#54 チカラ不足。
声の方を向いた先には見間違いでも幻でもなく、そこに確かに立っていた。俺が確認した時には呼吸も心臓も完全に止まっていた筈だったというのに。彼女を目にしたと同時に心の中に渦巻いていたドス黒く気持ちの悪い感情が浄化されていくのを感じた。
『メル!!どうして!?いや、なんだって良い!!……生ぎででぐれで良がっだぁぁああ!!』
空を飛びこの場所へと戻ってきたのだろう、メルの背にはいつか渡した黒い翼がある。そして、体の前には両手両足を絡めてしがみつくリエルがひっついている。リエルの事はとりあえず置いとくとして、俺は脇目も振らずにメルに近寄り抱き締めた。リエルも一緒に抱きしめることになったが、気にしなくても良いよな。
メルの体(とリエルの体)からしっかりと感じることのできた体温に、俺の瞳からもう一度ポロリと涙が落ちた。
「うん……!ごめん、ルアさん。心配かけたよね。私も何が起こったのか詳しくは分からないんだけど、理由は後で。今は先にミハエル様を助けなきゃ」
メルはそっと俺 (とリエル)を抱きしめると、地べたに倒れ伏せた白竜・ミハエルへ目をやり、少し震えの混じった声を立てた。
『ミハエル……?俺が迷惑を掛けたのは間違いないけど、白竜になったミハエルの力が凄くて、俺は防御するので精一杯だったんだ。だから倒れたのは多分魔力切れとかの影響だと思うんだが、違うのか?』
「ううん、テスタント様の話だとミハエル様が白竜になるのは負荷が強すぎて、命を落としかねない危険な行為らしいの。本当なら使ってはいけない最終手段で人に戻れるかも分からない博打の一手だって言ってたよ」
俺から両手を離し、ひっつき虫になっていたリエルを体から降ろしたメル、背中にあった翼は自然に体の中へと消えていった。首を横に振る表情は暗く、重い事態だということが真実であると物語っている。
「……当たり前でありんしょう。白竜は黒竜と並んで神竜の中でも特に強力だった存在、たとえ力の一端だとしても人知を遥かに超えた力。それを身に宿して戦うなど、いかに天使が白竜の眷族であるとはいえ危険な行為に違いんせん」
後方でペタリと座り込んでいたユクスがメルの話に口を挟んだ。が、口を挟んだだけで立ち上がる様子もなく座り込んだまま深く溜息をついた。メルと目が合うと下唇を噛んで俯いた。
「えっと、黒ノ王……ユクスさん?ですよね。今回の件、皆の情報が確かなら八年の間に現れたモンスター、その内のどこ迄がユクスさんの放ったモノかは分かりませんが、幸いにも命に係わる人的被害はゼロです。それが偶然では無いっていう事もテスタント様は言ってました。なのでユクスさんにこれ以上争う意思が無いのならば私達も戦いを続ける気はありません。どうでしょうか?私は争いたく無いのですが」
「――ッ。妾の望みはもう叶いんした。今回の妾の行動は人族からの報復を受けることは覚悟の上でやったこと、この身は貴方達の好きになさい。その代わり、ケイオス様……いえ、ルベルア様の身の安全だけは保障すると約束してくんなんし」
落ち着いたメルからの問いかけに一瞬目を丸くしたユクスだったが、小さく頷いた後スックと立ち上がりメルへ真っ直ぐな眼差しを向けて語った。メルも真っ直ぐな眼差しでユクスの言葉を受けたが、隣に居るリエルは凶暴化した小型犬のように敵意を剥き出しにしてユクスを睨みつけている。
「ルアさんの?……とにかく貴方に争いを続ける意思が無いのなら此方からも手を出すつもりはありません。これは天使の皆やローグの方達にもつたえてあります。なんせ私とルアさんには知らない事情が多すぎますので、ユクスさんからも色々聞かせて貰った方が良いと思うんです」
「妾のダークジャベリンが其方の胸を貫いたというのに、其方はなんと優しい声で妾に語り掛けるのでありんしょう。妾も誤解していんした。これより先、攻撃を仕掛ける事もモンスター共をワプル村や浮遊城へけしかける事もしないと約束致しんしょう」
「ふふ。結果的に私は助かりましたし、その約束を守ってもらえるなら満足です」
メルの優しさは本当に大したもんだよ。仮にも天使族の盟主であるメルが“これで良し”とするなら、今回の黒ノ王討伐隊の戦いは幕引きってことで良いん……だよね?
ユクスが魔王ケイオスを助けるためにラピスラズリを探していたのは前にも聞いたよな。ただ、人族に死傷者がでなかったのが偶然じゃないってのはどういうことだ?ユクスは魔族だ、人族の事なんて気遣う必要は無さそうだけど、村を一瞬で消すような力を持ちながら八年も自らは村を襲わなかった理由と関係あるんだろうか。
おっとと、今はそのことよりもミハエルを元に戻すことが優先だよな。
『ミハエル、俺の所為で無理させて本当にすまない!すぐに白竜化の魔法を解除するから待っててくれ!』
「いいえ、ルアさん!ミハエル様の白竜化はただの魔法じゃないんです。私がやるのでルアさんはメルから離れないで下さい!分かりますね!?」
『お?お、おう……すまない、お願いするよ』
ミハエルの元へ行こうとした俺を制止したのは「ガルルルル!」とでも言いそうな顔でユクスを睨みつけていたリエル。メルの隣から離れスタスタと歩き出したが、突然歩みを止め、何かを伝えたそうにユクスと俺の顔へ交互に視線を送った。
「分かったんですか!?」
ユクスからメルを守っとけって事か。リエルがこんな迫力を出せるなんて思いもしなかったけど、それだけメルを大切に思ってくれているって事だよな。リエル……ちょっと変だけど良い奴だよ。
『わ、分かったよ!』
「もう手を出さないと言ったのは真でありんす」
「分かったんですか!!?」
『分かったってば!早くミハエルを助けてやってくれ!』
ようやく納得したのか、再び歩き出したリエルが白竜・ミハエルの項垂れた首元へと屈みこみ何かボソボソと耳打ちした。何を言ったのかは聞き取れなかったが、リエルの心配そうな表情を見るに命を削ってまで俺を止めようとしてくれたミハエルに労りの言葉でも掛けたのだろう。
「分かったんですか!!?」
白竜・ミハエルの方を向いたまま、声を荒げ“ダン!”と地団駄を踏むリエル。
うおぉい!何を言ったのか知らないけどミハエルは返事ができる状況じゃないんだろ!?
「リエル!早くミハエル様を戻してあげて!早くしないと本当に戻れなくなっちゃうんでしょ!?」
フン!と鼻息を荒くしてミハエルの反応を待っているリエルの様子に痺れを切らしてメルが一喝を入れた。その声にピーンと背筋が伸びたリエルは慌ててミハエルの竜頭に両手をかざした。
「んっ……コホン、天空の守護者にして我ら天使族を導く白竜神様。大いなるお力によって再び我らをお救い頂き、白竜神様の眷族である事への想いと誇りを一段と高める事ができました。ですが――」
『なぁ、リエルは何をやってるんだ?魔法の詠唱にしては長すぎるし、普通に話しかけてるみたいだ。それにミハエルが全然元に戻んないぞ?』
「しーっ、静かにしてなきゃリエルが集中できないよ。私も少し聞いただけだけど、ルアさんのディスペルマジックみたいな魔法じゃ元に戻せないみたいなの。白竜になる時も戻る時も特別な言葉が必要だって聞いたよ」
「――白竜神様のお力を復活させるには未だ我らは力不足にございます。我らが大きな力を得るその日まで、白竜神様は安らかにお眠りください。美しく気高き白竜神様は眠りにつけど、輝く剣となって我らに加護をお与えになるでしょう……ソードオブリーインカーネーション!」
長い語りにも似た詠唱を終えたリエルの両手の先からじんわりと光が沸き上がり、その光は次第に量を増すと巨大な白竜であるミハエルの体をスッポリと包み込むまでに至った。すると光に包まれたミハエルの体が見る見るうちに小さくなっていくじゃあないか。
随分と小さくなった光は二つに分かれ、ひとつは横たわるミハエルへと変わり、ひとつは光り輝く一振りの剣へと姿を変えた。
「ミハエル様!」
『ミハエル!本当にすまない!大丈夫か!?』
意識を戻さないミハエルの様子を見た俺とメルは、同時に近くへと駆け寄った。そこではリエルがミハエルの首と口元にそっと手を当てながらギュッと口を結び難しい顔をしている。
「かなり弱ってるけど、脈と呼吸はあるよ。なんとか目を覚ましてくれれば良いのだけど、目を覚ませるだけの体力が残ってないのかも」
『そんな、どうすればいい!?俺の魔力を分け与えることはできないのか!?』
「それは無理です。前にメルから聞きましたけど、ルアさんはマナも魔力に変えているんでしょう?その魔力を流したりしたらミハエル様の魔力回路が壊れちゃうよ。それに、魔力より体力を復活させないと」
「なら私が回復魔法を使ってみるよ!私ならルアさんの魔力も使えるし、ミハエル様が復活するまで唱え続けてみせるよ!」
「そう……だね。それなら効果あるかもしれない。メルお願い!」
「うん!ルアさんも協力してね!」
『ああ!俺に残った魔力を全部絞り出しても良いから魔法を続けてくれ!』
「ミハエル様、どうか目を覚まして……グランヒール!」
メルの回復魔法が幼少期に比べて格段に強力なモノへと進化をしたのは確かであり、ミハエルの胸に当てられた手から発せられた魔法陣はとても濃い緑の光を創り出している。
メルが回復魔法を使い始めてから三分は経過しただろうか、依然としてミハエルは目を覚ます素振りも見せない。俺も魔力を送り続けてはいるが、周りの魔素も底を尽きて来たのか、大きく息を吸い続けているというのに少しづつ体が小さくなってきている。既にバスケットボール位の大きさまで縮んでしまったか。
「ミハエル様!お願い、目を覚まして!!」
「メル、一回止めよう?このまま続けたらルアさんまで消えちゃうよ」
『俺の事は気にしなくていいよ!まだ魔力は残ってるし、ミハエルが起きるまでは持たせて見せるから!』
「ううん、そういう訳にはいかないよ。ルアさんはなんだかんだ言って責任感が強いから、消えるまで頑張りそうだもん」
『メル……』
ミハエルの胸からそっと手を離したメルは膝をカクつかせて地面に座り込んだ。
メルも限界だったんじゃないか。人の心配する前に自分の体を大切にしてくれよ……もうメルを失うのは御免だぞ。
「ミハエル様、目を覚まさないね……。どうしよう、このまま目を覚まさないなんて事になったら……私……私……!」
「メル、心配しないで。脈も呼吸もあるんだからミハエル様なら必ず目を覚ますよ。何かきっかけが必要なのかな?」
焦りだしたメルの手をギュッと掴み、優しく微笑むリエル。急に何かを思いついた様でパッとメルの手を離し、ミハエルの顔を覗き込んだ。
『きっかけ?』
「きっかけです」――ゴンッ!
「えっ!?」 『ふぁっ!?』
本当に何を考えてんだか、急にミハエルの額に拳を振り下ろしたリエル。
「むー。意外と叩いてみたら調子が良くなるかなぁと思ったんだけど、ダメですね」
っってウオォォイ!!昭和のテレビの直し方じゃないんだから叩いて調子が良くなるわけないだろ!
『はぁ、でもどうする?浮遊城まで連れて行けば治せそうか?』
「いえ、浮遊城で最も回復魔法が得意なのはテスタント様ですが、メルの回復魔法は既にテスタント様を超えていますから」
『じゃあどうすれば良い?回復魔法を使える仲間を集めて一斉に唱えてみるとか?』
――バサッ、バサッ!
俺達が目を覚まさないミハエルを復活させる為の次なる策を考えていたその時、東の空から迫る者達がいた。
「あれは――ッ!」




