これは、おっぱ……ッ!?とと、いや、何でもない。もう大丈夫だよ、ありがとう』
危ない危ない。助けてもらったのに、興奮で我を忘れるところだった。
よく見るとユクスが顔を赤らめて眼を伏せている。あと一秒我に返るのが遅かったらひっ叩かれていたかもしれない。
それにしても、前回人型もどきに変わった時には息苦しさも体の重さも感じなかったのに、今回は酷く疲れた気がする。
ユクスの様子を見るからに、変化にそれほど時間が掛かった訳じゃあ無さそうだけれど。数秒なのか数分なのか、それよりも短い時間だったのか。
悪夢で目を覚ましたときみたいな奇妙な感覚だ。
というか、ユクスはいつまで恥ずかしそうにしているのだろう。俺が悪いのは認めるけど、不可抗力だったよね?ってことで早く水に流してもらえないかな。
『ところで、俺はどうな……』
聞きながら、ふと見た自分の両手。黒い。健康的な黒い肌、とかじゃなくて。真っ黒だ。墨汁と同じくらいか、それ以上に黒い。
黒いのならば、いつも通りじゃないか。と思いたいが、今の俺には腕がある。人と同じ様に掌があり、五本の指がある。
悪魔の時とは確実に違う両手だというのに、少なくとも腕から指先までは真っ黒だ。他の部分はどうなのだろう。腹は?
『アアーッ!?』
「ルベルア様!?」
ちょ、ちょっとお待ち!腹がどうこうの前に、俺の大事な部分が丸出しプリズンブレイクになってるじゃないの!!
ユクスが恥ずかしそうにしてたのはコイツの仕業か!俺も恥ずかしいわい!!
慌てて隠してみたものの、都合良く周りにフキみたいな大きな葉がある訳でも無いし、どうしたもんか。
このままの姿で歩き回れば、いよいよ変態王の称号を授かることになる。それだけは避けねばならない。
ちなみに、腹はユクスよりも日本人的な肌色に近い色。骨盤の辺りからまた真っ黒になっている。体を捻って後ろを見てみると、お尻の上から足先までが真っ黒だ。背中は見えないが、多分背中は腹と同じ色をしているだろう。
肩から指先までと、腰から足先までが黒いという事か。顔はどっちかな?とか、今は正直どうでも良い。
『人型になって早々で悪いんだけど、人から悪魔になった身としては、この姿で歩くのに抵抗があるからさ。悪魔に戻るよ』
「では、これをお召しくんなんし」
『うん?』
ユクスが幾つか着けた指輪の内ひとつ、小さめの宝石を全体に装飾してある“派手さ控えめの指輪”を外すと、それをそっと俺の胸に押し当てた。
指輪が溶ける様に消えると、たちまち体を安心感が包み込んだ。俺のイメージに合わせて造り出してくれたのか、黒い生地が多く使われた服で肌触りも最高。
所々に黒以外の色も見えるから、黒しか造れないって事では無さそうだけれど、ユクスの格好も黒のシルクで造られたドレスだし、ペアルックってやつだろうか。
ともあれ、これで変態王の座は免れただろう。
『おお、これも魔法か?とにかく助かったよ。迷惑ついでにお願いがあるんだけど、鏡があれば貸してくれないか?』
「申し訳ございんせん、鏡は谷に置いたままでありんす」
流石に、なんでもかんでも出せるわけ無いか。
『いや、我が儘を言ったのは俺だから気にしないでくれ。じゃあ、鏡代わりに湖を使うとしようか』
そう言って歩きだすと、ユクスは「はい!」と笑顔になり隣を歩きだした。少し、ユクスの背が伸びた?違うか、俺の背が縮んだのか。
ユクスも人型の時は小柄なんだが、今の俺はほぼ同じ背丈らしい。必然的に歩幅も同じ俺達は、文字通り足並み揃えて湖を目指した。
毎日ぷかぷか浮いてた割りに、歩くのは苦にならない。それどころか、リハビリ生活の時よりずっと調子が良い。
『ユクスは昔の戦いの後、ずっと一人でいたのか?』
「妾は簡単なゴーレムならば造る事もできますので、ひとり、という訳ではありんせんでしたが、人族の中で暮らしていてもケイオス様の事は片時も忘れた事はございんせん」
『そっか。そういえば、イア?だっけ?雲海の谷では変わった奴が一緒に居たもんな』
「あれも妾の造り出したゴーレムでありんす」
『そう言えば、エリスもユクスがうみ出したって言ってたけど、エリスというか、ダークヴァルキリーってのも簡単に造れるのか?それともダークヴァルキリーはユクスが産んだ子供ってこと?』
さりげなく聞いてみたけど、これはちょっと重要な質問だぞ。実はずっと気になってたんだ。ユクスが好意を寄せてくれてるのは、きっと俺にケイオス様の面影があるからってだけだろう。
とは言え、ユクスは美人だし俺からすれば高嶺の花に違いない訳で、チャンスがあるなら狙いたい。
でも、この世界での結婚感ってのが日本と比べてどう違うのかは分からないけど、エリスの親だってんなら凄~くややこしい事になるからきっぱり諦めようと思う。
どうなんだ?どうなんだユクスさん!?
「妾にあれほどの戦闘能力を備えた戦士を生み出す程の魔力はございんせん。ケイオス様の魔力があったからこそ、ダークヴァルキリーが誕生したのでありんす」
よく分からん。もっとストレートに聞こう。
『ええっと、ダークヴァルキリーは二人の愛の結晶……みたいな?』
「……はい?」
もっともっとストレートにだ!
『つまり、ケイオス様とユクスが結婚して授かった子供がダークヴァルキリーってことか?』
「なゃっ!?」
俺が力任せに放り投げた直球すぎた質問に、ここまでスタスタと心地の良いリズムで運ばれていたユクスの足が、ピッタリと動きを止めた。
それに合わせて俺も足を止める。ユクスのイメージとは合わない変な声が聞こえたけど、聞かなかった事にしておこう。
『聞かない方が良かったか?』
「コホン。あの、ルベルア様は異世界から来られた御方ですので、ご存知無いかと思いんすが、大鴉は一度 番いとなった相手とは命ある限り添い遂げる種族。例え早くに相手を亡くしたとしても、自らの命尽きるまで想い慕う事に変わりはありんせん」
ん?んん?結局どういう事?すっごく一途な種族だ。って事は分かったけど、今でもケイオス様が好きって事?
そもそも俺に対して好意なんか持ってなかったとか。いや、流石に俺の勘違いでは無いはず。
面影があれば良いのか?それはそれで矛盾な気がするけど。モルドーと話していた内容を聞いていたなら、俺とケイオス様が別人だってことは分かってる訳だしね。
『俺は――』
「ケイオス様は妾の恩人、命を捧げる値のある御方でございんした。ですが、妾にとって父の様な存在であり、兄の様な存在でもあったケイオス様と結婚など、どう間違えてもありえんせん」
おお!それならエリスも魔法で造られた存在であって、ユクスがお腹を痛めて産んだ子供では無いはず!うんうん、チャンス再来だぜ!
『そうだったのか。少し勘違いしていたよ』
「はい。妾に生涯慕うことを許して下さった御仁はルベルア様が初めてでございんす。妾にこれほどの幸せが与えられて良いものか戸惑いんしたが、精一杯応える覚悟はありんす。どうか宜しくお願い致しんす」
『お、おお?……ああ、こちらこそ宜しくお願いするよ』
言ったユクスの顔は泣き出しそうな、それでいて、とても嬉しそうな優しい笑顔をしていた。再び歩き出したユクスに慌てて歩調を合わせ、隣を歩く。
って、あれれ?今、最後にとんでも無いこと言ってなかった?俺はなんて言われて、なんて答えた?
こういう話を以前にした事なんか……無いよな。
そこからは何を話したのか覚えていない。俺の頭の中は真っ白だった。いや、もしかしたら真っ黒だったかもしれない。
まぁ、どっちでも良いか。
気付いた時には湖に到着していた。
「大きな湖……綺麗な所でありんすね」
『ああ。久しぶりに来てみたけど、自然の回復力は凄いもんだな』
「回復力?」
『いや、何でもないよ。これだけ澄んだ水なら鏡の代わりには十分だな。どれどれ?』
気になる俺のお顔は……薄だいだい色!少し水面が揺れていて見えにくいけど、顔立ちは人間だった頃の中学生から高校生の時くらいと同じか、少しだけ美化されている。
瞳の色はモルドー、エリスと違い紫だ。メルの右目より濃い紫色。髪の毛は光の加減で黒なのか白なのか分からないが、少なくとも明るい茶色では無い。
長髪という訳ではないけど、俺史上では一番髪を伸ばしていた頃と同じ状態かな。
『なぁユクス、俺の髪は何色なんだ?』
「素敵な黒をしておりんす」
『おお、黒か。悪くないな』
地毛が茶髪とか金髪なんかの人に憧れていたから少し残念な気もするけど、そう上手くはいかないか。
と言うか、予想以上に服がカッコいい!
シャツのボタンを外しているみたいに胸元が開いてるのはセクシーすぎる気もするけど“黒で統一した狩人の服”って感じで、俺の好みにドンピシャリだ!
“深淵より深い闇が俺の故郷だ。俺を見て人は言う、漆黒の狩人が来た……とな”とか言いてぇぇえ!
今は我慢、我慢だ。いつか一人の時にコッソリやろう。
『この服、気に入ったよ。変化した時にまた着せてくれないか?』
「気に入って頂けて嬉しゅうございんす。その指輪はルベルア様の魔力に合わせて作り替えたもの。ルベルア様が幻魔のお姿の時は指輪として、人のお姿の時には服となるよう調整しておきんしたので、どうぞそのままお使いくんなんし」
マジか!便利!何でも造れちゃうのね、流石だぜ!
『本当に助かるよ、ありがとう!』
「はい!」
(あぁ、ルベルア様ァ!あなたの無邪気な笑顔が見られただけでも妾は満足でありんす!)
しかし、何故かワプル村の連中にロマンチックな場所として認定されたこの湖にユクスと来ることになろうとは……。
さっきの話、冷静に考えてみても、やっぱりそういう事だよね。
あそこまで言ってくれた事の経緯はちょっと分からないけど、これはもう喜んで良いよな?
初めて彼女が出来たーッ!!ぃやったぁーッッ!!




