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#57 ワソットさん。

「ギアアァッ!!」


「「…………?」」


 ◇モルドーとエリスは命が散る瞬間の儚さを知っている。それだけに、ハイオークが振り上げた斧がまだ落ちてこない事を不思議に思った。


 確かに眼を開けていたなら死の間際には挙動の全てがスローモーションに見えただろう。しかし、視覚を断っているこの状況において、終わりは刹那で訪れる筈だったのだ◇


「間に合って良かった……グラン・ヒール!」


「――ッ!そんな……メルちゃん!ああ、また会えるなんて……」


「ッ!?メ……メ……メル!!うぁぁああ!」


「お父さん……お母さん……!」


 ふぅ、どうにかあの二人は無事だったか。


 結界が張ってあるのが見えたから来てみたら、馬鹿みたいに大きなハイオークがモルドーとエリスに向かって斧を振りかぶっていた。

 ゾッと背筋が凍り付いたけど、俺が攻撃するよりも早く、絶命したハイオーク。

 まさに電光石火、瞬間的なら俺よりもメルの方が速いかもしれない。


 あっという間に割り込んで、一瞬の内に首も腕も斬り飛ばしちまうんだから、ハイオークは自分の身に何が起こったのかも分からなかっただろうよ。


 二人は相当消耗してるみたいだけど、あれだけ力いっぱいメルに抱きつけるなら大丈夫か。それにしても、まさかワプル村がハイオークの群れに襲われてたなんて……これ程の群れが何処から現れたんだ?


「ごめんね、村がこんな大変な事になってるなんて思わなくて」


「良いんだ、良いんだよ……!メルが生きててくれたのなら……!!」


「そうよ……生きててくれてありがとう」


「お父さんとお母さんも生きててくれて、本当に良かった!」


『メル!モルドーとエリスの事は任せたぞ!俺は何処かに逃げ遅れた人が居ないか見てくる』


「分かった!お願い!」


「待ってくれ、住人は全員の避難が確認できているんだ。その、オ……僕は貴方という人物が分からずに酷い事を言った……正直、今も信じる事が出来ない。そんな僕が言うのは都合が良すぎるけど、村のモンスターを倒す事に協力してくれないか?」


『ククッ、モルドー……正直だな、そういうのは嫌いじゃないぞ。モンスターは任せてくれて構わないから、しっかり休んどけよ。これでも俺は村の守護神なんでね』


 って思わずカッコつけたけど……うはぁー!モルドーの奴、思ったより怒ってなくて良かったー!メル効果絶大だぜ!


「……すまない」


『なぁに、気にすんな』


「私も手伝うよ!」


『メルはそこを頼むよ。多分、そこが狙われるとマズイんだろうし』


「そっか、そうだね」


『おう、じゃあ片付けてくるわ!ダークハンド!!』



 ◇◆◇



 ◇モルドーとエリスの目の前では綺麗に首を落とされたハイオークが石斧だけを残し、細かな結晶となって風に吹かれ消えていく。

 散歩にでも行くかの様にこの場を去ったルベルアは超熟練のローグパーティが下級モンスターのゴブリンを蹴散らすかの如くハイオークの群れを掃討し始めた。


 絶望的な状況から愛する人と共に死を覚悟したというのに、その絶望があっさりと払われていく様に、安堵を覚えたモルドーから思わず笑いが込み上げた。

 しかし、その笑いは楽しかったり面白かったり、ましてモンスターに対していい気味だ(・・・・)等と感じて出た笑いでは無い◇


「ハハ、なんてデタラメな力なんだ。自分に力が無くなってよく分かったよ、大きな力を持つ者が他の者を守る為に力を使うってのは、見てる人の心をこんなにも熱くさせてくれるんだね」


「あなただって人の為に使ったでしょ?そのお陰で今こうしてメルちゃんと一緒に居れるのよ」


「僕は……どうだろう……」


「お父さん……?」


「ううん、何でもないよ。君たちが居れば僕は幸せさ」


「大変だ!誰か来てくれ!!」


「――ッ!?」


 ◇ワプル村を踏み荒らしていたモンスターも随分と数を減らし、三人が騒動の終結を感じ始めたその時、教会内部から切羽詰まった男の声が響いた。慌てて教会に飛び込んだ三人は所狭しと押し詰められた村人達に困惑した◇


「凄い人の数……」


「何があったんだ?住人達は地下に避難したんじゃ無かったのか?」


「分からないわ。まさか、地下で何かあったんじゃ」


「あっ、モルドーさん!外のモンスターは!?」


「ガリバー!外の心配はもう要らないよ。叫び声が聞こえたんだが、一体何が起こったんだい?」


「それが、地下にドレイクが現れたんです」


「ドレイクだって!?そんな馬鹿な、何故ここの地下にドレイクが!」


「あなた!考えるのは後にして急ぎましょう!メルちゃんも助けてくれるわね?」


「勿論だよ!急ごう!」


 人垣の中を突き進み、地下への階段を下りた大部屋の奥、私達の目の前には村長の左肩を咥えた大きくて茶色いトカゲのモンスターが薄暗い中で不気味に瞳を光らせていた。


 村長の右腕は鎖帷子(くさりかたびら)ごと咬み千切られてしまったらしく、早く助けなければ残る左腕も無くすことになってしまう。


 すぐ近くにはボロボロになったミルザさんゲインさんバースが横たわっている、その中でもバースは特に深い傷を受けている事が一目で分かった。


(なんて酷い怪我……!)


「ワソットさん!何て事だ!」


「モルドー……!来るな、来てはならん!」


「退いて!私がやる!!」


「メルちゃん!行っちゃダメ!!」


「ううん、私なら大丈夫!烈風刃(れっぷうじん)!」


 ショートソードに魔力を込めて放った斬擊は紫に光る大きな真空の刃となり、ドレイクの鼻っ面から左目を狙い通りに切り裂いた。


「ガルルァァッ!?」


「うっ」


「村長!!」


「メル……烈風刃を使いこなせる様になったんじゃな……」


「ワソットさん、喋っちゃダメだ!」


 ◇ドレイクの口から投げ出された村長を救い上げたモルドーは透かさず外した腰布で村長の両の肩口を固く縛った。メルはそれを邪魔させまいとドレイクの前に立ちはだかり剣を向け睨みつけている◇


「グルァッ!」


 ――ギィィッン!

 恐竜みたいに大きなトカゲが全体重を乗せて踏みつけてきた。強烈な一撃だけど、魔族と戦った時に比べれば余裕はある。


(このまま爪ごと押し返してやる!)


「やぁっ!」


「グガッ!?」


 爪を受けていた剣を力任せに押し出すと、ドレイクはあっさりと体勢を崩してくれた。この隙に決められない程、今の私は弱くない。


「たぁぁっ!」


 ――ドッ!!

「グッ……ル……ゥ……」


 力一杯に突き刺した剣はドレイクの顎を越え、頭蓋をも貫通している。地下に断末魔の叫びが響くことはなく、ドレイクの巨体が倒れ込む音だけが反響した。


「ふぅ、後は早く皆を回復させなくちゃ!」


「メル……これ程までに強くなったか……」


「村長、今助けるからね……グラン・ヒール!」


 緑の光に包まれた村長、しかし容態が一向に回復しない。今の私の回復魔法の練度はかなり上がっている筈なのに、腕を無くした右肩からの出血が止まらないばかりか、左腕の咬み傷すら治る気配が無い。


「そんな、どうして!?」


「毒のせいじゃ……ドレイクの牙には毒が……うう……」


「毒……私の魔法じゃ毒は治らないの!?どうしよう……早く直さないと村長が!」


「メルちゃん!先にミルザを回復して!」


「お母さん?……そっか、ミルザさんなら毒を治す魔法も使えるんだね!?……グラン・ヒール!」


 ミルザさんを包んだ緑の光が痛々しい傷を見る見るうちに癒してゆく。ミルザさんに噛み傷が無かったのが不幸中の幸いで、もし村長と同じように毒を受けていれば私にはどうしようも出来なかっただろう。


「ん……うん……メル?……そう、来てくれたのね。――ッ!!ドレイクは!?」


「ミルザさん、ドレイクは倒しました……でも村長が!毒の所為で私の魔法じゃ回復出来なくて……」


「村長が!?そんな……ワソット!!」


 村長の怪我を目の当たりにしたミルザさんは激しく動揺し、血だまりに横たわる村長の体にもたれ掛かり声にならない声を上げた。こんなに動揺するミルザさんは見たことが無い、当たり前とはいえ村長が皆にとって如何に大切な人であるかが伝わってきて胸が苦しくなる。


「ミルザ落ち着いて!早く出血を止めないと助からないわ!」


「え、ええ、分かってるわ。私がワソットを回復する間、メルは他の皆を!」


「分かりました!」


 ミルザさんが状態回復魔法“キュア”を唱え始めたのと同時にバースとゲインさんに回復魔法を当てたが、私が二人の傷を治し終えてもまだミルザさんのキュアは続いている。ドレイクの毒はそれほどまでに強力なモノなのだろう、ミルザさんの表情は焦りでいっぱいだ。


「二人の傷は塞がったんで気絶が治まれば目覚めるはずです!効果があるかは分からないですけど、ミルザさんがキュアを使ってる間も村長に回復魔法を当てておきますね!……グラン・ヒール!」


「ありがとう……でも毒が全然治らないの、このままじゃ本当に……!」


「諦めちゃだめ!今ミルザが諦めたらワソットさんが助からないのよ!」


 どうにかして村長を生かそうと必死になっていた私達の耳にざわめきが聞こえた。地下から上に避難した人達の声が地下にまで響いているのだ。その内容は「また何か来たぞ!」だとか「今度はなんだ!?」とかいう緊張感の走るものだった。


 嫌な予感が全身に汗を滲ませたが、ざわめきの中に「大変だ!黒き鳥ノ王だ!!」という言葉を見つけ、私の心は冷静さを取り戻した。しかし、モルドー(おとうさん)エリス(おかあさん)の表情は険しさを増した。


「クソっ、こんな時に!」


「ど、どうしたら良いの?私がユクス()に見つかれば村の皆まで危険な目に合わせてしまう」


「くっ、でも前に見られた時は気付かれなかったんだろ?それにルベルアさんが僕らの敵じゃないなら簡単に教会の結界を破らせはしない筈、だから君はこのまま地下でやり過ごすんだ」


「ううん、お父さん、お母さん、安心して、ユクスさんに危険は無いから」


 お父さんとお母さんがこんなに恐れるのだから黒き鳥ノ王・ユクスさんはこの世界に住む人々にとって恐怖の対象という認識が常識なのだろう。けれど私は直接ユクスさんと話した時の表情や雰囲気が嘘や演技とは考えられない。


 この判断が正しいのか間違ってるのかは分からない、だからと言って“信用できないから警戒しよう”とは言ってはいけない気がする。


「メルちゃん……フスカ村で何があったのかは分からないわ。ただ、実はお母さんはユクス様に会ってはいけない理由があるの」


「お母さん……ううん、少し気になるけど、話は村長を助けてからだよ」


「エリス、メルの言う通りだよ。君が話すというなら僕は止めないが、まずはワソットさんを」


「うん、回復魔法の使えない私達にはミルザとメルちゃんを見守る事しか出来ない……でも二人ならきっとワソットさんを救ってくれるわよね」


「はぁ、はぁ、それが……私のキュアとメルのヒールで悪化は止まっているのだけど回復もしていないの。このままじゃ私達の魔力が先に切れてしまうわ」


 ルアさんの魔力も引き出して使っているお陰でまだ余裕のある私とは逆に、ミルザさんの限界はかなり近そうだ。もしかすると既に限界を超えているのかもしれない。もしミルザさんが魔力切れで気を失ってしまったら、毒に対抗できない私にも打つ手が無くなってしまう。


 予断を許さない状況が続く地下へと急激に近づいてくる気配がある。ルアさんだ、きっとハイオーク達から魔力を搾り取ったのだろう、魔力たっぷりのルアさんが近づいてくる。


 ルアさんは私以外に回復や強化系の魔法を使えないから近くに来ても村長を助けられるわけじゃ無いのに、どうして私はこんなに安心してるんだろう。



 ◇ルベルアがすぐ近くまで来たことを察したメルが一階からの下り階段に目を向けると、宙を飛ぶルベルアが夕日の光に不気味な影を伸ばしながら音も無く姿を見せた。ただ一つメルの予想と違ったのはその背に小さな少年が乗っていた事だ◇



 ◇◆◇



「ルアさん!……とヤハス様!?」



 ◇突然のメルの大声に、ルベルアが地下へ降りてきた事に気付いていなかった他の者はビクンと肩を震わせた◇



『何があったの知らなぁあぁーっ!村長のジジイ!!』


「ルベルア……サマ、もう自分で歩くから降ろしてよ」



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