#58 モルドーとエリス。
「どうしてヤハス様がルアさんと一緒に?ヤハス様が力を貸してくれるならとても助かりますけど、魔力はもう大丈夫なんですか?」
「全然大丈夫じゃないよ。ただ、この魔王サマが来てくれ来てくれって騒がしいから仕方なく来ただけ……それにしても、今日は随分と巡り合わせのある日だね」
『うん?何言ってんだ?それに俺は魔王じゃないってば。メルが回復魔法を使い続けてたから誰かが大怪我したのかもと思ってさ、無理して来てもらったんだ』
「うん、私達の魔法じゃ村長の傷を治せなくて……」
『まさか村長のシジイが危険な状態だとは思わなかったよ。ヤハス、何とかなりそうか?』
「どうせ無理って言っても無駄でしょ?仕方ないからやるだけやってみるさ……」
『ありがとう、助かるよ』
「ヤハス様お願いします……毒と出血で村長が……」
村長の元へ近づくヤハスの足取りは少し覚束ない。辛口な口調で誤魔化してはいるが、体力も魔力も回復しきっていないのは本当なのだろう。
しかし、ミルザとメルが力を合わせても手に負えなかったのなら、頼みの綱は素人目で見ても強力な回復魔法の使い手であるヤハスしか居ない。もしまた魔力切れで倒れても俺が責任をもって介抱するから……村長のシジイを助けてやってくれ。頼む!
「二人はもう休んでて良いから、ちょっと離れててくれる?」
「分かりました。ミルザさん、ヤハス様に任せましょう…………ミルザさん?」
「ふぅ、魔力の使い過ぎで殆ど気を失ってるね。全く……こんなになっても魔法を使い続けてるなんて、成長したんだかしてないんだか……彼女を休ませてあげて」
「はいっ」
ヤハスに言われミルザを抱き上げたメル、その腕の中でミルザの意識は失われた。
村長のジジイと対峙したヤハスは杖の先端にある大きな青い宝玉をジジイの胸にそっと押し当てた。まだ詠唱も始めていないというのに、柔らかな光がジジイの全身から湧き上がっている。
「メル、この人は一体何者なんだい……?こんなに強大な魔法の使い手なんて久しく見ていないよ」
「しっ、後で教えるから……」
モルドーの奴、怒られてやんの。空気読めよな……それに、俺から言わせればお前の正体も気になるぞ。確か……英雄とか何とかって言ってた気がするけど、ハイオークに苦戦するくらいだから嘘っぽいな。
それとも、昔の英雄に比べて今の冒険者の質が上がってるって事だろうか。少なくともヤハスは伝説の一角とか言われてるユクスの攻撃を防いでたし、その可能性も……。
「我に応えし光の聖霊よ――」
ヤハスの持つ杖の先から幾多に展開された魔法陣は広く薄暗い地下を煌々と照らした。俺達がその神秘的な様を息を呑んで見守る中、詠唱は続いた。
「――この者に聖なる力をもって救いの奇跡を授けたまえ……キュアリィ・ウーンズ!」
形状の異なる二つの魔法陣が重なり何色とも言い難い不思議な輝きが村長のジジイを覆った。ジジイの体から気味の悪い紫の煙が上がったが、直ぐに消え、右腕の付け根や全身の傷から流れ出ていた出血もピタリと止んだ。
ドレイクの強力な毒と大量の出血の所為で今にも命の灯が消えてしまいそうだった村長のジジイ、その血色がヤハスの魔法により目を見張る速さで良くなってゆく。しかし、村長存命の功労者であるヤハス本人はふらりと体を揺らし体勢を崩した。
『おっと、大丈夫か?』
「ふぅ、とっくに限界なんだから大丈夫じゃないよ……村長は?」
『ヤハスのお陰で村長のジジイは助かりそうだよ。右腕は……残念だけど、命が助かっただけで十分奇跡だし、こう見えても逞しいジジイだから何とかなるだろ』
「そう……なら良かった。少し休むから後は宜しく……」
『ああ、ありがとう。ゆっくり休んでくれ』
力を使い果たしたヤハスは眠りにつくように静かに気を失ってしまった。メルが効果を疑いつつ唱えた回復魔法はミルザを気絶から覚まし、バースとゲインは俺とモルドーで地下から運び出す事に。
不可解なモンスターの襲撃はワプルに手痛い被害を齎したが、周囲に他のモンスターの気配が無い事を考えると、ひとまずは危険が去ったという事で良いだろう。
◇◆◇その晩・ワプル村教会◇◆◇
避難所としても使われる教会では入口のある大広間や大きな地下室の他にも幾つかの部屋があり、その一室にはまだ安静を必要とされた村長のジジイ、ゲイン、バースが看護を受けながら休んでいる。
幸いにも殆どの家屋が無事だった為、村人達は村の安全が確認された後に帰宅する事が出来たが、また何かが起こる可能性を考え、浮遊城から応援に駆け付けた天使達とワプル村常駐の天使達は交代で見回りを続ける事にした。
本当なら俺も警戒に当たるべきなのだが、モルドーとエリスから俺とメルを交えて話したい事があると言われ、それならば今回の不可解なモンスターの発生の原因と今後の対策についての話もしようと黒ノ王討伐隊の面々に促され教会に残ることとなった。
少しでも今後に遺恨を残さぬようにと、異常に怯えるエリス、そして警戒するモルドーをメルが何とか説得し、ユクスも参加してもらった訳だが、当のユクスは実に落ち着いている。
特に疲労の大きかったミハエル、ヤハス、ミルザが歩けるくらいまで回復するのを待った後、モルドーとエリスの「まずワプル村とメルに大きく係わり、力を貸して下さっている皆さんに話しておきたい事があります」という言葉で話が始まったのだが……。
俺は……きっと俺だけが長くなりそうな雰囲気で既にお腹がいっぱいになっている。重要な話だって事も必要な意見交換だって事も分かるけど……早く終わんないかな。
「ふむ、随分と改まった様子だが種族の垣根も身分も気にせず話すが良い」
ミナが「僕らはまだそんなに関わって無いニャ」とか言うもんだからレイアが慌てて「今はそういうの心に仕舞っといて」なんて咎めたが、場違いなやり取りに何故かアーマスが一番気まずそうに頭を抱えた。
『……続けて良いと思うぞ』
「はい。ただ、僕の話を聞けばミハエル様やユクス様には怒りが湧くと思います……それでもここで、この村と村人に被害が及ぶ事だけはしないと誓って頂けますか?」
「余がそんな野蛮な者だと思うか?安心せい!誓って暴れるなどせんわ」
いや、ミハエルは十分野蛮だろ。……まぁ、俺も言えた義理じゃないんだが。モルドーとエリスが何を話す気かは知らないけど、面倒なことにならなきゃ良いなぁ。
「妾も心得ておりんす」
モルドーはミハエルとユクスが頷くのを確かめ、話の続きを始めた。その眼からは何か強い覚悟みたいなものを感じられる。
「まず、我が最愛の娘であるメルが人族でありながら並外れた力を持っている事に疑念を抱いている人も居るやもしれませんので、その理由を話します。そして、この話は恐らく今回の一連の件にも関係している筈です」
『「えっ!?」』
なんでモルドーに理由が分かるんだ!?俺とメルしか知らない筈なのに。あっ、そういえばリエルも知ってるんだった。でも今回の件に関係しているってどういう事だよ。
「おい、メルもルベルアもなんて顔してんだよ。王でさえ真面目に聞いてんだからふざけるなよ」
『い、いや、ふざけた訳じゃないんだけど、思ってたより気になる内容で目が覚めたよ』
「わ、私も凄く聞きたいです」
どうでも良いけど、アリエスの所為でミハエルがちょっと物言いたげな顔をしてるじゃねぇか。あんまり自分の王をイジルんじゃないよって今度ククア伝手で言っておくから元気出せよな。
「メルにはもっと早く教えておくべきだったのに……ごめんよ。僕は今では普通の人族と大差ない身ですが、神魔大戦の頃は人種族の英雄として活動していました。当時の名はヴァレンタインです」
『――ッ!!』
「ヴァレンタインだと!?その名は覇王歴の由来となった人物、神魔大戦を終わりに向かわせた人種族の三勇者の一人ではないか!!」
「ま、まままさ、まさか!だだ、だって、ヴァレンタインと言えば覇王として多くの文献にもののの載ってますけど、外見が違いすぎます!そそ、それに獣人とエルフの混血にしても年齢に対して姿が若すぎます!」
「前に会った時にも言っていんしたが、それが真ならばどうして生きているのでありんすか?其方の匂いには確かに面影がありんすが、ケイオス様の封印には三勇者が命を使い果たしたはず」
急に声のボリューム調整を誤ったミハエルにレコードの針が飛んだヤハス、ユクスは全くと言って表情を変えていないが、他のメンツが揃って驚いている中の無表情は逆に怖いかもしれない。
だが残念だったな!モルドーの話が嘘か本当かは別として、俺は知ってるぞ!前にガリガリガリバーが言っていたのを覚えているからな、フッフッフ。今日の俺は話について行けてるぜ!!
『ヴァレンタインってのは悪魔王を倒した英雄の名前だ!!』
「常識だな」
「いや、だから今その話をしてるじゃん。なんで繰り返したの?」
「えっと、続けても?」
『……ああ、すまない。ちょっと興奮しちゃって』
うあーっ、やっちまったぁ!“わぁ、ルアさんて物知りだねっ素敵!”って空気になると思ったのに、よくよく考えたら言い回しが違うだけだったー!きぃぃ恥ずかしいっ!!
「僕が生きていられた理由の前に、エリスの話もしなければなりません」
「…………ッ!」
「大丈夫よエリス。皆が見守っているわ」
モルドーに目で促され、ミルザに手を握ってもらったままのエリスが細く長い深呼吸をし、ゆっくりと口を動かした。
「私は……私も今は力の殆どを失いましたが、ユクス様に生み出されたダークヴァルキリーの唯一の生き残りです」
「なっ!?妾が造り出したダークヴァルキリーと言ったのか?それならば妾が分からぬ筈が無い!嘘も大概にするが良いぞ!!」
「ダークヴァルキリーと言えば、余の父とも激しい戦闘を繰り広げた難敵の一種、ハールバドムの軍勢の主力の一つではないか。それを今更咎めるつもりは無いが、そのダークヴァルキリーが何故に敵対していた人種族の英雄と暮らしておるのだ?」
「如何にも!妾が造りしダークヴァルキリーがケイオス様を裏切るなど不可能!有り得ぬ!」
あんなに落ち着いていたユクスがこんなに取り乱すなんて……エリスが怯えていた理由はこういう事だったのか。
エリスがユクスに産み出された?ハールバドムの軍勢ってことは魔王軍ってことで魔族ってこと?ユクスの子供?それとも雲海の谷で見た変なゴーレムみたいに魔力で造り出されたってこと?
うーん、頭がゴチャゴチャしてよく分からんけど、まぁ良いか。それにしてもダークヴァルキリーってなんか強そうだな。
「ユクス様、どうか落ち着いて聞いてください。結論から言わせて貰えば、エリスが今こうして人として暮らせているのはハールバドムの呪いの効果なんです」
「ケイオス様の……呪いの効果?ケイオス様は確かに呪い付与も得意としておりんしたが……詳しく聞かせてくんなんし」
ここまでの話が本当だとして、二人とも今は人族に見えるけど、モルドーは獣人とエルフのハーフで伝説級の英雄、エリスは魔族。
メルが特別なのは英雄と魔族の血が合わさっているというのが理由か。
「はい、あの日ユクス様は私達ダークヴァルキリー全軍をケイオス様に付き従わせ、ご自身はケイオス様に擬態をし黒蛇や赤竜をけん制しておりましたね」
「その間に、中央都市・ディトスから多くの兵を引き連れた僕らが悪魔領へと攻め込み熾烈な戦闘が始まりました。多くの兵の七割が命を落とし、残った兵も戦いを続けられる状態に無く、ダークヴァルキリーの軍も同様に壊滅。三勇者と言われていた僕とグリムス、シャーゼは三対一の形でハールバドムと向かい合う事となった」
「まだ動く余力のあった私はケイオス様に加勢すべく、御身の元へ向かったのですが、そこで初めて対峙したヴァレンタインを一目見て、心を突き抜かれたような衝撃を受けました」
「僕もダークヴァルキリーの生き残りの一人が来ただけだと思った直後に、電流の様な衝撃が走ったのです」
「それはどういう意味でありんすか?」
「私はユクス様に生み出され、自分に置かれた状況を把握した時から二人の人物を探していたのですが、その内の一人がモルドー、つまり英雄・ヴァレンタインだったのです」
「僕も同じくこの世界に生まれた時から二人の人物を探していてね、それがまさか敵対していた魔王軍の中に居るとは思わなかったけど、一目見て確信しました」
「それでは答えになっておりんせん。見た事も無い相手を探していた理由は?」
「私達が前世の記憶を持ったままこの世界に生まれたからです。モルドーが同じように私を探している保障なんてありませんでしたが、それでも信じていました」
「お父さんとお母さんが前世の記憶を――ッ!?」
「そんなことが起こりうるとは……聞いたことが無いぞ。む?リエルよ、その顔は何を言わんとしておる?」
「……ッ、ミハエル様……何でもないです!!」
嘘だろ!?前世の記憶が残ってるって……それじゃあまるで……。
「僕とエリスは違う世界で命を落とし、エンドルゼアに生まれた“転生者”なのです」




