#55 お互いサマ。
「メル!状況はどうなっている!?」
東の空から飛んできたのはドラゴン化をしたノートにククア、テスタントであり、その背には四人のローグ達も乗っていた。状況を確認しようと呼びかけてきたアリエスの言葉に対し、即座に応えられる者は居なかった。
『皆、俺の所為で迷惑をかけてすまない!メルの回復魔法は試してみたけど、ミハエルが目を覚まさないんだ!何か良い方法を知っていたら教えてくれないか!?』
「王が……分かった!降りたらひとつ試してみよう!」
状況の説明にもなっていない俺の返答に力強く応じたアリエス、なにか目を覚ます方法に心当たりがあるのだろう、流石いざという時に頼りになる姉御肌の女戦士だ。
大地に降り立つとドラゴン化をしていたテスタントも人型に戻り、リエルの膝の上に頭を乗せ横たわるミハエルと少し離れた位置に立っているユクスを確認、それから俺の方を向くと顎に手を当て考え事を始めた。
「随分と小さくなられましたが、ルベルア様はもう大丈夫の様ですね。黒ノ王も“無力化された”と考えても?」
「妾に争う気はありんせん」
「つまり、メル様との話は済んだようですね。貴方の言葉を信じましょう。となれば我が主が目を覚ませば問題は解決ですが……。アリエス、何か案があるのですね?」
テスタントの奴、今来たばかりだってのに状況把握が早いな。このくらい頭の回転が速くなきゃミハエルの右腕は務まらないってことなのかな。
「ああ、死んだわけじゃないんだろ?なら王はこれで目を覚ますはずだ」
「ほぅ……お願いします」
『おお!助かるよ、早く目覚めてもらって謝らないといけないしな』
長い髪をかき上げながらズカズカとミハエルの元に歩み寄ると、リエルの横にしゃがみ込み、熱でも計るようにミハエルの額に掌を押し当てたアリエス。その様子を俺や他の人達は邪魔をしない様に、物音ひとつたてぬように息を呑んで見守った。
静かに、そよ風の流れる音が大きく聞こえる程……静かに見守った。
その静寂の中、アリエスが美しくも鋭い瞳を静に閉じ、ほんの僅かな間をおいて眼と薄い唇を開いた。
「ミハエル様、早く起きろ」――ゴンッ!!
「「「『えええええええぇぇーーっっ!!』」」」
手を振り上げ拳を握ると、躊躇なくミハエルの額へと一撃を加えたアリエス。俺とメル、四人のローグ達はアリエスのまさかの行動に驚愕し、あんぐりと口を開けたまま数秒間の時が止まったかと錯覚を覚えた程だ。
正気か?誰がトドメを差してくれって頼んだよ!俺が言えた義理じゃないが、本気で何やってんだバッキャロー!!
「アリエス様、それはさっきも試してみたけどダメでした」
「なんだ、そうなのか……チッ」
リエルも冷静に教えてんじゃないよ!っていうか天使の連中は誰も驚いてないじゃないの!あんたらの王様だよ?もっと優しく扱ってあげて!
「なるほど、どうやら多少の衝撃では目を覚まさぬ様ですね。アリエス、退いて下さい。次は私がやってみましょう」
アリエスを退かせ、代わりにミハエルの所へ進み始めたテスタントは徐に腕まくりをし、両腕にビリビリと波動が走る程の魔力を溜め始めている。
おいおい、無防備なミハエルをそんな魔拳奥義!とか言い出しそうな技で殴ったら本当に死んじまうだろ。
「ちょっと待ってください!」
んっ!?
俺やメルが止めるよりも早くにテスタントを制止したのはローグの小さな男の子。確かヤハスと呼ばれていた少年だ。
「ヤハス様?どうしましたか?」
「どうしましたか?じゃないですよ!天使王を殺す気ですか!?回復魔法は効果が無かったと言っていましたが、自分がやってみます」
「なるほど。ヤハス様ならば確かに我が主を目覚めさせる事が出来るやも知れませんね。是非お願い致します」
ヤハス……。そう言えばコイツも回復魔法を使っていたな。高度な魔法も使えていたし、何故かは分からないがテスタントの信用も得ているようだ。でもコイツは助けられると言いながらメルを見殺しにした奴、結局メルが生きてたから良かったものの、俺は信用出来ないね。
「そうだな、ヤハス殿の魔法ならミハエル様も起きるかもな」
を?アリエスまで信頼してるのか?コイツとは今日初めて会ったってのに、どうしてそんなに信じられるんだ?さては俺の居ないところで何か弱みを握られたな。
「メルも……生き返らせた……魔法……からね」
は?ククアは今、なんて言った?
「いえ、メルさんは正確には死んでいた訳じゃなかったので“生き返らせた”というのは間違いがあります。けど、回復魔法なら誰よりも自信がありますから、自分に試させて下さい」
「ヤハス様の回復魔法は世界に認められた実力ですからね。天使王をビシッと治してくださいよ。何せ、俺はまだ天使王からサインを貰ってないからな!」
「はぁ。アーマス……あんたって結構馬鹿よね」
「ヤハス様に命令するなんて、罰当たりな奴ニャ」
「い、いや!俺はそんなつもりで言ったわけじゃない!す、すみませんヤハス様」
「それは良いから、ちょっと静かにしてて……」
なんだ?この少年は一体何者なんだ?周りの様子からも只者じゃないってことは分かるけど。うーん、誰かにコッソリ聞きたいけど、今はミハエルが第一だし後にするか。
ミハエルの傍らに膝をついたヤハスは深呼吸した後に、両の手で持った杖を自らの胸の前に押し出すと、ゆっくりと詠唱を始めた。
「我に応えし光の聖霊よ――」
元より透き通った青色に光っている杖先の宝石が、真っ暗闇で光る白色のライトみたいにサンサンと輝きだした。周りで見守っている他の連中は、強い光に思わず目を隠すように手を翳し、ごくりと唾を飲み込んだ。
「――この者に聖なる力をもって救いの奇跡を授けたまえ!リザレクション!!」
ヤハスが詠唱を終えると同じくして、青い宝玉から発せられていた光が幾重にも重なった魔法陣へと変化した。
魔法陣は中心に現れたモノを軸として他の魔法陣が回転を始めると、大きな魔力の発生にメルやアリエス達の髪は風に吹かれたかのように靡いた。それだけでなく、この光景はどこか宇宙的な美しさすら感じさせる。
凄い……こんな魔法もあるのか。俺の使う魔法が如何に単純な出来なのかが痛いほど分かったよ。この少年が何者なのかは知らないが、確かに大した奴だったんだな。
「う……う……。余は……どうなっておる……」
本当にミハエルが復活した!俺とメルの合体ヒールでもダメだったのに、凄いぞ!
「我が主が意識を!!ヤハス様!!我が主が目を覚ましました!!」
「ふぅぅ、それは良かった。でも、流石に短時間でリザレクション二回は魔力の限界です。アーマス……後は宜しくね……」
――ドサッ
ミハエルが意識を取り戻したことを確認し、ヘタリと座り込んでしまったヤハス。フラフラと揺れながら一言だけ残してバッタリと地面に倒れこんだ。
「はい、ヤハス様。今はゆっくりと休んでください」
「これで一件落着ニャ?」
「待って、ミナ、アーマス。あそこに居るのって、魔力からして黒ノ王よね?私達の目的ってなんだったっけ」
少し離れた所に立ち尽くすユクスを見つけ、レイアが怪訝そうな顔をした。その言葉にミナはうーんと腕を組み首を傾げ、アーマスはヤハスを抱き上げたまま空を仰いだ。
「あの!ローグの皆様。ちょっと話を聞いてもらいたいのですが」
「ミナ様だなんて照れるニャ。まぁ、しょうがないから話くらい聞いてあげるニャ」
「ミナ、今はそういうの要らないから」
「ん?なんだニャ?」
ユクスとローグ達の間に不穏な空気が流れそうになったのを察してメルが慌てて中間に割って入ったが、思いがけない素っ頓狂な返答に次の言葉を出せずに固まった。
レイアもやれやれといった様子で首を横に振ってるけど、もふっ娘の天然度数はなかなかのもんだな。
『あー、割り込む形で悪いんだけど俺から話しても良いかな?』
「ルアさん……大丈夫?」
「ルベルア様、メル様に任せた方が宜しいのでは?」
「ルベルア、黙ってた方が良いんじゃないのか?」
えーっ、どんだけ信頼無いんだか。メルもテスタントもアリエスも……心配しないで任せてくれよな。
『一番迷惑を掛けたのもあるし、俺から話した方が良いと思うんだ』
「ふむ、良くわかっておるではないか。ただ、お前は話をややこしくすることが得意だからな、やはりメルに任せた方が良いのではないか?」
『だーっ、もう!俺に任せ……えっ!?ミハエル!!もう起きて平気なのか!?あ、あの、ミハエル……本当にすまなかった!!』
「フッ。ルベルアよ、余は謝罪よりも謝礼を好むのだが?」
『あっ……ああ!ミハエル、本当にありがとう!ミハエルのお陰で本当の悪魔にならずにすんだよ』
「元からお前は本当の悪魔ではないか、ガッハハハ!」
『クハハ、本当に良かった!』
ミハエルは丸太みたいな腕で、胸に飛び込んだ俺の事を抱き締めた。普段ならこんな筋肉達磨のおっさんに抱かれても血圧が下がるだけだが、今回ばかりは俺の胸の奥もキュンキュンした。
それから俺はユクスを近くに呼び、“詳しい話はワプル村に移動してから”という名目でユクスがもう人種族にとって脅威でないこと、俺自身も敵じゃないこと、今回の作戦がべクールを謀る為に作られたモノじゃないことを手短に話した。
勿論、俺からの謝罪も添えたが、レイアに「それはお互い様な所もあるからもう良いんじゃない?」と面倒くさそうに言われ、アーマスとミナがその言葉に頷いているのを見て内心ホッとした。
ヤハスは魔力を限界以上に使ったせいで気絶していたが、この場に戻る前にメルに何度も謝っていたらしいから、多分目を覚ましても揉めることは無いだろう。
「じゃあみんな、この続きはワプル村で休んでからにしましょう!」
「メル、ローグの皆を連れていくとなると、ルアさんはまだ小さいから無理だし、私達が竜になっても乗り切れないよ?」
リエルが俺をひっくり返ったカメムシを見るような眼で見てくるが、メンタルの強化された俺はこんなことじゃへこたれないぞ!
「あっ、えーと。私が自分で飛ぶとして、リエルに一人で、残りはテスタント様じゃダメ?」
「すみませんが私は主の他には無理をしても一人乗せるのがやっとです」
あー、だからフスカに来る時にも俺に全部の荷物を持たせたのか。あんなにおっきいのに意外と力が無いんだな。
「そっか、ミハエル様大きいですもんね。うーん、どうしよう……ルアさんはまだ魔力が戻らなそう?」
『おっ。うーむ……さっきから吸収はしてるんだけど、ここら辺の魔素自体が薄くなってるみたいだな』
「そっかぁ。困ったね」
「ワプルの方角さえ教えてもらえるなら走ってくニャ。どこら辺にあるニャ?」
「おいおい、四百キロあるんだぞ?獣人でも流石にキツイんじゃないのか?」
アリエスの一言で、元気いっぱいだったミナの体力が消失した。「無償でその距離は無理ニャ」とか呟きながら体育座りをして深いため息をついている。
「もし、嫌ではないというのなら妾が背に乗せて飛んでも良いでありんすが」
――ッ!それは考えていなかったが、正直いってそれは難しいよな。ユクスとはここでお別れをして今後人種族の生活圏に姿を見せない様にしてもらうのが一番平和的だと思ってたし、ローグの連中だって抵抗感あるだろうし。
「わぁっ!良いんですか!?凄く助かります!」
『えっ!?メルが良くても皆は大丈夫か?』
「もちろん!黒ノ王の背に乗れるなど土産話としちゃあ最高のネタじゃないか!」
「危なくないんでしょ?じゃあ全然気にしないけど……」
「お金取られないなら大丈夫ニャ」
あっ……そうなのね。気持ち的に結構複雑かと思ったけど、俺の気にしすぎか。
「黒ノ王・ユクスよ、昔の事とはいえ余とは少なからず因縁があるが、良いのか?」
「先ほどそこな娘も言っておったが、妾と其方もお互い様でありんしょう。それに、何度も言うが妾はルベルア様がご健在ならそれ以上に何かを望むことはありんせん」
「そうか、恩に着る」
なるほど。長寿組にもそれなりに事情があるんだもんな。まぁ、本人達が良いと言うのなら良いんだろう。
『ありがとう、ユクス。頼むよ』
「はいっ!ルベルア様がお望みならば地の果てを超えてどこまでも皆を乗せて行くでありんす!」
静かで冷たい面持ちだったユクスが急に顔を赤らめてうら若き乙女のような明るい声を上げた。この表情の変化に俺も少し照れたが、女性陣からは何か疑いを掛けられているかの如くジッと見つめられた。
「ねぇ、隠しても良いこと無いよ?ルベルア様」
レイアの言葉に、他の女性陣はおろか男性陣までうんうんと頷いた。これ以上話を深掘りされるとまた無駄に時間を食いそうなのでさっさと乗せて行ってもらおう。
『だから何でもないって!とにかく話は後だ。ユクス、宜しくな』
「分かりンした」
「ホントかなぁ」
もぅ、メルまで気にしすぎだよ。そういえばメルもこういう時結構しつこく聞いてくるんだよなぁ。全く、暫く面倒なことになりそうだよ……はぁ。
◇すっかり開けた場所へと変わり果ててしまったフスカ村の村長宅跡地で大鴉に姿を変えたユクス。その背に黒ノ王討伐隊の全員が乗り込み、ワプル村への空路を進むのであった◇
◇◆◇人種族の生活圏を超えた遥か先の空島◇◆◇
雲を下に眺めながら一人の竜が大きな口を開いた。
「なんだ、また来たのか暇人め」
竜が視線も変えずに言葉を掛ける。その声に口元を緩ませたのはのは、巨体の後ろにトンと立っていた白いシルクハットを頭に乗せた小柄な男。
クスクスと笑いながら、ゆっくりと竜の顔のそばまで歩み出た。
「だって、予想に反して平和的に終わったみたいだから残念がってるかな?と思って顔を見に来たのさ」
――ブンッ!
竜が不機嫌そうにシルクハットの男に向かって翼を振り払ったが、シルクハットの男は一瞬体が煙のようにぼやけただけで口元をさらに緩ませた。
「フフッ。気になるなら回りくどいことをしてないで直接行っちゃえば良いのに」
「カッ。確かにオオガラスがあれほど人種族に気を遣う奴だとは思わなかったが、懐かしい奴も見れたし、新たな玩具も見つけたしで満足してるんだ。それに気になってるのはお前も同じだろう。お前が行けばいいだろ……俺はまだいい」
「そう?なら、ちょっとだけこの眼で見てこようかな?たまには実際に見ないとだからね」
――ボワンッ
シルクハットの男が帽子に手をかけ竜に深くお辞儀をすると、そのまま水蒸気の様に影も残さず消えていた。
「クカカッ。次来るときは、せいぜい面白い土産話でも持って来いよ」
◇◆◇
◇黒ノ王討伐隊を乗せ飛行する黒ノ王というややこしい一団がフスカ村跡地を飛び立ってから、約二時間が経過していた◇
「もう少しで着くね、ルアさん!」
『ああ。俺は一日ぶりなのに、なんだか凄く久しぶりな気がするよ』
「そっか、ルアさんは毎日来てたもんね。村の皆、元気にしてるかなぁ」
『おう、ピンピンしてるさ』
そういや、モルドーはまだ怒ってるのかな?まぁ今回はメルも居るし、なんとかなるだろ。何はともあれ、俺たちの旅はは結果的に全員無事の平和的解決をしてワプル村を間近としたのだった。




