#62 酔っ払イ。
レコード・ルーラーが世界に発信した内容はこうだ。
“人界・東の地に恐怖を齎した黒き鳥ノ王の侵攻は天使族と人族の精鋭達の手により脅威を失った。神が一人と謳われた黒ノ王は消え、影と共に世界を見守る存在となるだろう”
これだと確かにユクスが消滅してしまったかの様にしか聞こえない。
嘘は言えないらしいから巧みにグレーゾーンを利用した内容なのだろう。
目の前で言っていたので聞こえたものの、直接 俺の頭の中に声が届きはしなかった。
あんな少女というか、声変わり前の少年みたいな声が急に頭の中に聞こえるなんて一種のホラーだ。故に羨ましくは無いが、どうして俺にだけ聞こえないんだろう。
仲間外れにされてるみたいじゃないか……まぁ、良いけどさ。
そんでもって、今後の細かな予定は追々決める事として、今日は解散にしたわけだ。
解散したといっても天使とローグの男連中は教会に、女連中は宿屋に集まって泊まるらしい。
俺も教会で休めとミハエルに誘われたが、むさ苦しい男と肩を寄せ合って一夜を過ごす趣味は無いので、メルと一緒に帰宅することにした。
家に着くなりメルとエリスは寝ると言って部屋に行ってしまったが、時間を考えればそれも当然か。
モルドーは戸棚の奥に大切そうに仕舞い込んでいた安酒を取り出すと、一人暖炉の前に座りチビチビやりだしたので、話相手として捕まる前に外の椅子に避難してきて今に至る。
『ふあぁ、夜空はいつもと変わらず綺麗に星が出ているな』
今日は本当に長い一日だった。
フスカ村でメルが死んでしまったかと思い我を失い、自分でも信じられない様な暴走をしてしまったし……。あれは完全に俺の黒歴史として残るだろう。
ワプルに着いたと思えばモンスターに占拠されていて村長のジジイや多くの人が死にかけている事態。
幸い死者がでなかったみたいだけど、あと少し俺達の到着が遅れていたなら、どうなっていた事やら。
おまけに新事実続出の長い話を聞かされるし、レコード・ルーラーなんていう特殊な新キャラまでお出ましときた。
もう十五年……まぁ、俺の場合は実質八年だけど、まだまだ知らないことは多いだろうな。
ちなみにレコード・ルーラーは「呼んでくれれば現れるね」と言い残し、煙の様に消えてしまった。
結局俺以外の奴はレコード・ルーラーの体に触れられなかったし、謎の多いキャラだこと。
でも、俺が今日聞いた話の中で一番驚いたのはやはりモルドーとエリスの事だ。
なんの確証も無ければ年月の計算だって無理がある。だけど、あの二人の境遇は偶然にしてはあまりにもピッタリと重なるんだ。
何よりも、話を聞いた瞬間から俺の中の第六感が間違いないと囁いている。悪魔的直感ってやつだろうか。
『まさか二人がなぁ……お?』
――ギィ。
ふと自宅の扉が開き、ぽっちゃりとしたシルエットが浮かび上がった。このシルエットの持ち主はこの家に一人しか居ない。
モルドーの奴どうしたんだ?まさか飲みすぎて吐きに来たわけじゃ無いよな。この庭先は俺の部屋みたいなもんなんだ、吐くなら他所に行ってやってくれ。
というか家の中に木製チップ式浄化トイレがあるんだからそこで吐きたまえ。
◇木製チップ式浄化トイレとは大賢者グリムスが考案した構造のトイレであり、匂いの吸着と水分の蒸発促進に優れた木“ドーリオの木”のチップと微生物の力により排泄物を浄化する仕組みのトイレである。
所謂バイオトイレだ。
チップを攪拌するための動力は勿論魔力であり、ほぼすべての生き物が魔力を備えているエンドルゼアの地において、グリムスが仕組みを公表するや否や、たちまちトイレを必要とする種族の間に普及した◇
「ふぃーっいい気分だ!ルベルアさ……ルベルア居るか~い?」
うっ、やっぱり酔っ払いか。今日はゆっくり休もうと思ってたんだから勘弁してくれよ。
『どうしたモルドー。村が大変な目に合った日にいい気分になってる場合じゃないだろ。早く寝たほうがいいんじゃないのか?』
「おっ、そこに居るのかい?この暗闇に黒い体じゃ分かりにくくてね、わっははは!」
『声がデカイってば……皆が起きちゃうから早く寝ろっての』
「まぁ、そう言わずにさぁ!」
千鳥足とまではなっていないが、覚束無い足取りでオタオタと近づいてくるモルドー。
酒を呑んでいる所など数える位しか見た事が無いが、今日は思いきった量を飲んでいるらしい、ニヤケ面から漂う臭いがそれを物語っている。
『はぁ、随分と呑んだみたいだな。で、こんな時間にどうしたんだ?』
「そりゃ呑まずにはいられないさ。なんてったって僕らがずっと探してた人に会えたんだからね」
『うん?レコード・ルーラーの事か?多分、呼べばすぐに出てくるぞ。アイツは多分そういうキャラだ』
「違う違う、何故か君は隠そうとしてるみたいだけど、君が僕らの子供なんだろう?」
――ッ!?いや、一瞬ビックリしたけど、確かに俺はモルドーとエリスから産まれた悪魔に違いない。
『……ああ、メルが産まれた日、俺も一緒に生まれたみたいだからな。すまん、悪魔が我が子と知ればエリスは悲しむよな。でも、メルの事は本当に大切な妹だと思ってるよ』
いつの日かお兄ちゃんと呼んでもらおうかな、グフフ。
「うー、だからそうじゃなくて!」
『は?ちょっと待て、ならどういう意味だ?』
待て待て、本当に待て。確かに俺の中でも確信はある。
でも俺が一方的に分かっていれば良いと思ってた事案であってモルドーやエリスから直接聞かれるには心の準備が……。
「待たないよ、君が円なんだろ?」
『違う』
「…………そ、即答だね」
あっ、慌てて答えた所為でちょっと不自然だったか!?
そう、そうだよ、間違いなくモルドーとエリスが俺の親だよ!|
二人が深澤 守人と恵里に違いないさ!
根拠は無いし、話の途中で第六感がビンビンに反応した時は戸惑ったけど、正直言ってちょっと嬉しかったよ!
でも……急にそれが分かったからって、いまさら俺が子供の円です!テッテレー!なんて照れて言えないっての。
『え、えーと、円とは仲の良い幼馴染でな……今日のモルドーとエリスの話を聞いたときに似た境遇の人だなぁと思ってたんだ。いやー、まさか二人が本当に円の親だったなんてなー!驚いたよ!クハハハハ!!』
「……へぇー、大きい声出したら皆が起きちゃうんじゃなかったっけ?」
『あっ!』
クッ、この酔っ払いめ!我を謀ったな!?
「まぁ良いや。じゃあ聞かせてよ、円は立派に大きくなれてたかい?両親が居ないんじゃ随分と辛い想いをしたと思うんだ」
『し、仕方ないなぁ。大丈夫だった、と言えばモルドーとエリスは少し落ち込むか?けど実際じいちゃんとばぁちゃんが大切に育ててくれたから……くれてたみたいだから辛いことなんて無かったと思うぞ?』
「お、落ち込みはしないけど……むぐっ!ぼぼ、僕らの存在が忘れられてた訳じゃないよね?」
『んな訳無いだろ!小さい時には悩み事とか腹立つ事がある度に墓の前で愚痴ったし、大人になってからもお盆の墓参りは忘れずしたぞ!ぁ……って円が言ってた』
「そっか、それなら良かった。父と母から僕らの話を聞くこともあったのかな?」
『そりゃあもう、何かにつけて二人の話は聞かされたさ!……って言ってたぞ。孤児院出身の母さんと出会った頃の親父は馬鹿の一つ覚えみたいに毎日毎日同じ店の同じチョコレートを持って会いに行っていたって話まで聞いたぞ』
「ええっ!?そんな話まで……」
『最後には母さんが甘いものを嫌いになった程だから、フラれるかと思ったら執念が実って付き合うことになったってな。バレンタインデーの日には必ずその話を聞かされた……みたいだけど、その男がこの世界でヴァレンタインって名前で生まれるなんて馬鹿げた話だよな』
「ふふ、懐かしいなぁ。もう千年以上も前の話だよ」
『千年以上……か。ただの酔っ払いにしか見えないのに、本当に覇王なんて呼ばれてたのかよ』
「ん、まぁ一応ね」
ん?そう言えば、覇王が居なくなった事で覇王歴って年号が出来たと誰かが言ってたよな。
でも変じゃないか?覇王が居なくなったのは今日の話が本当なら千年と十五年前だろ?ならどうして覇王歴は今年で約千四百年になるんだろう。
さては、嘘ついたな!?他の皆は騙せても、この俺だけは騙されないぞ!
『なぁ、俺はたった今、大きな間違いに気づいたぞ。覇王歴がモルドーが名を変え、世間から姿を消したことで生まれた年号なら、今年で千四百年弱ってのは計算が合わない!』
前々から俺は出来る男だと思っていたが、この瞬間、この世界に史上最高の名探偵が爆誕したんだ!
世界よ!我が明晰な頭脳を祝福せよ!
「計算?」
『つまり今日のモルドーの話にはまだ隠された秘密があるって事さ、素直に白状してもらおうか』
「へ?ああ、そうか。この世界だと常識になってるんだけど、覇王歴って三百七十六年から始まってるんだよ」
『ええーっ!?なんで?どうして?意味が分からん!!』
「しぃーっ!本当に起きちゃうって!覇王歴なんて大袈裟に広まってしまったけど、裏で作ったのはグリムスとシャーゼ、エリックと僕の両親だからね。僕とエリスが生きた年数と同じにしてあるのは悪戯みたいなものだろうね」
『って事はモルドーもエリスも今年で千三百九十一歳になるのかよ。とんでもねぇお年寄りじゃねぇか。ところでエリックって誰だ?』
「当時のディトス王、エリック・ディトスだよ」
『ディトス王?えーと、じゃあ今言った連中はモルドーとエリスが生きてる事を知ってるって事か?』
「うん、目立つといけないから、僕らは手紙でしかやり取りをしなかったけど、グリムスとシャーゼは死んだ事にした後もコッソリ会っていたみたい」
『ふーん、まぁよく分かんないけど、嘘ついてた訳じゃ無いのか。じゃあ良いや、おやすみ』
「いやいやいや、まだ寝ないよ!もっと話したいことが沢山あるんだから!」
『ええぇ……だって明日も皆で話をするんだろ?早いとこ休んでおかないと疲れるだろ』
「恥ずかしがらなくても良いって!君が前の世界で僕らの子供じゃなかったとしても、この世界で子供として生まれたのは本当だろ?ねぇ、円って呼んで良いかい?」
『断る、メルが混乱するだろ……じゃなくって!俺は円じゃないってば』
「もうっ、素直じゃ無いんだから」
『いや、だから本当に――』
「僕らはね……一度も呼べなかったんだ……事故の所為で出会う前に死んでしまったからね……」
そんな顔されたら……断れないだろ。沢山の人に呼ばれた元の名前、けど確かに両親からは一度も呼ばれた事はない。
それは当たり前だ。俺が取り出された時、両親は既に息が無かったのだから。
一度も親孝行を出来なかったのも当たり前の事、それを今たった一言許すだけで出来るのなら安いもんか。
『……一回だけだぞ?』
「うあぁぁあん!まどか……!まどか……!ずっと君に会いたかった!寂しい想いをさせてゴメン……!側で支えてあげられなくてゴメン……!悪魔だろうが何だろうが関係あるもんか!これからは今までの分もまとめて愛すがら……!まどか……まどか……生まれてきてくれて本当にありがとう!」
『…………親父』
一回だけって言ったのに……。
抱きついてきたモルドーは酒臭くて、生暖かくて、鼻水は凄いし、涎まで出ている。
俺に正常な判断が出来たのなら、煉獄正拳突きオメガで地平の果てまで突き飛ばしたかもしれない。
なのに今の俺ときたら、抱き返して涙まで流す始末。あぁ、どうかしてるぜ。
「……グズッ、周りに誰も居ない時で良いから、エリスにも抱かせてあげてくれないかい?」
『…………エリスになら何度だって抱かせてやるさ』
「……えっ?」
『ただ、混乱するといけないから、メルの前で円と呼ぶのは遠慮してくれないか?』
「……そう、そうだね。円が元の世界でも僕らの子供だったと知ればメルが無駄に責任を感じるかもしれないと、そう考えてくれてるんだね。僕らの子供が優しい子で嬉しいよ……」
『……円は俺の幼馴染な』
「この期に及んで、まだその設定を続けるの?」
『…………うん』
「ハハ、まぁ良いや」
『あー、でもさ、話すと長くなるけど……本当に円は向こうで元気に生きてるんだ』
「……?長くなっても良いさ、聞かせてよ」
それから俺は、この世界で出会い、向こうの世界に旅立ったマドカの話を聞かせた。
これは俺の推測でしか無いのでモルドーには話さなかったが、今考えるとマドカと俺の関係は辻褄が合う。
結論から言って、マドカも嘘偽りの無い二人の子供だったんだ。
本来ならば二人が事故に遭った時に一緒に死んでしまう筈だった小さな命。
その小さな命が奇跡的に向こうで助けられた所為で、マドカと俺という二人の円が誕生したのだろう。
恐らくは、長い間実体を持たずに彷徨っていたマドカの魂が、俺がこの世界に来た事で“半分実体化”みたいな状態になってしまった。
どうしてバースだけが他人から見えない彼を弟として誤認してしまったのかは分からないが、この世界の魔力が悪戯に働いたのだろう。
もしくはバースが飛び抜けてアホな子だったかだ。
俺は絶対の自信を持って後者を推そう。
そこに不思議な力を持った宝石・ラピスラズリが登場した事で、マドカと俺は元の世界に送られ、本来の魂の器である俺の体に入るべき者を選ばせた、という訳だ。
ラピスラズリ……全く、恐ろしい子!
でもあの石が無ければ俺の分身であるマドカは永遠に寂しい想いをしたのだろう。
ラピスラズリ……サンキュー!
その他にも俺自身の話やじぃちゃん、ばぁちゃんの話。
モルドーとエリスの話。
村長のジジイやミルザが二人の事情を聞いた上でワプル村に受け入れてくれた事、それでも危険な悪魔が産まれるかもしれない事実に、メルが産まれるまで余所余所しかった事なんかも聞かされた。
ちょっと真面目な話からどうでも良い話、夜空が白んできても俺達の話は終わること無く、モルドーの酒の臭いも薄れた頃、ついに朝を迎えてしまった。
男と一夜を共に過ごすなんて御免だ。と思っていたけど、案外どうして楽しかったぞ。
『そろそろ周りも起きる時間だな』
「そうだね。こんな素敵な夜を過ごせるなんて思ってなかったよ」
紛らわしい言い方すんな!誰かに聞かれたら誤解されるぞ!
――ギィ。
『お?エリスか、おはよう』
まさか聞かれなかっただろうな!?しかし、これが実のお母さんだなんて……可愛いすぎだろ!異世界、怖っ!!
「あなた……ルベルアさんと居たのね。二人とも、おはよう!」
「ああ、おはよう!メルは?」
「メルちゃんはお寝坊さんだからね、まだ寝てるわよ?」
「そうか!聞いてくれエリス、僕らの勘違いじゃあ無かったよ!」
「――ッ!!そ、それじゃ……本当にあなたが!?」
結局メルが起きてくるまでの間、エリスも交えて話が続行されたのだが、一つだけ確かな事があった。
それは勿論、モルドーに抱き締められるより、エリスに抱き締められた方が五億倍気分が良いって事だ!




