#64 カツミ。
お菓子を買いに来たのに20円くらい足らなくて半べその子。
もしくは、女の子が近づいてきてドキドキしていたら「服にタグ付いてますよ」と言われた上に、タグに見た事も聞いたことも無い、下ネタ丸出しのふざけたブランド名がデカデカと書かれていた時のおっさんの哀愁。
それらを彷彿とさせる様な、本気で悲しそうな顔をしているモルドーは置いといて。
そろそろ二人が考えている今後の予定ってのを聞かせてもらおうか。
『で、今後の予定は考えてあるって言ってたけど、どうするつもりなんだ?』
「ああ、大した計画じゃないんだけど、ベクールの王・トーラスの性格にピッタリの作戦があるんだよ」
◇◆◇
「――ってな訳さ」
『んー、何て言うか本当に大丈夫なのか?もしその王が怒ってワプルに侵攻なんかしてきたら洒落にならないだろ』
「お父さん、ルアさんの言うとおりだよ!そんな事して戦争なんかになったらどうするの!?」
「ドラフォイの家系は良心的な人が多かったんだけどね、トーラスだけはちょっと違うんだ。元の世界の常識だと考えられないかもしれないけど、この世界で生きていく為には ときに悪巧みも必要なのさ」
「えぇー……」
「大丈夫よメルちゃん、昨日の話が本当ならマーちゃんは白竜の攻撃にも耐えたんでしょう?なら全然心配要らないわよ」
「いや、うん、お母さん、でもそうじゃなくて……」
「心配なのは分かるけど、どちらかと言えば戦争にしない為の作戦なんだ。良心を痛める必要は無いんだよ」
「うー」
悪巧みねぇ……それを他の皆も本当に納得してくれるのか疑問なところだが、ここでグダグダ考えても俺には分からんし、教会に行くとするか。
『とりあえず教会に行って他の皆にも聞いてもらう事にするよ。モルドーとエリスは本当に行かないのか?』
「村の修復もあるのに、畑仕事や家畜の世話まで手付かずになれば村長が元気になった時に怒られちゃうからね、皆にはルベルアとメルから宜しく言っといてよ」
そう言うやいなや、そそくさと仕事着に着替えを済ませ、玄関のドアを開けたモルドーとエリス、俺達も行くとするか。
『そうか、そうだな、じゃあ行ってくるよ』
「ルアさん、皆が賛成しなかったらどうしよう……」
『まぁ、その時はその時だろ』
「そう……だね。お父さん、お母さん、行ってきまーす!」
「「行ってらっしゃーい!」」
なんやかんやで住み慣れた居心地の良い村、この舗装も砂利も敷いていない土の道をメルとのんびり歩くのも随分と久しぶりに感じる。
まぁ、俺はいつもふわふわ浮いてるだけで歩いちゃいないんだが。
『モルドーの計画を本当にやることになって、そんでもって上手くいったとしたら、この道とも暫くお別れだな』
「うん、今はハイオークが残した武器とかで散らかってるけど、本当はすごく綺麗な村だからホームシックになっちゃうかも……」
『ああ、そうだな』
「あっ、これハイオークの爪じゃない?消えないで残ったんだね、ラッキー♪」
『お、ドロップアイテムか。良かったじゃん』
「うん!えへへ」
道端に落ちてる爪を拾って喜ぶ女の子ってのは元の世界じゃ馴染みが無かったが、喜ぶ顔が可愛いから良しとしよう。
いつまでも、いつまでもメルが恋しくなる村であり続けてほしいもんだ。
村の中央地区では早起きの村人連中がせっせと店の周りや自宅の周りを掃除していた。
中にはハイオークの被害にあった家屋もあり、その補修をしている村人も居る。
ん?あれは。
『ゲイン!もう大丈夫なのか!?』
「んっ?おや、あなたはルベルアさんですね、初めまして。お陰様でもう大丈夫ですよ。皆から聞きましたが、あれほどのハイオークの群れから村を救って頂いて、ありがとうございます」
そうか、ゲインからすれば“初めまして”なのね。
日に焼けた肌に無精髭は相変わらずだが、やんわりモヒカンはいつもより多めにやんわりしている。
まだ本調子じゃないって事かな?とにかく無事で良かった。
『んー、実は初めましてじゃないんだけどさ。俺の力だけじゃないけど、この村を守ることが出来て良かったよ』
「それは失礼しました。ふむ、話に聞いていたよりもずっと常識的な方ですな」
『ん?』
「あ!いや、お気になさらず!メルもよく戦ってくれたみたいだね、本当は私達が守らなければいけなかったのに、すまなかったね。そして、ありがとう!」
あっ、誤魔化したな!?くぅーっ、皆は俺の事をどんな奴だと思ってんだ!んバカタレがっ!
「ううん!ゲインさん達も命懸けで村を守ってくれてたの、分かってます!そうじゃなかったら犠牲者ゼロなんて絶対に無かったと思います!」
「ハハハ、優しい子に育ったね。小さな頃、体当たりで三軒も家を壊した時にはとんだ問題児だと思ったけど、もう胸を張って村の宝だと言えるよ」
「あ、わわ、その話は……!じゃ、じゃあ用事があるから、またねっ、ゲインさん!ほら、ルアさん行くよ!」
「ハッハハハハハ!」
『ククク、村の神童が呼んでるから俺も行くよ。じゃあ、またな』
「ええ、また!」
からかわれたのが原因か、少し早歩きのメル。
いや、少し早歩き、なんていうレベルじゃない。競歩の選手みたいなスピードで歩いている。
その姿が面白くて笑いそうになるが、俺がニヤケると何故か周りの村人がビクンと肩を震わせるので、なるべく我慢だ。
なんて思っているうちに、教会が見えてきた。
途中にあった宿屋で他の連中も呼ぼうかとも思ったが、俺もメルも宿屋にはちょっとだけ苦い思い出があるので寄るのはやめた。
教会に近づくと、何やら元気の良い声が聞こえてきた。
「ここで剣に魔力を込めて、一気に打ち出す!」
「おおっ!」
「お見事!」
「現役を離れて長い故、ワシはひとつの斬撃しか出せませんがの、才能があれば複数同時に飛ばせる使い勝手の良い技ですじゃ!」
「余もやってみよう!むむ……むむぐ……ハァッ!!」
ズッ!!ドォォォォッッン!!!
バキバキッ!ドッサァァァッン…………!!
「むぅ!?成功かっ!?」
「あああああっ!!我が主!!成功なもんですかっ!あああ……なんて事を!ももも、もうし訳ありません村長!」
「むぎぃぃ!?いいい、いや!ふ、不可抗力ですじゃ、おき、お気になさらず!」
なんかすんごい音が聞こえたけど、何事?って、大体は分かってるんだけどさ。
この村の連中も天使連中も、基本的に声の大きい奴ばかりなんだよなぁ。
「――ワソッ、じゃなくて……村長!!今の音は!?」
「ひぎっ!ミ、ミルザか、些細な事故じゃよ!怪我人は居ないから安心してくれ!」
「あっ……ッッ!どうして……こんな……もうっ!知らない!」
ぷりぷり怒って教会に戻っていくミルザが見える。
というか、村長のジジイ!腕もある!昨日の状況が嘘だったみたいに元気いっぱいだな!
ふぅ、心配させやがって。
教会の裏に居たミハエル、テスタントと村長のジジイに簡単な朝の挨拶を済ませると、メルがさっそく率直な疑問をぶつけた。
「村長!腕、無事に治してもらえたんですね!ああ、良かった……でも、ミルザさんが大切にしていた木、斬っちゃったんですね。剣技を練習していたんですか?」
『村長のジジイ、元気になった途端に自然破壊かよ』
さっきの音、何事かと思ったら、教会の裏手に植えられた大きなカツミの木がぶっ倒れている。
ワプル村で一番立派なカツミの木なのだが、切り株にしてはやたらと高い位置でスッパリと切られ、沢山の実を散らしている。
「ジジイとな……!?こ、これは事故だったんじゃよ!じゃが、このままにしておけばミルザにまた怒られるのぅ。メルや、おぬしの魔法で何とかできんかの?」
「えっと、保証は出来ないけどやってみようか?」
「頼む!この通りじゃ!」
村長のジジイはミルザの事がよほど恐いと見える。ツルツルに磨かれた頭を下げると、真剣な様子でメルの助力を求めた。
真剣なところ悪いが、下げた頭に朝日が反射して、メルが思わず目を細めたぞ。
太陽拳の使い手だったのなら、先に言っとけよ。
「うん!ミハエル様、ちょっとの間だけ倒れた木と切り株を繋げてくれませんか?」
「うむ、余にも少なからず責任がある。木を持つくらいの事、喜んで引き受けよう!……むっ……!こうであるか!?」
数十年かけて育ったカツミの木は高さも然る事乍ら、幹の太さも直径が二メートル弱となっている。
それを楽々持ち上げて、切り株の上に乗せるミハエルの腕は、余裕綽々とでも言わんばかりに、血管の一つも浮き出ていない。
メルは切れ目に両手を当てると、そっと瞳を閉じた。
「ミルザさんの木、治って!グラン・ヒール!!」
――シュウウゥゥ。
切れ目はうっすらと緑に光ったが、すかしっ屁みたいな音がしただけで、修復されてはいなかった。
「うー、治らない」
『力不足か?』
「ダメなのかのぅ。これはこの教会を建てた時に丁度 芽が出ていたカツミでの、少しずつ大きくなるカツミを見てはミルザが嬉しそうに笑っていたんじゃが……」
「申し訳ありません。我が主のしたことです、罰は私にお与え下さい……」
「ふむ、これは悪い事をした」
『全く……折角、ジジイの怪我も治ったんだから、皆で切ない顔すんなよ。メル、もう一回試してみようぜ』
「分かった!ふぅ、いくよ。グラン・ヒール!!」
メルの魔力の流れに俺の魔力を注ぎ込む。この連携も、もう慣れたもんだ。大サービスで魔力を押し込んでやるよ!
ドッ――
――ッッパァァアアンッッ!!!
「きゃあっ!」『ええぇえーっ!!』
「ぬぅあっ!」「ぷぎっ!!」
「なんじゃーーーっ!!?」
カツミの木は全体を緑に光らせると、葉は激しく揺れ、僅かに残った実はブルンブルンと踊り狂った。
と、次の瞬間、ものの見事に爆発したのだ。
小指大の欠片すら見つけるのが至難な程、文字通り木っ端微塵に散り、風に吹かれて飛んでいった。
その後、爆音を聞き、飛び出てきたミルザは目を血走らせて怒り狂った。
俺達は嵐が過ぎ去るのを全力の“反省してますオーラ”で乗り切ろうと試みたが、何故か俺だけがひっぱたかれ、思わず『ありがとうございまぁっす!!』と叫ぶ事に。
ともあれ、ハイオーク襲撃に続く、カツミ爆散事件の幕は降りたのだった。




