#65 厳ついツラは厳つくあれ。
朝も早くから爆発音の響いたワプル村。
モンスター襲撃から翌日という事もあり、数名の村人が爆発音を聞き、事故現場に駆けつけた。
が、その誰もが村長の弁解を聞くと、肩を竦めて戻っていった。
俺達は機嫌が治って……はいないだろうが、ミルザが落ち着いた頃合いを狙って教会の中へ。
中には昨日怪我をして手当てを受けていた天使の他に、新しく村に来た様子の天使、数名の村人が居た。
新しく来た様子の天使は、昨日のハイオーク襲撃を受け、浮遊城から応援に来てくれたのだろう。
数人は見覚えのある天使だけれど、名前は何と言ったか……確かあの娘の名はスー……スムージーだっけ?いや、違うかも。
ともあれ、天使がやたらと出入りする教会なんて、元の世界に存在していたら、もの凄~く寄付が集まりそうな。
ミハエルが自らの定位置となっている椅子代わりのベッドへ腰掛けると、近くに用意してある事務的な机と椅子にテスタントが落ち着いた。
これまたお馴染みとなっているテスタントの定位置だ。
すっかりと天使用スペースと化している教会の一角に二人が揃った事で、村人と話していた天使が足並み揃えて近づいてきた。
「皆さん、大丈夫そうで良かったです!」
「メルちゃん、おはよう!もうこの通りだよ!ヤハス様の魔法は凄いね」
「はい!」
メルにはニッコリと挨拶をした天使だが、ミハエルの前は会釈のひとつも無く素通りし、テスタントを囲むと、難しそうな顔をして喋り出した。
実に突っ込みどころの無い、いつも通りの光景である。
が、一度くらいは臣下に跪かれている天使王、なんてのも見てみたいぞ。
「して、ルベルアとメルはどうしたのだ?特にメル、今日は随分と朝早くに起きられたのだな」
「あっ、はい。今日は外が賑やかで早くに目が覚めたんです」
「ふむ、ルベルアは喧しいからな」
「えっ……と、えへへ」
早くに目が覚めた?もしかして俺がモルドーやエリスと話していた内容も聞いて……はいないか。
メルは以外と顔に出ちゃうタイプだから、聞いていたら隠せない筈だ。多分やったこと無いだろうけど、ババ抜きはド下手くそだろう。
まぁ、俺もイッキ飲みを賭けてのポーカー勝負に勝った事が無いんだけどさ。
『朝から大木を薙ぎ倒す様な奴に言われたくないよ。村長のジジイに剣技を教えてもらってたみたいだけど、ミハエルも斬撃を飛ばせるんだから必要無いんじゃないのか?』
「ワシもそう伝えたんじゃが……」
「偏に剣技と言っても、余が使う力任せな剣とは違うのだ。人族とは身体能力が他の種族に劣る分、実に器用に技を使いこなす種族でな」
『結果が同じなら力任せでも変わらないだろ』
「がっはは!そのような考えだからお主も魔力を扱うのが下手なのだ。技術無くして高みは見えぬ、余の斬撃がひと振りで複数飛び、方向も自由自在に操れると考えてみよ」
『んん……最悪だな』
「ふはっ!そうであろう!」
『ところで、姿が見えないけど、トマスとノートの親方は?村長のジジイが技を見せるなんて言えば、あの二人が真っ先に食い付きそうだけど』
「うむ、余が目を覚ます前に出掛けた様であるな。どこかで鍛練でもしておるのであろう」
『ふーん』
「村長、ゲインさんにはここに来る途中で会いましたけど、バースも治ったんですか?」
「うむ!ヤハス殿の治療ですっかり元気ビンビンじゃよ。元気になった途端にどこぞへ飛び出して行ったがの」
「はぁ、良かったぁ……」
『で、そのヤハスは?忘れてたけど、アーマスも居ないし』
「朝早くからワシを含め、多くの怪我人を治療してくれての。今は疲れて休んでおるよ。ガーディアンの青年ならバースと一緒に居るじゃろう」
バースとアーマスが一緒に?今頃「ア”ア”ーッ!!」とか言ってなきゃ良いけど。複雑な気分になるから想像するのは止めておこう。
『しかし、ヤハスには大きな借りができたな!今度ヤハスの喜びそうな事でもしてやるか!』
「ヤハス様の喜びそうな事かぁ……うーん、何があるかな?」
『肩車でもしてやれば喜ぶだろ!』
「自分はもう子供じゃないんだけど?」
唐突な突っ込みが入った声の方を見ると、そこにはパッチリお目々をどっしりと座らせて俺を睨みつけるヤハスが居た。
斜め上からあらゆる角度で眺めてみたが……。つまり、どっからどう見ても、お疲れのご様子だ。
『まだ休んでた方が良いんじゃないのか?』
「君の声が五月蝿くて寝てられないんだよ」
『まぁ、気にすんなって!じゃあこっちに来て寛げよ』
「わっ!?ちょ、やめ、放してよ!」
俺が飛ばした両手でそっとヤハスを持ち上げ、お姫様抱っこで懐まで連れてくると、ヤハスは嫌がって抵抗しながらも、頬を赤く染めた。
多分、内心は嬉しいのだろう。俺ってば、なんだかんだで子供に優しいよね。
「ヤハス様……可愛い……」
「もうっ!放してってば!」
メルがボソリと呟くと、ヤハスは顔を赤らめたまま俺の懐を飛び出した。
照れなくても良いのに、思春期かな。
「はぁ、子供じゃないって言ってるのに……。で?こんなに早くから此処に来たって事は、何か良いことでも思い付いたの?」
『まぁ、そんなトコだけど、居ない奴も多いから集まってから話すよ』
「ルアさん、私が呼んでこようか?」
『んー、メルが行けば大丈夫かもしれないけど、早起きさせたら機嫌を悪くしそうだからなぁ』
アリエスとか、アリエスとか。
「ふふ、きっと大丈夫だよ。話すなら早い方が良いと思うしさ」
『そっか、じゃあお願いしようかな』
「うん!行ってくるね!」
メルはそう言うと、軽い腰を上げて足早に教会を出た。あの様子を見ると、宿屋にトラウマがあるのは俺だけだったみたいだな。
メルが女性陣を連れてきたなら話し合いのスタートか。
昨晩保留にした題材は大きく分けて三つ。
・ベクールの王であるトーラス・ドラフォイに黒ノ王に関する件を納得させる事。
・崩壊してしまった、というか消失してしまったフスカ村と、ベクールに避難しているというフスカの住人達の対応。
・レコード・ルーラーを巡る黒竜への対処。
小さな事も含めるとまだ問題はあるが、急を要するのはこの三つだ。と皆が話していた。
『ところでユクスは何処で寝たんだ?アリエス達と一緒に居るのか?』
「どうであろうな?ルベルア達が出ていったすぐ後に黒ノ王も教会を出たが、その後は余の知るところでは無い」
『それもそうか』
「妾なら此処におりんす」
「むぅっ!?」
――えっ?何処に?
ユクスには違いないが、いつもより少し高い声。直ぐに声の方を見たというのに姿は見えない。
俺とミハエルが顔を見合わせて首と体を傾げていると、それが可笑しかったのか、ユクスの笑い声がした。
「フフ、此処でありんす。窓を見てくんなんし」
窓。教会の窓はガラスも網戸も無く、虫が入ってこないのが不思議になる造りである。
ミルザの結界が虫を寄せ付けないのか、ミルザの殺気を恐れて虫が近づきたく無いのか。
多分、後者だろう。
それは置いといて、窓の外にもユクスの姿は見えない。ただ一羽の可愛いらしい黒いインコ(?)が留まっているだけだ。
あれ?もしかして。
『ユクスなのか?』
「ええ。フフッ、大鴉も変化の得意な種族でありんすから」
窓枠からトンと飛んだ黒いインコ。俺とミハエルの間にそっと降り立つと、あっという間に美女へと姿を変えた。
「ふぉ……これ程までに大きさも自由自在であるか!見事なものだ」
『あんなに小っちゃくなれるんだな。昨晩はここらで寝てたのか?』
「いえ、ルベルア様と共におりんした」
へぇー、ルベルア様と一緒に居たのか。ルベルア様とねぇ……。
『俺と!?』
「はい」
まさか!カラスは夜目が利かないらしいし、あの暗闇の中で俺に付いて来れる筈が……あっ!ユクスは千里眼が使えるんだっけか!
『もしかして今朝までの出来事も全部見てた?』
「ルベルア様がどのような生い立ちであろうとも、妾の想いは揺るぎんせん。傍らで涙を抑えるのは難儀でありんした」
そう言う問題じゃなくて、確実にプライバシーの侵害だと思うんだが。なんつーか、障子にメアリー、傍らにユクスだよまったく。
「ほう?あの後も何かあったと言う事か!」
『つまらない事だからミハエルは気にしなくて良いってば!ユクスも他言無用で頼むよ』
「心得ておりんす」
「むっ!つれないでは無いか!」
『気にしなくて良いってのに!俺がメルを妹みたいに思ってるって話だよ。大した事じゃ無いだろ?』
「そんな事分かりきっておる。本当にそれだけであるか?」
『まぁな』
ミハエル、何だかんだで察しが良い方だから俺の嘘なんてお見通しだろうけど、お前は絶対に言っちゃうタイプだから秘密にさせといてくれ。
悪いとは思ってるんだ。心の中で謝るからアヒル口で不貞腐れるのを早く止めてくれ。
ごめんって!その厳つい髭面でアヒル口はキツいから止めて!!
「もうっ、つまんない!」
女子高生か!お前のそんな喋り方、初めて聞いたぞ!!
『だから言ったじゃん』
「私も聞いてたよ?」
『えっ?』
「何の気なしに君の所に行ったら面白そうな話をしてるからさ、最後まで聞いちゃった」
ストーカーか!この世界の警察的な誰かぁぁあ!!ストーカーが溢れてますよ!ストーカーは立派な犯罪ですよぉぉお!!
『ったく、姿を見せろよ』
突然現れた煙がグルンと輪を描くと、当たり前の様にレコード・ルーラーが現れた。
大きな白いシルクハットで顔を隠しているが、僅かに見えた口元は満足気にニッコリしていた。
「おはよう!」
『おはよう!じゃなくて!今のやり取りも聞いてたんだろ?』
「うん、私も心得たよ!クスス」
意味ありげに笑うなって!!……ほらー、ミハエルがまたアヒル口を始めたじゃん!
『その話は終わりだ!執拗いとこうだからな!』
俺が拳を握り、高く浮かせて見せると、レコード・ルーラーは「わっ」と頭を押さえ口を噤んだ。
『結局、レコード・ルーラーも朝まで俺の近くに居たのか。メルがみんなを連れてきたら話を始めるけど、内容も分かってるのか?』
「別にルベルアの近くに居た訳じゃ無いよ。内容?昨日の続きでしょ?」
うん?朝食の時まで聞いてたのかと思ったが、違うのか。
『じゃあ何処に居たんだ?』
「えっ?黒竜の所だよ?」
はっ!?アッサリ言ってくれちゃったけど、とんだ爆弾発言じゃないのよ!これがテレビだったら放送事故になるレベルだぞ!
「なんと!」「黒竜の……」
予想外のレコード・ルーラーの言葉に、ミハエルとユクスは怪訝そうに顔を見合った。
その少し離れた位置でテスタントがガタンと椅子を鳴らし立ち上がると、周りを囲んでいた天使は驚き肩を揺らした。
どうやらテスタントには聞こえたみたいだが、他の天使の耳には届かなかったらしい。
ここで大きな騒ぎになると面倒なので、俺はテスタントに無言で首を振る。
テスタントは俺の意を汲んだ様で、周りの天使に「すみません、お気になさらず」と一言述べ、座り直した。
が、目線はずっと此方を向いている。お腹を空かせた仔犬の様に此方を見ている。
アイツ、あんな愛くるしい顔が出来るのか……。気になるのは分かるけど、そんな目で見るなよ!“クゥ~ン……”とか言いそうだ。
まぁ、どうでも良いか。
さて、これまでも常識はずれな事態は沢山あった訳だし、とりあえずレコード・ルーラーが黒竜と居た理由でも聞いてみますかね。




