#59 史実と事実。
「なるほど、信じられん話だが、お互いが転生者と言う訳か」
「して、そう易々と封殺魔法を受けるとは思わぬケイオス様が封印されたのも何か関係があるというのでありんすか?」
「はい、僕とエリスは状況など考えられずに言葉を交わし抱き合ったのですが、僕らの異変に気づいたハールバドムとグリムス、シャーゼは攻撃を止めました」
ちょっと待ってくれよ……ハッキリと言ったよな……。モルドーとエリスが転生者だって!?転生者が転生者を産むなんて、そんな事が起こり得るのか?でも実際に起こった訳だし……。
モルドーとエリスの衝撃の告白に……いや、他の面子からすれば衝撃の告白はこれじゃないのかもしれないが、俺の泳いだ目は迷子になった挙げ句、メルと目が合った事で落ち着きを取り戻した。
そのメルも困惑し“どうしよう、私達も言った方が良いかな?”と顔に書き出して俺の意見を求めているし、リエルは陸に打ち上げられた魚みたいに口をパクパクさせている。
幸いリエルはエラ呼吸じゃないので放っておくとして、メルの気持ちは分からんでもない。ただ、話の行方が分かるまでは我慢だ。
「お父さんとお母さんはどうやって転生したの?」
俺は“待った”の意味でメルの肩をそっと押さえたが、既にメルの小さな口から率直な疑問が出た後だった。
「お父さんとお母さんはね、魔法の無い異世界で産まれ、出会い、結ばれたんだけどね、自動車という乗り物で移動している途中に別の大きな自動車がぶつかってきて……死んでしまったんだ」
「それで目が覚めたらお母さんはユクス様の生み出したダークヴァルキリーとして、お父さんはエルフと獣人族の間に産まれた子としてこの世界に転生していたのよ」
『自動車の事故で……?』
「ええ……しかもその時、エリスのお腹には赤ちゃんが居たんです……」
「…………ううっ……」
表情を曇らせて語るモルドーの口は震え、エリスの眼からは涙が流れた。モルドーは震える唇を噛み、優しくエリスの肩を抱き寄せた。
まさか……まさかな……。
「なるほど、転生した時から二人の者を探していたというのはそういう事であったか……辛かったであろう」
「まだ見ぬ我が子を諦めた訳ではありませんが、今の僕達にはメルが居ますから……」
「お父さん……お母さん……」
『辛いことを思い出させちまって悪かったな。それを知ったケイオスは何て?』
「ぐすっ……私とモルドーが我に返ると、ケイオス様は一つの提案をしたの」
「一つの提案とはなんぞ?」
「あの魔王からの提案とあらば、さぞ奇っ怪な物であろう」
「はい、提案とは封殺魔法を受ける代わりに僕とエリスに呪いをかけるというものでした」
そもそも封殺魔法ってなんだよ。ただの封印とは違うのかな?モルドーが買ってくれた本にはそんなの書いて無かったし!
「む?それでは奴に優位な提案には感じられぬが……どういう訳だ?」
「戸惑う私達にケイオス様はこう言いました。《この戦終は黒龍か我のどちらかかが消えるまで終わらない。しかし、それを待てば今以上に世界の被害が広がるだろう。ならば我は貴様らを暇潰しの材料として異空間で余生を過ごすとしよう》と」
「その内容はハールバドムの封印が進むにつれ、僕とエリスが人化するという呪いと、いずれ子宝に恵まれた時に産まれるのが人か悪魔か分からぬという呪いでした」
『…………!』
「それを其方らは受けたという事でありんすね。妾の知らぬ所でそのような話が……その話の全てを信じるには時間が必要、とはいえ確かにケイオス様らしい話」
「グリムスとシャーゼは反対しましたが、種族も環境も違うエリスと一緒になる為には十分すぎる提案でしたので、反対を押しきり提案を呑みました」
「ふぅむ、戦いの終わりを望むハールバドムとっては自らが退いても他に黒竜と戦いうる可能性を持った者が居ては意味が無い。そこで刻を操る英雄ヴァレンタインを戦線離脱させる一石二鳥の提案……という事であるな」
『刻を操る?』
「お主は知らぬか。英雄ヴァレンタインと言えば刻を我が物とし、無双を誇ったと言われておる」
「僅かな時間しか操作出来ませんでしたから……そんな大それた力ではありませんでしたよ」
「それってルアさんの……」
『メル?』
「あっ……ううん、何でも無い」
メルの気付いた通り、俺の最大魔法・アモンは一瞬の時間を巻き戻しその間を自由に動ける能力だ。あの魔法の完成は俺の想像力の賜物かと思ってたけど、まさか遺伝だったとは……。
「大した能力だ、謙遜は無用であろう」
「今は使えませんがね……。その後は皆様の知る通りに、そしてハールバドムの思惑通りに世界は動き、黒竜は好敵手の消失に合わせ表舞台から消え、僕とグリムス、シャーゼは封印の為に命を落とした事とし、エリスと共に各地に残った火種を沈静化する旅に出たのです」
「千年の時が流れた今、其方らは完全に人族となった故に、妾にもダークヴァルキリーだと分からなかったという事でありんしたか」
「そして産まれたメルは悪魔では無く人族だったという訳だ。ふぅむ……もし悪魔が産まれたらどうするつもりだったのだ?」
「例え悪魔だったとしても、我が子には違いありませんから」
「そうか……そうであるな……」
猛々しい顎髭を何度も指でなぞりながらメルと俺をチラリと見るミハエル。特に何かを言ってきたりはしないが、目を見る限り言いたげではある。
うーん、そういやミハエルにはあれこれ言った気もするし……何かを感づかれててもおかしくはないか。
「朧気ながら真相は分かりんした。されど今回の件に関係あるというのはどういう事でありんすか?」
「うむ、余もそれが気に掛かった」
「メルが産まれて間もない内に神魔大戦に関係したミハエル様やユクス様と出会いましたね。それは同一の存在が糸を引いたからでは?」
「…………なるほどのぅ」
「そうでありんしたか……」
『あの、どういう事?』
「ルベルアよ、其方はこの世界・エンドルゼアを名付けた者を知っておるか?」
『全く知らないよ、神様?』
「神様と来たか……ふっ、ふっはは!」
『なんだよー、知らないもんは知らないんだからしょうがないだろ』
「いやすまぬ、何処にでも居て何処にも居ぬ存在、世界の全てを見通す力と如何なる者の攻撃も受けぬ体を持つ者。その代わりに戦闘能力を一切持たぬ星渡りの一族という者達が居るのだ」
『星渡りの一族?その一族がこの世界と言うか、星に名前を付けたってのか』
「そうだ。尤も今となっては一人しか居ないのだが、お主も何か特別な事案や年の変わりには直接頭の中に声が響く事があろう?それが星渡りの一族最後の一人、レコード・ルーラーである」
『えっ?そんな声聞こえたこと無いけど……』
「「「「「なっ?」」」」」
「それが本当ならば、今まで年の変わりや世界規模の事変に関する情報を何から得ておったのだ!?」
『年の変わり?年越しの事か?そんなもんメルと話してたら普通に分かるだろ。それに、メルだって変な声が聞こえるなんて言ってなかったぞ』
「えっ……と、ルアさん。私は聞こえてたよ?初めて聞こえた時はビックリしたけど、お父さんとお母さんに怖がることは無いよって言われたからこの世界では普通の事だと思ったし、てっきりルアさんにも聞こえてるものだと思ってた……」
『ええーっ!?』
「まさか本当にレコード・ルーラーの声を知らぬ者がおるとは……」
ミハエルが豆鉄砲を喰らったハトみたいに目を真ん丸にして驚いているけど、俺の方がビックリしてるわい!
この世界にはカレンダーは愚か時計すら無い。朝・昼・晩や細かく言うと早朝や夕方なんて言い方はするけど何月何日何時何分という概念が無い。であるからして年毎に年齢は上がっていくものの、誕生日というお祝い行事も存在しない。
転生直後には不思議に思った……というか不便だと思ったけど、慣れると気にならなかったから考えても見なかったぞ。
だから一年は三百六十五日というのが同じだと知った時も単純に納得した。
メルが“今年も今日で終わりなんだね、来年も宜しくね”と言ってくれる時も、疑問も持たずに“おう!宜しくな!”って返してた。
俺、マジで何考えてたんだ……我ながら呆れるわー。普通なら“えっ?なんで分かるんだ?”ってなるよな……ハァ。
でも理由はどうしてだろう、この世界に来たばかりの頃はメル以外の奴等に存在が認識されてなかったからなのかな。
「言ってなくてごめんね、ルアさん」
『まぁ考えてみれば気付かなかったのは自業自得だし、気にしないでくれ。それで、そのレコード・ルーラーってのは何の関係があるんだ?』
「妾にラピスラズリの行方を知らせ、それを手に入れようとするならば天使族や人族と争うことになるだろうと伝えてきたのはレコード・ルーラーでありんす」
「余に父の仇である者がこの村に居る可能性があると教えたのもレコード・ルーラーである」
えっ!?ここに来て突然のレコード・ルーラー祭りじゃねぇか!そんな存在知らなかったし、何故今まで教えてくれなかったんだよ……。あ、だから今話してるんだっけ?
『世界中の奴に声を聴かせられるなんて、どう考えたって神様としか思えないけど……邪神か何かか?』
「いいえルベルアさん。神と呼ばれるのはこの世界において敬称に“神”と付けられる者の事だけであり、レコード・ルーラーは神ではありません」
ごめん、ちょっとモルドーが何言ってるか分かんないんだけど。説明下手か!もっと分かりやすく教えておくれ。
「全然分かって無さそうニャ」
「変態悪魔には理解出来ないと思いますが、ユクス様やヤハス様も神と呼ばれる者の一人です」
『えっっっ!?ユクスとヤハスは神様だったのか!?』
ずっと黙って話を聞いていたミルザからのまさかの一言。あれ?その前にいま変態悪魔って言った?
「神魔大戦前には四の神竜と八の神獣と呼ばれる存在があり、大鴉の一族も神獣の一つに数えられていただけでありんす」
「じじ自分なんて名前負けも甚だしいですよ。こ、今回の戦いで力不足が痛いほど分かりましたし、でで伝説の英雄を前におそ恐れ多いです!」
「何を言っていますか、聖神・ヤハス様なんですから胸を張って下さいよ。私に回復魔法を教えてくれた師匠でもあるんですから」
『マジ……かよ……聖神ってことは聖職で一番凄い奴って事だろ?道理で見たこともない回復魔法を使える訳だよ。なぁメル、ヤハスが本に載ってた神って付くローグの一人だとは思わなかったよな』
「う……ごめん、知ってた。フスカ村の時に聞いたから……」
「っていうか知らない方がどうかしてるでしょ」
メルはどうして、此方が申し訳なくなる程にバツが悪そうな顔をして謝っているが、レイアときたら真紅の髪と燃えるような瞳が嘘みたいな冷め切った顔をしている。
よくもまぁこんなに生意気そうに出来るもんだ。さっきまでは眠そうな顔をして首をカクンカクンさせていたというのに。
『どうやら知らなかったのは俺だけみたいだな。まぁ良いけどさ』
そんなに凄い奴ならもっと立派な服を着ていてほしかったよ。こんな茶色の布切れを羽織った奴が聖職者の中で一番凄い奴だなんて分かるわけ無いよ。
「そう不貞腐れるなルベルアよ。余も小人族の少年が聖神と聞いたときには驚いたが、今となっては納得である」
「ほほ本当に凄い人はもっと居るんです……。でも僕もまさかこの村でミルザに会うとは思ってなかったけどね。変わってなさそうで安心したよ」
「ありがとうございます、ヤハス様。まだ未熟ですが、あなたに教えて頂いた魔法は村でもとても役立っております」
『ミルザに魔法を教えたのはヤハスだったのか、この世界も広い割りには随分と世間は狭そうだな。今度俺にもその頃の話を聞かせてくれよ』
「…………お断りします!」
おーい、ミルザさーん。あんまり冷たくすると変態悪魔も泣きますよー?……うん、こりゃ気合いの入り方が違うや。
『…………。で、どういう話だったっけ?』
「ええと、レコード・ルーラーについてでしたが、ルベルアさんは何も知らぬようなので、まずは神魔大戦の事からザックリと説明しましょう」
なーんか言葉にトゲがある気がするが、確かに何も知らないし一応聞いとくか。手短に頼むよ?モルドー君!
『ああ、宜しく頼むよ』
この説明はこうだ。
・昔、黒・白・青・赤と頭に付く竜が居て黒と青、白と赤が親しい関係を築いていた。
・それぞれには眷族と呼ばれる一族が居て、黒には悪魔族、白には天使族、青には海人族、赤には炎人族と呼ばれる眷族が従っていた。
・四竜には眷族の下の配下として治めた一族も有り、黒には大鴉の一族と黒蛇の一族、白には白狼族に白熊の一族、青には海竜と氷狐一族、赤には日ノ虎族と溶岩牛の一族が居た。
ちなみに八の神獣がこれにあたる。
・大戦は時と暇をもて余した黒竜が白竜の配下である白狼族の里を襲った事から始まった。なんて事無いただの暇潰しだ。
白狼族の里を襲われた報復に、白竜と赤竜は天使と炎人族を引き連れ、大鴉の里へ攻撃を与えた。
その時に黒竜の眷族であり悪魔族の長であったケイオスが天使族と炎人族に大打撃を与え、ユクスを救い出し側近として迎え入れる事に。
・急に始まった戦争のきっかけが黒竜にあると知ったケイオスは黒竜と決別をした。
・眷族が痛手を受けた事で様子見に移行した赤竜を他所に、黒竜・青竜・白竜・悪魔族が他部族を巻き込みながら戦争を拡大させていった。
・戦闘の消耗により海竜族と黒蛇は一族としての存続を困難とさせており、青竜はここで身を引いた。しかし、入れ替わりに人族が戦争に介入。
・結果的に人族とハールバドムが衝突し、相討ちとなった。という事になっているらしい。
・世間的には大鴉、黒蛇、白狼、炎人族、海竜は滅び、黒竜と白竜も手負いとなり表舞台から姿を消したと言われている。
・その後、戦禍の中で生き延びた者は戦後の世界でそれぞれに思う生き方を探しながら場所を点々とし、今に至るという訳だ。
『結局、戦争の中にレコード・ルーラーは出てこなかったけど、影で四竜と眷族やら八の神獣やらに色々吹き込んでたのがレコード・ルーラーって事で良いのか?』
「ええ、彼は嘘をつくことが出来ませんが、誤解を生む伝え方をする事は出来ますから。今回も僕とエリス、ミハエル様やユクス様は踊らされたという事になりますね」
『ふーん、なら今回のワプル村襲撃事件はモンスターを騙して引き起こしたって事か?』
「いいえ、仮にそうだとしても教会の地下にドレイクが発生した理由はもっと単純かと」
「……!まさか、レコード・ルーラーが直接生み出したと言うのか!?」
モルドーの言葉にミハエルが血相を変えて真意を問う。他の連中も半信半疑で返答を待つが、レコード・ルーラーって戦う力を持たないんじゃないのか?
『待ってくれよ、ドレイクを生み出せるなら戦う力が有るじゃないか』
「これは僕の想像ですが、召喚の宝珠を使ったのではと考えています。レコード・ルーラーはどこでも自由に行き来することが出来るらしいですし、教会の地下に現れ召喚の宝珠でドレイクを生み出し、姿を消したとすれば辻褄が合います」
「ドレイクを生み出せる程の宝珠となれば、さぞ希少な物でありんすが、レコード・ルーラーならば入手するツテはありんしょう」
『それが可能だとして、わざわざここに来てそんな嫌がらせをする理由はなんなんだ?』
「奴もまた道化にすぎん。理由など、せいぜい暇潰しといったところであろう」
『そんな理由で……?村の皆やジジイも死にかけたってのに……。レコード・ルーラーは今も近くに居るのか?』
「近くに居るかは分かりませんが、見ている事だけは確かです」
『そうなのか……』
暇潰しって……迷惑なんてもんじゃないだろ。そんな力があるならもっと人の役に立つことに使えないのかね。
皆がうーんと唸りながら今回の件と今後の為の解決策を模索する一間の沈黙。
皆には分かりやすく疲れが見えている。輪になって話をしていた俺たちはお互いの悩む顔を眺めた
皆が集中力を切らしたのはほんの僅かな時間、だと言うのに、輪になって座る俺達の中心に一人、白いシルクハットをかぶった者が立っていた。
それは目の前に居るのは確実なのに、目にしている今でも存在感がまるで無い。
「えっ!?」
『何か居るぞ!』
「ぬっ!貴様は何者だ!?」
「主はお下がりください!ここは私が!!」
ミハエルが大きな体を重そうに起こし、謎の人物の前に立ちはだかったが、テスタントが更に一歩前に立った。その間にアーマスは他のローグを庇うように構え、トマスとノートはアリエスらの前に並んだ。
モルドーはエリスとミルザを……って、俺だけボーッとしてちゃ格好が悪いから、俺も一応メルの前に出ることにしよう!
ぶっちゃけ皆は疲れきった上に装備も外している、今まともに戦えるのはテスタントか俺くらいなもんだろう。
『メルは俺の後ろに!』
「う、うん!あなたは誰!?」
「フフ、そう構えずとも良いでしょう?誰も私に触れられないのですから……。私はレコード・ルーラー、世界の全てを知り、伝える者」
「なんだと!?声だけの存在では無かったのか!!何故レコード・ルーラーがこんなと――」
『お前がレコード・ルーラーかよ!迷惑な事ばっかすんな!!』
――ゴツンッ!
自分の都合で人の命を蔑ろにする奴なんて、ゲンコツでも喰らっとけ!!……ってあれ?普通に当たったけど……。
「ッッッ!?い……痛ぁぁっ!!」
レコード・ルーラーの不思議な緑色の瞳はうるうると滲み、クッシャリと潰れた白いシルクハットを外すと男か女かも分からぬ幼い顔が露となる。
余程俺のゲンコツが痛かったのか、真っ赤な顔をしてパーマがかった柔そうな金髪がボサボサになるまで半べそで頭を撫でた。
「ううっ……グスッ……酷いよ……」
『そ、そんな顔で見るなよ……お前の所為で罪の無い人がもっと痛い思いをしてるんだぞ!』
「う……ご、ごめんなさい……」
『謝って済むか!』
「う……うぇぇぇ……」
『泣くな!悪いと思うなら、今からでも人の役に立つことに力を使えよ!』
◇常識はずれな事態にこの場に居るルベルアとレコード・ルーラー以外の全員が脇に汗をかき、鼻の両穴をキラリと光らせた◇




