#67 語られた作戦。
メルが話そうと立ち上がると、朝のお祈りに来ていた村人や、テスタントとの話を終え暇を持ち始めた天使達が聞き耳を立てた。
が、村長のジジイが柱の影に何やら手合い図を送ると、そこから出てきたミルザによって「コホン、メルがこれから話すのは難しい内容ですから、きちんと決まるまでは邪魔をしないようにしましょう」なんて言われ、その場から離された。
「すまんの。隠す気は無いのじゃが、村中の話題になれば旅の商人の耳にも入りかねんからの」
なるほど。黒ノ王の驚異が無くなった、となれば旅人や商人の往来が再開される可能性があるのか。
これから話すモルドーの作戦はベクール王側にこちらの情報を知られていない事が前提だ。
つまり、ベクールにまで噂が届けば作戦は実行前に破綻する。
まだ内容も知らないというのに。村長のジジイ、やるじゃないか。ってかミルザって、実は忍でした!とかじゃないよな?
「人払いは出来たようじゃな。メルは皆に聞いてもらいたかったかも知れんが、人数が増えると何かと面倒も増えるでの」
「ううん。私も所々を誤魔化して話そうと思ってたけど、お陰で話しやすくなりました」
メルは考えてたのか……自慢じゃないが、俺は全く気にしてなかったぞ!!
「あまり固くならずに話すと良いさ」
「うむ、メルが全てを語り終えるまで清聴しようではないか」
「はい!これから聞いて頂くのはお父さんの考えた作戦なのですが、ひとつずつ話しますね。戦闘で無くなってしまったフスカ村ですが、新たに現れた悪魔としてルアさんが破壊した事にし、ルアさんにはフスカからベクールを目指してもらいます」
「なんと!?それはまた思いきった策であるな!!それが問題の解決に繋がるというのであるか!?」
おいい!ミハエル!ぜんっぜん清聴してねぇじゃねか!
まぁ、俺もモルドーの口から聞いたときは父親の愛ってのは一体どこに行ったんだ!このビチクソ野郎!とか思ったけどさ。
「全然、清聴してないニャ」
あ、かぶった。
「ミナも余計な事言わないの」
「ニャ」
「えっと、細かな内容は【黒ノ王の討伐が完了した報告】という名目でローグの皆様とミハエル様以外の討伐隊の天使の皆、それと私がベクール王へ会いに行きます。
昨晩のレコード・ルーラーさんの声を聞いたベクール王がフスカ村へ早馬を使った調査隊を送り出していたとしても、早くて三から四日はかかると聞いたので、私達がベクールに到着するのも今から三日以内が理想です」
「ふむ。その日数調整は我らであれば容易であるな。ところでだ、余を除いた天使というのは余に気を使っての事か?だとすれば気にすることは無いぞ」
「王が行けばモルドーの考えた作戦が上手くいかないって事だろ。察すれよ」
さすが、アリエスは鋭い。何故か眠そうにしていたレイアまで食い付き気味に激しく頷いているけど、多分そういう印象なんだろうな。
「アリエス様!?いえ!そういうんじゃ無いです!えっと、えっと、ミハエル様には他にお願いしたい事があって!」
「ほぅ、余に頼みたい事とな?気兼ね無く申すが良い」
「あ、ありがとうございますっ。後で改めてお話ししますね」
「あい分かった」
「それで、続きなのですが、私達がベクール王との謁見を始める頃合いを見計らって“フスカ村に新手の悪魔が現れた”という知らせをベクールに届けて貰います。これも天使のどなたかにお願いしようと思っています」
「ならば、その役はトマスとノートに任すとしよう」
「どうやって頃合いを見計らうニャ?」
「ユクスさん、力を貸して頂けますか?」
『俺からもお願いするよ』
「――ッ!!ええ!ルベルア様のお役に立てるのであれば!是非とも妾の力を使ってくれなんし!」
『お、おおぅ、ありがとう。助かるよ』
ミハエルの視線。アリエスと愉快な下僕達の視線(テスタント、ヤハス、村長のジジイを含む)。生意気なローグの女学生と猫娘の視線。そして、メルの視線。
俺だって今のはちょっと、アレ?って思ったさ。けれど、俺みたいな女性経験ゼロの悪魔がそれを思うのは自意識過剰というか……。
超が付くほど巨大なカラスだとは言え、人型の時は嘘偽りなく超絶美人である相手に恐れ多いというか……。
でも敢えて言わせてくれ!今の反応はLIKEじゃなくLOVEだと思うんだ!
異世界モテ期キターーーーッ!!
「ねぇ、メル?ルアさんの顔、いつにも増して気持ち悪いね」
うぉい!なんて事言うんだ!リエルって実は結構ハッキリと物申すタイプなのは知ってたけど、ハッキリ言い過ぎだろ!
それに、メルが俺の事を気持ち悪がるわけ無いだろ!お兄ちゃんなんだから!
「うぇっ!?え、えへへ」
あっ。これ、メルが同感だけど言えないよ!って時によくやる誤魔化し笑いやん。ヤベェ、気持ち悪い顔してたか!俺のアホ!
『コホン……さぁ、話を続けようか』
「あ、うん!ユクスさんには、ここぞというタイミングでトマスさん達に教えてあげて欲しいです」
「任されたでありんす」
「ありがとうございます。ベクール王は即座にルアさんに対抗する為の部隊を編成するでしょうから、たまたま報告で居合わせた私達はそれに加わります」
「ほぅ、読めたぞ!ベクール兵の部隊をルベルアが殲滅し、悪魔の脅威を語る証人を作ったところで、メルがルベルアの息の根を止める、という訳だな!」
「っ!?部隊を殲滅というよりは、ルアさんは進行を止めに来た部隊に大きな怪我を負わせないように進み、私は激しい戦いの末に新手の悪魔と契約を交わし、ベクールに迫る危険を回避した――という結果が理想です」
「むぅ、ルベルアの危険度を認知させた上で、悪魔を手懐けた少女として、ベクール王に恐怖を植え付ける作戦であったか。その後は傀儡となったベクール王を使いこなし、我らに都合の良い方向に持っていく訳とな」
あながち間違いじゃ無いけど、その言い方よ!
モルドーの言い方だと――現れた英雄と仲の良い関係を築きたいベクール王、英雄の望みは“学校に通いたい”なんていう可愛い願い。
頭の中がお花畑な王様がメルの願いを快く承諾すれば、英雄を飼い慣らしたぞ!ヒャッホォーゥ!これで次の王もドラフォイの家系で安泰だぜ!
てな感じになる話だったのに、ミハエルの言い方だとメルの方が俺より悪魔みたいじゃないか。
「ミハエル様ぁ!?私っ、そんなんじゃないです!」
「ぬあっ!すまんすまん、余の言い方が悪かった!」
頬を膨らませて怒るメル。髭を毛羽立てて驚いたミハエルは目を見開いて謝る。
その光景に他の連中は俯き微かな笑いを溢したが、テスタントだけは額に手を当てた。
初めてミハエルの前に立った時のメル、あの時には想像もしなかった光景だ。
「王……話……邪魔……」
「ククアの言うとおりだ、王は少し黙っていろ。で、大体の話は分かったが、ルベルアの見た目は“新手の悪魔”にするには少し問題があるんじゃないのか?ベクール王が飛び込んできたトマスの話を信じる保証も無いだろう」
「ルアさんの見た目?お父さん達は何も言って無かったけど……」
「ルベルアを始めて見た時は巨大な黒いスライムだと思ったからな、ワプル村で縮んだルベルアと再開した時には戸惑ったものだ」
『巨大スライムって……。ところで、再開した時に戸惑ったってのは?』
「ルベルア殿はかの魔王にそっくりなんじゃよ。ワシは文献でしか読んだことが無いがの、あまりに有名な存在じゃ、文献や資料も多い。知る者は多かろう」
「えっ?お父さんもお母さんもそんな事言って無かったのに……浮遊城の書庫にはひとつも魔王の見た目に関する資料は無かったので、知りませんでした……」
「ハールバドムに関する書は余が全て切り裂き、燃やしてやったからな!がっははは!」
「クッ!ケイオス様に書物で復讐するとは!」
魔王はミハエルの宿敵なんだっけか。
そういや、俺の姿が見えるようになった後で初めてミハエルと会った時、アホみたいに襲いかかって来たような……。悪ふざけかと思ったけど、実はマジだったんじゃ?
まぁ、どっちでも良いか!
『話が進まないから喧嘩すんなよ』
「はいっ!ルベルア様ァ」
うおお、語尾にハートマークが見えた気がするが……これが俺の勘違いだったなら、余生は道端の石として過ごそう。
「だから自分も魔王だと言ってたでしょ。違うと聞いた時の方が耳を疑ったよ」
「どうしよう、作戦を変えた方が良いでしょうか……」
『モルドーとエリスは魔王の見た目を承知の上で今回の策を勧めたんだ。見た目の問題は何とかなるって事だろ』
「確かに。で、ベクール王が信じるかどうかの問題はどうする気だ?」
「それなら、知らせるのは私に任せてくれても良いよ?」
「レコード・ルーラーの声、か」
「私なら謁見が始まるタイミングも分かるしね」
「ッ!!それは!!妾がルベルア様より任された仕事!!それを奪うと言――ッ」
『じゃあユクスはさっきみたいな小鳥の姿で俺の肩にでも留まってさ、状況を教えてくれよ』
「ひあぁっ!?わ、分かりんしたっ!いつまでも!いつまでも妾はルベルア様の肩と共に在りんしょう!」
『あ、ああ』
いつまでも肩にくっ付かれてもなぁ。悪霊じゃないんだから。
「とすれば、ベクール王が信じるかどうかの問題も解決であるな」
「ミナ?何をニヤニヤしているのよ」
「ニャフフン?考えてみるニャ、再来した魔王を迎撃するってことはニャ、報酬の上乗せも期待大ニャ!」
「うわぁ~、またお金?」
「当たり前ニャ!」
「それはどうかな?相手はトーラスだからね。けど、かつての英雄・モルドーさんが考えた作戦なら自分に異論は無いよ。少なくとも、戦争に発展するような事を考えたりはしないでしょ」
「作戦の大まかな事柄は理解しました。我らも惜しむことなく力を貸しましょう。ところで、我が主に頼みたい事とは?」
「それは二つ目の大きな問題、フスカ村とその住人達への対処についてお願いしたい事が」
「うん?まだ言って無かったのじゃが、モルドーから村の再建が終わるまではワプル村で受け入れてはくれないか?と頼まれておってな。ワシは“構わぬよ”と答えたぞぃ?」
「はい、村長。ですが、もし万が一再び村がモンスターに襲われる事になったら、村の自警団やフスカの自警団だけじゃ心配だからと……ミハエル様には無理なお願いなのですが……」
「ふむ。メルよ、つまりは余に守って欲しいという事であるな?」
「はい……ですが、そうなると……」
「浮遊城は心配無用である!何故なら、浮遊城ごとワプルへ来れば良いだけなのだからな!」
「――ッ!ミハエル様!」
「なんですと!?ほ、本当に宜しいのですかな!?」
「気にする事は無い!浮遊城に住まう我が民も、数百年ぶりの移動に心を踊らせる事だろうからな!がははは!」
「ミハエル様……!本当に、本当にありがとうございます!!」
「うむ!」
満足そうに頷くミハエル。たまにちょっとアレなところもあるが、本当に尊敬に値する良い奴だ。
ただなぁ、俺はモルドーの話を聞いちゃってるからちょっと複雑な気分。
◇◆◇時は今朝の朝食に遡る◇◆◇
『そりゃあ、ミハエル達が居てくれれば安心だけど、いくらなんでもなぁ』
「そうだよ、お父さん!浮遊城をワプル村に移動してもらうなんて、そんな我が儘言えないよ!」
「大丈夫、言わなければ良いんだよ」
「えっ?」
「この村が心配、ミハエル様が居てくれれば安心、この二つのキーワードだけ伝えるんだ」
『確かにミハエルは鋭い時もあるけど、それだけで浮遊城ごと越してこよう!なんてなるかよ』
「大丈夫だってば!良いかい、話に上手く間を作るんだよ?そうすれば、後はメルの可愛さでイチコロさ!」
なんてゲス野郎なんだ。全く、親の顔が見てみたいよ。
あっ、じいちゃんか。そういえば、じいちゃんも飲み屋での立ち回りを自慢気に語っては、ばぁちゃんにひっ叩かれてたっけな。
「本当かなぁ」
「心配いらないわ。なんてったってメルちゃんは十五年も私達に転生者だって悟らせなかった名女優なんですから!」
「あっ、う、うぇへへ」
嫌味な感じは全く込められて無いが、満点の笑顔で痛いとこ突いてくるな。メルがちょっと困ってんじゃん。
『まぁ、良いや。上手くいかなかった時は二人が責任を持って村を守ってくれよ』
「マーちゃんが居てくれれば魔力がだだ漏れだから弱いモンスターは寄ってこないのにぃ」
「まぁまぁ、ルベルアも僕らの子供と分かったからにはメルと一緒に学校に通わせよう、って決めたじゃないか」
「ぶぅ!分かってるわよっ!」
◇◆◇
ユクスは朝食の時の話を聞いていた筈だが、空気を読んで初耳みたいな反応をしてくれている。
ミハエルも誇らしげにしてるし、俺も黙っとくに限るな。そういや、俺が魔王扱いされたとしても、学校には通えるのかな?
「私が何を言ったところで、我が主の考えは変わらぬでしょう。となれば、これからワプル村とは隣人です。これまで以上に良い関係を築いていきましょう。さて、昨晩に議題として残した問題はこれで全てですね」
「あれ?レコード・ルーラーさんと黒竜さんの」
『ああ、メルが宿屋に皆を呼びに行ってる間、黒竜については様子見ってことで決まったよ。レコード・ルーラーの話じゃ今のところ黒竜が襲ってくる気は無いみたいだったからさ』
「そうなんだ、分かったよ!」
混じりけ一切無しの無垢な笑顔で答えたメル。しかし、それとは真逆の反応を見せたのは女帝アリエス。
殺人事件の現場に駆け付けた敏腕刑事の様に、怪訝そうな顔をして足をトントンと鳴らすと、何を思い付いたか、ゆっくりと薄い唇を開いた。
「ふーん。なぁ、レコード・ルーラー?王も聞いていた上で納得したのなら私も信じるが、敢えて聞かせてくれ。黒竜についての現状、その全てを正直に話してくれたのか?」
「……」
沈黙。
その沈黙は時間にして一秒もあっただろうか。だが、たかが一秒にしてはハッキリと空気が止まったのを感じた。
実に気味の悪い感覚だ。
「全て、では無いよ?ミハエル様が言いたくない事は言わなくても良いって言ってくれたから」
「そうか。ならこれ以上は聞かずにおこう」
なんて事の無いやり取り。だよな?何故か少し引っ掛かるけど、どんな相手にも隠したい事のひとつや二つは付き物だ。
俺だって五千個くらいある。
五千は言い過ぎたかも。ともかく、疑い過ぎるのは良くないよな。
『まぁ、黒竜が俺達を襲う気がないってのは本当みたいだし、今はそれで良しとしようぜ』
「うん、そうだねっ。じゃあ行動は二日後として、それまではワプル村でゆっくり休もう!」
『だな!』
「そうですな、村の皆には伝えてあります故、この機会に存分にワプルを見て下さいですじゃ」
「それは良い!余は畑仕事にも興味がある、なんなら手伝っても構わんぞ!」
「ひぎっ!?て、天使王に汚れ仕事をさせては罰当たりですからの!仕事ぶりを見るだけに止めて下されば幸いですじゃ!」
おお。村長のジジイ、慌ててる慌ててる。ミハエルにクワなんて振らせたら、畑が不毛の大地に変わりそうだもんな。
「むぅ、そうであるか……」
「では、細かな部分は私が調整しておくとしましょう」
「すみません、お願いしますっ」
テスタントは働いている方が性に合っているのかな?こういうのが上司に居ると、部下は休みが無くて苦労するんだよな。
天使の面々を考えるに、その心配は要らないが。
さて、早くに話し合いが終わったんだ、時間を有効に使わなくては!クククク。
◇
意味もなく気味の悪い笑いを浮かべたルベルア。
しかし、暇をもて余したルベルアと言えば、最終的にミルザにぶたれるか、アリエスに罵倒されるのが関の山。
だが今回は、そんな変態悪魔と話をしようと探している物好きが一人居た。
その人物との会話が、ルベルアにとって幸福な時間になるかどうかは別として。
◇




