#49 仕方無イ。
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フスカ村・仮拠点裏
メルの“力”に引っ張られ、雲海の谷からフスカ村へと戻った俺は姿を変えていた所為で化け物と勘違いされ、ミハエルからバシバシと斬りつけられていた。
それにより、ハッキリと分かった事がひとつだけある。SM趣味を持つ人を悪いとは言わないが、俺には合わないという事だ!
いや待てよ?相手がムキムキマッチョメンのご老体じゃ無かったなら有りなのだろうか!?例えばそう、叩くならミハエルじゃなくてアリエスが叩いてくれ!!
って、なに考えてんだ俺は……そんな場合じゃ無いんだよなぁ。
「うぬぅ!まだ倒れぬか!貧弱そうな見た目からは考えられぬ耐久性を秘めておるな!」
獅子さながらの髪と髭を揺らし剣を振り続けたミハエル、息を切らしてはいないが、やや疲労の色が見え始めている。
『ミビゥエドゥ……オデェダッデバァ』
全然分かってくれないし、「耐久性を秘めておるな!」じゃねぇよ!普通に痛いんですけど!!斬られすぎて上手く喋れないし、元に戻れないし、助けて神様!
「あの、なんかちょっと様子が変だと思います。全然攻撃してこないし、ずっと同じ事を言ってる気が……」
ミハエルより少し後ろで警戒していたメルが棒立ちを続ける俺の違和感に気付き、テスタントの意見を求めた。
『ベドゥ!』
そう!そうなんだよメル!今は変な生き物の姿をしてるけど、俺なんだ!どうにか皆の誤解を解いてくれ!
「そうですねぇ。確かに様子は変ですが、主の斬擊をあれほど受けておきながら倒れる素振りもみせません。驚異の存在には間違いないので、反撃する余地を与えずに倒すのが得策かと」
得策じゃねぇって!……あ、なるほど。俺が無駄に耐えてるから悪いのね。それなら――
――バタッ。
「あっ、倒れた!倒れましたよ?テスタントさん!」
「倒れましたね。当然と言えば当然ですが」
「やっと倒れおったか、中々に手こずらせてくれたわ!ガッハハハッ!」
よし、どうやら死んだフリ作戦成功みたいだな。我ながら名俳優と呼ばれるに相応しい演技だろう?これでようやく落ち着いて元に戻れるよ。
強く思い浮かべるんだ。二本の角、ふわふわ浮かぶ黒い体、浮かぶ手、チョロンと伸びた……。
「おい、北の空を見ろ!黒い影、多いぞ!黒ノ王かっ!?」
俺が倒れた事で訪れた“ほんわかムード”。それをぶち壊すアリエスの声、冷静なアリエスが叫ぶ時は切羽詰まった時と決まっている。今回の内容も実にシンプル、黒ノ王がおまけを引き連れてやって来たらしい。
って、マジで?ユクス来ちゃったの?
これ以上ややこしくなる前に元の姿にならなきゃ!えーと、チョロンと伸びた黒ノ王…………って下ネタか!!
じゃなくて!あーっもう、気になる!ちょっと仰向けになろう。
俺が寝返りをした先に見た上空では、フサフサとした冠羽に、優雅に靡く尾羽を持つ、眼が竦むほど大きな鳥が巨体をものともせずに空中に浮かんでいた。
巨大な……カラス?俺の知ってるカラスよりも随分と綺麗な姿だけど、確かに全体的に黒い。
その周りには、以前ユクスが出して見せた黒い炎の鳥が空を覆い尽くす程に浮かんでいる。これを敵として見るならば絶望をも感じる圧力と言えよう。
――バサァッ
「人種族めガ……!許さんゾ!!所在の掴めなかった英雄、その居場所も現状も明確となった今、オマエ達を敬遠する理由等無い。その身で妾に歯向かった愚かさを思い知れ!」
うっ!ユクスの奴、我を忘れて怒ってやがる。もう少し近かったら風圧で飛ばされちまいそうだ。何も伝えられないまま戻って来たからか?いや、この様子だと俺を助けに来たって感じか……。
「ミハエル様!!まさか、これが……!?」
「うむ、間違いない。来おったか黒ノ王……ルベルアもローグも居らぬというのに」
然しものミハエルも問答無用で斬りかかる事はせずに、姿勢を下げ剣を構えたまま様子見で踏みとどまる。
マズイ、マズイ。本当にこんなことしてる場合じゃないぞ!
どうしようもない焦りが元々少ない俺の集中力を掻き消す。
ホラー映画でも焦る主人公が車のキーを回してもエンジンはかからないモノだ。主人公ならまだ良いが、脇役なら死ぬ。けど、今時の車はキーを回してエンジンをかけるタイプは少なく、ボタンひとつで楽々始動だから化け物が襲ってきても安心かもな。
とか異世界の、しかもこの状況で考える事か!?それに、どっちかっつーと俺が化け物側なんだってば!
『スゥー、ハァ』
焦るな、集中しろ。俺なら出来る……!ウィキャンドゥイット!
――ボグァッッン!!
「グゥッ、一体どこカラ……誰ダ!!」
轟音。爆炎。前触れも無く上空で大きな爆発が起き、ユクスは巻き上がった火の粉を散らそうと顔を激しく横に振る。
なんだなんだ!?今度は何が起きたんだよ!
俺は予想だにしない事態に死んだフリを忘れ“ガバッ”と立ち上がった。だが、近くに立つメルや天使の皆は、立ち上がった俺を気にする余裕も無いのか、突然爆炎に包まれたユクスをジッと見上げている。
「爆発するまで分からなかったでしょ?ステルス・フレア、気に入ってもらえた?黒ノ王」
派手な赤髪にセクシーな服を着た“エロそうな若い女性”が紅玉のはめ込まれた杖の先をユクスに向けている。加えて言うなら、屈強そうな騎士に肩車をされた状態で。
「ゼハァーッ、ゼハァーッ、格好つけてなくて良いから、早く降りろレイア!走ってる間も“汗が!汗が!”と煩いし……俺だって好きで汗を流してる訳じゃないんだぞ」
どこから“レイア”を担いで来たのかは分からないが、騎士は滝にでも打たれたかの様に汗に濡れ、膝に手を当て大きく肩を揺らしている。
「だって、本当に汗が凄かったんだもん」
「まぁまぁ、アーマスのお陰で早く着けたよ。お疲れ様、ヒール!ここからはガーディアンとして皆を守ってね」
小さな男の子が唱えたヒールが騎士を包み込み、瞬く間に疲れはてていた“アーマス”に生気が戻った。
「さすがはヤハス様のヒール。これならすぐにでも戦えます!天使の方々!我らはベクールより遣わされたローグ!共に黒ノ王を討ちましょう!」
「余は天使王ミハエル・カーライル!其方達の助けに感謝する!」
「あれがローグ、こんなに大きな黒ノ王を見ても平然としていられるなんて……凄い!」
◇
メルの心はときめいた。初めて動物園で虎やライオンを眼にした子供の様に。初めて映画館に行った子供の様に。動物園にも映画館にも行ったことの無いメルにはその気持ちは分からないが、それらと同じときめきをしていた。
とはいえ、そんな感情に浸る事の出来る状況ではないのだが。
◇
「また人族が増えたか。妾に手を出しておいて楽しくお喋りとは随分と余裕だこと……黒き怒りは大地を――」
この姿の扱いに慣れていない所為か、いつもの姿よりも魔力感知の苦手な俺。それでもユクスの周りで渦巻く魔力が強く溢れだすのがハッキリと分かった。
「ミナ!お願いっ!」
「邪魔は得意ニャ!」
わっ。モフッ娘だ!可愛い!触りたい!この触覚みたいに長い腕でこねくり回したいっ!!……いかんいかーん!今は集中!!
――キキンッ!
レイアの声に応じ何処かから現れた猫耳の獣人・ミナ。流れる動きで建物の屋根を蹴り、宙を舞ったミナの投げた二本のナイフは寸分違わずユクスの両眼の中心を捉えた。しかしナイフは突き刺さること無く、乾いた音を立てただけ。
「クッ、次から次へと煩わしい!黒き怒りは大地を穿つ、ダークジャベリン!」
ユクスの詠唱と共に、空に止まっていた黒い炎の鳥達が直径十センチはあろう大きな槍へと姿を変えた。これから何が起こるのかは赤子でも想像が容易かろう。
「さようなラ、罪深き人族共」
ポツリと言い残すユクス、その両翼が指を差すかの如く地上に向けられ、命令の下された槍達が一斉に投下を始めた。
「アーマス!」
「くっ、何とかするから俺の近くに!我が剣は守りの剣、ガーディアンフォース!」
アーマスが青い刀身の剣を抜き放ち、槍と化した黒い炎が迫る空に向かって綺麗な弧を描いた。すると描かれた弧が青い光となり、現れたるは魔法の盾。
「敵の攻撃を焼き払え、ファイアーウォール!」
アーマスが作り出した魔法の盾よりも高く、炎の壁を出現させたレイア。しかし、黒い槍は勢いを落とすことも無く、炎の壁を易々と貫き第二の壁であるガーディアンフォースへと迫る。
一方、ミハエルら天使達も上を見上げ、歯をギリリと鳴らす。
「リエル!魔法で相殺してくれ!」
「数が多過ぎて無理ですっ!」
トマスが叫ぶも、リエルが即答で返す。それを聞き、普段から攻撃担当をしている天使達は空へ向かって強力な一撃を繰り出した。
やけくそ気味に“ファイアーボール”を唱えたリエル、力任せに斬擊を飛ばすミハエル、ハルバートに乗せた魔力を豪快に突き放つアリエス、“ウィンドバイト!”と叫んだトマスのパルチザンからは風の刃が音を立てて空を走る。
しかし、そのどれもが迫る黒い槍を打ち払うには至らず、ミハエルは苦々しい顔をして舌打ちをした。テスタントが魔力を溜めていた両手を空へと翳したが、何かをするにはもう遅い。
槍は無慈悲にも、フスカ村を一瞬で消し去る量のまま、大地に突き立てられようとしていた。
「聖なる光は奇跡の光!ホーリープロテクション!!」
聞こえてきたのは先程の小さな男の子の声、確かヤハスと呼ばれていた気がする。その直後――。
――ドォドドギッイドドドッォンンッ!!
星が落ち、大地が割れた様なけたたましく、酷く恐ろしい音が他の全ての音を飲み込んだ。降り注いだ黒き槍は補強してあった建物をも容赦なく貫き、意識が遠退く程に辺り一面の景色は一変した。たったひとつの魔法により、フスカ村は無惨にも瓦礫の山と化してしまったのだ。
ああ、そんな――――――――。
アーマスの魔法の盾が何ヵ所か突き破られつつも他のローグ達を守っている。一方ではミハエル達も薄く光る魔法の壁に守られている、恐らく最後に聞こえた魔法の効果だろう。
助かるために皆が必死に頑張っていた時に、どうして俺は何もせずに突っ立って居る事しか出来なかったんだろう。直前の光景ならスローモーションを見てたみたいに眼に焼き付いてるのに。
なのに、どうして今こんな事になっているのかが分からない。
だって、慣れない変身をした所為で元の姿に戻れなかったんだ。
だって、集中出来る状況じゃ無かったんだ。
だって、今まではなんだかんだ言っても、この世界で普通に生きてこれたんだ。
だから、今回だって上手くいくもんだと思うだろ?
だから……仕方無かったんだ。仕方……無いわけないだろ!!
“メルに危険が及ばぬ様に、あらゆる脅威を払い除ける悪魔になってやる”……そう誓ったよな。
どうして俺がすぐ近くに居たのに、どうして少し動けば手の届く距離に居たのに……!
どうして……どうしてメルの体に槍が刺さってるんだよ!!




